第八話 上を向いて歩こう
突き上げて落とすっ!
作者はいつもまっさかさまですけどね(´・ω・`)
第八話 上を向いて歩こう
車の中は非常に重たい空気に支配されていた。無意識にとは言え、私は秋庭実と腕を組み手を繋ぎ、まるで恋人のような振る舞いで大学のメインストリートを歩いたのだ。我ながら失態だったと思う。普段はクールな秋庭実に「今日は積極的」などと言われてしまった。
(はぁ~、最悪だわ。誰かに見られたんじゃないでしょうね・・・。)
隣の彼は無表情でハンドルを操作している。相変わらずスムーズな動きだった。私は運転免許は持っているけど、AT限定だ。マニュアル車は途中で挫折してしまった。今や世の中の8割以上がAT車の時代にMT車の運転免許なんて必要ないだろうと思って。でも、男の人がマニュアルのシフトチェンジを鮮やかにこなす様は見ていて素敵だと思う。クラッチを衝撃も無く滑らかに繋ぐ彼の運転スキルは私では得られなかったものだ。少し羨望も混じっているに違いない。
(飄々としてるわね・・・。私だけ無駄に意識して馬鹿みたいだわ・・・。)
まるで表情を変えない秋庭実を見ていると自分の心の高揚がすごく馬鹿らしく思えた。多分、私の顔は朱に染まっているはず。それだけの体験だったと思う。秋庭実とは回数では10回に満たないくらいしか会っていないのに、妙に心を許している自分が信じられなかった。何故か彼に対して、他の男のような警戒心は沸かないのだ。それに、先程の行動も無意識だった。無意識に彼に触れたいと思ってしまった自分も不思議な感じがする。まるで恋でもしているようだ。
(最近はハヴさんとラブラブしてたから、きっと触れ合いたい欲求が強くなっちゃってるんだ・・・。やっぱりゲームだと彼のことを感じられないもんね。何だか私ってエッチかもしれない・・・。秋庭君はハヴさんと似たところがあるし、キャラもそっくりだ。私は彼にハヴさんの面影を見ているのかもしれない。)
結局のところ、自問自答で得られた解答は自分が思った以上にエロいかもしれないこと、秋庭実に擬似的にハーヴェストの影を見てしまっていることだけだった。
(こんな気持ちで男に接したらダメね。秋庭君も勘違いさせちゃうかもしれないし、やっぱり距離は置こう。)
私は無言で椅子に背を持たれたまま口の中で小さく唸っていた。自己嫌悪だ。でも、手だけはさっきの感触を反芻するようにニギニギを繰り返していたことを、私は気付いていなかった。
★
駐車場に車を置くと、2人して玄関ロビーに入る。ロビーでは一花が管理人のお爺さんとミルクティーを片手に世間話をしていた。どうやら少し見ない間にかなり親しくなっていたようだ。私達の姿を見ると満面の笑みで近寄ってくる。
「みのりんおひさーっ!」
「そんな久しぶりでも無いだろう。」
「智っ!」
「な、何よ・・・?」
「腕組んでラブラブーっ!?ってメール来たんだ。」
「・・・誰から?」
「山ちゃんっ!」
「・・・嘘よそれ。」
「写メ見る?」
「・・・・・・・・やぁ~まぁ~おぉ~くわぁ~っ!!!」
一花に見せられた写メールは私が秋庭実の腕に掴まっている姿がハッキリと写っていた。ご丁寧に3ショットほど。手を繋いでいるところまでハッキリクッキリだ。
「おめっ!」
一花がハイタッチを求めた。「イェ~イッ!!」とつい、いつもの女の子同士のノリでハイタッチに応える。
「ってバカッ!!!」
私はもう何がどうなっているのか分からずに変なテンションになってしまっていた。ノリツッコミも冴え渡る。
「みのりんっ!智のことよろしくお願いしますっ!!!」
「何だよソレ?」
「惚けたって無駄無駄ぁっ!ネタは上がってますよ旦那。」
私と一花の妙な絡みをずっと静観していた秋庭実は怪訝な顔をした。
「智ちゃんと付き合うんでしょ?」
「・・・どこからそんな話に?」
「ほら、写メ。」
「・・・ああ、それな。」
秋庭実は冷静に説明を始めた。
「俺が茶霧を迎えに行った時に、そいつナンパされてたんだよ。」
「智またナンパ?もてるわね~。」
「その時にナンパ男と一悶着あってな。それを引き離そうと腕掴んで引っ張ったんだ。」
「・・・つまり腕を組んでラブラブではないと?」
「そういうことだ。」
「こっちは?手まで繋いでて・・・。」
「ああ、それはね。」
「うん。」
「俺の左手に傷があるんだよ。これな。それを珍しがって茶霧がいじってただけ。」
秋庭実は左手を広げてみせる。確かに3cmほどの傷痕が掌を横断していた。
「ほぉ~。まさかそんな勘違いショットだったとはね。つまんないっ!」
一花はガッカリと言った様子で山岡晴美にメールを返している。私はホッとしながら秋庭実に目配せしてお礼の意を示した。秋庭実も苦笑を浮かべる。私は決して傷が珍しくて手を繋いでいたわけでは無いのだけれど、うまく誤魔化してくれてあり難かった。秋庭実も融通の効く男で良かった。一花はメールを送信すると私達に向き直り、再度確認する。
「せっかくいい雰囲気だったのに残念。この智ちゃんの笑顔なんか滅多に見れないよ?本当に付き合わないの?」
再度開かれた写メール。確かによく見ると、私は自然な顔で微笑んでいる。これだと恋人同士と勘違いされても仕方ないのかもしれない。
「まぁ誤解されそうな写真だけどね。今のところ、そんな事実は無いわよ。」
私も苦笑しながらそう言う。
「だな。俺と茶霧が付き合うなんてことあり得ないから。」
秋庭実もそう続けた。「あり得ないから。」そう言われた。私はその言葉が心に小さな棘としてずっと残っていくことに今はまだ気付いていなかった。
★
部屋に入ると、チャムが走って来た。私は心が躍る。しばらく見ない間に、すっかり大きくなっている。掌に乗っていた頃が嘘のようだ。思わず手を広げてチャムを抱き上げようとしたが、チャムは私をスルーして一花の足元に擦り寄る。ゴロゴロと喉を鳴らして甘えていた。これもしばらく会わなかった差なのだろうか。一花はチャムを抱き上げ私を尻目に慣れた様子で部屋の明かりを点け、ソファに腰を下ろした。秋庭実は自室に入る。
「みのりんっ!チャムのオヤツ買った?」
「ああ、この間一花が言ってたやつな?キッチンの包丁の下に置いてる。」
「あげていい?」
「3本だけな。あんまり食わすと太るから。」
「おっけーっ!」
玄関ロビーから気付いていたが、一花は秋庭実を「みのりん」と呼んでいる。2人で居る時はそうなのだろう。私と居る時は「秋庭君」なのだけど、私に分かりやすいようにわざわざそう呼んでいたのかもしれない。秋庭実も呼び捨てで一花を呼んでいた。知らない間にこの2人の関係はかなり親密になっていたようだった。私の心にまた細波が立った。2人の親密な様子を知り、面白くない。
「茶霧は何飲む?一花はサイダーでいいんだよな。ほらよっ。」
「ありがとー。智はお茶でいいんだっけ?」
「ううん、私は要らない。」
「遠慮すんなよ。どうせ長居すんだろ?」
秋庭実は強引に私の前にお茶の入ったコップを置く。一花はチャムに鶏肉のジャーキーを与えながらサイダーの入った可愛らしいプリントのコップを持ち、美味しそうにゴクゴクとサイダーを飲んでいた。秋庭実も自分用のマグカップでコーヒーを飲む。
「ねぇ一花、それマイカップ?」
「うん、あたしのだよ。」
「ふぅ~ん・・・。」
一花の膝の上でチャムはジャーキーをムシャムシャと食べていた。一花の手を抱え込むようにホールドしている。かなり懐いているのがよく分かった。私が手を伸ばすと、一瞬首を引っ込めて指先の匂いを嗅ぐ。まるで他人に対する態度だ。猫は3日で飼い主を忘れる生き物だと聞いていたが、実際2ヶ月前に少しだけ相手してくれた人間を覚えているほど記憶力は無いらしい。そんなチャムの様子を見ながら一花は困ったような顔をしていた。
「ほらチャム、智ちゃんだよ。一緒に寝たでしょう?覚えてないのかな~?」
「2ヶ月も前よ。もう忘れられちゃったみたいねぇ・・・。」
私の声に張りは無い。当然だけどちょっと落ち込んでいる。
「案外薄情だなお前は。」
秋庭実はチャムの頭を優しく小突く。チャムは遊んでもらっていると勘違いしているのか、その大きな手にしがみ付いてガシガシと噛んでいた。そんなチャムに一花は手を伸ばしてお腹を擽る。ニャァニャァ鳴きながらチャムは一花の手をペロペロと舐め、甘えている。私がソッと手を伸ばすとバシッと猫パンチが炸裂した。明らかに態度が違う。動物は素直だなと私は寂しい気持ちになった。私がハーヴェストと付き合っているうちに、一花はまめに足を運んでチャムと信頼関係を築いていたのだろう。何もしなかった私に懐いて欲しいと言う権利は無い様に思えた。結論、ここに私の居場所は無い。私は少し考えたが、やがて立ち上がる。
「あれ?智どうしたの?トイレかな?」
「ううん、私ちょっと用事あったんだ。帰るね。」
「え?」
私はもう居た堪れなくなっていた。完全に四面楚歌と言うところだろうか。いつの間にか秋庭実と想像以上に親密になっていた一花。まるで私が知らない顔をしている。完全に私を記憶の中から消去させてしまったチャム。そしてさっきまであんなに近くに居た秋庭実も、今は遠くで霞んで見えるような気になる。考えは悪いほう悪いほうへ暴走し、私の心に荒んだ風を送り込んだ。
「智、ほんとに帰るの?今来たばかりじゃない。」
「うん、でも用事思い出しちゃったから。」
「ほんとに用事なの?」
「うん。」
私の態度に少し不信感を持ったような一花の顔。用事が嘘だということは見抜かれているに違いない。
「用事なら仕方ないだろ。一花はちょっと待ってろ。茶霧を送っていくから。」
「うん、分かった。チャム、智にバイバイしなさい。」
一花はチャムの前足を持って軽く振る。チャムは訳も分からずにされるがままだった。
「じゃね、チャムバイバイッ!」
私はそう言って一花とチャムに手を振ると、玄関に歩き出した。秋庭実も後に続く。私は廊下でクルリと向き直ると、秋庭実を制止した。
「ん?」
変な顔をする秋庭実。
「ここでいいわ。送らなくて結構です。」
「は?お前の家まで電車使うと30分は掛かるぞ。車なら10分で着くのに。」
「うん、でもいいの。ほんとは用事なんか無いんだ。」
「用事ないって・・・。じゃあなんで帰るんだ?」
「何でだろ?ここは私が居るべきじゃないって思っちゃったからかな・・・?」
「何だそれ・・・。」
「秋庭君、一花と良い雰囲気じゃない。マイカップまで置いてるなんて普通じゃないよ。このまま付き合っちゃえば?」
「・・・茶霧、それ本気で言ってるのか?」
「本気よ。」
「さっき一花が言ったことに対する敵討ち的な気持ちで言ってるなら怒るぞ・・・。」
「そんなんじゃないわよ。今見た上で自然にそう思ったんだもん。」
「前にも言ったよな?従兄妹みたいなもんだって。」
「従兄妹なら結婚できるじゃない?」
「いい加減にしろよ・・・。」
秋庭実は明らかに怒りを顔に出した。これ以上言うと大変なことになりそうだ。
「ごめん・・・。そんなに怒るとは思わなかったわ。今言ったことは忘れて。」
私はそう言って玄関を開けて外に出る。「またね。」の言葉がどうしても喉から出てこなかった。
「また来いよ?」
秋庭実の声がドアの閉まる音がする直前に私に届く。その声はハッキリと私に届いていたけど、私が返事をすることは無かった。閉まったドアに背を持たれて、私は暗くなりかけた街を見ながら上を向いた。淡い夕闇の中、月がボンヤリと見える。
(上を向いて歩こう。涙が零れないように・・・か。うまい歌詞だなぁ・・・。)
どういうわけだろう。私の両の瞼から、熱い液体が数滴だけ流れた。これから私の、一人ぼっちの夜がやってくる。
ふと自分の知らない友人を見ると疎外感など感じることが無いですか?
作者は親友の初体験の話を聞いたとき、たしか高校3年生の時に初めて親友でも他人だと思い知ったことがあります。
何が言いたいかと言うと、何で泣くほど思いつめているのかニュアンスを感じて欲しかったと、それを言いたかったっ!
文章が下手ですまんね。