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第七話 無意識

どうしてこうなった?

第七話 無意識


 ここは巨大な滝の上、遥か下に流れ落ちる水飛沫の轟音が心地よく響く。彼方に海が見え夕日がゆっくりと海に熔けていく。2人は滝の横に突き出した岩の上に腰を掛けて、黙って夕日を眺めていた。一人は逞しい赤い髪の青年。一人は華奢な体つきの女性。座った青年の胸に背を預けるような格好で女性は足を横に揃えて座っていた。まるで後ろから抱きしめられているような形だ。何か言葉を交わす訳でもなく、ただ男に体を預ける女性。やがて日は落ち夕闇が辺りを侵食し始める。不意に男が立ち上がると女性もつられて腰を上げた。もう少しこの余韻を楽しみたかった女性はふくれっ面をしながら青年の手を握る。そして2人はすっかり暗くなった道を街まで歩き出した。





 最近、私はこのゲーム内でのデートを非常に気に入って、事あるごとにハーヴェストを誘うと冒険者の世界を連れ回していた。このゲームは美麗なマップでも知られており、狩りの他にも滝や雪山、火山帯など観光で回れそうな景色が多数ある。昨日は南国のビーチで、今日はしんしんと雪の降る街角で、2人は秘密のデートを繰り返していた。このゲームはソーシャルシステムと言うものがあって、笑う、怒る、泣く、おどけるなど感情を表す独自のモーションが存在し、さらに男女2人で踊る、手を繋ぐ、お姫様だっこなどの凝ったモーションも存在する。明らかにゲーム内で恋愛を楽しめるように開発者が意図して作ったものだろう。私は最初の頃、このソーシャルモーションは要らないだろうと思っていたが、現在はフル活用していた。さらにキスする、抱き合うなど過激なモーションも欲しいなどと思うようになってしまっている。軽い病気みたいな感じだったが、ゲームの中でないと出せない自分も居る。現実の自分では、こんな素直に相手を求めるなど出来ないだろう。手を繋ぐのだって軽はずみには出来ない。だからこそ、ゲーム内でたっぷりと楽しむのだ。直に触れなくても、体温を感じなくても、私は好きな男性と一緒に居る時間が大好きだった。





 午後のメインストリート。学生たちが忙しなく行き交う通りから少し離れた場所にあるベンチで、私と一花は腰を降ろしていた。手にホットドリンクを持ち、他愛のない会話を楽しんでいる。話題は最近の私の奇行(?)に関することだった。


「智さぁ~、最近いつも笑ってるよね?」


一花がチラリと私を覗き込みながら訊ねる。今一番気になっていたことだったのだろう。


「そんなことないでしょ?気のせいよ一花。」


私は素っ気無くそう答えた。一花は納得いかないという顔をしながらもそれ以上は追求しない。最近の会話の主な流れだった。一花の言う通り、私の表情にはある変化が現れていたと思う。これまでは男性にも素っ気無い態度を貫き、大学内で声を掛けられても大概の男には眉を顰めて対応していた。眉根に皺を寄せている顔がほとんどだったのだろう。常に不機嫌な顔と言ったほうが分かり易いかもしれない。


「でも本当によく笑うようになったよね?何か楽しいことあったんでしょ?」


「だから本当に何でもないんだってば・・・。」


しつこい一花に苦笑いを浮かべながら、私はいつもと同じ答えを口にする。ハーヴェストとの関係は血盟員は勿論のこと、特に一花には絶対に内緒にしてくれと言われているのだ。口が裂けてもゲーム内で付き合ってますなどと言えるはずもない。


「男の子に話しかけられても、最近はバリアーが張られてない気がするんだよねぇ~。何か柔らかくなった。」


「バリアーってあんた・・・。私は別にそんな空気持ってないわよっ!」


「いやいや、前の智ちゃんはバリアー張りまくってたよ。今は何か自然に接してる気がする。男性恐怖症治ったの?」


「元々そんな病気なんか持ってないからっ!」


「むぅ・・・、秋庭君の影響かな?」


「あの男は関係ないわよ。」


「そうかな?でも結構頻繁に会ってるんじゃないの?」


「ううん?もう1ヶ月以上は顔も見てないんじゃないかな・・・。なんで?」


「だっていつも同じ時間に居なくなるよね。ゲームしてても同じタイミングで離席するし。こっそり付き合ってるんだろうと思ってさ。」


「え?」


確かに最近私はよく離席をしていた。ハーヴェストと2人きりの時間を楽しむために、離席ということにしておいて影でPTを組み秘密のデートを楽しむのだ。ハーヴェストと同じ時間に離席することを疑われるのは分かるけど、なぜ秋庭実との仲を疑うのか理解できない。


「秋庭君も離席多いよう?知らなかった?」


「うん・・・。最近はまともにチャットもしてないし、気にも掛けて無かったわ。」


「秋庭君もさ、暇してるだろうと囁いてみたりしても反応無いこと多いんだ。あの人は黙って離席するからそんなこと多々あるんだけど、実は智と一緒にデートにでも行ってるのかと思って傍観してたの。」


「そんな馬鹿な・・・。私と秋庭君は何の関係も無いわよ。愛してるのはチャムだけね。」


「チャムは私の娘なんだからっ!あ、そう言えばチャムに会いに行ってないわ・・・。」


前にデートのようなドライブをして泊まった後、私は意図的に秋庭実を避けていた。大学構内で噂になったこともあるが、あの男は妙に私の琴線に触れてくる、危険な匂いもあった。チャムに会えないのは寂しいが、やはり特定の異性と交友を深めるのはハーヴェストにも悪いと思い、電話はおろかメールすらしていない。あれは9月の終わりだったから、もう2ヶ月近くまともに会話もしていなかった。


「秋庭君も忙しいんじゃない?レポート多いって嘆いてたし。一花、今度チャムに会いに行ってみる?」


「私はたまに行ってるんだけどね。秋庭君はいつもレポートだって部屋に引き篭もっちゃうんだ。」


「相変わらず手は出してこないわけね?変な男よね。」


その言葉に一花はニヤリと笑う。


「何言ってるんだか。秋庭君は智のこと好きなんだと思うわよ?」


「はいっ!?」


「だってさ、この間智が寝ちゃったじゃない?あの時の秋庭君の目、凄かったなぁ・・・。」


「凄かったって何が・・・?」


「も、もう我慢できないっ!!!」


「きゃあっ!」


一花は某シリアル食品のCMキャラのような声を上げて、私に抱きつく。咄嗟のことに私も悲鳴を上げてしまった。


「そんな目してた。」


「うそつけ。」


私は覆いかぶさった一花を押し返しながら冷たい目を向ける。


「そっかなぁ?私の女の勘がそう言ってるんだけどなぁ・・・。」


「あんたの勘が当たったらパフェでも奢ってあげるわ。」


「やったっ!じゃさ、今日行ってみよ?バイト無いでしょ?」


「無いけど今から?」


「うむ。」


そう言うと一花は携帯電話を取り出し、凄い勢いでメールを打ち始めた。





 メールの返信は早かった。講義は終わっているけど研究室に寄らなければいけないので17時に家に来るようにメールで送られてきた。久しぶりに秋庭実に会う。何となく緊張してしまう。2ヶ月も前だけど1度デートもしているし、恋人に間違われた男だ。やはり多少は意識してしまうのは仕方ないことだと思う。しかも先ほどの一花の発言がそれに拍車をかけていた。私が今神妙な顔をしていることに一花は気付いているのだろうか。


「ん~。」


一花がメールを読み聞かせた後に唸る。何か考えているようだ。そしてまた携帯電話を操作する。メールを送信した後、私に向き合った一花は腕時計を見せながら言った。


「今4時前でしょ。私は1回帰るから智はこのまま農学部へ行って秋庭君と合流して?車で来てるはずだから乗せてもらいなよ。電車代もったいないし。」


「そう来たか・・・。」


「むふ、2時間くらい遅くなっても私は全然かまいませんからね?」


「2時間って限定するのが生々しいのよ・・・。そんな気ないからね。あんた私と秋庭君をくっ付けたいだけでしょ?」


「いやいやいやいやいやいやっ!」


「まぁいいわ。ここから農学部まで歩いて15分くらいかかるわね。どこかで待ち合わせてみるわ。あんたもちゃんと来なさいよ。」


「ゆっくり行くからねっ!」


「はいはい。」


私は一花の冗談に付き合うのも面倒になって、さっさと彼女を駅に向かわせる。一花がメインストリートの雑踏の中に消えると、自分の携帯電話を出して秋庭実にメールを送る。4時30分頃に農学部に着く旨と車で拾って欲しい事を伝えるためだ。すごく事務的な文章で絵文字も無し。我ながら可愛くないと思うけど、ハーヴェストと影ながら付き合っている身としては他の男と2人になるのも躊躇われる。


(何か変に意識しちゃって嫌だなぁ・・・。後ろめたいと言うか・・・。浮気する女って皆こんな気持ちなのかな?)

 

別に浮気では無いし、一花も来るので変な事にもならないだろうけど、やっぱり少しの罪悪感が背中に付き纏う。溜息を吐きながらメインストリートを農学部へ向かう。大学構内は広く、徒歩での移動はそれなりに時間がかかるが、秋庭実も今は研究室に居るはずだ。時間稼ぎには都合が良かった。メールの返事がなかなか帰ってこないことに多少の苛立ちを感じながら、私はゆっくりと歩いていた。





 農学部の研究室棟へ向かう途中に、私は理工学部の敷地を横切る。理系は男子学生が9割を占めるために、キャンパスは男だらけ。すぐさま私に多数の視線が絡みついた気がした。ここを通る時はいつもそうだ。下を向いて出来るだけ足早に立ち去ろうとするも、すぐに知らない学生に声を掛けられる。


「ねね、経済の子だよね?こんなとこに何しに来たの?彼氏?ねぇ彼氏?」


本当にこの大学の学生かも疑わしい頭の悪そうな色の髪に服装。馬鹿丸出しですと背中に貼ってありそうな男だ。


「ちょっと用事があるだけです。」


私は目も合わさずにそう言うとさっさと歩き出したが、男は後ろから着いて来る。


「どこ行くの?案内しようか?ねぇねぇ?」


「道は分かりますので気にしないでください。」


「俺、今暇だからさ~。いいじゃん、ねぇねぇ。ちょっとお茶でもしない?」


「しつこいっ!」


私が少し大声を上げると、周りが何事かと目を向ける。いや、正確には最初から見られている。


「何だよ。お前ちょっと可愛いからって調子に乗ってんじゃね?」


声を掛けてきた学生が私に対して理不尽な言いがかりをつけてきた。自分が絡んできて文句を言う意味が分からない。いつものことだけど今日は最低のハズレくじだったようだ。いきなり強い力で手首を掴まれ引き寄せられた。


「待ったか?」


不意に背後から聞き覚えのある声がした。久しぶりに見る秋庭実だ。少し髪が伸びていた。もう研究室が終わったのだろう。私が通るルートを先読みして迎えに来てくれていたらしい。視線の先は掴まれた私の手首だった。


「別に待ってないわよ。行こうっ!」


私は秋庭実の出現で力の緩んだ男の手を振り解くと、男を見たまま目を細めている秋庭実を促す。


「何こいつ?」


明らかに不機嫌そうな秋庭実の声。こいつと言われたのは先ほどまで私の手首を掴んでいた男のことだ。


「何でもないわよ。唯のナンパ。どうでもいいわそんなの。」


私はまだ不機嫌そうに眉を顰めている秋庭実の手を掴み、さっさと場所を移動しようとした。ナンパ男は固まっている。180cmを超える男が自分を睨みつけているのだ。きっと恐いに違いない。


「秋庭君、そんなの放っといていいってっ!」


私は仕方なく秋庭実の手を掴むと引っ張る。一触即発の状況だ。暴力沙汰は避けたい。しかし秋庭実は動かない。男を睨み付けたまま微動だにしない。


「もういいってばっ!あんたもさっさと消えなさいよっ!」


私は秋庭実の腕を両手で抱え込んで引っ張る。私の力ではこうでもしないと引っ張れない。


「こういう馬鹿が居るから今の学生は質が落ちたって言われんだよ。ほんと迷惑だな。」


秋庭実は毒を吐きながら私に引っ張られて歩く。明らかに相手を挑発しているが男が挑んでくる気配は無い。ナンパはするが喧嘩は出来ないのだろう。力の弱い女にだけ強気になれるとか本当に恥ずかしい男だと思った。何度も後ろを振り返りながらも、秋庭実は渋々私に引っ張られていく。


「茶霧、ああいうのはちゃんと思い知らせないとまた絡んでくるぜ?」


「いいのよ。あしらうのは慣れてるわ。」


「そうか。」


腕が疲れた。私は両手の力を抜く。でも片手は絡めたままだ。いつまた秋庭実が暴走するか分からない。捕まえておかないと危険だと思った。やはり秋庭実は大きいのだ。こうして接触すると普段とは違う秋庭実が物珍しくなった。


(意外に太い腕ねぇ~。こんなので殴られたら大怪我するわ。)


私は普段滅多に触れる事の無い男の腕というものを珍しげに観察する。手は大きく女に比べて掌が厚い。指もかなり太い。当然だけど、一花や女友達の手とは感触が違う。掌を合わせたら関節1つ分は違うだろう。私は好奇心からか無意識に掌を合わせてみたり、指を絡めてみたりして秋庭実の手をいじり倒していた。いつの間にか引っ張っていたはずの私が秋庭実に引かれる形で駐車場に着いていた。


「・・・着いたぞ。」


「あ、うん。」


私はまだ名残惜しそうに秋庭実の手をニギニギしていた。ゴツゴツしてそうだけど意外に柔らかく暖かい大きな手。そして逞しい二の腕。男の生の体は少し刺激が強いななどと暢気な事を考えていた矢先に秋庭実が思いがけないことを口にした。


「・・・なんだか今日は随分と積極的なんだな?何だかドキドキしちゃったよ。」


「へ?」


「いや、また誤解されるぞ?」


「え?あ、ああああああああああああああっ!!!」


私はやっと自分達の体勢に気付く。腕を組んで手を繋ぎあまつさえ私のほうから彼の手をニギニギしてるのだ。誤解どころの話じゃない。


「いや、違うのっ!手がおっきいな~って興味本位にっ!っていや、違うかっ!!!」


「なんかさ・・・。」


「別にそんな気があったとかじゃなくてその・・・。」


「お前って意外と天然なんじゃないのか?」


今日一番ショックな言葉に私はガックリと肩を落とした。

少しは甘い恋愛物のような展開になってきたのではないでしょうか?

仕事がまた忙しくなっております。更新が遅れて申し訳ない(´・ω・`)

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