第二話 ハネムーンサラダ
一花と実。鋭い方はこれだけで薄々感じていたでしょう。
このタイトルッ!ええ、このエピソードはある漫画から引用した物で溢れています。二宮ひ○る先生、あなたの作品が大好きです。2人の名前はこの素敵な作品から引用しました。主役だけは自力で考えてますが、もうね、名前考えると山田太郎しか浮かばなくなってきてます・・・。
第二話 ハネムーンサラダ
一度清算し、合コンのメンバーは居酒屋を出る。男女8名はさすがに大人数だ。ガヤガヤと談笑を奏でながら、幹事の2人(ユウキ君と山岡晴美)以外は外に出て夜の涼しい風で体の火照りを覚ました。一花は秋庭実と猫の話に夢中になっていた。私はそんな2人を横目に見つつ、絡んできた男Aと男Bを冷たくあしらう。まだ未練があるような顔付きだったが、やんわりと断ると食い下がるので分かり易く振ることにした。
「今日は楽しかったです。もう会うことは無いと思いますが、今日のことは忘れません。」
ニッコリと笑顔を浮かべ、男Aと男Bにそう告げる。「もう会うことは無い」がポイントだ。大抵の男はこれで引き下がる。
「クックック・・・。すげぇなあの女。」
どこからか押し殺した笑い声に混じって私の悪口が聞こえた。もちろん出所は分かっている。神崎一花が困ったような顔をしながら口の前に人差し指を立てて「シー、聞こえたら恐いよう」などと言っていた。
「アキバクン。」
「ハイハイ、ドウシマシタ、サギリサン?」
「コロスワヨ?」
「マジこえええっ!!!」
私と秋庭実のやり取りはこれだけだったが、彼はもう耐えられないとばかりに大爆笑を始めた。ふざけた男だ。そんな中、清算を終えた幹事2人が戻り、これからの予定が発表される。当然だけど私に付き合う気などさらさら無い。
「私パースッ!」
秋庭実も続く。
「俺もパーッスッ!」
さらに一花も続けた。
「智ちゃん居ないなら私もパッスゥ。」
立て続けに3人もパスが出ると合コンは終わりだ。強制終了になる。
「ううう・・・、もしかして楽しくなかった?」
ユウキ君は悲しそうに呟いた。そこに山岡晴美がすかさずフォローを入れている。案外、彼女は世話好きというか弱ってる者を放っておけないタイプなのかもしれない。
「いやいや、結城君。智は異常なんだから。良かったら私達だけで飲み直しましょう?」
もう1人の女の子も同意して、男3人、女2人の程よくバランスの取れたメンバーで飲み直すことに話は決まり、私達を置いて次の場所へ移動していった。残された私と一花、それに秋庭実は何となく顔を見合わせていたが、少しすると1人が無言で歩き出した。ポケットに手を突っ込んで、キーを取り出す。そして愛車に乗ると、エンジンを掛けた。
「ああああ、秋庭君待ってえええええっ!!!」
男の一連の動作を呆気に取られて見ていた一花が、慌てて車の前に立ちはだかる。いくら可愛い小型の車でも、轢かれれば死ぬというのに大胆な行動だと思った。普段は大人しい一花だが、時に信じられないくらい大胆なことをする傾向があった。私も数度だが、口を開けてポカンとしたことがある。彼女の名誉のためにここでは言えない。
「あ、秋庭君、猫・・・。」
そこまで猫を見たいのかと私は呆れてしまった。猫を見に行くという話は、私も行くことで了解を得ようとした一花の案をあっさり却下して、立ち消えになったはずだったのに。
「あれ本気だったのね・・・。いいや、乗りなよ一花ちゃん。」
「やったっ!!!」
嬉しそうに助手席のドアを開け滑り込む一花。私はしばし時が停止していたのだけど、手を振る一花を見て正気に戻る。今度は私が車の前に立ちはだかる羽目になった。
「待ちなさいっ!!!」
またしても発進を妨げられ眉を顰めながら秋庭実が窓を開けると、私に向かって手招きした。
「まだ何かあるのか?心配しなくても取って食ったりしねえから。」
取って食わない保証など無い。寧ろ、ほとんど100%の男が美味しく頂きたいのではないのかと思う。この男が赤いリュックの女の子やベンチに座るツナギの男にしかときめかないなら話は別だけど、そんな趣向の男などそうそう居ないと私は知っている。
「そんな言葉で騙される訳ないでしょう?私も行くわっ!」
「この車ってさ・・・。」
「いいから乗せなさいっ!!!」
「いや、だからね・・・。」
「さっさと開けてっ!」
「もういいや、乗り心地は保証しねえからな?」
「何を言って・・・」
男は面倒臭そうに何やらゴソゴソしていたが、車の後ろで何かが外れる音がする。よく見るとトランクが口を開けていた。
「何の真似かしらね・・・?」
「いや、だから見たらわかるだろう?」
まだ状況を理解しない私に一花がクスクス笑いながら説明する。
「智ちゃん、この車は2人乗りだよぅ?」
「・・・嘘。」
ようやく状況を理解した私。つまり秋庭実は、もう乗れないからトランクに詰まっていろと私に言いたかったらしい。冗談にも程がある。
「な?だからあんたはもう帰りなさい。」
「あなたの家って遠いの?」
「どうかな・・・。ここからなら車で10分くらいか?」
「じゃあ、私から案内して、それから一花を迎えにくればいいわよね?」
「ハァ?」
「あんたが一花を乗せて行った後、戻ってくる保証なんか無いでしょうっ!」
秋庭実はまた顔を顰める。そして無言で車から降りると、居酒屋に面した市道に向かって歩き出した。何をしているのかと腕を組んで見ていると、手を上げてタクシーを拾う。それから運転手と2,3会話をしていたが、やがて私を手招きした。
「この運ちゃんに道は説明してるから、あんたはタクシーで行け。心配なら一花ちゃんも連れて行けばいい。ほら、金だ。」
秋庭実は私の手に千円札を2枚握らせ、一花を車から呼び寄せ事情を説明した。一花は少し残念そうな顔をしていたが、すんなりとタクシーに乗り込む。秋庭実はそれだけ確認すると、愛車に乗ってさっさと出て行った。一人置いてけぼりを食らった私に、タクシーの運転手が声を掛けた。
「お姉さん、乗るの?乗らないの?」
★
タクシーに揺られながら、私と一花は見慣れぬ景色を目で追う。タクシーのメーターはすでに1600円まで上がっていた。深夜割り増しだとしても、結構な距離だと思う。やがてタクシーは停車して、清算が行われた。目の前には20階くらいはある大きなマンションがある。私は謀られたと思ってしまった。だって学生が住める物件じゃない。
「あーのーおーとーこおおおおおおおっ!!」
怒りで肩がブルブルと震えている私を余所に、一花はキョロキョロと辺りを見回す。この娘は騙されたとも思わず、必死に秋庭実を探しているのだ。しかし、10分待っても秋庭実は現れない。一花は途方に暮れている私を尻目に、意を決してマンションのエントランスに向かう。こんな大きなマンションのエントランスなど用も無いのに入るのは気が引けたのに、一花は構わずに進んで行く。
「ちょっと、一花どこ行くのよ?」
「え?秋庭君来ないから、管理人さんに部屋まで連絡取ってもらうんだよ?」
「・・・あんたここにあいつが住んでると本気で思ってる?」
「うん?」
「私達、騙されたって気付いてる?」
「アハハッ!まっさか~。」
「あんたって人を疑わない性格だったわね・・・。将来は詐欺に気をつけなさい・・・。」
その言葉を聞かずに、一花はあっさりとエントランスに入り管理人と何か話し始めた。管理人は好々爺と言った感じのお爺さんだったけど、すぐに傍の電話機でどこかに電話を掛けた。
(まさか・・・、警察を呼んだとかじゃないわよね?)
私は不安になり、一花の後を追ってエントランスの中に入る。何事か話していた管理人は、受話器を置くとオートロック式の玄関まで出てきて、暗証番号を打ち込んだ。これは管理人用のパスなのだろう。ポポピパポピッと音が鳴り、玄関があっさり開いた。どうやら中に入れてくれるらしい。訳も分からない私をまた置いてけぼりにして、一花は手を打って玄関の内部に走りこむ。そしてエレベーターのボタンを押した。
「・・・1507号室ですよ。早く入らないと扉閉まっちゃうよ?」
一人だけ取り残されている私に管理人さんはそう言って、腰をトントンと叩きながら管理人室に戻っていった。
「智ちゃーん、置いてくよ?」
まだ混乱状態の私に一花の暢気な声が掛かり、私はやっと玄関をくぐった。
★
エレベーターは静かに上がっていく。独特の高揚感に私は緊張を強くした。別に悪いことなどしていないのに、喉が渇き手に汗を握ってしまう。秋庭実は一人暮らしだと言っていた。こんなマンションに一人暮らしなんて、どこかのボンボンなのだろうか?
「何かすっごいとこに住んでるね~。秋庭君ってお金持ちなのかな?」
相変わらず物怖じしていない一花に、私は軽く溜息を吐いた。お気楽なのも大概にして欲しい。
「もう何がなんだか分からなくなってきたわね・・・。猫見たらさっさと帰ろう?」
「えー、1600円も払ったのに勿体無いよ~。」
「あんたのお金じゃないでしょ・・・。」
「そだね。智ちゃんゴチになりますっ!」
「私のお金でもないわよ・・・。」
「・・・あれ?」
「秋庭君のお金よ。でもまぁこんなとこに住んでる人なら端金だったみたいね。」
「ふ~む、やっぱりお金持ちなのね・・・。」
その時、エレベーターが止まり扉が開いた。ここは15階だ。長い廊下にポツポツと扉や窓が付いている。廊下は吹き曝しではなく、ちゃんと窓が付いていて夜景が綺麗に見えた。この作りからも、やはり高いマンションであると思ってしまう。2人で部屋の番号を見ながら歩いて行くと、6番目の部屋、この階の角部屋が秋庭実の家だった。1504号室は存在しないようだ。4は縁起が悪いとかいう理由だと思う。目的の部屋に辿り着くと、ドキドキしながらボタンを押す。一花と管理人のやり取りは聞いていなかったので、ここが秋庭実の部屋だとは確信が持てなかった。チャイムが流れると、数秒してから前触れも無くドアが開いた。普通はインターホンで何か反応があるだろうと思う。私は危うく鼻をドアで潰されるところだった。
「あ、危ないわねっ!」
飛びのいて悪態を吐いた私の横で一花の歓喜の声が上がった。
「かっわいいいいいいいいいいいっ!!!」
★
そこには秋庭実が立っていた。でも先ほどとは雰囲気が違う。彼はなんとエプロンを掛け、前のポケットから何か毛のフサフサしたモノが垂れ下がっている。それが子猫の尻尾だと気付くのに数秒掛かった。一花の声に驚いたソイツがひょっこりと顔を出したからだ。
『可愛いいいいいいいいいいいっ!!!』
今度は私と一花の声が見事にハモる。自分も所詮は女だったと激しく自覚してしまったが、可愛い物は仕方ない。もう猫に夢中になっていた。生後1ヶ月くらいだろうか?まだ掌に乗っかる程度の大きさしかない猫。フワフワしてコロコロしている。一花がサッと手を出すと、フンフンと匂いを嗅いでいたが、ペロリとその指先を舐める。そして、掌の乗っかった。一花は感極まり、その場で座り込んでしまった。私も手で撫でて頬をスリスリしたい衝動に駆られたが、グッと我慢する。ここで秋庭実に痴態を晒すわけにはいかないという意地のようなものがあったからだ。
「なぁ・・・。」
猫から視線を外せない女2人に堪り兼ねた秋庭実は、小さく声を上げた。
「どうでもいいが入らないのか?」
★
部屋は驚くほど広かった。きっと20畳くらいあるに違いない。自分の狭い8畳ワンルームの倍以上の広さがある。それにキッチン、バス、トイレ、寝室、他にも2個ドアがあった。一家族が楽に生活できるスペースがある。世の中の不条理を呪いたくなる光景だ。自分と歳も違わない男が、こんな居室を自由にしていると思うと理不尽に腹が立った。当の本人は、台所で適当に料理している。何でも腹が減ったからパスタを作っている最中だったらしい。いい匂いが仄かの漂ってくる。私はというと、通されたリビングのソファに腰を掛け、一花と一緒に猫と遊んでいた。秋庭実は今居ない。奴がキッチンにいる間に猫を堪能しなければならないので、必死にその感触を楽しんだ。
(最高・・・、何この可愛い生き物・・・。)
私はそれほど動物の映像やぬいぐるみで騒ぐタイプじゃない。でもこの小さい毛玉には、私の琴線に触れるものがある。その一挙手一投足は全てが愛らしい。この毛玉を胸に抱く一花が少し憎たらしく見えるほど、私は夢中になってしまった。持って帰りたい衝動に駆られる。
「あんまりコネコネするなよ?怒ると鼻とか耳とか噛むぞそいつ。」
不意にパスタの入った大皿を持った秋庭実が部屋に入ってきて口を開いた。いい匂いが鼻をくすぐる。そういえば先ほどの合コンではほとんど飲み食いしていなかったことに気付く。空腹を認めてしまうと私の胃腸は激しく自己主張を始め、きゅるる~んと情けない声を上げた。部屋の空気が凍りついた気がした。一花は唖然とした顔で目を真丸く開いている。秋庭実はテーブルに皿を置いた姿勢で固まった。私はと言うと、お腹を押さえた格好で下を、フローリングの床を眺めて木目の年輪を数えるしかなかった。最初に動いたのが秋庭実だった。何も言わずにキッチンへ戻ると、木製のでかいブラシのようなものと皿を3枚もって現れる。さらに引き返すと、フォークとスプーンを3本用意してテーブルに並べた。一花は猫を抱えたまま、無言でテーブルに座る。私はまだ年輪を数えていた。秋庭実はさらにレタスを千切っただけのサラダをテーブルに並べる。そして無言でテーブルに着くと、サラダとパスタを自分の皿に盛り合わせ、黙々と食べ始めた。一花は凍りついた空気を融かそうと懸命に口を動かす。
「ねね、このサラダってさ、意味深だよね?」
「そうか?材料がこれしかなかったんだよ。味気なくて悪いな。俺はドレッシングを掛けない人だからそのまま食ってくれ。」
「あー、えっとね。これってレタスだけじゃん?」
「そだね。」
「レタスオンリーッ!」
私はまだ木目と睨めっこ。
「レタスオンリーだな。」
「レットァスオンリーッ!」
「発音ちげえぞ?」
「むふふ、Let us onlyだよ。」
「私達だけにしてくれって意味か?」
「うん。」
「そっか、Lettuce onlyとLet us onlyを掛けたんだな。よく考える。」
「これはね、新婚さんや恋人達が、私達だけにしてくださいって意味で頼むの。その名もハネムーンサラダって言うのだっ!」
「京都でお茶漬けを出されたら帰れって意味と同じだね・・・。」
私はまだ年輪を数え終われずに呻くように呟いた。
「ふぇ?」
「いいわよ・・・。私帰る・・・。」
私は無性に自分が惨めに思えてその場から立ち去ろうとした。
「あ・・・、智ちゃん違うのっ!私そんな意味で言ったんじゃ・・・。」
「いいのよ。」
何だか涙が出そうだった。私のお腹の音で先ほどまでの雰囲気は消え失せ、一花まで空気を変えようと変なトリビアを披露する始末。何だか全て自分のせいに思えてきた。ここで帰ればこの猫とも今生の別れになるだろうし、何とかして残りたかったがプライドも私の邪魔をした。こんな恥を晒してまで残る気にはならなかった。
「腹の音くらいで何をいじけてんだか・・・。どうでもいいが冷める前に食ってから帰れよ。電車でまた同じ目に会うぞ?」
私の気持ちを察したようなタイミングで秋庭実の悪態が聞こえた。まだ私を辱めたいらしい。
「いいか?これは皆で食うために作ったんだぞ。お前らがあの3人にずっと絡まれて飯もまともに食えてないのくらいお見通しなんだよ。それに人に振舞われた物は完食するのがマナーじゃないのか?」
「悪かったわねっ!マナーくらい守るわよっ!」
私は怒りを覚えてテーブルに着く。猫がヨチヨチ歩きで私のほうへ歩み寄ってくると、ポンと肩に飛び乗った。思わず笑みが零れる。
「ほら、ダンゴムシもまだ居ろってさ?」
「うん、そだね。」
「うんうん、ダンゴムシちゃんもそう言ってるし、頂きましょう。」
それから私はパスタを口に運ぶ。オリーブオイルとバジルの香りにツンと辛味がありアクセントになる。これは何と言うパスタだったか思い出せなかったが、素直に好きな味だった。
「どうだ?悪くないだろう。」
「うん、美味しい・・・。」
「ダンゴムシはこっちだ。お前のもちゃんと用意してるからな。」
そういうと少しお湯でふやかしたカリカリを小さな器に入れてテーブルに置く。肩から猫が飛び降りて、ムシャムシャと食べ始めた。
「よかったねえ。」
一花は本当に嬉しそうに笑いながら猫を見ていた。そしてふと何かに気付く。
「ねえ、さっきから違和感なく呼んでるのっておかしくない・・・?」
「何が?」
秋庭実は怪訝な顔をした。
「いや・・・、ダンゴムシって・・・、この子の名前じゃない・・・よね・・・?」
「そいつがダンゴムシだぞ?」
『いやあああああああああああああああああっ!!!!!!』
当然のように広い室内に女2人分の悲鳴が木霊した。
ダンゴムシは次話で改名されるでしょう。
丸まったらみたらし団子に見える+噛み付くから虫=ダンゴムシ
秋庭君の素敵な発想力に皆様も脱帽でしょう。作者はこういう意味の無い設定こそ力を注ぐべきだと考えています。何でダンゴムシなんだと思った方の疑問も氷解しましたね?
今回はゲームパート無しです。30ニート君の出番はありませんでした。これからきっと活躍してくれます。たぶんね・・・ヘ(。Д、゜)ノ