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第十二話 From Dusk Till Dawn

題名の意味はぐぐれば分かると思います。


第十二話 From Dusk Till Dawn


 もうお昼を回った頃だ。私はまだ鼻をグズグズ言わせている。何故あんなことをしたのか自分でもよく分からない。分かるのはもう秋庭実と向き合えないだろうと言う事だけ。時間を確認しようと携帯電話を取り出すと、着信が20件近くあった。秋庭君、一花、秋庭君、一花、一花・・・。「何処に行った?」「何してるの?」「俺の話もちゃんと聞いてくれ。」「私がやりすぎたわ。戻って。」などなど、メールも大騒ぎだ。事の成り行きは2人とも突然すぎて混乱しているに違いない。最初の着信からすでに2時間が経過していた。随分と長い間、私はベンチで悲しい涙を流していたことになる。携帯電話の着信も気付かないほどに。


「2人とも心配してくれてるなぁ・・・。これから私どうしよう・・・。」


私の心境は、もうこのまま放っておいて欲しい、構わないで欲しい、だった。突然のキスは秋庭実は勿論のこと、どこかで覗いていた一花も相当の衝撃だったはずだ。もう穴を掘って埋まりたい気分。何て莫迦な事をしたのだろう。溜息を吐いてまたベンチに腰を降ろしてしまう。顔は涙で化粧も落ちて、最低だろう。コンパクトを取り出すと、私は座ったまま化粧を直し始める。どこか冷静な自分もまだ居たようだった。鏡の中には目を真っ赤に腫らした知らない女性が居る。こんな顔の私は知らない。何て無様なことになってるんだろう。


(ふぅ・・・、もういいや。今日のあなたはこんなものよ。最低な一日・・・。)


私はコンパクトの中で何とか体裁を整えた女性に向かって語りかける。その時、鏡の中に大きな水玉が落ちて弾けた。私はハッとして空を見上げる。途端に大粒の雨が私目掛けて降り注いだ。今日は午後から曇りの予報だったけど、まさか雨が降るとは思っていなかった私は、慌てて近くの校舎に逃げ込む。確かここは教育学部の校舎。何度か主題の授業で来たので、内部は少しだけ分かる。もう講義も昨日で終了しているので、校舎内はひんやりとした空気だけが感じられた。人の気配は無い。遠くで電車の走る音や、メインストリートの雑踏の響きが僅かに聞こえるだけだった。濡れた髪がべったりと首筋に張り付いて気持ちが悪い。でも傘を持っていない私は外に出ることも出来ないでいる。一人廊下に佇んでいた私だったが、ブルッと身震いをしてとりあえず避難出来そうな場所を探すことにした。ここは寒い。教室内だと暖房も入っているが、廊下は外と同じ気温だ。寧ろ、外より寒く感じる。1Fには事務室や掲示板などがあり、安心して座っていられる場所は無かったはずだ。もっとも、今は一部の学生か院生くらいしか訪れないだろうけど、それでもこんな顔を見せる気にはなれない。


(上に何個か個室の教室もあったはずだよね。鍵が開いてたらラッキーなんだけどなぁ・・・。)


私は、そう思って階段を上がっていった。





 また携帯電話が鳴る。相手は一花。これで累計32回目だった。暇潰しに最初の着信から数えている。もう履歴はほとんど一花と秋庭君で埋め尽くされていた。私は溜息を吐きながら携帯の着メロを聞いている。当然出る気は無い。電源を切ってしまおうかと考えたが、そうすると余計な心配も掛けることになると思い、止めておいた。私は今、教育学部の校舎の3Fに居る。ここならまず所在はバレない。鍵の開いている個室を見つけた私は、自習室と書かれたその部屋に居座ることにしたのだ。誰か来たら人を待っていると言う言い訳も出来る。休憩用のソファも置いてあるので、1Fの自動販売機で買ったココアをチビチビと飲みながら時間を潰す。一花達は自宅にも来るだろう。だから私は家にも帰れないでいる。それに外は雨が本降りになってきたし、駅までダッシュするのも億劫だ。


(よく諦めずに電話するわね。私怒ってるんだからっ!)


私はここに座って数時間、冷静になって考えていたが、今日の事態は事の発端である一花のせいだと勝手に決め付けてしまっていた。だから携帯にも出ない。よく考えれば、一花は私のことを思ってやってくれた事は明白だ。だけど頭に血が上った私は、自爆した自分を棚に上げて、一花に全ての責任を転嫁してしまった。そうしないと、壊れてしまいそうだったのだ。


(一花のバーカッ!秋庭君のバーカッ!)


よく考えればひどいことをしている。まるで子供だ。でも私は考えを改めることをしない。怒って落ち込んで泣いてを繰り返す私。もうとっくに心は壊れていたのかもしれない。そして私は、いつしか疲れきってソファに横たわり眠りについてしまった。辺りは夕闇もとっくに終わり、雨の降る闇夜となっていた。





 クシュン!


私はクシャミで目を覚ます。ここはどこだろう?暗くて狭い部屋。本の匂いとカビの匂い。そして仄かにココアの匂い。


(あ、そっか、私寝てたのか・・・。)


ココアの匂いで私は全てを思い出す。外は真っ暗だった。今は何時なのだろうか。携帯電話を手探りでポケットから出して開くと、画面は真っ暗だった。何度も着信を繰り返していたため、電池が無くなったようだ。ついてない。


(とりあえずここを出よう。学校の中で寝ちゃうなんて信じられないわ・・・。)


私は荷物を持って立ち上がるとドアを開けて外に出る。吹さらしの廊下は凍えるような寒さだった。いつの間にか雨は雪になっている。うっすらと積もった雪が電灯の灯りを反射して、外は思ったほど暗くはない。3Fから見えるキャンパスは人っ子一人居ない。


(うわー、やばいよこれ。ばっちり深夜だよ。もう帰らなきゃ。うう、タクシーかな~。やだなぁ・・・。)


気分は思ったほど沈んでいない。タクシーだとお金掛かるなと現実的な悩みが私の頭を支配している。どうするか迷いながら1Fまで降りると、私はさらに現実の壁に突き当たった。全ての出入口が施錠されており、私は校舎から出られなくなっていたのだ。


(まいった・・・。どうしよう・・・。)


外は雪が降るほどの気温。間違いなく風邪を引くか凍死する。私は仕方なく暖かい飲み物で気分を紛らわせようと自動販売機の前で財布を開けたが、運悪く小銭が73円しかない。お札を崩すかと考えて札入れを開けて、愕然とした。5千円札と万札しか入っていない。詳しく言えば1万5千円73円が私の所持金だった。お金はあるのに飲み物が買えないなんて不幸だ。


(やばい。こりゃガチでやばい。私死ぬかも・・・。)


私は仕方なく自習室に戻り、冷たくなったソファに座り膝を抱く。こうでもしないと震えが起こり、奥歯が鳴るほど気温は下がっていた。


(うー、寒い。今何時なんだろう・・・。)


時間も分からない状態でひたすら朝を待つしか今の私に選択肢は残っていなかった。ここは真冬の陸の孤島だ。眠ったら死ぬかもしれないのだ。リアルに命が脅かされていると気付いた瞬間から、私は凄まじい恐怖に支配されていた。助けも来ないこんな場所になんか来るんじゃなかったと今さら後悔する。


(これは罰だ。一花も秋庭君も無視したからこんな目にあってるのね・・・。)


そんな後悔の念に襲われていた私に、さらに恐怖を与える音が聞こえた。最初は幻聴だと思ったが、廊下を人が歩く音が聞こえる。誰も居ないはずの校舎内を、カツン、カツンと足音が上っていた。先ほど1Fから3Fまで上がってくる時、人の気配などまるで無かった。ここは3Fが最上階。ここまで人が居ないということは、校舎内に居るのは私だけのはずだ。だけど、足音はだんだんとハッキリしてくる。私は以前に聞かされた一花の話を思い出す。それは学内を徘徊する子供の幽霊の話。その子供は、昔に学生が堕胎させた子供の霊の集合体で、母親を求めて大学内を彷徨っていると言うのだ。


(嘘っ!霊なんて居る訳ないじゃないっ!!こんな真冬に休業もしないで彷徨うなんてあり得ないってっ!オバケなんて無いさっ!オバケなんてうっそさっ!)


私は子供の頃に習った悪霊退散の歌を頭の中で大声で歌う。そうでもしないともう気が狂いそうだった。足音はすでに私の居る3Fへ上っってきている。もう疑いの余地は無かった。何者かがやってくる。ガチャガチャ、ガチャガチャとドアノブを回す音が何度も何度も繰り返された。これはきっと人が居ないか探しているに違いない。


(違うのっ!私はお母さんじゃないのっ!そんな事経験したこともないんだから私は違うのよっ!!!こないでぇ・・・。)


ガチャッ ギィィィィィ


ついに私の居る自習室の扉が開かれた。私はソファの影に四つん這いになって隠れている。もう心臓は口から飛び出さんばかりに脈動し、目からは涙がボタボタと零れ落ちている。


「あれ?学生が閉め忘れたな。おーい、鍵持ってきてくれっ!」


間の抜けた声が室内で響く。足音の主は見回りにきた2人の守衛さんだった。





 暖かい部屋でお茶を啜りながら、私は毛布を掛けられていた。無事に守衛さんに救助されたのだ。時間は午前の4時。もう1時間も経てば始発もあると言うことで、守衛室に保護されていた。四つん這いで泣いていた私を見つけた守衛さんの叫び声は凄まじかったが、今笑い話として守衛室は大いに盛り上がっている。私は顔を真っ赤にしながらお茶を飲み、出された饅頭をパクついていた。考えれば朝にカフェオレを飲み、昼にココアを飲んだだけだった。お饅頭は甘くて美味しい。


「しっかしお嬢さんも何であんなとこ居たの?ここの学生なのは知ってたけど、おっちゃんビックリしたよ~?」


「えへへへ・・・。自習してたら寝ちゃってて。取り残されちゃいました。」


「何かセンサーに反応があったから行ってみたんだけど、良かったなぁ。あんな寒いとこで独りで恐かったでしょ?」


「ええ、まぁ。」


「見っけた時泣いてるんだもの。相当恐かったに違いないだろ。」


「いや、それが俺のことバケモンだと思ったんだとよっ!!!」


そしてまたガハハと守衛さん達は笑う。私は居た堪れない気持ちで飽きもせずお饅頭をパクパクしていた。3個あったお饅頭は全て私の胃の中に消える。1時間強も談笑して、私はスッキリした顔で始発に乗るために守衛室を後にした。守衛さん達は笑顔で送ってくれた。


(いい加減に充電して連絡いれないと、さすがの一花もキレるわね。まずいわ。)


私は5時30分発の始発に飛び乗ると、一路自宅へと急いだ。





 駅を出ると自宅までは歩いて5分だ。やっと帰れる。私はもう安堵していた。家に帰ってすぐ一花に連絡を取ろうと、急ぎ足でアパートを目指す。3分もすると自宅アパートが見えてきた。私は階段を駆け上がって絶句する。私の部屋の前には秋庭実が座り込んでいた。足音に何気なく顔を上げた秋庭実は、私の姿を認めるとパッと顔を輝かせた。ゆっくりと立ち上がる。雪の降る寒い中、ずっと私を待っていてくれたのだろうか。胸がジーンとするが、私の取った行動はメチャクチャだった。その場で回れ右をすると、全力で階段を駆け下りたのだ。今捕まると自分が何を言うか見当が付かない。防衛処置で逃げる。


「ちょっ!茶霧っ!!!」


秋庭実は慌てて追いかけてくる。私はスカートにブーツ。そんなに速くは走れない。100mも走るとあっさりと秋庭実に捕まってしまった。


「ハァハァ。離してよ秋庭君っ!」


「離すわけ無いだろうがっ!どれだけ心配したと思ってんだこいつっ!」


秋庭実はギュッと私の手を掴んで離さない。痛いくらいだ。かなりご立腹の様子だ。無理もないだろう。私の携帯は電源が切れ、ずっと繋がらなかったのだ。心配されても無理はない。いきなりキスして逃げ出して、そのまま失踪。尋常ではないのだ。秋庭実の手は驚くほど冷たかった。きっと一晩中あそこに居たのだろう。よく見ると上着にうっすらと霜が降りている。


「痛いわよっ!離してっ!」


「離さないっ!」


「痴漢ですっ!!!」


「違いますっ!!!」


「あんもうっ!離さないとひどいわよっ!!」


「とにかく俺の話も聞いてくれっ!!!」


今さら私に何を話すと言うのだろうか。綺麗に振って美しい思い出にでもして欲しいのだろうか。


「話なんて私は無いっ!」


「俺があるんだよっ!」


「聞きたくないっ!」


「いいから聞いてくれっ!」


「あーっ!あーっ!聞こえなーいっ!!!」


「子供かお前はっ!」


「子供だから逃げてんのよっ!」


「ああもう面倒くさいっ!!」


急に強い力で体を引き寄せられ、ガッチリと抱きしめられる私。一瞬、キョトンとして抵抗を止めてしまった。私は秋庭実の腕でスッポリと包まれていた。冷たい上着に頬が埋まる。ちょっと顔が痛いけど、嫌じゃない。


「・・・何の真似?」


「こうでもしないと暴れるだろう・・・。」


「うん・・・。」


「だからしっかり拘束してる。もう逃げないなら離す・・・。」


「・・・・・・うん。」





 秋庭実は、何度も私に逃げないか確認してから、私を解放した。そのまま、私の手を握ると、車まで連れて行き助手席に乗るように促した。私は素直にそれに従う。どうせ逃げても捕まるのだ。こうなったら納得のいく振られ方ってのを経験するのも悪くない。


「とりあえず適当に流すぞ。」


「好きにしてよ。」


「ああ。」


私は秋庭実にそっぽを向いて窓の外をゆっくり流れる景色を見た。夜の間に積もった雪はもう解けて路面は濡れている。これならスノータイヤも必要ないだろう。そんな事を考えていると、秋庭実は車をコンビニの駐車場に入れる。


「何か飲み物を買ってくる。何がいい?」


「別にいらないわよ。」


「そうか、じゃあ待ってて。逃げないでくれよ?」


「もう逃げないわよ・・・。」


「すぐ戻るから。」


そして秋庭実は1分も経たずに戻ってくる。缶コーヒーを2本手に持っていた。1本を私に渡すと、1本を開けて飲む。


「ふぅ~、暖まるな。」


私はそれには応えずにドリンクホルダーを開けると缶コーヒーを突っ込んだ。飲む気はしない。


「飲まないのか?」


「そんな気分じゃないわよ。」


「なぁ茶霧。」


「何よ?」


秋庭実は真面目な顔で私を見る。私はどうにでもなれと言う態度だ。まな板の鯉状態で何を言われても表情に出さないようにする。


「最初に俺の気持ちを言っておく。誤解されたくないからな。」


やっぱりそう来た。私をキッパリと振るつもりらしい。


「どうぞご自由に。最初から覚悟してるわ。」


「そこから間違ってるんだよ。お前もう振られること前提で話をしてるだろう?」


「何よ。違うとでも言うの?」


「ああ、全然違う。俺はお前が好きだ。春に初めて会った時からな。」


目が点になる私。まさかの展開だった。だって彼は私と付き合うなんてあり得ないと一花に公言したではないか。混乱で頭の上にたくさんのクエスチョンマークが飛び回っているのが見えるのではないだろうか。


「そんな嘘吐かないでいいわよ。気を使ってるつもり?私って子供だから本気にするわよ?」


「本気にしてくれ。じゃないと俺が勇気を振り絞った意味が無くなる・・・。」


「ほんとにほんとなのっ!?だってあなた、一花の前で完全否定してたじゃないっ!」


「あの場面じゃああ言うしかないだろうっ!お前も誤魔化せって目をしてたじゃないか。」


「あ、そうだよね・・・。冷静に考えたら私だってそう言うわ・・・。」


そうだ、あの時私は、うまく誤魔化してくれた秋庭実に随分と感謝した記憶がある。


「だからあれは真意じゃないよ。普通に考えれば分かりそうなもんだろうが・・・。」


「そんなの気づく訳無いじゃないっ!あの時の私はハヴさんで頭が馬鹿だったんだからっ!!!」


「ああ、相当いかれてたもんな。」


「・・・何よ?私うまく隠してたつもりだったけど、そんなにバレバレだったの?」


「いや、そういう訳じゃないんだ・・・。」


「何なのよ?あっ!私ちゃんと返事しなきゃダメだよね?昨日も言ったけど、私はハヴさんも好きなのよ・・・。どうしよう?ハヴさんに何て言ったらいいのか・・・。私から付き合って欲しいと言っておいて、他に好きな人が出来ましたじゃ最低だよね・・・。」


「いや、返事はまだいいよ。それにハーヴェストに言う必要は無い。実はこれからの話が本題なんだ。」


「告白より大事な話なのっ!?」


「ああ、俺はお前にちゃんと謝りたいことがあるんだ。その上で返事を聞かせて欲しい。」


秋庭実はそう言うと車を適当な駐車場に入れ、私の目を真っ直ぐに見て話し出した。

次の展開はあなたが考えている通りです。


賢明な読者の皆様はお気付きになったと思いますが、今までの話の中に様々な伏線を張ってきました。後で読み返すのも面白いのでは無いでしょうか?


分かってたよヴァカッ!とか言わないで~(ㅎωㅎ*)

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