第十話 お嬢だからさ
謀ったな!シャアッ!!!
私の弟、諸君らが愛してくれたガルマ・ザビは死んだ。何故だっ!!!
坊やだからさ・・・。
第十話 お嬢だからさ
水の底から浮かび上がるような浮揚感。私はゆっくりとまどろみの中から意識を覚醒させていく。傍には一花が心配そうな顔をして座っていた。チャムが私の胸の上に丸くなっている。
(ああ、チャムだ。私、嫌われたわけじゃなかったのね。思い出してくれたのかな?)
暢気な事を考えていると、一花が私を揺り動かした。軽い頭痛を感じる。
「智?智ちゃん?ここが何処か分かる?」
一花の声から私はとても心配されていたことを感じ取る。何だか暖かい気持ちが溢れた。
「一花。大丈夫よ。何でそんなに心配してるの?何かあった?」
私は素直に返事をした。見る見る一花の顔が変容する。マリア様のような慈愛に満ちた顔から、修羅の顔へと。
「何かあったかですってぇっ!!!この馬鹿娘があああああああっ!!!!」
「ひいいいいいっ!」
一花の怒鳴り声。私の軽い頭痛は一気にボルテージを上げ頭の中で激しいドラムを打った。
「どれだけ心配したと思ってんのっ!あんた何も覚えて無いんじゃないでしょうねっ!!!」
「あいたたたた、一花、頭痛いよ・・・。」
「やかましいっ!それは天罰よこの色ボケ女ああああああああっ!!!」
「ひええええ・・・。」
チャムは一花の大声に飛び起きて廊下に消えた。私は一花の怒りの原因を必死に脳内で検索する。結論、ハーヴェストの事。
「も、もしかしてハヴさんと付き合ってたの隠してた事怒ってる・・・?」
「違うわっ!!!バレバレだってのっ!そんなことじゃ無くてあんたレイプされそうになったのよっ!?ちったぁ反省しろっ!!!」
「そ、そこかぁ・・・。」
「他に何があるのよっ!みのりんにちゃんとお礼言いなさいよっ!」
「わかったわよぅ・・・。」
私は布団を被って一花の攻撃を凌ぐ。
「目が覚めたか?一花、少し声のトーン落とせ。隣人に会うのが恐くなる。」
「あ、ごめんね。この馬鹿見てたらついね。」
怒りに燃える一花とは打って変わって、秋庭実は心配そうな顔で私の傍に立つ。そしていつになく優しい声で子供に言い聞かせるように私に問診を開始した。
「なぁ茶霧。頭が痛いのか?他にどこか変なところ無いか?気分が少しでも良くなったら救急病院に連れて行くからな?おかしい所があったら素直に言えよ。日曜日だから他に開いてないんだよ。」
「大丈夫・・・です・・・。何でそんなに心配してんの?2人とも変よ?」
秋庭実が一花と顔を見合わせる。「頭も打ったのか?」「記憶障害?」などと尋常じゃない会話が私の耳に入ってきた。
「ちょっ、ちょっとっ!何なの一体?私どうしたの?」
「智、あなた変な薬を飲まされてるのよ。何やっても起きないから私すっごい不安だったんだよ?」
「そういうわけだ。あの偽者な、くそ盟主だったよ。ピーピング何とかって不正プログラムでお前のチャット全部覗いてやがったんだ。そしてハーヴェストに成り済まして恋愛にラリってるお前と一発やって自分の女にしようと企んでたんだよ。ご丁寧にデジカメとか持ってたぞ。でももう手は出させない。顔の形が変わるまで殴ってやったから安心しろ。免許書のコピーと念書も書かせたから。」
「そんな・・・。じゃああれはハヴさんじゃないの?」
「そうよ。あなたのハーヴェストな訳無いじゃない。」
「だから安心してゲームも続けていいよ。あの野郎は今日中にキャラ全消去させる約束してるから。」
「そうだったんだ・・・。何か色々とゴメンナサイ。」
「智が飲まされた薬は通販で買った媚薬と睡眠薬だって・・・。どんな症状が出るか分からないからしっかり病院に行こう?ね?」
「うん・・・。」
「よし、じゃあ予約の電話入れるぞ。気分が良くなったらちゃんと着替えな。」
「うん、分かった・・・。」
私は事の重大さは曖昧に感じていたが、とにかく2人には感謝した。一花は「ちょっと待ってて。」と部屋から出て行った。私は立てそうだと思い、おもむろにベッドから起き上がって床に足を下ろした。
「な・・・。」
秋庭実が私を見て固まった。私は不思議そうな顔をしたと思う。確かに寝起きはあまり見られたくないし、そんなに固まる事はないと思ったのだけど、秋庭実の視線を辿って全てを理解した。私は下着の上にダブダブのTシャツ(白、無地)を着せられているだけの姿だったのだ。下着は下だけ。上の下着はどこかに消えていた。完全に色んなものが透けて見えているに違いない。
「ひっ・・・。」
そこに一花が私の服を持って現れる。
「智、あんたの服、皺になっちゃダメだと思って脱がしといたのよ~。下着も洗っておいたから。下だけコンビニのってウホッ!」
涙目で一花を振り返った瞬間、ダブダブのTシャツの肩がスルリと落ちる。想定外の大サービスだった。
「きゃああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!」
その直後、私の盛大な悲鳴と秋庭実の倒れる音が1階まで響いたらしい。(管理人のお爺さん談)
★
顔に紅葉を貼り付けた秋庭実の横で、私は真っ赤になって俯いていた。今は病院の帰り道。2人乗りの車なので2人で移動するしかないのだけど、気まずい。恩人だろうが何だろうが、ポロリまで見られると手が出て当然だと思う。しかし、罪悪感で彼の顔をまともに見れなかった。
「気にすんな。眼福だと思うから。頬っぺたも平気だし。」
そんなことを真っ赤に腫らした顔で秋庭実は言っていたが、私はそう割り切れない。肌を見られるのも男に手加減なしのビンタを張るのも初体験。もう嫌になるくらい初体験尽くしだ。気まずさなのか気恥ずかしさなのかも分からない。とにかく秋庭実を直視できないでいた。
「まぁ異常も無かったし、良かったんじゃねえか?軽い興奮剤と市販の睡眠薬だったみたいだし。」
医者の診断では、あと血液検査をして違法な物かどうかを調べてもらうだけだ。一応偽者に書かせた念書と、未遂なので示談で済ませた件だけは医者に伝えてある。もし違法な薬物が検出されても、本人の意思では無いと立証するためだ。何か出たら偽者が捜査対象になるだけだろう。その辺りの詳しい話は調べてみないと分からない。禁断症状も無いし、違法なものでは無いだろうと言う診断だった。
「何だかお騒がせしました。大事になるところだったね。」
「そうだなぁ~。でも一花にもちゃんと感謝しないとダメだぞ?怒鳴ってたのは愛情の裏返しで、本当に心配してたんだぜ。」
「うん、分かってる・・・。」
一花にはすでにメールで結果を教えてある。ただゲームの中の人に会っただけなのに、思った以上に周りの人間に迷惑をかけてしまった。
「なぁ茶霧、これに懲りてゲームの人間と付き合うなんてこと止めないか?」
不意に秋庭実がそう言った。私は彼が何を言いたいのか感じ取る。身元も顔も知らない人間と恋愛感情で結ばれるなんて異常だと言いたいのだろう。ごもっともだと思う。でも、彼に恋してしまった私も現実に居るのだ。今回は偽者だったためにフィーリングが合わなかっただけで、本物のハーヴェストとならうまく付き合っていく事も出来るかもしれない。ただ、そのリスクも考えろと言いたいのだろう。
「秋庭君の言いたい事は分かるよ。でも、これは私とハヴさんの問題。」
「そうなんだが、俺はもう知り合いが泣いてるとこなんか見たくないんだよ。」
彼にとって私は『知り合い』か。友人ですら無いらしい。勿論、色々な意味を含めての知り合いだと言いたかったのだろう。それでも、秋庭実は私と付き合う事など「あり得ない」と言っていた。恋愛対象とは見ていないのは疑いようも無い。
「なぁ、匿名って言うのは人を悪人にするんだぜ?2chなんかでも、虫も殺せないような一般人が他人を面白おかしく叩いてストレス解消してるんだ。それだけ人間は汚い生き物なんだよ。ハーヴェストだってもしかしたら・・」
「やめてっ!」
私は秋庭実の言葉を途中で遮る。
「今回はまんまと騙された私が馬鹿だっただけ。それでハヴさんの人間性がどうとかって話にすり替えないで。」
「いや、俺は可能性の話をしただけであって・・・。」
「そんな話聞きたくも無い。私はこれからもハーヴェストと付き合うわよ?それで迷惑を掛けるかもしれない。でもリアルでも恋人同士のイザコザなんて掃いて捨てるほどあるわ。」
「まぁそうなんだが・・・。」
「それに秋庭君はハヴさんのこと知ってるんでしょ?」
「え?いやその何て言うか・・・。」
「だって言ってたじゃない?」
「そこは覚えてるんだな・・・。」
「うん、よければ私に彼のこともっと教えて欲しい。」
「え、あー、うーん。」
「ダメなの?」
「ああ、電話でちょっと話しただけだからな。武器について説明してやるって。」
「番号とってある?」
「え、いや、無いよ。俺の携帯教えたら非通知で掛かってきたから。ただ声は低かった。」
「そっか・・・。私も同じことやってみようかな。非通知で掛けてって。」
「だから見ず知らずの他人に自分の番号教えてどうすんだよ。その辺の危機管理をもっとしろって言ってるんだ。」
「自分も教えたのに?」
「う・・・。」
「もういいよ・・・。私とハヴさんも運命で繋がってればどうにかなるわ。全ては時が解決するでしょう。」
私は面倒になって話をぶっ千切る。そのまま2人は無言で車に揺られ、私を家まで送ると秋庭実は「またな。」と言って走り去ってしまった。目も合わさずにコクリと頷くだけの私。
「私もちゃんと考えないとダメね。秋庭君の言うとおりだわ。それにもう・・・。」
私は去っていった可愛い黒い車を目で追いながら、小さく呟く。直視できなかった理由は他にもあったのだ。
★
翌日から、私は嫌なことを忘れるように学校とバイト、そしてゲームに没頭した。一花や他の友人と遊ぶ時間も減り、いつの間にかもうクリスマスソングが街に溢れる季節になる。単位は順調に取れそうだったし、バイトもそつなくこなし、いい先生になっていると思う。ハーヴェストとは相変わらずで、頻繁にデートを重ねていた。当然レベル上げも頑張って、いつの間にか40になろうとしていた。盟主はあの日の翌日、スノークさんに盟主の座を譲り渡すと、永遠に登録を抹消された。秋庭実が、彼に書かせた念書と免許のコピーを添付して運営に通報したのだ。リアルに犯罪を犯そうとした者に運営は厳しく、アカウント剥奪という重い処分を科した。ピーピングプログラムの使用も規約違反だったので、有無は言わせなかったらしい。クズには相応しい末路だ。ちなみに、本物のニートだったそうだ。これまた秋庭実が、免許証のコピーから親に連絡を取り、全ての事実を暴露したのだ。一花が面白そうに聞かせてくれた。これで事実上、彼からの報復は無いだろう。私はゲームで接触する以外、秋庭実とは連絡を取っていない。私は今、仮想空間とはいえ男性と付き合っている。他の異性と親しくする気は無い。正直に言うとあれ以来、秋庭実のことばかり考えてしまって、気持ちが落ち着かなくなってしまったのだ。もう疑いようは無かった。私は秋庭実に好意を抱いている。それも特別な好意。
(これはもう誤魔化せない。でも私はハヴさんと付き合っているし、秋庭君も私に対して特別な感情を持つなんてあり得ないと言ってた。この気持ちは知られる訳にはいかない。だからもう、秋庭君とは会っちゃダメなんだ。)
ピンチに悉く駆けつけ救ってくれた男に惚れるなと言う方が無茶な話ではないだろうか。私も普通の女の子、王子様とは言わないけれど、やはり格好いいと思ってしまった。だから私は、彼との接触は極力避ける事にした。これ以上彼のことを知りたくない。知ればきっと、私はこの気持ちを肥大化させ押さえきれなくなる。玉砕が恐い。結果が分かっている告白ほど無意味なものは無い。私は秘めたる想いを胸にしまいこみ、忙しさの中に埋没させるしか自分を守る方法を思いつけなくなっていた。
★
一花は相も変わらず秋庭実の家に通い、猫と遊んだりゲームをしたり、レポートを書いたり、そして寝たりしているらしい。私も事ある毎に誘われるが、何かと理由を付け断っていた。秋庭実の家に行けば、彼の匂いに包まれ我を忘れるかもしれない。暴走する可能性があるのだ。行くわけにはいかない。
「ねぇねぇ智、クリスマスは予定あるの?」
今年もあと10日というある日、一花が唐突に私にクリスマスの予定を聞いてきた。これは何か企んでる。私は直感でそう感じた。
「ある。」
「ハヴさんとデートとか言ったらしばくわよ。」
見抜かれている。だけど他に用事は思いつかない。
「ハヴさんとデート・・・。」
「ハヴさんに確認してるわよ。そんな予定は無いって。」
「これから約束するのよっ!」
「ざんねーん、ハヴさんクリスマスは居ないってさ。私が確認しといたっ!」
「く・・・。」
なんと用意周到なのだろう。一花は私の考えそうなことなど予想済みだったのだ。
「智ちゃん暇人けってーいっ!!!」
「何なのよ一体?クリスマスに何かあるの?」
「みのりんと・・」
「行かないっ!」
私は皆まで聞かずに断る。それも強い口調で。
「何で・・・?」
「秋庭君のとこでしょ?私は遠慮します。勝手に2人で仲良くすればいいじゃない・・・。」
「いや、今のとこ3人だよ。」
「3人?」
思わず聞き返してしまった。秋庭君と一花と他に誰が来るのか知りたい。
「そそ、私とみのりんとみのりんの従兄妹。」
「イトコ?」
「そそ、来年からうちに来るんだって。商業高校の推薦枠で決定だってさ。」
「へー、推薦なんかあったんだ?うち国立だよ?」
「あるよ、商業高校からなら経済だね。つまり私達の後輩ってわけ。」
「ふーん。」
(何だ、唯のイトコか。心配して損した。って何の心配なんだか・・・。)
「可愛い子だよー。私はもう会ったんだ。来年から秋庭君の家に住むかもって一度見学に来てた時。」
「イトコって・・・、女の子っ!?しかも住むって何っ!」
「んだ。従兄妹同士だし問題ないっしょ?」
「現役JK・・・。」
「来年はもう女子高生じゃないよ。」
「それでもピチピチじゃないの・・・。」
「気になる?気になるよね~。気にならない訳ないんだっ!!!」
おどけた様子で私をからかう一花。
「気にならないわよヴァカッ!」
「ふっふっふ、智ちゃん、最近秋庭君と全くコンタクト取ってないでしょ?」
「よくご存知で・・・。」
そこまでリサーチ済みとは恐れ入る。面食らっている私に一花は低い声で言い放った。
「俺どうも嫌われちゃったみたいなんだよね。やっぱ色々見られたら女って相当ショックなのか?」
「それ秋庭君が言ったの・・・?」
「うん。」
嫌っているのでは無い。断じて違うし、寧ろその反対だ。だけど、本当の理由は言えない。
「違うって言っといて。」
「自分で言えばいいじゃない。」
「言えたら苦労しないわよっ!」
「何でそんなに行きたくないの?」
「それは・・・、あの・・・。」
私は口ごもる。
「好きになっちゃったみたいなの、あ・た・しっ!でしょ?」
一花に図星を突かれた。私は顔を真っ赤にしながら反論する。
「違うわよっ!!!」
「いやいやいやいやいやっ!」
「違うのっ!私はハヴさんと付き合ってるんだから秋庭君とは付き合えないのよっ!」
「付き合わないじゃなくて付き合えないなんだ?ふっふぅ~ん。」
まるでイタズラッ子のような笑みを浮かべる一花。含んだ笑いを私に向けている。
「何が言いたいの一花・・・。」
「ゲームの彼に遠慮してリアルの男への気持ちを隠し通す。辛いでしょ?」
「辛く無いわよ。」
「大丈夫だよ。前にも言ったじゃない。秋庭君は智のことが好きなんだってばっ!」
そう、前に一花が私にそう言った。だけどキッパリと否定されている。
「あり得ない。」
そう、そう言われた。私と付き合うなんて『あり得ない』と。
「む?」
「秋庭君はあり得ないって言ったわ。あんた覚えてないの?」
「いつだっけ・・・?」
「11月(第八話)よっ!あんたが写メ見せたときっ!!!」
「あー、そんなことあったわね。智そんなこと気にしてたの?」
「面と向かって好きな男に言われれば嫌でも気にするわよっ!!!」
「やっぱ好きなんだ?」
私はハッとした。馬鹿みたいな誘導尋問に私はまんまと引っ掛かってしまった。この1ヶ月余り、胸に鬱積していた想いは事の他大きかったらしい。一花はニヤリと笑い、私の肩をポンポンと叩く。
「もう智は可愛いなぁっ!よし、お姉さんに任せなさいっ!!!」
「一花、謀ったわねっ!」
「ふ、お嬢だからさ・・・。」
私はガ○マか。
「もうっ!ずっと秘密にしておこうと思ったのに・・・。」
「智、そんなこと抱えたままだと疲れちゃうよ。そろそろ現実に戻って幸せになっていいんじゃない?」
「でも・・・、私はまだハヴさんも好きなんだ。彼とゲームの中でデートしてると、癒されてる。」
そう、もう1つの問題はハーヴェスト。私の彼に対する恋心も何ら変わることは無いのだ。私は同時に2人の男を好きになってしまっている。それはとても罪なことで、罪悪感でうなされる夜もあるほどだった。
「それはもう問題ないわよ。全く問題無し。」
「意味が分かんないんだけど・・・。」
「クリスマスにみのりんの家に来れるなら教えてあげる。」
「どういうこと?」
「来たら教えてあげる~。」
「・・・・・・・行くわよ。」
「よっしゃっ!じゃあ、ちゃんと打ち合わせもするから着てね。」
「分かった・・・。」
「あー、クリスマスが楽しみだなぁ~。」
一花は浮かれたような声を出して、小躍りしながら帰っていった。
初ポロリでしたね。
秋庭君、お前の鼻血は何色だっ!!
どうでもいい小ネタが少し混じってましたがいかがだったでしょうか?
たまにはコミカルにね( ゜ д ゜ )