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そういう関係じゃないと言われましても

掲載日:2026/07/24

 空は青く、陽光は美しい庭できらめき、それを臨む正午の学園のカフェテリア。予約しておいたテラス席で、私はうきうきと限定メニューが運ばれるのを待っていた。


「ルピナス、嬉しそうだね」


 婚約者のヒューイ・アキレギア子爵令息に笑いかけられ、私は微笑んで答えた。


「ええ。私、今日が来るのをずっと楽しみにしておりましたもの」

「しかし、一月前から予約が必要な昼御飯なんて、騎士科の食堂とは全然違うねえ。ご令嬢たちって、毎日大変そうー」


 そう言って目を見開いているのは、婚約者のヒューイと同じ騎士科のアネモネ・テイ男爵令嬢。二人はとても気の合う友人同士で、今も隣り合って座っている。


「騎士科も違う意味で大変だけどな」

「そうそう、早い者勝ちだからね! こんなに呑気に座ってられないよ」

「うふふ。予約時にテイ男爵令嬢が偶然いらしたのも、何かのご縁。今日はゆっくりと限定メニューをご賞味くださいな」


 私はにこやかに言いながら、予約時からの過去を思い出していた。



「ヒューイ! あら? あなたがヒューイの婚約者さん?」


 カフェテリアの前でヒューイを呼び止めたのは凛々しい女性だった。均整のとれた長身に騎士科の制服がよく似合っている。私が口を開く前に、女性は上から下までざっと私を観察した後、大声で捲し立てた。


「えー、ちっちゃくてカワイー! いかにも守ってあげたい系のご令嬢! ヒューイ、やるねえ」


 女性はにやけるヒューイの背中を勢いよくバンバンと叩いている。女性のうなじの一筋の後れ毛が、騎士科のかっちりとした制服に不似合いな色気を出していた。


 実は、私、自分が小柄で頼りなく見えるのをかなり気にしている。それを初対面の長身女性に言われて、結構堪えた。事実だし、仕方ないのだけれど。


 そんな私に、女性は満面の笑みで話しかけてきた。


「あっ、驚かせてごめんなさい。私、騎士科のアネモネ! テイ男爵家の者です! ヒューイとは同じ班で、見かけてつい声をかけちゃった。婚約者さん、お邪魔でした? ヒューイ、今何してた?」

「おまえなあ……、ルピナス、ごめん。騎士科の連中はだいたいがさつだから」

「ちょっとお、こーんなかわいらしーご令嬢の前で言うことないじゃん」

「自分のしたこと振り返ってみろよ」

「それな!」


 けらけらと笑いながら、テイ男爵令嬢はヒューイの二の腕をパシパシと叩いている。何だか形容詞が棒読みで、やたらと距離の近い人だ。私はやっと我に返って、名乗りを返した。


「はじめまして。デーツ子爵家一女、ルピナスと申します。今、来月のカフェテリアの予約を申し込むところですの。失れ「えーっ! 昼御飯食べるのに予約がいるの? ええ!」


 大声で遮られて驚く私に構わず、ヒューイはテイ男爵令嬢に答える。


「そうだよ。ここの限定メニューは美味しくて数量限定の上、テラス席は競争率がはねあがるんだ。待ち続けてやっと回ってきたんだよ」

「えっ、いいないいな。ヒューイ、ずっるい!」

「ずるくねーよ」

「私達が喧しい騎士科の食堂で食料を奪い合ってる時に、一人だけカワイー女の子としっぽりランチだなんて」

「なんだ、その表現」

「班全員に、ううん、騎士科全員に言いふらしてやるー!」

「やめろや」

「うらやましー! あたしもたべたーい!」


 ポンポンと言い合う二人の横で、カフェテリアの予約受付の職員が困っていた。このままでは予約できずに授業が始まってしまう。


「あの!」私は仕方なく声を張った。「よろしかったら、ご一緒にいかがですか」

「えっ、いいの! やったー! 嬉しい! ありがとう、婚約者ちゃん!」


 驚くことにテイ男爵令嬢は全く遠慮しなかった。思わず無言になるが、テイ男爵令嬢は一人で嬉しそうにはしゃいでいた。


「……では、予約いたしますね」


 私が記名する間、二人はボソボソと言い合っている。


「おまえ、遠慮しろよ」

「やだ。こんな機会めったにないもん。いいじゃん。これで皆には黙っててあげるからさ」

「あー、もう」


 職員の気遣わしげな視線が逆に辛かった。私は気合いで微笑み、二人に話しかけた。


「予約いたしました。ちょうど一月後に、またお会いしましょう」

「やたー! ありがと、婚約者ちゃん! えっとお名前は?」

「……デーツ子爵家の、ルピナスと申します」

「ルピナスちゃん! 本当にありがと! またねー! ヒューイ、次、演習だからね」

「わかったよ、先行ってろ!」


 ヒューイはぶっきらぼうにテイ男爵令嬢を追い払うと、私に向き直って頭を下げた。


「ルピナス、ごめん。せっかくとれた予約だったのに」

「しかたありませんわ。あのままでは予約もできませんし。……ずいぶん距離の近い方でしたね」

「騎士科は男女関係なく、ああいう感じなんだよ。全員が男友達みたいなものだから」

「……とても仲が良さそうでした」

「班行動と連帯責任でいやでも近くなるんだ。ルピナスが心配するような、そういう関係じゃないから。俺を信じて? えっと、ルピナス?」


 私はヒューイの袖を掴んで俯いた。困ったヒューイが私の顔を覗き込む。私は顔が熱くなるのを感じながら頑張って伝えた。


「私、憧れていたのです。学園のテラス席で、婚約者と仲睦まじく、お昼を頂くのを。今回は残念ですけれど、次回は、必ず、あなたと二人きりで……叶えていただけますか?」


 背の高いヒューイと目線を合わせるにはどうしても上目遣いになる。恥ずかしかったけど、せいいっぱい見つめたら、きゅっと両手を握られた。


「うん。次回は、必ず二人きりで」

「嬉しいです」


 私は心のままにふわりと笑ってしまった。ヒューイは大きくため息をついて、握った手を額に当てて呟いた。


「もう授業に、行きたくない」

「まあ」


 くすりと私が笑った瞬間、


「ヒューイー、遅れるー! 罰で鍛練増えちゃうだろ!」


 なんとカフェテリアの入り口から、先に行ったはずのテイ男爵令嬢が叫んでいた。


「今、行く! ……ルピナス、またね」


 名残惜しそうなヒューイは、それでもカフェテリアの入り口に軽く走っていく。後ろ姿を見送っていたら、テイ男爵令嬢と目があった。テイ男爵令嬢はにっこり笑って、私にひらひらと振った左手を


「ヒューイ! 行くよ!」


と、そのままヒューイの肩にガシッと回した。


 え? 私が婚約者と知っていて? その私の目の前でそれを? あまりにも距離が近すぎでは?


 慌てて廊下に向かった私が見たのは、ヒューイの肩にがっちり手を回したテイ男爵令嬢と、テイ男爵令嬢の背中に手を回したヒューイが走り去る姿だった。


 え?


 釈然としないまま、淑女科の教室に戻った私を迎えたのは友人達からのとんでもない情報だった。


「ルピナス様、見ましたわ」

「あの女、今回はアキレギア様に目を付けましたのね」

「あれは騎士科の『毒虫』です!」


 なんでも、騎士科には『毒虫』と呼ばれる女性が数人いるとか。彼女達は総じて異性との距離が近く、それを本人に不適切だと指摘しても行動を改めることはない。何故なら、騎士科は男女の区別なく激しい演習が行われるから、そんな細かいことには構っていられない、らしい。


「演習ならしかたありませんね」


 私がぽそりと呟くと、皆がすごい勢いで否定してきた。


「それはただの言い訳です!」

「騎士科でも他の真面目な女性たちは、演習でも、それ以外でも、必要以上に他人には触れませんもの」

「彼女達はそれでも周りとしっかり意志疎通できていて、鍛練や演習も難なく修めておりますわ」

「ですから、『毒虫』がおかしいのですよ」

「『毒虫』に感化された男性は必ずこういうのです。『そういう関係じゃないから』と。もう白々しいったら」


 その言葉にどきりとした。さっきヒューイも同じことを言っていたから。


「ルピナス様、くれぐれもお気をつけあそばせ」


 確かに、私とヒューイの婚約はお互いの恋愛感情で結ばれたものではない。我が家の事情を汲んでくれる人を探していたら、騎士団長にヒューイを紹介された。私は婚約期間で徐々にお互いを知って、愛情を持てばよいと思っていたが……。


 私は友人達の忠告を受け止めて、学園内でヒューイを見かけたときによく観察してみた。


 確かに騎士科は班行動が多いようで、ヒューイは同じ顔ぶれとよく一緒にいる。テイ男爵令嬢もその一人だ。その際のテイ男爵令嬢は、仲間の身体によく触れている。肩に手を回すとか、背中に触れたり叩いたり、腕を取って掴む、組む、回すなど。ヒューイだけではないが、私の見る限りヒューイに最も気軽に触れているようだ。


 見ているうちに、『毒虫』と呼ばれる女性と真面目な女性の区別がついた。彼女達は同じ制服でも明らかに着こなしが違う。真面目な女性達は制服を動きやすいようにすっきりと着ているが、『毒虫』達は体の線を殊更に際立たせていた。確かに、テイ男爵令嬢の強調した胸元には自然と目がいく。


 これは要観察事案だ。私は騎士科の公開演習を見に行くことにした。


 実は、私は我が家の事情により、淑女科のほかに領地経営科の授業も聴講している。今までは時間が取れず、公開演習を見に行かなかった。それはヒューイも承知のこと。そこを利用して、僅かな隙間時間にこっそりと見に行く。きっと彼らの自然な様子がわかるはずだ。


 私は髪型を変えてきっちりとおさげに編み、念のためにメガネをかけて変装した。そうして演習場に赴くと、まず見学者が多いのに驚いた。騎士科に婚約者がいる令嬢たちや、憧れの君を見たい令嬢や平民女子、剣技好きの生徒たちもたくさんいて、これならうまく紛れ込めそうだ。


 今ちょうど、ヒューイの班が他班と手合わせし終えたところだった。ヒューイ達が勝ったらしく、班員たちは抱き合って喜んでいる。私はその様子に目を見張った。


 んんん? 全員一斉に肩を組み合うのではなく、テイ男爵令嬢が班員一人ずつにむぎゅーっと抱きついているのはどういうこと???


 負けた方の班にも女生徒はいるが、班員同士で拳を軽く合わせるとか、肩を軽く叩いて終わっているのに? 勝敗で違うとか?


 悩む私の前で、次の組が試合を始めた。


 私は試合よりヒューイが気になってずっと目で追ってしまう。ヒューイはずっとテイ男爵令嬢と見つめあっておしゃべりしている。その間、テイ男爵令嬢の右手は、常にヒューイの二の腕や肩に触れていた。彼らがお互いに向ける視線も、どうみても友達同士にしては熱っぽい。


 次の試合はすぐに勝敗が決まった。ワッと歓声が上がり、勝った班員がお互いを称えて、肩を叩きあったり拳を合わせている。この班は男性だけで、勝っても班員同士で抱き合うことはなかった。


 次の授業の時間が迫り、私はそっとその場を離れた。化粧室で素早く髪をハーフアップに戻しながら、胸のモヤモヤがおさまらない。最後に髪飾りを留めると、ため息をついた。これはヒューイから贈られた髪飾りだ。こんな気持ちで着けることになるなんて。


 幸い、次の授業は領地経営科での聴講だ。難しい講義に集中していたら、自然と気持ちも切り替えられた。授業が終わり、いつものようにすぐに図書室でさっきの内容をまとめるのだが、


「ルピナス!」


なんと廊下でヒューイに呼び止められた。後ろにテイ男爵令嬢まで連れてきている。


 今は、会いたくなかったな。


「ヒューイ、会いにきてくれたのですか?」


 私は何も知らないふりで、にっこりと微笑んだ。


「あ、ああ。顔が見たくなってさ」

「まあ」


 驚いた。ヒューイがこんなことを言うのも、私にここまで会いに来るのも、初めてのことだ。


「騎士科はさっきまで公開演習だったんだー」


 後ろから、テイ男爵令嬢がぐいっと割って入った。


「ヒューイったら『見学者のなかにルピナスがいた気がする』って言い出して、ここまで見にきたんだよね!」

「まあ」


 さすが、騎士志望だけあって目がよい。私は感心していた。


「ごめん。ルピナスが忙しいのはわかっているけど、もしかしてと思って」

「うわ、ヒューイ照れてるー! すーっごく愛されてるねええ? ルピナスちゃん?」


 照れるヒューイを明るく囃し立てるテイ男爵令嬢を見て、私はわかってしまった。


 この二人は、自分達の親密そうな姿を私に見られていないか確かめにきたのだ。


 何故なら、ヒューイは照れた素振りで、ずっと私の反応を窺っているから。目の前のテイ男爵令嬢の笑顔は、全く目が笑っていないから。


 なるほど、そう言うこと。


 そんな二人に対して、私は目を伏せて申し訳なさそうに言う。


「今日は公開演習でしたね。……ずっと見に行けなくてすみません」

「いや、ルピナスが忙しいのはわかっているから。ただ、気になっただけだよ」

「うーわ、婚約者同士の絆ってやつだ! ヒューヒュー」


 茶々をいれていたテイ男爵令嬢は、突然私に向き直るといかにも心配そうに言う。


「でも、気をつけたほうがいいと思う。ヒューイって結構女の子に人気があって、今日の公開演習でもキャーキャー言われてたし。ルピナスちゃんは、今までみたいに婚約者の立場に甘えていたらよくないかも」


 私は頬に手を当てて、淑女らしく曖昧に微笑んでおいた。テイ男爵令嬢は、私が自分の言葉に戸惑っていると思ったらしい。


「でも、安心して! あたしがヒューイのこと、見張っててあげる! 騎士科で同じ班だから、ずーっと隣で見ておくからね! 忙しいルピナスちゃんは、淑女科で今まで通り頑張って!」

「まあ」


 私は彼女の言い分に呆れてしまった。


「いや。何でおまえがそんな「あら、これは騎士科の仲間のあたしこそ適任じゃない? だって、あたしたちそういう関係じゃないから。ね!」


 ヒューイを遮ってテイ男爵令嬢が言い放ち、にっこりと笑った。それを聞いたヒューイは目を見開いて、一瞬だけ傷ついた表情をした。


 まあ、浅はかな人。


 そしてすぐに私の視線に気づき、表情を繕ってぼやく。


「それは、そうだけどさ」

「ね! だから、ルピナスちゃん、安心してて。あたしたちはそういうのじゃないから、しっかり監視しておくね!」


 テイ男爵令嬢は善意の申し出を装った。


 そう、あなた方はそういうことにしておきたい、と。


 私は貴族らしい笑みを浮かべ、男爵令嬢に答えた。


「お心遣い、ありがとうございます。でも、それには及びませんわ。私、信じておりますもの」


 そう言ってテイ男爵令嬢を見つめてから、ヒューイに笑いかけると、笑顔の彼女の目が険しくなった。


「……へーえ。聞いた? ヒューイ、愛されてんねえ!」

「あ、ありがとう。ルピナス」

「うふふ」


 満更でもないヒューイの背中を、テイ男爵令嬢はいい音を立てて叩き続けている。どことなく目が笑ってないが、それはお互い様だ。


 私は信じている。自分の勘を、自分の目で確かめたものを、そこから導き出した判断を、自分自身を信じている。


 忙しなく立ち去る二人を見送りながら、私はある決意を固めた。



 限定メニューは、目も味も存分に楽しめる素晴らしいものだった。


「美味しかったー。たまにはこういうのもいいね!」


 そう言って食後のコーヒーを楽しむテイ男爵令嬢に、私は微笑み返す。


「お気に召して何よりです」

「量が少ないけど、味は極上。ね、ヒューイ」

「おまえなあ。ルピナス、最高の昼食だった。こいつの言うことは聞き流して」

「しょうがないじゃん。ご令嬢と違って、騎士科は動くんだから食べなきゃもたないの! ねえ、ご令嬢たちのお茶会もこんなちっちゃい食べ物ばかり?」

「軽食中心になりますね」

「そうなんだー。食べたかどうかわかんないね。それでみんなでおしゃべりしたり?」

「ええ。いろいろと情報交換をします」

「ふうん。騎士科だったら報告五秒で終わりだな。ご令嬢は悠長だね。あたしには無理そう」

「アネモネ、言葉を選べよ」

「なによ。ヒューイったらルピナスちゃんの前でカッコつけちゃって。騎士科でのヒューイはねー「わかった、アネモネ。デザートを追加しよう」

「やった!」


 私がぽんぽんと言い合う二人をみつめていると、テイ男爵令嬢は急にこちらへにっこりと笑いかけた。


「あたしはこんなだから、ご令嬢より騎士科のみんなの方が気が合うんだ。ヒューイとも本当にそういう関係じゃないからね」

「ええ。お気になさらず」


 さらりと答える私に、ヒューイは少し安堵し、テイ男爵令嬢の目が微かに細くなった。


「お二人とも、おかわりはいかが?」


 全員に新しい飲み物が行き渡ったところで、私は話題を変えた。


「ところで、テイ男爵令嬢、卒業後の進路はもう考えていますか?」

「うん。貴族のお家での護衛を目指そうかなって」

「えっ、騎士団ではなく?」

「うん。今の騎士団だと女性騎士は後方支援に回されがちなんだ。せっかく学んだことは活かしたいじゃん? ご令嬢に護衛をつける貴族のお家はたくさんあるから。あたしだったら、女性専用の場所でも護衛できるよ」


 胸を張るテイ男爵令嬢に、私は驚いて声をあげた。


「それは無理ですわ、テイ男爵令嬢。あなたを雇う貴族はおりません」


 はっきり言いきった私に、二人はぽかんとしていた。


「テイ男爵令嬢。あなた、淑女科でも有名ですもの。男性と距離が近すぎる、婚約者のいる相手でもおかまいなしに体を寄せていく女生徒だって。特に、騎士科に婚約者のいるご令嬢たちに問題視されていますわ。もう各々のお家にも報告されているでしょう。そういう揉め事の元になる人を雇うなんて、まともなお家ならありえません」

「ひどい! あたしたち、そういう関係じゃないのに!」


 テイ男爵令嬢は声を張って否定した。ざわついたカフェテリアが静まりかえり、生徒たちから一斉に視線が向けられる。私は落ち着いて、彼女から視線を逸らさず話し続けた。


「そういう関係じゃないと言われましても、そう見られる態度を続けていましたよね?」

「っ、騎士科では、それが普通なの!」

「そうでしょうか? 品行方正な方もたくさんいらっしゃるでしょう? 近衛に推薦されているホワイト伯爵令嬢とか、第二騎士団入りの決まったアンバー男爵令嬢とか。他の騎士科の女生徒たちも、常に適切な距離を保っていますよ」

「あたしたちの、仲間の絆は! そんなものじゃないの! 何よ、演習を見に来たこともないくせに」

「行きましたわ」


 さらりと告げたら、驚いたのはヒューイだった。


「え? ずっと見に行けないって」

「ええ。ずっと見に行けていませんでしたわ。あの日、ほんの少しの時間だけ見学しましたの。テイ男爵令嬢は班の全員に抱きついていました。班員の方はされるがまま。他の班にはそのような態度の人はいませんでした」

「やっぱり、あの時の子はルピナスだったんだ……」

「それはっ、その短時間がたまたまそういう場面だっただけじゃない! ルピナスちゃんはヒューイと一緒にいるあたしに嫉妬しているから、悪意のある見方になってるんだよ、ひどいっ」

「ええ。嫉妬はしておりませんけれど、私もその可能性はあると思いました」

「えっ」


 ヒューイが間抜けな声を出したが、私は構わず続けた。


「ですから、よく騎士科の演習をご覧になっている方に声をかけましたの。あなたが見てきた様子を教えてくださらないか、と。皆様、快く承諾してくれましたよ」

「そんなの捏造かもしれないじゃん!」

「そうですわね。ですから淑女科や文官科の女生徒だけでなく、男子生徒からも幅広くご協力いただきました。騎士科の公開演習ってこんなに人気があるのですね。皆様、その日の日記に詳しく書かれていて、遡って前のことでもよく思い出せるのですって」

「日記なんて主観で、事実じゃないよ!」

「その通りです。日記は常に主観で語られ、見たいものしか見ていません。でも、同日の複数人の視点を合わせると浮かび上がって来るものがありますわ。騎士目当てでなく剣技が好きな見学者からも、見苦しい、勝利の喜びならもっと違う形で表せと散見されていましたね」


 ここに来て、ようやくテイ男爵令嬢は悔しそうに黙った。私は紅茶で喉を潤すと、また話し始める。


「お分かりですか? あなたの行動はかなり広まっていて、あなたが言うほど周りには肯定的に捉えられておりません。ましてや、貴族の護衛職なんて早々に諦めたほうがよろしいわ。もしお話が来るなら、家専属の遊び女に望まれているかと。しかし、私、その資質はなかなかの見所があると思いましたの。軍属など向いていらっしゃるわ」

「はあ? 失礼なだけじゃなく、知識も足りないんだね。学園の騎士科所属のあたしに、格下の士官学校にいけって言うの?」

「まあ、あなたほどの逸材、下士官では収まりませんとも。軍属といっても暗部の方ですわ」


 私のその発言で、カフェテリア内の温度が一気に冷えた。


 しんとした空気のなか、最初に口火を切ったのは意外にもヒューイだった。


「ルピナス、暗部って……」

「ええ。暗部です」

「……それは、ちょっと口にしないほうがいいんじゃないかな」

「あら、あなたにはわかりませんでしたか。この方の手腕、見事でしてよ。確か、ハニートラップというのかしら。男子生徒には自分がモテると勘違いできて、婚約者に言い訳の利くギリギリの好意的なふれあいを重ねるやり方。女生徒には淑女として踏み越えられないのを見越して、今は自分の方が婚約者の関心を得ている様を見せつける。これは撹乱ですわね。それを幾人も同時多発で行い、学園内の風紀がこのように乱れていますわ。実績としては充分ではなくて?」


 私の言葉でヒューイははくはくと口を動かしており、話し疲れた私は、また香り高い紅茶を味わった。


「か弱いご令嬢だからと思って、黙って聞いてたらずいぶんな言い様じゃん」


 テイ男爵令嬢はすでに敵意をあらわにして、私を睨み付けていた。


「あら、喜んでいただけないのね。趣味と実益に、適性も兼ね備えた素晴らしい職場をご紹介しましたのに」

「はあ? ふざけんな! こっちがここに来るまでどれだけ努力したか知らないくせに!」


 怒りのあまり、テイ男爵令嬢は叫びながらテーブルを叩いて立ち上がった。私はその姿を見つめながら静かに答える。


「だとしたら、ご自分自身で努力を無になさったのね。周りをよくご覧なさいな」


 テイ男爵令嬢は言われて初めて、周りからの視線に気づいたようだ。カフェテリア内の令嬢たちがテイ男爵令嬢を冷ややかに見つめている。数多の厳しい視線に晒されたテイ男爵令嬢は、そこでやっと怯んだ表情を見せた。


「この中にはあなたがすり寄った婚約者を持つ高位貴族のご令嬢も多数いらっしゃるわ。今日のことは、皆様がご自分のお家に報告なさるでしょうね」


 そこまで言って、私はふうと大きくため息をついた。二人をしっかりと見つめてから、次の言葉を口にする。


「もう貴族として生きるのは諦めなさいませ。その身持ちの悪さでは騎士団に所属したとて威信に関わりますし、護衛はおろか、どの家に縁付いても子供の出自を疑われてしまいますわ」


 私が優しく諭すとテイ男爵令嬢は蒼白になり、そのまますとんと腰を下ろして俯いた。ヒューイは呆然としている。私はその様子を確かめてから告げた。


「今日までのことは騎士団長にも報告しております」

「何で?!」

「そんな! ちょっと、待ってくれ!」


 二人の反応を見て、私は驚きのあまりつい本音を漏らしてしまった。


「え、まさか、二人ともご存じなかったのですか? 私たちの婚約に騎士団長が関わっていること」


 人の顔色とはここまで白くなれるものかと、私は二人を見て思った。私は驚いて、ヒューイに問い質す。


「ヒューイ、あなた、騎士団長からよくお声がけがあったでしょう。不思議に思いませんでしたか?」

「俺が、優秀だから、目を掛けてくれているのだとばかり……」

「そんなの知ってたら狙ったりしなかった!」


 呆れた。確かに婚約者の希望に強さを挙げたけれど。なるほど、どうりで二人ともやることが大胆なはずだ。


「まあ、そう悲観なさらないで。騎士以外にも道はございますわ。特にテイ男爵令嬢は素晴らしい資質をお持ちですもの。事前調査と広義の状況判断は詰めが甘くていらっしゃるけれど、きっと親しみやすさと無礼の履き違えと共に、暗部で矯正されるのではないかしら。私、陰ながらご活躍を願っておりますわ」


 私の慰めで、テイ男爵令嬢は堰を切ったように泣き出した。困っていると、ヒューイが彼女にハンカチを差し出しながらこちらに話しかけてきた。


「ルピナス、今まで申し訳なかった。自分の行動が浅はかだったと認めるよ。でも、俺とアネモネは誓ってそういう関係じゃないんだ。それだけは信じてくれないか」

「わかりましたわ」

「ありがとう。もう一度ここからきみとの未来を始めさせて欲しい」


 そう言って頭を下げるヒューイに、私は声をかけた。


「ヒューイ、いいえ、アギレギア子爵令息。どうぞ頭を上げてください。私はあなたに初めてあった時に、この方と恋がしたいと思いましたの」


 私を見るヒューイの表情が分かりやすく明るく変わった。私は彼に淑やかに微笑んで、


「あなたに恋に落ちる前に、あなたへの信頼が地に落ちてしまいました。そういう関係じゃないと言われましても、婚約中にこちらの体面を潰すような男、今更どうでもよろしいわ。お申し出、謹んでお断りいたします」


そう言い放つと、ヒューイは笑顔のまま青ざめた。


 折よく午後の授業を知らせる予鈴が鳴り響く。


「それでは、楽しいひとときをありがとうございました。これにて失礼いたしますね」


 私は礼を執ると、速やかに退室した。後ろから激しい叫び声と泣き声が聞こえてきたが、振り返るつもりもなかった。


 その後、二人は退学した。


 テイ男爵令嬢は、北方の修道院に送られたと聞いた。本当にそこにいるのかを確かめてはいけない。世の中には知らなくてよいことがたくさんあるのだから。


 アギレギア子爵令息は家から離れ、ただのヒューイとして冒険者になり研鑽を積むという。私とは剣の腕を見込まれての婚約だったため、自分にあった道を選んだのだろう。最も早く腕を上げるには、我が領での魔獣討伐が最適と言われている。私以上にブチギレている兄が、彼の領内立ち入りを禁じているが、地道に頑張ってほしい。


 婚約をまとめた騎士団長は、不眠不休の早駆けで我が領へやってきて、兄に平謝りのうえに慰謝料を上乗せしてきた。馬が可哀想なのでもうやめてほしい。以降、王城では人を見る目を疑われ、降格人事が囁かれている。何とか汚名返上できますように。


 で、私以上に兄が気落ちしている。


 この縁談は兄への謝罪の一環でもあったのだ。


 とある事件で王族を庇った兄は、足を酷く傷つけてしまった。当時所属していた騎士団からは退団、新婚だった義姉と領地で療養するも、なんと怪我が元で子が望めなくなってしまった。さすがに責任を感じた王族から、税の軽減と私の縁談を斡旋される。魔獣の出る地域だから腕自慢がよかろうと、騎士団長が将来性のある若者を選んだところがこの有り様である。


 妹を苦しめたと自責する兄には悪いが、私は少し気が楽になった。多分、私は性格的に恋の鞘当てなどが向いていないのだ。


 もし、次に誰かとそういう関係になるのなら、お互いに信頼できる人とがいい。いつになるのか、今はわからないけれど。


 今日も変わらず空は青く、陽光は美しい庭にきらめき、それを臨む正午の学園のカフェテリアにて。私は、テラス席でうきうきと楽しむ男女を眺めていた。


「いつか、私にも恋ができるかしら」


 私はそっと呟いて、今はお気に入りの紅茶を楽しむことにした。どんな時でも、好物は美味しく私の心を癒すのだから。

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― 新着の感想 ―
標準身長なので女同士の身長マウントっていうのがよくわかりません
アネモネ嬢の言葉のパリィが急所にハマって気持ち良いです。 入念な下調べに裏打ちされた無駄のない反論がリズミカルでイイ! リズムゲー上手そう。 長じて社交界きっての無敵の淑女になりそうだけど、後継のため…
 いや、暗部もいらんやろ。
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