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22/24

#22 「後方腕組お姉さんズ」

 

 ――――天音 優里(あまね ゆり)


「はあ、はあ……」


 うっすらと汗を浮かべながら、私は朝のランニングから帰ってきた。

 在処に付き合わされるようになって走る距離も伸びて、体重も徐々に減ってきてる。


 最近は天羽さんというお友達とのコラボ配信以降、在処の音作りはより本格的になっていった。

 インターネットの動画サイトでも話題になっているらしい。


「まだ慣れない言葉ばかりだなあ。勉強しないと」


 パソコンやインターネット。そして動画サイト。

 私が若かった頃……今もまだ若いけど。インディーズバンドで活動してた時代とは様変わりした音楽シーンに、時代の流れを感じずにはいられない。

 私が譲った以外のアンプやエフェクターなど、最近は色々と機材が増えてきた。天羽さんから譲り受けた機材も加わって、すっかり本格的な環境が整ってる。


「そういえば」


 昔使ってたギターを在処に譲った日のことを思い出す。

 まさかあの時の判断が、こんな形で花開くとは。


「うん?」


 演奏が止まって、物音が聞こえる。

 慌てて自室へ向かおうとした矢先、ドアが開く。


「お義母さん、おかえり。シャワー浴びてきたの?」


 在処が顔を覗かせる。

 私の額に浮かぶ汗を見て、すぐに状況を察したみたい。


「うん、まあね。朝から頑張ったよ」

「えらいえらい。でも、その格好で廊下に立ってたら風邪引くよ?」


 在処らしい気遣いに、私は思わず笑みがこぼれる。


「それより、さっきの音がすごく良かったんだけど」

「あら、漏れちゃってた? うん、今新しいの作ってて。重ね録りっていうのを試してるんだ」


 嬉しそうに説明を始める在処。

 一つの楽器で複数のパートを演奏して、それを重ねることで一人でバンドのような演奏ができるんだって。


「へえ、そんなことができるんだ」

「うん。今までは生演奏オンリーだったけど、これなら色んな表現ができそうで」


 在処の目が輝いてる。

 この子は本当に音楽が好きなんだと、改めて実感する。


「そうだ。お義母さんも聴いてみる? まだ途中だけど」

「いいの?」

「うん。ちょっと待ってて」


 在処は部屋に戻って、パソコンを操作し始める。

 すると、在処がヘッドホンを手渡してきた


「聴いてみて」


 ベースのようなリズムパートに、メロディ、そしてハーモニー。

 それぞれが絡み合って、一つの曲を形作っていく。

 まるで目の前でバンドが演奏してるかのような錯覚すら覚える。


「どう?」


 在処が期待に満ちた表情で私を見つめる。

 その姿に、ふと姉の面影を見た気がした。


「すごいね。まるでバンドみたい」

「でしょう? これをライブ配信でもやってみようと思って」


 新しい挑戦に胸を躍らせる在処を見ながら、私は密かに誓う。

 この子の夢を、この先もずっと応援していこう、って。





 ――――芦田 結城(あしだ ゆうき)


「にしし、これでよし」


 私はドラムの調整を終え、汗を拭った。

 ライブハウスの開店準備は順調。新しい機材の配線にも随分と慣れてきたと思う。


「在処ちゃんの配信、もうすぐだっけ」

 壁の時計を見る。

 慌ててスタッフルームに戻り、デスクトップパソコンの電源を入れる。

 私のキーボードを叩く音が部屋に響いた。


「よっと」


 動画サイトを開き、リンカネのチャンネルページを表示。

 登録者数の欄に目が留まる。8万人。すごい。

 実は私もチャンネルを開設してから2週間が経つ。

 在処ちゃんから教わった編集の基礎を活かして動画を作ってるけど、まだまだ視聴回数は伸び悩んでる。テーマが弱いのかもしれない。

 でも、焦らず頑張ろう。


「配信まであと5分か」


 先日、在処ちゃんが新しい試みをすると言ってたのを思い出す。

 重ね録りとかいう技術を使うらしい。正直、詳しい仕組みはまだ理解できてない。今度ちゃんと教えてもらおう。


「あ、始まった」


 画面に見慣れた配信画面が表示される。

 在処の手元にギターが映り、優しい音が流れ始めた。


「おお……」


 思わず声が漏れちゃう。

 ベースみたいな低音が印象的なギターの音に、軽やかなメロディが重なっていく。

 そして更にハーモニーが加わって、まるでバンドのような厚みのあるサウンドになっていく。


「うっそ、これ全部ギター?」


 画面のコメント欄も驚きの声で溢れかえってる。

 事前に録音したパートと生演奏を組み合わせる手法は、今までにない新鮮な響きを作り出してた。


(これが在処ちゃんの言ってた重ね録り……)


 私は思わずメモを取り始める。

 自分のチャンネルでも、いつか使えるかもしれない。


「あら、在処ちゃんの配信?」


 佳代さんが顔を覗かせる。


「見てますよ。これやばくないっすか?」

「ねえ。あの子、また新しいことを始めたわね」


 佳代さんも配信画面に見入ってる。

 店長のおかげで、私たちライブハウスのスタッフは皆、在処の成長を見守ることができてる。


「私たちも負けてられないわね」

「そうっすね!」


 配信画面では、在処が新しい曲を演奏し始めてた。

 今度は優しいアルペジオから始まって、徐々にパートが重なっていく。

 一人で作り出す音の厚みに、思わず鳥肌が立つ。

 以前、在処ちゃんに動画編集を教わった時のことを思い出す。

 小さな体で的確な指示を出す姿は、今でも鮮明に記憶に残ってる。


「あ、コメント欄がすごいことに」


 視聴者からの驚きと称賛の声が次々と流れていく。

 私も思わずキーボードに手を伸ばす。

 在処ちゃんから学んだこと、必ず活かしていきたい。自分なりの表現を探していきたい。

 そう決意を新たにする私の耳に、在処の奏でる音が響いてくる。

 その音色は、これからの可能性を感じさせるものだった。


「っと、そろそろお客さんが入ってくる時間よ」

「あ、はい! 今行きます!」


 慌てて立ち上がる。


 (私も、負けてられないな)





 ――――雨宮 秋乃(あめみや あきの)


「……すごい」


 私はディスプレイに映る波形を見つめながら、思わずため息が出た。

 既にパソコンの電源を入れてから3時間が経過している。

 動画編集の練習をしているのだが、なかなか思うようにはいかない。


「先生の配信まであと30分か」


 時計を見上げながら呟く。

 まだライブハウスの宣伝動画の編集が終わっていないが、少し休憩を入れることにした。

 ちなみに先生とは在処のことである。


 先日の練習の時、先生が話していた新しい演奏方法。

 一人で複数のパートを演奏して重ねていく技術だ。

 私はパソコンの画面から目を離し、デスクの上に置いてあるメモ帳を手に取る。


「ここのトランジションはこうで……」


 在処先生から教わった編集のコツを見返す。

 小学生とは思えない的確なアドバイスの数々。

 私でも理解できるよう、噛み砕いて説明してくれる。


(先生の年齢を知らなかったら、ずっとこの仕事をしてきたプロだと思うかも)


 それほどまでに彼女の持つ技術や知識、更には教え方に至るまで他とは一線を画している。


 画面に向かって独り言を呟きながら、新しいプロジェクトを立ち上げる。

 ライブハウスの宣伝動画は、今までとは違う雰囲気にしようと考えていた。


「配信、始まったみたい」


 通知音が鳴り、急いで動画サイトを開く。

 画面には見慣れた配信画面が映し出される。


 驚きで目を見開いてしまう。

 画面の向こうから流れてくる音は、まるでバンド演奏のよう。

 でも、演奏しているのは先生一人。

 複数のギターパートが絡み合い、豊かな音を作り出している。


 (この技術は、きっと動画編集にも活かせるはず)


 画面の中の先生は、まるで楽しそうに演奏している。

 その姿を見ていると、私も自然と笑顔になる。


(私も、頑張らないと)


 コメント欄には称賛の声が溢れている。

 登録者8万人。その数字が物語る人気も納得できる。

 私は再び自分の作業に目を向ける。

 先生から学んだテクニックを駆使して、より良い動画を作り上げたい。


「次はこのシーンを……」


 配信の音を BGM 代わりにしながら、編集作業を再開する。

 画面の向こうからは、新しい曲が始まっていた。

 先生の作り出す重層的な音の世界に耳を傾けながら、私は自分の動画と向き合う。


 編集画面に映る映像の切り替わりを確認する。

 以前なら気づかなかった細かな違和感に、今は敏感になっている。

 それも、先生から学んだことの一つ。

 私の耳に、また新しい音が届く。

 先生の演奏は、まだまだ広がりを見せている。


 私は、また画面に集中する。

 今度こそ、先生に褒められる……いや、超える作品を作り上げたい。

 そんな決意を胸に、キーボードを叩く音が静かな部屋に響いていく。





 ――――水無瀬 佳代(みなせ かよ)


「ふむふむ」


 私はPAブースで機材の調整をしながら、パソコンの画面を時折チラ見する。

 在処ちゃんの配信が始まってから30分ほど経過している。


 ギターの音が幾重にも重なり合って、まるでバンドのような厚みのある音を作り出している。

 音響技術者である私の耳にも、その音作りの緻密さが伝わってくる。


「とんでもないわね……」


 登録者8万人。その数字が表すものは、単なる人気だけじゃない。


(在処ちゃんの実力を物語っている)


 昔から家事も完璧にこなし、周りの大人たちを驚かせてきた在処ちゃん。

 音楽の才能も、私たちの想像をはるかに超えていく。


「ああ、このフレーズ」


 耳慣れた旋律が流れてくる。

 以前、ライブハウスのスタジオで演奏してくれた曲だ。

 でも今回は、重ね録りによって全く新しい表情を見せている。


(音の重なり方が綺麗ね)


 PAとして働いていると、様々なバンドの音を聴く機会がある。

 でも、在処ちゃんの音作りには独特の優しさがある。


「佳代さん、これすごくないっすか?」


 結城が興奮した様子でPAブースに駆け込んでくる。


「ええ、本当に」

「考えてから実行までめっちゃ早いっすよね……」


 結城の目が輝いている。

 彼女も在処ちゃんから動画編集を教わって、自分のチャンネルを始めたところだ。


「結城も頑張ってるじゃない」

「えへへ、でもまだまだっす」


 謙遜する結城に、私は微笑む。

 最近は秋乃も加わって、ライブハウスのスタッフたちの間で小さな動画制作の輪が広がっている。


(在処ちゃんの影響力は大きいわね)


 画面の中で、在処ちゃんが新しい曲の演奏を始める。

 やはりというか。エフェクトの使い方も洗練されてきている。


「佳代さん、お客さんが」


 秋乃が静かに声をかけてくる。


「ええ、分かってるわ」


 仕事中だということを思い出し、気を取り直す。

 でも、耳の片隅では在処ちゃんの演奏を聴き続けている。


(この子の音楽は、きっともっと多くの人の心に届くはず)


 そう確信めいた思いを抱きながら、私は仕事に戻る。

 配信画面の向こうで、在処ちゃんの音楽はまだ続いていく。


「さて、今日も気合入れていくわよ!」

「佳代さん。ちょ、頭なでないで……」

「あー、ズルいっす! 自分も!」




読んでいただきありがとうございます。

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