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第12話:閉ざされた観測(後編)

本作は本日以降、

「日曜日・水曜日」の週2回更新となります。


その瞬間。


地下施設の奥で扉がきしむ音がした。


閉じていたはずの通路の奥。

暗闇の中に光が現れる。


兵士の一人が息を吐く。


『……道だ』


安堵した声だった。


『……出口が』


余白が言う。


「七人目、君も一緒に帰還せよ」


通信室の奥。

開いた通路から外光が差し込む。


長く閉じられていた空間に、初めて風が通った。


廊下の兵士たちは動かない。

命令が出るまで動かない。


軍人の癖だった。


七つ目の影が揺れる。


『……外』


短い沈黙。


『そこは』


言葉を探す。


『……どこだ』


兵士が答える。


『帰投路』


別の兵士が続ける。


『……おそらく』


影が揺れる。


『私は』

『部隊ではない』

『記録にもない』


沈黙。


『同行してよいのか』


兵士たちは影を見ている。


誰も否定しない。


一人の兵士が言う。


『……足音は』


沈黙。


『最初から七つだった』


無線機の向こうで通信が響く。


『第六観測班』

『帰投路確認』


ノイズ。


『……待機解除』


影が言う。


『……私は』


短い間。


『……まだ』

『名前がない』


余白が言う。


「自ら名乗りなさい。君も連隊の一員なんだろう?」


風が通信室を通る。


兵士たちは黙って待つ。


影が揺れる。


そして声が言う。


『……私は』


沈黙。


『……記録ではない』

『兵でもない』


『だが』


影が安定する。


『観測の後ろを歩いた』

『六つの視線の外側』


短い間。


『……見られない観測』


兵士が言う。


「……観測補助」


誰かが頷く。


影が言う。


『補助……』


沈黙。


『……それが』

『役割か』


影の輪郭が人の肩の形になる。


『……ならば』


短い間。


『第六観測班』

『観測補助』


言葉が整う。


『……七番』


兵士が息を吐く。


『……七番か』


影が言う。


『呼称』


沈黙。


『……観測影』


そして。


『……隊長』


短い間。


『……帰投命令を』


余白は静かに言う。


「第六観測班、並びに観測影。帰投確認。任務ご苦労」


地下通信室に静かな声が落ちる。


六人の兵士が同時に姿勢を正す。


コツ。


中央の兵士が敬礼する。


『……第六観測班』


短い沈黙。


『帰投』


その声は安堵していた。


兵士たちも敬礼する。


そして。


観測影。


影は少し遅れて手を上げた。


ぎこちない敬礼。


『……観測補助』

『……七番』

『……帰還』


地下施設に風が流れる。


兵士たちの姿が透けていく。


最初に消えた兵士が言う。


『……長かったな』


別の兵士。


『……だが』


短い間。


『任務完了だ』


六つの影が消える。


最後に残ったのは観測影。


『……六人』


沈黙。


『……観測完了』


影が余白を見る。


『……私は』


短い間。


『……初めて』

『……観測された』


そして小さく頭を下げる。


『……ありがとう』


影は風に溶けて消えた。


地下通信室には誰もいない。


無線機と灰だけが残っている。


床の紙片に文字が浮かんでいた。


《第六観測班 帰投記録》

《観測補助 七番 確認》


そして最後の一行。


《所属:彼岸旅団》


地下通信室は静まり返っていた。


赤いランプは消え、無線機はただの古い機械に戻っている。

湿ったコンクリートの壁を、夜の海風だけがゆっくりと通り抜けていた。


UGA監視班の職員が、その場に立ち尽くしている。

彼は通信室の奥を何度も見ていた。


もう誰もいない。


六人の兵士も。

七つ目の影も。


しかし。


無線機が、わずかに鳴った。


カチ。


電源は入っていない。


それでもスピーカーから、かすかなノイズが流れる。


ザ……

ザ……


そして遠い声。


まるで、遥か向こうのどこかから届く通信のようだった。


『……受令』


短い沈黙。


声は先ほどよりずっと遠い。


『第六観測班』

『……命令確認』


ノイズ。


『副隊長……鷹宮中佐』


わずかな間。


『……彼岸旅団』


通信の向こうで、靴音が揃う。


コツ。


誰かが静かに息を吐いた。


『……了解』


声が一つ、また一つ重なる。


『了解』

『了解』


そして最後に、少し遅れてもう一つ。


『……観測補助』


短い沈黙。


『……七番』


その声は、もう迷っていない。


『……所属確認』


ノイズがゆっくり薄れていく。


ザ……

ザ……


最後に一つだけ言葉が残った。


『……隊長』


わずかな間。


『……帰還しました』


無線機は完全に沈黙した。


地下通信室にはもう音はない。


監視班の職員が小さく呟く。


「……今の、記録……」


彼は慌てて端末を確認する。

音声ログは確かに残っていた。


だが最後の部分だけ、文字起こしが少しおかしい。


《第六観測班 応答》

《帰投確認》


その下に、もう一行。


システムが自動生成した記録。


《所属更新》

《彼岸旅団》


そしてその横に、もう一つ。


《観測補助 七番 登録》


余白が静かに言う。


「……職員さん。記録されてるよね」


地下通信室の静けさの中で、UGA監視班の職員は端末を握ったまま固まっている。


数秒遅れて、彼は画面を確認した。


「……え、ええ」


端末をこちらに向ける。


簡易観測端末のログ画面が開いていた。


白い文字が淡く並ぶ。


《通信発生 00:43:12》

《音声検知 複数話者》

《記録保存》


職員はスクロールする。


「途中までは普通に……残ってます」


指が止まる。


「ここからが……」


画面をもう一度確認する。


《識別音声:不明》

《識別音声:不明》

《識別音声:不明》


短い沈黙。


「話者認識が……全部“未登録”になってます」


彼は苦笑した。


「まあ、この機材じゃ幽玄の声なんて識別できませんから」


さらにスクロールする。


「でも最後はちゃんと残ってます」


その行を指した。


《第六観測班 帰投確認》


その下。


職員は一瞬言葉を止める。


「……これ」


画面にはもう一行ログが増えていた。


しかしそれは音声ではない。


記録システムのメタデータ欄。


《観測対象 追加》


職員が目を細める。


「……追加?」


画面を拡大する。


そこには短い登録名が記されていた。


《観測影》


職員が呟く。


「……七番」


小さく息を吐く。


「どうやら……」


そして少し笑う。


「ちゃんと、観測されたみたいですね」


余白が肩をすくめる。


「……だよね」


少し間を置く。


「幽玄交渉の守秘義務名目で、管理庁に削除依頼を申請しとくわ」


「ごめんね、巻き込んじゃって」


地下通信室に静けさが戻る。


監視班の職員は端末を見つめたまま、少し笑った。


「いえ」


彼は端末を閉じる。


「むしろ……」


言葉を選ぶ。


「こういうの、普通は“終わり方”が見えないんです」


彼は崩れた地図の灰を見る。


床には細かな紙の粉が残っている。


「消えるか、暴れるか、残るか」


肩をすくめた。


「今日はちゃんと“帰った”」


職員は通信機を軽く叩く。


「珍しいですよ」


少し笑う。


「しかも……」


端末を見る。


「一人増えて帰りましたし」


地下通路の奥から海風が流れ込む。


湿った空気が外の匂いに変わっていく。


職員が言う。


「削除申請、了解です」


軽く頷く。


「観測ログは交渉局経由で処理されます」


少し困った顔になる。


「完全に消えるかどうかは、正直わかりません」


端末をポケットにしまう。


「幽玄絡みの記録って」


小さく笑う。


「たまに“残りたがる”んで」


通信室の壁。


さっきまで地図があった場所に、薄い紙の跡が残っている。


そこに細い線が浮かび上がる。


誰も書いていない文字。


《第六観測班 帰投》


その下。


《観測補助 七番》


そして最後の一行。


《所属:彼岸旅団》


職員はそれに気づかないまま、出口へ歩いていく。



地下施設の外。


崖の上には夜の海が広がっている。

波の音が静かに続き、遠くの灯台の光がゆっくり回っていた。


監視班の職員は鉄扉を閉め、小さく息を吐く。


手元の端末で報告フォームを開いた。


「まあ」


彼は言う。


「依頼“自体”は成功ですね」


画面を確認する。


そして余白へ向ける。


職員は別の画面を開く。


「それで……」


少し声が変わる。


「《事案処理報告》です」


端末に記録が表示される。


《事案処理報告》

案件番号:UGA-K42-観測異常


事案分類:残響型幽玄(観測残滓)

発生媒体:軍事観測記録・認識同期

発生契機:未帰還観測任務の未完了記録


処理結果

対象存在:第六観測班 帰投確認

未認識存在:観測補助(七番) 観測成立


現象状態:自然収束

幽玄離脱:確認


職員はスクロールする。


「被害ゼロ」

「現象消失」

「追加異常なし」


端末を閉じる。


「UGA的には理想的な終わり方ですね」


海風が吹く。

地下施設の入口は、もうただの古いコンクリート構造物に戻っている。


職員はもう一度端末を操作した。


「それで……」


わずかに間を置く。


「《通知書》です」



《通知書》


事案名称:閉ざされた観測


依頼者:幽玄管理庁(UGA)交渉局


担当交渉人:余白

同行者:UGA監視班職員


結果:

第六観測班の帰投を確認。

未認識存在「観測補助(七番)」の観測成立を確認。


状態:

現象は自然収束。

追加異常なし。


報酬:

内訳:

・成功報酬:480万円

・追加報酬:220万円(早期解決および幽玄安定化)

・合計:700万円


UGA評価:S(対話により完全収束)


備考:

《第六観測班 帰投記録》が現場に残存。

《観測補助 七番》の登録ログを確認。

一部記録は削除不能の可能性あり。



職員は画面を閉じる。


「交渉局から振り込まれます」


少し首を傾げる。


「ただ……」


短い沈黙。


「今回のログ」


少し不思議そうに言う。


「研究局が欲しがるかもしれません」


海風が強く吹く。

崖の下の海が光を反射する。


職員は肩をすくめた。


「まあ、削除申請はちゃんと通します」


小さく笑う。


「でも……」


少し考えて言う。


「彼ら、あんまり消されるの嫌がりそうでしたね」


夜の海の向こうで、灯台の光がまた一周した。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


もし本作を面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価をいただけますと励みになります。

ひとつひとつの反応が、次の事案へと繋がっていきます。


それでは、また次の事案で。


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