第12話:閉ざされた観測(前編)
本作は一話完結型、日曜日・水曜日の週2回更新です。
この世界は、おそらく並行世界。
どこかで、我々と分岐した世界。
超常との距離が、わずかに近い世界。
この超常を総称して「幽玄」という。
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《依頼書》
依頼者:幽玄管理庁(UGA)交渉局
依頼内容:封鎖施設で発生している認識異常の調査および鎮静
現場:北陸地方沿岸部 旧軍地下通信施設「K-42」
異常概要:
・夜間、電源のない通信機が作動する
・存在しない部隊番号および古い軍用符号の無線記録が確認される
制約:
・施設内部は崩落の危険あり
・通信機に触れるとノイズが発生し記録が消失する
・現象は午前0時43分に発生
報酬:成功報酬 480万円
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机の向こうで、UGAの担当官が資料を閉じた。
白い蛍光灯が静かな部屋を照らしている。古い紙の匂いが微かに残っていた。
担当官は少しだけ首を傾ける。
「奇妙なのは通信内容より、むしろ“形式”です」
男は資料の一枚を指先で示した。
「この無線符号、戦時中のものなんですが」
「普通の部隊じゃない」
短く息を吐く。
「特殊幽玄事案対処連隊」
一瞬だけ沈黙が落ちた。
男は資料をめくりながら言葉を続ける。
「記録では……存在した期間が短すぎるんです」
「活動記録もほとんど残っていない」
紙の端に、古い番号が印刷されている。
《通信記録:第六観測班》
担当官はそれを指で軽く叩いた。
「奇妙なのはもう一つ」
「通信の最後が必ず同じで終わる」
彼は資料を読み上げる。
「――『連隊長は無事か』」
男は少し困ったように笑った。
「誰のことを言っているのかは、当然ですが……記録には残っていません」
資料が静かに机に置かれる。
部屋は再び静かになった。
その沈黙の中で、余白が口を開く。
「まだ亡霊が必要か……適任者は僕だね。行くよ」
地下資料室の空気がわずかに動いた。
UGA担当官は一度だけ目を伏せ、ゆっくりと頷く。
「……受諾、確認しました」
彼は机の端末を操作した。
画面に淡い青の承認表示が浮かぶ。
《依頼受諾:登録名 余白》
《交渉局管轄案件として記録》
担当官は端末を閉じた。
「現地には監視班が最低限の安全確認だけしています。それ以上は触れていません」
少しだけ間を置き、言葉を選ぶ。
「……触れると、通信が途切れるので」
男は資料をもう一枚差し出した。
古い写真だった。
海岸近くの丘をくり抜いて造られたコンクリート施設。入口の上には錆びた銘板が残っている。
K-42 通信施設
写真の隅には、うっすらと兵士たちが写っていた。
ぼやけているが、軍服の形だけは分かる。
担当官が静かに言う。
「もし、単なる残響なら……声を聞くだけで終わるかもしれません」
しかし言葉はそこで止まる。
男は小さく息を吐いた。
「ただ」
「もし違うなら――」
彼はそれ以上言わなかった。
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新潟県沿岸部。
夜の海は静かで、波の音だけが低く続いている。
崖の途中に、半ば土に埋もれたコンクリート構造物があった。
旧軍地下通信施設K-42。
鉄扉は既に開けられている。
UGA監視班の簡易灯が通路を照らしていた。
内部は古い軍施設特有の直線構造だった。
湿ったコンクリートの壁。剥がれた配線跡、床には錆びたボルトが散っている。
奥へ進むと、小さな通信室が現れた。
机。無線機。送信機。
すべて戦前の機材だ。電源は当然、入っていない。
監視班の若い職員が緊張した声で説明する。
「……これです」
彼は無線機を指した。
「毎晩、ここから音が出ます」
職員は腕時計を見る。
「あと……十秒」
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