15話
久々の投稿です。
紗英の顔はいつも元気な様子とは異なり、身なりに気をつかう余裕がなかったのか、部屋着のままブランコに座っていた。
「びっくりしたー!難波かよ!!幽霊かと思ってビビったわ!」
紗英からは応答がなかった。一度上げた顔も伏せてしまい、表情が読み取れない。もう一度、落ち着いて紗英の様子を観察する。
部屋着らしき黒の長袖のシャツと中学校の体操ズボン、足元は有名スポーツブランドのサンダルだった。いくら夏が近いとはいえ、夜になると肌寒いのだろう。小刻みに肩が震えていた。
「難波、寒いんだろ。大丈夫か?」
「ほっといて」
紗英からは否定の言葉だけが聞こえてきた。おそらく、このままここにいてもいいことはない。と言って、紗英をこのまま1人させることなんて考えられる筈もなかった。
「わかったよ。」
オレはそう言い残して、その場を去る。行く先はランニングコースを逆走するために。
「あ」
紗英の方からか細い声が聞こえてくる。おそらく、怒らせてしまったと思っているのだろう。
「待ってろ。」
疲れている足を動かして、歩道を走る。時折、足が攣りそうになる。それでも速度を落とすわけにはいかなかった。
紗英に何があったかはわからない。でも、紗英の悲しそうな顔は見ているだけで心が痛む。アイツには笑顔でいてほしい。
走り続けてたどり着いたのは、祖母の家だった。
「ばあちゃん!悪いんだけど、毛布とお金を貸してくれない!?」
祖母はオレの顔を見て何かを察したようだった。
「わかったよ、毛布はその辺にあるの持っていって。お金は1000円あれば足りるかい?」
「ありがとう!!必ず、返しに来るから!」
祖母の家から毛布を借りて、きた道を戻る。大きい毛布を選んだせいで前が見えづらかったが、走るしかなかった。歩くという選択肢は存在しない。
神社の境内に入るとブランコの方に向かう。
「これ毛布、寒いだろうからこれだけでもかぶれよ。」
紗英の頭から毛布をかける。紗英は頭から足まですっぽりとくるまっていた。
「今、暖かい飲み物を買ってくる。」
近くの自販機にいき、暖かい飲み物を探す。お茶とミルクティーの2つを買って、紗英に差し出した。
「どっちがいい?」
毛布に包まれた紗英が顔を上げる。顔の表情は見えないが、こちらもみているようだった。しばらくすると、紗英はミルクティーの方を指さした。
「はいよ。」
「ありがと。」
残されたお茶を片手に少し考える。本人はほっといて欲しいだろうから、ここで無理に聞き出そうとするとかえって言えないのかもしれない。しかし、田舎とはいえ夜の神社で1人にさせるわけにもいかなかった。どうしようか考えていると
「そこ座って。」
紗英は隣のブランコを指差す。とりあえずは、いることを許可されたようだ。ブランコに座り、お茶を飲む。先程まで全力疾走で体温が上がっていたが、肌寒くなってきたからか体が温まる。
何分ぐらいたっただろうか。閑静な境内にたまに吹く風の音だけが聞こえる。紗英は、話すことはなく、ちびちびとミルクティーを飲んでいた。毛布で隠れているため顔も確認できない。
「ごめんね。」
「急にどうした?」
「せっかく心配して話しかけてくれたのに酷いことを言っちゃって。」
「ま、大変だったんだろ?もし、話したくないなら無理には聞かないけど、居てやることぐらいはできるだろ?」
毛布が少し動く。紗英の頭が左右に動いているらしい。ひょこひょこ動く様は見ていて微笑ましく感じる。
「この前、スーパーで一緒にいたのがお母さんと妹なんだけどさ。」
「ああ、やっぱり難波の妹さんだったのか。」
「うん。佳衣っていうの。でもね、血が半分繋がっていないの。父親が違うんだ。ウチのお父さんは小さい頃に亡くなっちゃって、新しくなってくれたお父さんが今のお父さんなんだけどね。血が繋がっていなくても優しくしてれていたんだ。佳衣が生まれるまではね。妹が生まれてからはウチのことはいない子のように扱われたんだよ。今もウチがいないことは知っていても何も困らないんだよ。」
紗英は表情こそは見えないが、声から悲しさが伝わってきた。学校では明るく振る舞っていた彼女だが、これまでに大変な思いをしてきたのだろう。いくら下の子が生まれて手が離れると言ってもこれは良くない。
「それはキツイな。お母さんは血が繋がっているけどダメなのか?」
「うん。妹が生まれてから、ウチも我慢はしたんだよ?でも、徐々にお母さんの愛が妹だけになっていっちゃった。なんかしちゃったのかな?」
声が震えていた。紗英は泣いているのだろう。静かな境内に時折、鼻を啜る音が響く。
彼女にどんな言葉をかけてやれるだろうか。今までにこれといって家族には不自由なく生活してきた。境遇は違えど、紗英の感じていた気持ちに寄り添ってやりたい。
「今まで、気づいてやれなくてごめんな。」
「ううん。十森は悪くないじゃん。」
「難波、家にいるのが苦しいなら逃げ出したっていいんだよ。」
紗英がこちらを向くのがわかる。
「苦しくなったら、オレに連絡して。難波がつらいとき、オレにそばにいさせて欲しい。」
「いいの?」
「いいに決まってる!お前が悲しいとオレが嫌だ!」
紗英から笑い声が吹き出る。
「なにそれ。てか、お前って言うなし。」
「悪い。。でも、難波には笑っていて欲しいんだよ。」
「わかった。辛くなったらメールするね。なんで、そんなに優しくしてくれるの?」
「それは、、、、」
言葉に詰まる。これは告白をするチャンスなのか?!紗英が毛布から頭だけを出してこちらを見ている。赤く腫れた目元がやけに艶やかで、扇情的なその表情をみると愛の言葉を伝えたくなってしまう。
だけど、相手が弱っているときに告白するなんて、つけ込んでいるみたいで嫌だった。紗英とは、もっと真正面からぶつかって思いを伝えたいと思えた。
「今は言わない!」
「なんでよ!言ってよ!!」
「、、、、へっくしゅん!!」
紗英に詰め寄られて、黙っていると風が吹いてきた。一気に寒さが込み上げてきて、くしゃみをしてしまった。
「あ、ごめん。ウチだけ毛布借りちゃったね。はい。」
紗英が右腕を横に伸ばして、自分がかぶっていた毛布にスペースを空ける。なんのつもりだろうか。
「え?飛ぶの?」
「アホか!!ちがう!入れって言ってんの。」
ま、まさかあのスペースに入れと?いやいや、あの狭いスペースに2人とかいろいろだめだろ!
「あえ、いやいや、オレ汗くさいかもしれないし。」
「いいの!入れ!!」
伸ばした右腕を回して、無理やりにオレを入れてる。祖母の毛布の匂いと同時に知らない匂いが鼻腔を突き抜ける。それは、昔、家族と植物園にいって感じた甘い匂いだった。
まずい!何がというか、ナニがヤバい!中学生にもどって忘れていたが、この時期はいろいろと猿になっているのだ。意識しすぎないように祖母の家の微かな匂いだけに集中していた。
「たしかに、汗のにおいするね。」
紗英の方はいろいろな事情で見ることはできなかったが、おそらくこちらを向いていることだろう。
「だから言ったじゃんか。もう、出るぞ。」
「十森、ありがと。ウチがあんたのこと好きかもって言ったら、どうする?」
衝撃の言葉に頭がパニックになる。夜風に下がっていた体温が急激に上がっているのを感じる。
「え?え?まじで言ってる?」
「うん。好きかもしれん。」
おいおい待て待て待て。これはやばすぎるって!どうする?どうする?告白するならやっぱりオレからしたいなーっていやいや、ここではしないって決めたばっかりじゃん!しっかりしろ!オレ!
「ごめん。急に言っても迷惑だよね、、?」
あ、あまりにも話さなさすぎて不安にさせてしまった。
「迷惑なんかじゃないよ。すごい驚いて、パニックになってる。」
「そうだよね。嫌だっt」
「嫌なわけがない!もう少し待っててほしい。これだと困ってる難波につけこんでるヤツみたいで嫌なんだ。」
紗英にこれ以上、悲しい気持ちになってほしくなかった。それに前の世界みたいに本音を隠したまま終わることが何より嫌だった。
「なにそれ。変なの。」
言葉とは裏腹に紗英は笑顔だった。オレもつられて笑ってしまう。しばらくの間、笑い声だけがオレたちを包んでくれた。
「そろそろ、家に帰るね。」
どちらともなく、笑い声が止まり少し気まずい雰囲気になったときに紗英から言葉を切り出す。
「おう。気をつけてな。」
会話が続かない。先程までの会話の興奮が少し冷めて、自分の言動に気づく。紗英も同様なのだろうか、お互いに話出せずにいた。
「あ、毛布返すよ。」
紗英が被っていた毛布をとり、差し出してくる。
その時に紗英の容姿を見てしまった。今までは、緊急性のあまり認識していなかったが、紗英は薄着だったのだ。短パンが折り曲げられて、いつもは見えない太ももが見えてしまっているのだ。スカートを履くときに女子が外側からみえないように折っているらしいが、今のオレには目に余る。視線を下からそらそうと、頭の方にすると少し汗ばんだ首筋に紗英の長い髪が張り付いている。そして、身につけている黒いTシャツも濡れて、張り付いていた。おそらく、毛布の中で2人でいることで体温が上昇した結果だろうか。
このままでは下半身に影響がでると直感し、目をあさっての方向にそらす。
「どうしたの?」
このまま紗英を返したら、途中で変な人間に絡まれるかも知れない。かと言って、直接的に指摘すれば変な目で見ていたことがバレる。
「いや、毛布は貸すから被って帰れよ。」
「え。いいよ。」
「いいから!風邪ひくから家入るまで絶対に被って帰れよ。」
「いやいや、それじゃあ、私が不審者じゃん。」
「何でもいいから!じゃあな!」
その場から離脱するために走り出す。後ろから紗英の声が聞こえる気がするが、聞こえないふりをして走り出す。
紗英の姿が何度も目に浮かぶ。その気持ちを振り切るように全力で走り続ける。
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