#9 宇宙港
さて。あの哨戒任務から、二か月が経過した。
今のところ、リアはあの治癒魔術の反動について、特に話そうとはしない。つまり、まだその時ではないということか。
ところで、あの戦闘の後、僕はボルディーガ中将に戦闘報告をした。
◇◇◇
「つまり、貴官が以前、唱えていた治癒魔術の『反動』というやつが、実在したということなのだな」
「そのことを、リア自身は知っていたようです。あの時初めて、それに言及しました」
「あれだけ露骨な反動を見せつけてしまえば、誤魔化しようがないからな。リア殿も観念した、ということか」
「しかし、たまたま購入したエメラルドの首飾りに、まさかあのような効果があったとは。もう少し早く教えてくれたなら、もしかしたら第二階層の崩落事故で人が死ななかったかもしれません」
「そんなものが売られていることを、リア殿は知らなかったのだろう。やむを得ないというべきか。どのみち、終わったことだ」
「あの、第二階層崩落事故の件、リアはやはり罪に問われるのでしょうか?」
「いや、無理だろうな」
「なぜですか?」
「我々の科学力では、因果関係が説明できない。証明が不可能である以上、罪には問えない。それよりもだ」
「はい、何か別の懸念があるのですか?」
「いや、そうではなくて、地上にいる時は山賊の怪我を直していたと言っていたな。その時は、何も起きなかったのか」
「起きていたと、リアは話しています。現にあちこちで、がけ崩れや倒木を見かけたと話していました」
「その口調だと、反動があることは最初から分かっていたといわんばかりだな」
「ですが、あの星の人口密度ならば、街のど真ん中で使わない限りは、人気のないどこかで人知れず崩壊が起きるだけで、治癒魔術という成果だけが残る。そんな感じだったのでしょう」
「にしてもだ、それほどの魔法を使える者が、あの星にはいないようなことを言っていたな。リア殿はどうしてそう言い切れるんだ?」
「分かりません。単に出会ったことがないだけなのか、それとも何か別の理由があるのか」
「貴官の直感はおそらく、後者なのではないか?」
この問いに、僕は明言を避けた。そう、リアだけが治癒魔術を使えるということに、何か隠された理由がある。それが何なのかを、リアは話そうとしない。
ところで、このとき僕は一応、中将閣下に尋ねた。
「あの、今回の敵艦隊撃滅は、戦果になりますかね?」
それに対するボルディーガ中将の答えは、明確だった。
「ならないだろう。はたから見れば、敵艦一隻が偶然暴発して、周囲を巻き込んで沈んだ。そうとしか言えまい」
「それはその通りなのですが……」
「気持ちは、分からないでもない。あの戦果が、貴官がデートでプレゼントした首飾りのおかげであり、しかもそんなリア殿を見つけ出したのも貴官のおかげだ。自身の戦隊の成果としたくなるのは、当然だろうな」
「いえ、別にそこまでは……」
「だが、先ほどの第二階層崩落事故と同じだ。因果関係を証明できないと、明確にそれがリア殿の成果とは言えない。七五七八号艦を救ったことも事実だが、同様の理由で科学的な事実認定ができない以上、成果として報告できない。ゆえに、偶然起きたこととして片付ける他、ないだろう」
「は、はい……」
「まあ、そのエメラルドの首飾り代くらいは、どうにか理由をつけて工面しよう。それが、私にできる精一杯のことだよ」
「はっ、承知しました」
「だがこれで、敵もうかうかと我々の支配域で哨戒任務をするわけには行かなくなった。あれほど不可解な事が起きたんだ。こちらが新兵器を開発し、それを使ったと思ってるんじゃないのか? となれば、当面は仕掛けてこないだろう。これほどの戦果の報酬が、たかがエメラルドの首飾り一本とは情けない限りだが、軍上層部に説明がつけられないと、それ以上はどうにもならないな……」
司令官としても、歯がゆいとは思ってくれているんだな。確かに今回、リアの果たした役割は大きい。なにせ、味方の艦を一隻、救ったばかりだけでなく、敵も不可解な現象に遭遇する羽目になった。こうなれば中将閣下の言う通り、当面は敵も、迂闊に行動できなくなるだろう。
もっとも、それを成したリアが得たものは、首飾り一本分に過ぎないのだが。そこは正直、釈然としないままだ。
◇◇◇
と、そんな日から二か月が経ち、同盟締結を果たしたブランデン王国というところの、王都ブリューゲルの横に宇宙港が建設される。その宇宙港の脇に作られた街も、ようやく我々を受け入れられるほどに形を成してきた。その宇宙港のドックに、我々は初めて着陸する。
これは僕にとって、三か月ぶりに地上に降り立つことでもある。
「高度千五百、微速降下、ブリューゲル港、第三十五番ドックへの接舷用意」
艦長の声が、どことなく弾んでいる。それはそうだろうな。こんな狭い駆逐艦での暮らしと、たまに訪れる戦艦アルジャジーノの人工的な空間に作られた街で気晴らしをするだけの生活と違い、ここには自然な空気と青い空、白い雲がある。
なんだかんだ言っても、人は地面からは離れたまま暮らすことはできない。人工物の中の暮らしだけでは、いずれおかしくなりそうだ。以前は当たり前だったこの広い空と地面が、ありがたいものだと感じられる。
着地し、ドックの繋留ロックで船体が固定される。艦長が、艦内放送でこう告げた。
「達する。艦長のグラッソだ。管制塔から、下艦許可が下りた。まず各々は宇宙港内の軍の仮司令部に向かい、そこで宿舎の手続きをせよ。その後、各自宿舎に向え。以上だ」
それを聞いた艦橋内の二十人ほどの乗員らはばらばらと立ち上がる。伸びをするもの、乗員同士、会話を弾ませる者、いろいろだ。
いずれにせよ、新たなこの星に、不安と期待を入り混ぜているのだろう。
一度だけ、降り立った経験を持つ僕ですら、この星のことはほとんどわかっていない。魔法というものが存在する、中世から近世にかけての文化レベルであることくらいしか知らない。ブランデン王国は、王国というだけあって、やはり王族や貴族がいるのだろう。そういう人種と関わることになるのは、正直不安だ。
将官であるがゆえに、いやでもそういう高貴な身分の人たちと関わりをもたないといけないらしい。戦隊長にされてしまったこと以上に、いやな役目を負わされたと感じる。
まあせいぜい准将という、将官でも下っ端だから、それほど深く関わることはないだろうが。
さて、地上に降り、宇宙港ロビーの横にある臨時の司令部にて、この街で暮らすために必要な身分証を受け取る。なお、リアはこの星の者だが、だからといってこの王国内に放り出すわけにはいかない。ゆえに「上等兵顧問」というよくわからない階級で半分軍属扱いとすることで、地球五〇五の者と同等の扱いを受けられることになった。
そうでなければ、この街には立ち入れても、住むことはできない。この街は少なくとも十年ほどの間、この星の国の法律の及ばない地域として扱われる。無論、この星の者が住むこともならない。文化レベルが違いすぎるのが原因だ。よくあるのが、貴族の乗った馬車を横切った途端、斬り捨てられる。そんな蛮行がまかり通る王国の法が適用されたなら、我々は安心して暮らせない。
だから、少なくとも我々の「常識」が浸透するまでの間は、宇宙港に直結し、高い塀で囲まれた街の中で、この地上の法が及ばない領域を作るほかない。
ところで、駆逐艦を降りた乗員には宿舎が提供される。高さが百メートルを超える二十階建ての高層アパートだ。一つの階に五十以上の入り口があり、各々、二部屋を備える。
が、大佐以上となると、地上に建てられた二階建ての戸建て住宅が与えられる。准将である僕にも、まさにその住居が与えられた。が、独身であるから、別に宿舎でも構わないのに……
「ほう、なかなか立派な屋敷を、与えられたな」
ところがだ、魔法使いであり、上級兵顧問という妙な肩書の娘が、いつの間にか僕についてきている。
「……二つ、聞きたいことがある」
「なんだ」
「お前、どうやって気配を消している? 二十人以上がいる艦橋の中まで、まるで誰にも気づかれることなく入ってくることもあった。絶対に何か、仕掛けがあるだろう」
「よいことに気付いたな、あれは『認識阻害』という魔術によるものだ」
「に、認識阻害?」
「気配を感じさせないという、ごく初歩的な魔術だ」
初歩的だといわれても、そんなことは僕らには絶対にできない。やはり、この世界はどうかしている。
「で、もう一つの質問だ。お前の住処は、あの高層アパートの一室ではないのか?」
「何を言う。私は、お前と共に寝る」
この二か月余りの間に、リアの言葉はかなり流暢になった。が、同時に、図々しさが増してきた。いや、元々こういう性格だったのだろうか。とにかく、僕にへばりついて離れようとしない。
が、それは愛情とか欲情とか、そういうものがあるからではなさそうだ。どうも僕にあるという「何か」に惹かれ、近づいてきているとしか思えない。
その「何か」の一つに、僕の稼ぎも含まれるのだろうが。
首からぶら下げている緑色の首飾り、すなわち「エメラルド」が埋め込まれた宝飾品を身に着けている彼女は、僕の腕にしがみついてこう言った。
「さて、中に入るぞ」
最初にこの家に入る前には、指紋登録をする必要がある。僕が左右の親指と人差し指を登録した後、こいつは勝手に自分の指を登録しやがった。
「……おい、誰がお前を、ここに住んでいいといったんだ?」
「私が、今決めた。悪いか」
「いや、いいとか悪いとかではなくてだな……」
「おお、広い広い! さすがは戦隊長と呼ばれる男だけの屋敷だな」
宇宙空間で組み上げられ、そのまま地上に降ろされたこの簡素な二階建て住宅を、リアは酷く気に入った。
が、その奥にあるものを見つけ、リアが叫ぶ。
「おい、どうしてここにロボットがあるんだ!?」
中に入るや、リアはキッチンにおかれたとあるものを指差している。
「ああ、それは調理ロボットだ」
「調理、ロボット?」
「つまりだ、材料さえあれば、何か料理を作ってくれるやつだ。駆逐艦の食堂にも同じものがあっただろう」
「なんと、ここにはそんなものまであるのか? なんという贅沢だ」
と、調理ロボットに興味津々かと思いきや、今度は部屋中を駆け回る。
「おい、ベッドがあるぞ」
「そこは寝室だからな」
「それにここは何だ?」
「そこはクローゼットといって、服や物を収納する場所だ」
その後のリアはといえば、まるでゴキブリのようにごそごそと家じゅうあちこちを走り巡り、隅から隅まで探索し続ける。
そんなに面白いのか? だいたい、まだほとんどのものがそろっていない。冷蔵庫はあるが、すっからかんだ。食材も買わなくてはいけないし、他にも生活雑貨をいくつか購入する必要がある。
というわけで、リアを連れて再び宇宙港へと向かう。そのすぐそばに、仮設で作られた簡素なスーパーがある。
簡素といっても、生活に最低限必要なものは一通り買いそろえることができる。いずれ近いうちに大型のショッピングモールができるだろうが、それまではこの簡易の店舗で買いそろえるしかない。
しかし、仮設の店舗であるため、中はかなり雑だ。近くの星から運ばれてきた野菜や果物、それに缶詰やパック食品が雑に並べられ、山のように積まれている。これは生活雑貨でも同じような状態だ。歯ブラシだらけの山に、シャンプーなどもカゴに放り込まれて売られている。
が、その品物が山のように積まれて売られている様子に、リアは衝撃を受けている様子だ。
「なんという場所だ。私のいた王国の王都の市場ですら、かように食べ物の豊富な店はないぞ」
が、その言葉からは、どうやらリアはこのブランデン王国の王都を訪れたことがないようだ。あくまでも、自身のいたという王国、確かヴェロニカ王国という国だったか、そこの首都の市場しか見ていないようだ。
山賊どもはこの娘を、この王国の王都に連れていくことはなかったのか? でも考えてもみれば、やつらが首輪でつながれたリアを引き連れて歩けば、一発で無法者とばれてしまう。
無邪気なリアだが、不幸な過去もあった。物珍しげに駆け回るリアを見て、少しでも幸福感を感じてもらいたいと切に願う。
それと、例の治癒魔術の謎もまだ明かされていない。こういういい方はなんだが、リアがここにいられる理由は、まさにあの不可解な魔法のおかげといってもいいだろう。未だかつて、聞いたことのない魔法である「治癒魔術」、いや正確には「時間逆行」の技を、どうやって発動させているのか。
とはいえ、魔法のことはともかく、一人の人間であることには違いない。山と積まれた食材に歓喜し、かごの中に大量の下着を放り込んで僕を卒倒させかけるその無邪気さは、歳相応の娘であることには違いない。
魔法のことはおいおい、明かされていくことだろう。それよりもまずは、国を失い、山賊らに囚われていた暗い過去を忘れさせることが先決だ。
で、食材を買い込み、早速、キッチンにある調理ロボットに料理を作らせてみた。ほぼレトルト食品しか売っていない店だったから、ロボットを使うまでもないような料理ばかりができた。チーズ入りハンバーグにレタス、酸味の強めのドレッシングにコーンが添えられた、簡単な料理。そこに一緒に買ってきたパンを並べる。
「ドイ グラシアス、アル ディオス デ ラ マヒア、ポルポデール コメール オイ……」
見知らぬ言葉で、祈りを捧げるように手を合わせて何かを唱えている。おそらくは、食事前の儀礼なのだろう。僕はといえば、いきなりサラダにフォークを突き刺していた。
「おい、珍しいな。何を急に祈りを捧げ始めたんだ?」
「このような豊かな暮らしが得られたことを、魔術の神に感謝していたところだ」
駆逐艦の食事の時で、そんな仕草を見せたことがないというのに、この家での食事で初めて見せるその姿に、僕はリアという人物のさらなる一面を知ることとなる。
なんとなく、その滅ぼされたという王国の平民の一人かと思っていたが、平民階級がここまでの儀礼を見せることはあるだろうか? もしかすると、修道院か、あるいは貴族階級の一人だったのではあるまいか。
しかしだ、その翌日のこと。僕が宇宙港にある仮の司令部に立ち寄った際、ボルディーガ中将からこんな話を聞かされた。
「リア殿がいたというヴェロニカ王国という国のことだが」
そう、もしかしたらそのヴェロニカ王国のあった場所に、他にもリアと同じ治癒魔術などの使い手がいるかもしれないと、そう考えた軍司令部がリアの故郷について探りを入れていた。
が、ぼくはそこで、衝撃的な事実を知る。
「そんな王国は、どこにも存在しないとのことだ。これはブランデン王国の王族、貴族、そして騎士たちが口をそろえてそう言っていた。もしもこの国が本当にそのヴェロニカ王国という国を滅ぼしたならば、むしろそれを誇る者がいてもおかしくない。が、だれもヴェロニカ王国という国のことなど知らないと、そう言い張るのだ」
僕はてっきり、リアの故郷はこの国に滅ぼされ、従属させられたのだとばかり思っていた。が、元よりそんな国はこの星に存在すらしないという。
ますますリアという娘の謎が、深まっていく。




