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#8 哨戒

「両舷前進微速、戦艦アルジャジーノより離脱する」


 そんなデート……いや、リアとの街の散策の日の翌日、駆逐艦七五〇一号艦は戦艦アルジャジーノを出港した。今回は報告任務と補給だけだったから、三日間しかいられなかった。

 とはいえ近々、リアのいたブランデン王国の王都ブリューゲルに宇宙港ができる。そうなれば、この狭い駆逐艦での生活から地に足がついた生活へと変わる。それだけでも、僕らの戦隊にとっては喜ばしいことだ。

 とはいえ、そこに移り住めるまでには宇宙港とその周辺に街が必要となるため、あと二か月はかかるといわれている。それまでは虚空の宇宙と、戦艦アルジャジーノの往復になる。


 ところで、今回我々はワームホール帯を抜けて、その先の哨戒活動が課せられた。つまり、中性子星域に敵が何か妙な動きをしていないかを探るためだ。というのも、あの戦いの直後からちょくちょく敵の哨戒部隊が目撃されているという。できれば敵の動きを捉え、その意図を探ろうというのが今回の目的の一つだ。

 で、例によってリアがついてきてしまった。あれほどアルジャジーノに残れと言ったのに、相変わらず頑固で聞かない。結局、この艦に乗り込んでしまった。

 戦闘になる可能性だってある。そうなったら、リア自身が危険にさらされることになる。それを懸念して、僕は残れと言ったのに……


「そんなに戦隊長のこと、気に行っちゃったんですかね?」


 フレーデル准尉が、食堂で露骨にそんなことを言い出す。


「おい、准尉よ、どういうことだ」

「だって、いつも同じ部屋で寝てるし、おまけに昨日は二人きりで街に繰り出したんですよね? どうみても普通のカップルのすることじゃないですか」

「いや、そうは言ってもだな。僕とリアはただ同じ場所に行ったというだけであって……」

「そういうのを、普通はデートっていうんですよ。あーあ、リアちゃんもこんな戦隊長の、どこが気に入ったのかしらねぇ」


 と、本人の目の前で堂々というものだから、リアは答えざるを得ない。


「それは、ゼノンが『持っている』者だから」


 また始まった。だから、何を持っているというんだ。それに、それだけで僕について回る理由にするには、いささか物足りない理由な気がする。特に、一緒に寝る必然性はないんじゃないのか。

 だが、フレーデル准尉はそれとは別のところで驚く。


「あーっ、いつの間にか、戦隊長のこと、名前呼びしている!」


 そこ、驚くところか? だいたいリアは民間人だ、基本的に階級がものをいうわけでもない。別段、名前呼びでも問題ないだろう。


「って、もしかして戦隊長殿が名前呼びを強要したのですかぁ?」

「そんなわけがないだろう。いつの間にか、そう呼ばれていただけだ」

「ふうん、怪しいですねぇ」


 この艦で唯一の女性士官であるフレーデル准尉は、どうも僕とリアの関係を疑っているらしい。が、僕はどちらかといえば、ちょっと違う捉え方をしている。

 どうもリアは、僕のことを「探って」いるような雰囲気だ。

 やたら「持っている」者というし、行動時には一挙手一投足、観察してくる。その行動一つ一つを、まるで監視されているようだ。

 これではストーカーだな。といいつつ、それ以上、何かをするわけでもないし、僕に対しては比較的オープンに接してくるから、特段、気にしてはいない。

 もっとも、手も出してもいないが。毎日一緒に寝ているのだから、ちょっとぐらい……と思うこともないこともない。が、それをしてしまうと、何かが失われてしまうような、そんな気がしてならない。

 ということで、プラトニックな毎日を悶々としながら過ごしているのが現実だ。


「ワームホール帯突入まで、あと一分!」

「砲撃戦用意。全艦、警戒態勢のまま突入する」

「はっ! まもなく、ワープに入ります!」


 いよいよニ十光年離れた先の中性子星に向かう。ワープ直前、僕は艦橋の指揮官席に座って窓の外をみる。今回の目的は、敵の哨戒活動を把握し、可能ならばその意図を探ること。とはいえ、意図を探るというのは簡単なようで難しい。

 敵の意図は明白だ。この中性子星域の支配域を、一気に広げたい。ただ、それだけだ。

 が、そのために哨戒活動をしているのだろうが、それが何を企んでのことなのかを知るのは、至難の業というものだ。まさか、罠を仕掛けているのか? いや、そんな大々的なことを我々の支配域で行おうものならば、あっという間に阻止されてしまう。

 艦隊決戦に向けての調査、とも考えられるが、それならばなぜ、前回の艦隊決戦時にそれをやらなかったのか? いや、もしかしたら前回の敗北を受けて司令官が変わり、方針が変更されたのかもしれない。だとすると、今度の敵の指揮官は相当厄介な存在ということになる。

 この場合は、後者を想定した方がよさそうだな。つまり、敵の司令官が変わって、方針が変更された。その上で徹底的にこの宙域を調べ上げた後に、艦隊決戦に臨もうとしている。

 だとするならば、我が勢力域に敵の哨戒部隊を入れるわけにはいかない。


「周囲三百万キロに、艦影なし」


 一時間おきに報告されてくる定時連絡は、毎回これだ。今回に限っては、敵の哨戒部隊が見つからないという。


「奇妙だな。このところ、いつも確認されていると聞いていたが」

「そうですね、ですが、調べるべき場所を調べ尽くした、とも考えられませんか?」

「いや、そんなことはないはずだ。ともかく、警戒を厳にせよ」


 僕は参謀長にそう告げる。敵は周辺には見当たらない。だが、僕にはどうしても引っかかる。

 敵がいない、そんなことは考えられない。

 僕の直感が、それを否定する。

 上手くは言えないが、何か殺意というか、気配というか、そんなものをこの宙域からビシビシと感じる。


「レーダー士!」

「はっ!」

「敵影は、見当たらないか?」

「現在、三百万キロ以内に艦影なし」


 うーん、さっきと同じ報告の繰り返しだ。やはり、この周辺には何もいないのか。


「何か、感じるのか?」


 と、その時、僕のすぐ脇にリアが立っていた。あれ、こいつ、いつの間に僕のすぐ隣に現れたんだ?


「今は哨戒任務中だ。リアは食堂か、自室で過ごしてろ」

「退屈だ、ここの方が、刺激があっていい」


 いや、刺激的過ぎるだろう。艦橋とは場合によっては命のやり取りを目の当たりにする羽目になる、そんな場所だぞ。そんなところの何がいいのやら。

 といっても、先日の戦いの時もこいつ、艦橋にいたな。変わったやつだと思っていたが、冷静に考えると、砲撃音と自分が発するビーム光を同時に見ることができる。食堂だと、何の前触れもなく音だけが響き、何が起きるか分からない。窓があるという場所だというだけで、発射前の先端にうっすらと青い光が光るから、発射直前の前兆をとらえることができる。その直後に響き渡るであろう砲撃音に構えることができる。

 敵からの砲撃を受ける際に、シールドを展開する号令も聞こえるから、食堂にいるよりも唐突さがない。まさに我々の戦いを、肌で感じられる場所ではある。

 ただ音に怯えているくらいなら、何が起きているかを直に感じ取れる場所にいた方がずっとましだと、リアは思ったのだろう。それを「刺激がある」場所だと表したリアも、随分と我々の言葉を扱えるようになったものだと感じる。

 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。


「おい、今、僕が何かを感じていると、そう言わなかったか?」

「違うのか?」

「いや、違わないが……って、どうしてそんなことが分かるんだ」

「そなたを、見れば、分かる」


 僕は思わず、自身の頬や額を手で触れる。が、別段、変わった様子は感じられない。どこを見て、こいつはそんなことを言ったんだ?


「ともかくだ、敵が一隻もいないというのはおかしい。つい三日前に哨戒に出ていた戦隊は、少なくとも三百隻以上の哨戒部隊を確認している。そんな連中が突然、一隻残らず消えるとは考えられないだろう」

「ですが戦隊長殿、場合によっては補給のため、一時的にこの宙域を離れただけとも考えられます。ありえない話とまでは言いきれないのではありませんか?」


 参謀長であるルーマン中佐が、僕にそう進言する。が、この言葉を聞いても、違和感を拭い去れない。

 どうしたら、いいのか。

 そんな困った矢先に、僕の直感が正しいと分かる出来事が起きる。

 急に観測員の一人が叫ぶ。


「後方、七万キロに高エネルギー反応! 主砲装填によるものです!」


 しまった、図られたか。僕は直ちに命令を出す。


「全艦、全力即時退避だ!」

「全艦に打電、全力即時退避!」


 参謀長が命じ、我が戦隊の艦が一斉に回避運動に入る。が、遅かった。

 猛烈なビーム光が放たれる。


「くそっ! 一体、敵はどこから……」


 そこで僕は思い出した。そういえば連盟軍には、我々のレーダーにかからない星間物質を用いた隠れ蓑を持っている。それを使って、いつの間にか我が戦隊の後ろに回り込み、機会を狙っていたのだ。

 後方からの砲撃、このまま反転して反撃に出るのもいいが、ただ反転すると的になる。このまま機関全速のまま蛇行しながら逃げる方が、敵の命中率を下げられる。

 が、最悪な事態が起きる。


「な、七五七八号艦に直撃、撃沈しました!」


 三隻隣にいた艦に、直撃弾が命中する。後方から浴びせられたビームにより起きた猛烈な爆発で、一瞬で駆逐艦が光に包まれる。

 が、その時だ。

 リアがこう叫ぶ。


「ヒール!」


 おい、何を言っているんだ、こいつは。あれは怪我というレベルのものではないぞ。全長が三百メートルもある一隻の船が消えたんだ。お前の魔術でどうにかなるような代物ではない。

 が、信じがたいことが起きる。その爆発光が徐々に消えて、中から何かが現れる。

 そう、無傷の駆逐艦七五七八号艦だ。


「うそ、だろ……」


 後方からビームを食らえば、シールドが効かないから確実に撃沈される。にもかかわらず、まるで何事もなかったかのようにその場に沈んだはずの駆逐艦が現れたのだ。

 レーダーから一瞬、消えたことは確認されている。だから、直撃したことは間違いない。それが何事もなかったかのように復活した。

 これが、リアの魔法の力なのか。

 だがこれは同時に、別の懸念を生み出す。

 そう、この「治癒魔術」には反動がある。これまで、我々は二度、それを知らないうちに経験していた。

 と、その時だ、リアの首にかけられたあの緑色の宝石の付いた首飾り、戦艦アルジャジーノの雑貨店で買ったあの首飾りのエメラルド本体が、いきなりバキーンと音を立てて割れたのだ。

 何が、起きた。唖然としていると、リアがこう告げる。


「大丈夫、あの船を沈めた光の主に、報いが、降りかかる」


 何を言っているのか、さっぱり理解できなかったが、次の瞬間、考えられないことが起きた。

 こちらは、一発も撃っていない。にもかかわらず、いきなり七万キロ後方で大爆発が捉えられる。


「て、敵の戦隊にて巨大爆発を確認! 相当な規模の爆発が発生!」


 敵からの砲撃が途切れる。僕はすぐに命じる。


「転舵、反転! 敵の戦隊を捕捉せよ」

「全艦、転舵反転、反撃体制を取れ!」


 参謀長が、僕の命令をうまく各艦に伝達する。百八十度回頭し、まだ爆発光が見えるその場所に、指向性レーダーを照射するよう命じた。


「指向性レーダーで、敵を探知せよ!」


 すぐさま、敵の位置と数が判明する。が、想像を絶する答えが返ってきた。


「て、敵の艦影は、およそ三十。おそらくは百隻以上はいたであろう敵の戦隊の大半が、消滅した模様……」

「……ならば、その残った三十隻に向けて、砲火を浴びせる。砲撃戦開始!」


 形勢は、一気に逆転した。こちらは三倍以上で、敵は突然起きた爆発に巻き込まれて混乱状態にある。そこへ、我が戦隊の砲が一斉に火を噴いた。

 無論、敵は逃げるしかない。何が起きたのかすら分からぬまま、脱兎のごとく逃げ出す三十隻の敵艦艇。それを我が戦隊は、執拗に撃ち続ける。

 が、結果的にその三十隻を取り逃がしてしまった。とはいえ、おそらくは七十隻以上は沈めたはずだ。だが、その理由が分からない。

 たった一つ、分かっていることがある。それは、リアに買ったあのエメラルドの首飾りについていた宝石本体が、粉々に砕けたということだ。


「……リアよ、この現象を説明することができるか?」


 僕はリアにそう、問い詰める。リアは短く答える。


「あの大きな船に、治癒魔術をかけた。当然、相応の反動が、出る。この緑の石で、その向きを制御、した」

「制御?」

「つまり、その反動を、あの光を放った敵の方に向けた」


 それを聞いて、僕はぞっとした。やはりあの治癒魔術には「反動」があることがはっきりした。そして、そのことをリアは知っていた。


「つまりリアは、治癒魔術によって反動が起きることを、知っていたのか?」

「この世界では、やむを得ない。だが、あの緑の石があれば、その方向を、制御できる。今回は、あのビームというものを放った船に、それらすべてを向けることができた」


 もっとも、その代償としてエメラルドは砕けてしまったという。いや、我が戦隊の一隻の駆逐艦、百人の乗員の命に比べたら安いものだ。しかも、思わぬ大勝利をもたらすことになる。

 いや、これは大勝利とは言わないな。なにせ、一撃も我々の砲は敵に当たっていない。言ってみればこれは、敵が自爆しただけのことだ。これを戦果と呼ぶには、あまりにも不甲斐ない。


「戦隊長、先ほどから言っている『反動』とは、どういうことでしょうか?」


 当然だが、参謀長であるルーマン中佐がそのことを知るはずもない。そこで僕は、これまで起きたことを話す。


「……つまり、シュトゥーベン先任伍長の怪我が治癒魔術で治ったその時は、七五一七号艦の機関がいきなり故障した。戦艦アルジャジーノの訓練場で治癒魔術を使った時には、第二階層で崩落事故が巻きた。いずれも、治癒魔術を使ったのと同時に起きている。そして今もまた、駆逐艦一隻を『治癒』したことで、その反動が敵に向けられた。それが、あの爆発だとリア自身が言っている」

「ですが、今度のその反動はあまりに大きすぎではありませんか? 第二階層や、機関の故障どころではありませんよ」


 そんな参謀長に、リアは答える。


「治癒魔法の反動、それは、治すものの大きさに、従う」

「大きさに従う? つまり、治癒した相手が大きければ大きいほど、その反動は大きくなると?」

「そう。そして、ただ治癒魔術、使うだけでは、どこに反動が表れるか、分からない」

「が、今回はまるで、敵にその反動を向けたようなことを言っていたじゃないか」

「あの、緑の石の、おかげ。あれがなかったら、あの爆発は、こちらの百隻で起きていたかもしれない」


 ぞっとするようなことを言い出した。つまり僕はあの時、何気なく買ったエメラルドの首飾りのおかげで、一隻の艦を救い、敵を葬ったということか。

 つまり、リアが放った治癒魔術が、敵を倒したということになる。

 が、釈然としない。どうして治癒魔術を使うと反動があることを、事前に話してくれなかったのか?


「おい、リア。どうして……」

「聞きたいこと、分かる。だけど、今話しても、信じてもらえない。時が来たら、話す」


 僕の質問を、いきなりはぐらかした。どういうことだ。時が来たら、分かる? 意味深なことを言うやつだな。

 ともかく僕らは無事に哨戒活動を終え、帰投した。

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