#7 休息
「大勝利、かんぱーい!」
戦艦アルジャジーノに入港した我が艦を降りて、なぜか七五〇一号艦の何人かと艦内街のビアガーデンに来ていた。無論、リアも一緒だ。
「いや、戦隊長はよくあの大艦隊の中から、別動隊の動きを読み取れましたな」
参謀長が僕にそう言うが、逆に僕にとってはあの動きが見えない方が不思議だ。露骨に動いているんだぞ。そう僕は考えるのだが、リアがそこで意味不明なことを言う。
「持っているものが、違う。だから、こやつには見えた」
また奇妙なことを言い出すやつだ。何なのだ、この魔法使いは。
「『持っている』と言われるのは、もしかしてリア殿から見た戦隊長殿は、魔法使いとでも?」
「そんな感じ。その力、思った以上に、大きい」
おい待て、リアよ。お前が余計なことを言ったせいで、僕は魔法使いにされてしまったぞ。たまたまだ、たまたま、敵の別動隊が動いたのが見えただけだ。それを「魔法」といわれるのはいささか大げさすぎる。
が、この時の会話がきっかけで、僕はその後、戦隊内では「魔術戦隊長」という妙な二つ名で呼ばれてしまうことになる。
「この際、魔法使いでも何でもいいです。とにかく勝利の立役者である戦隊長殿、何か一言、どうぞ!」
ビアガーデンに集まった第七十五戦隊の一部の乗員らの前で、僕はフレーデル准尉にされるがまま、何か発言を求められる。うーん、こういう時、指揮官は何といえばいいんだ? つい二年前まではただの砲撃手だった僕が、いきなり皆の前に立たされ、一言を求められる。
まあ、こういう場はともかく、鼓舞するのが大事だな。そう考えた僕は一言、こう言った。
「次の戦いでも、我が戦隊は大勝利をもたらす。貴官らの働きに感謝と、そして次なる勝利を!」
マイク越しに叫んだ僕のこの言葉は、その場にいた戦隊の隊員皆が歓喜する。これまでは成り上がりの若造に過ぎなかった僕だが、ようやく戦隊長として認められた、という瞬間でもあった。
そんな雰囲気の中、リアまでもがグラスを掲げて皆と共に盛り上がっている。こうしてみると、僕らの元に来た時と比べて、随分と明るくなった。言葉はまだたどたどしいが、それでも随分と慣れてきた。
何よりも、我が戦隊から一人の死者も出さずに乗り切れたのはよかった。勝利よりも、僕はそっちの方が喜ばしい。
「やはり、持ってるな」
戻ってきた僕に、リアがそう呟いた。僕は尋ねる。
「この間の戦いの後にも言っていたが、その、持っているとは、どういう意味だ?」
「そのまま、だ。少なくとも、私、見る限り、あなたは、特別な力を、持っている」
不可解なことを言う。少なくとも僕の星に、魔法などというものは存在しない。ごく普通の星だ。
もっとも、今から二百五十年ほど前までは、宇宙に出るなどもってのほかな文明だった。戦列歩兵がマスケット銃を構えて撃ち合う、そういう文明レベルの星だったからだ。
それが一気に宇宙艦隊を構えるまでに成長し、それからいくつかの星を連合側に引き込んできた。
これまでは、わりとそつなく連合陣営の一員として、それなりの功績を挙げてきた。が、それが一変したのは、二年前の大敗北だった。
敵の奇襲の罠にまんまとはまり、二千隻、およそ二十万人もの将兵を失うという大失態を犯したのだ。これにより、我が地球五〇五でも大変な事態に陥った。
連合側での評判が落ちたのはもちろんのこと、失われた兵員の補充、何よりも失われた指揮官の育成が急務となった。どうにか艦隊を立て直した時に、地球一一〇一という星が我が地球五〇五の二百光年先で見つかった。一番近い星が我が地球五〇五だったため、その星の担当にさせられた。
ただでさえ軍組織がガタガタになったところへ、新たな星の連合側への同盟交渉を任された。この二年は、地球五〇五としては悪夢でしかない。
が、捲土重来とばかりに我が地球五〇五政府はその交渉任務を受け入れる。で、僕のような即席の指揮官ごと、この新たな星へと送り込まれたというわけだ。
こんな不運な星にいて、「持っている」といわれても、何もいいことはないな。だいたい、そんな力を僕自身が実感していない。
今回の勝利も、何か特殊な力がもたらしたものではない。どちらかといえば、運が良かった。別動隊の動きの発見、そして不意打ちの成功。この二つの幸運がもたらした結果に過ぎない。
さて、散々ビアガーデンで大騒ぎをした後、僕はボルディーガ中将に呼び出される。慌てて酔い覚まし薬を飲み、艦橋へと向かう。
「お祭り騒ぎのところ、悪かったな」
僕自身の酔いはさめているが、体に染みついたビアガーデンのあのアルコール臭までは消せなかったようだ。
「お呼びだと伺ったので、参りました、中将閣下」
「いや、別に急ぎというわけではなかったから、明日でもよかったのだがな」
なんだそれは。すぐに司令部に来るようにといわんばかりの文面だったので、大急ぎでやってきたのに。いや、分艦隊司令に向かってそんなことを口走るわけにはいかないな。
「総司令官閣下より、伝言を預かった。第七十五戦隊の働きにより、勝利を得ることができた。前回の敗北を覆すほどではないものの、これでやつらも当面は手出しできないであろう程の損害を与えることができたことだろう。艦隊を代表して感謝の意を表する、総司令官、バルドヴィーノ・カッチーニ大将。以上だ。」
「はっ、感謝していただき、ありがたく存じます!」
損害は、敵はおよそ八百、味方は二百。味方もそれなりに損害を受けたから、大勝利とまでは言えない。が、敵が攻勢に出るのをしのいだ。ともいえる。とはいえ、僕の別動隊の攻撃が成功しなければ、成し得なかった勝利には違いない。ここはありがたく、その感謝の意とやらをいただくとしよう。
「ところで、地球一一〇一の国の一つ、ブランデン王国との同盟交渉が成立した。これよりその王都ブリューゲルのそばに、宇宙港を建設することが決まった。我々もそこに常駐し、そこを拠点にこの先も連盟軍と戦うこととなるだろう」
「はっ」
「次の戦いでも、期待しているよ」
妙な笑みを浮かべるボルディーガ中将だが、そう簡単に勝利が転がってくるわけがない。あまり、期待しないでほしいなぁ。そう思いつつも僕は、敬礼して司令官室を出る。
そういえば今回の戦いでは、リアを乗せっぱなしだった。本来ならば、この戦艦アルジャジーノに残すべきだったな。おかげで、戦いに巻き込んでしまうこととなった。急な事だったのでやむを得ないといえばその通りだが、今後は気をつけよう。
さて、僕はといえばそのままビアガーデンには戻らず、ホテルの自室に戻る。が、しばらくするとドアをノックする音がする。開けてみると、やはりリアだった。
「ふえ、ここ、こんなに、広い部屋、だった?」
こいつ、ビールを飲まされたな。明らかに酔っている。一応未成年だぞ、まずいんじゃないか。
「おい、そろそろフレーデル准尉と同じ部屋で寝た方がいいんじゃないか」
「私、ここがいい」
「いつも思うのだが、どうして僕の部屋に泊まりたがるんだ?」
「それは、そなたが『持っている』人だから。ひっく」
そういうとリアは、ややふらつきながらも僕のベッドにもぐりこみ、そのまま寝てしまった。が、ここで僕は、リアの本音らしきものを知った。
僕の部屋に押しかけてきたのは、僕は「持っている」者だから? 少なくとも、リアからはそう見えているらしい。そこで、二つの疑問が湧いてくる。
一つは、僕の「持っている」とは何のことなのか? そしてなぜ、その「持っている」者のそばにリアはいたがるのか。その辺りが、さっぱり分からないな。
さて、そんな翌日だが、リアが目覚めるや、こんなことを言い出した。
「今日、二人だけで、出かける!」
いつもはフレーデル准尉も一緒だが、今日は僕とリアだけで出かけたいと言い出した。
「フレーデル准尉がいる方が、何かと都合がいいだろう」
「そんなこと、ない。ゼインの行きたいところ、知りたい」
僕をいきなり名前で呼んできた。僕は思わず、ドキッとする。あの戦いを経て、こいつちょっと、変わったんじゃないか?
と、いうことで、今日は僕とリアだけで行動することにした。
といっても、僕が行く店は限られている。食事は、ファーストフード店が中心。書店に家電店、そして時々、雑貨店だ。
で、最初に向かったのは、ハンバーガーの店だ。
「いらっしゃいませ、お持ち帰りですかぁ?」
「いや、店内で」
「本日お勧めの、アボガド中性子星バーガーはいかがですか?」
なんだ、その名前は。アボガドを中性子星に見立てたバーガーということか。二年前にこの艦隊が、その星域で酷い目に遭ってるのを知っての所業か。
いや、逆だった。次は勝つためのゲン担ぎとして生まれたバーガーらしい。つまり、中性子星域を食らい尽くしてやる、ということか。メニュー表の下に、その由来がよく見ると書かれていた。
「じゃあ、それのセットを一つ、そしてダブルチーズバーガーのセットも一つ」
「お飲み物はどうされます?」
「コーラと、オレンジジュースで」
注文と同時に、背後にいるロボットアームがせっせと注文したバーガーを作り始めてくれている。その傍から、早くもポテトとドリンクが一つづつ、並ぶ。そしてハンバーガーが二つ、その脇に置かれた。
そのトレイを持ち、席に着く。僕は包み紙を開けて、その忌まわしき中性子星域の敗戦を「食い倒す」アボガドの入ったバーガーに食らいつく。
その様子を、リアはじーっと見つめていた。
「ああ、そうか、ハンバーガーの食べ方を、教えてなかったよな」
「うん、でも、今ので、分かった」
といって、ダブルチーズバーガーの包みを開けて、僕と同様、食らいついた。その肉厚のあるハンバーガーを、いたく気に入ったらしい。
が、それに収まらない。
「ゼノンのそれ、飲みたい」
といって、僕のコーラをせがむ。仕方がない。そう言って僕はそっとリアに渡す。
一口飲んだら、口の中に炭酸がシュワッと広がる。炭酸飲料自体は初めてではないだろう、昨日ビール飲んでたのだから。と思いつつも、その強烈な飲み物に一瞬、むせそうになる。
「うん、刺激的、でも、美味しい」
どうやら気に入ったようだ。二口ほど飲んだところで、僕のところにそれは返ってきた。そして、オレンジジュースを飲んでは、ハンバーガーに食らいついている。
……ちょっと待て、このコーラ、このまま飲んでいいのか? いわゆる「関節キス」とかいうやつじゃないか。と入ったものの、まさか捨てるわけにもいかず、僕は何事もなかったかのようにそれを口にする。
が、ストローに口をつけた途端、なぜか一瞬、リアが微笑んだような気がした。
なんだ、今の笑顔は。こいつの行動には、どうも意味ありげな気がしてならない。
とまあ、こんな具合でファーストフードの店を出るのだが、次に向かった書店で、リアは大いに驚く。
「ここはもしや、図書館か?」
ああ、本が一杯並んでいるからな。僕は一応答える。
「いや、全部売っている本だ」
「本、売ってる?」
「最近はたいていの本が電子書籍だが、紙の書籍も一部ある。それに」
僕はある書籍の上にある値札の部分に、スマホを当ててみせた。すると、ピッと音が鳴って、購入するかどうかを促す画面が出てくるのを見せる。
「こんな具合に、書店でも電子書籍を買うことができるようになっている。紙の書籍で中を見て、気に入ったらそのままその書籍をレジに持っていくか、その場で電子決済をするかという選択ができる。いずれにせよ、この書店の利益になる」
最近、書籍に興味津々のリアにとって、これはたまらない場所だろう。だが、リアが興味を持ったのは、スピリチュアルな分野、すなわち占星術やタロット占い、手相などの、なんともいかがわしい……いや、神秘的な分野のコーナーだった。
「星の配置が、人の運命を決めると、書いてある。なんと面白そうな、書籍か」
といいながら、それの電子版を三冊、紙の書籍で一冊、購入してしまった。かくいう僕も、戦術論と小説をそれぞれ二冊づつ、電子で買った。
それにしてもだ、どうも気になることがある。
こういっては何だが、僕はリアから、一挙手一投足に至るまで、何か監視されているような気がする。ハンバーガーの店を出て書店に至るまで、そして書店を出て次の店に向かうまでの間、僕はいやにリアの視線を受けているような気がする。
僕の持っている力というやつを、探っているのではあるまいな。
いや、ちょっと考えすぎか。魔法使いゆえの、というかここよりずっと治安の悪いところで暮らしていた癖が出ただけかもしれない。
で、続いて向かったのは、雑貨店だ。特に用事はなかったから、家電店は飛ばした。この雑貨店も同様に、特に立ち寄る必然性のないところだったが、何となくリアが興味を引きそうなものが多いと考えて、ちょっと立ち寄ってみた。
その雑貨店は、カバンやちょっとした生活用品などもあるのだが、そんな中、いわゆるアクセサリーもある。
その中の一つ、緑色に輝く石の付いた首飾りに、興味津々だった。
「なんだ、それが欲しいのか?」
僕の問いに、首を縦に振るリア。それを見て僕は、そのエメラルドの首飾りを一つ、購入することにした。
まあ、それなりの値段だったが、特に趣味もなく、暇もなく、お金も余っていたから、リアが欲しがるものを買えたと思えばむしろ安い買い物だったと思うところだろう。早速それを首にかけて、ご満悦のリアだった。
「一つ、聞いていいか」
僕は、リアに尋ねる。
「なに?」
「いや、どうしてエメラルドのその首飾りを気に入ったのかなぁと、そう思ってだな」
「力の制御、エメラルドは必要。だから、それが手に入って、喜ぶのは当然」
えっ、そんなものが、力の制御に使えるのか? 力って、リアの言う力はすなわち治癒魔術、いや、時間逆行だよな。そんなものを制御するのに、エメラルドなど何の役に立つのか。
それから僕らは街の中をぶらぶらと散策し、公園のベンチで休みながらクレープを食べ、そして最後に、あの第四階層のステーキハウスに入った。どうやらリアのお気に入りの店になっていたらしい。
「ここの肉、美味い!」
喜ぶリアだが、僕はふと今日の行動を振り返って、ふと考えた。
これってつまりは、デートと呼ぶものではないか?




