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#5 結果

 さて、そんな夜が四日も続いた。相変わらず、フレーデル准尉とではなく、僕の腕にしがみついて寝る日々が続く。僕はどうにか、理性を保ち続ける。


「どうして戦隊長と一緒に寝たがるんですかねぇ。というか、本当に手出ししてないですよね?」

「当たり前だ。それどころか、タブレットを見せながら字を教えていた」

「そんなことして、どうするんです?」

「どうするって、必要なことだろう。それに字を習いたいと、リア自身がせがんできたことだからな」


 風呂に入るところまではフレーデル准尉と共に過ごすのだが、その後はどういうわけか僕の部屋に寝間着姿で現れて、そのまま僕と同じベッドで寝る。それの繰り返しだ。

 が、それだけでは悶々とするから、僕はリアに字を教えるという名目で、その日のニュースやマップを使っての店の紹介、そして小説やノウハウ本のことも教えた。

 リアは、驚くほど吸収力が早い。わずか四日で、ニュース程度ならば読めるまでになった。なかなかの上達ぶりだ。

 それどころか、分からない単語は自身で調べることもできるようになった。彼女の生きてきた世界と、この街とではあまりにも使われる言葉の乖離が大きい。だいたい、物やサービスの種類が違い過ぎる。あちらでは手作業で行っているようなものも、こちらでは自動化されていることが多い。扉が自動で開くなど、リアにとって最初は驚きを持って迎えられた。エレベーターもそうだし、飲食店での注文時にはテーブル上に浮かぶメニュー画面から品を選んで頼むなど、まるでリアのいたところとは勝手が違い過ぎる。

 が、それもこの四日で驚くほど慣れた。電子マネーも自分で使えるようになり、服やスイーツなどは自分の電子マネーを使うようになった。

 どうやら、自分自身だけで生きていけるようになりたいのだろう。

 短い付き合いだが、僕はリアのその決意を感じ取った。

 だから、というわけではないが、こんなことを言い出す。


「私、働きたい」


 この突然の申し出に、僕とフレーデル准尉は驚く。


「いや、別に働かなくてもいいでしょう」

「そうは、いかない。働かない者、食うべからず」


 リアの世界でも似たような格言があるのだな。


「それじゃあさ、あの治癒魔術で医者を始めたらいいじゃん」

「いや、できれば治癒魔術、使いたくない」


 フレーデル准尉の提案を、リアはあっさりと退ける。確かに、それくらいしか今のところ、リアの取り得が見当たらない。そう考えると准尉の提案は一見、妥当に思える。

 が、そうはいかないのがこちらの世界だ。考えてもみろ、いくら実証された治癒魔術といえども、それは無資格者による「医療行為」であり、法に引っかかる。

 それ以上に、なぜかリアは治癒魔術を使うことにためらいを感じているようだ。なぜかは分からない。もしかすると、例えば自身の寿命を縮めているとか、そういう制約でもあるんじゃなかろうか。

 そこで僕は、こう諭す。


「今日、例の実験での調査結果を知らせると、あの技術少佐から報告があった。まずはそれを聞くことが、リアの仕事だ」


 それを聞いて、リアはうなずいた。理解したかどうかは分からないが、まあ、今言ったことは事実だから別に嘘はついていない。実際、あの治癒魔術の秘密が暴ければ、とんでもない発見と、我々に新たなる技術的見地をもたらすかもしれないのだ。

 ということで、四日ぶりにあの殺風景な射撃訓練場へと向かう。そこに併設された研究施設による分析結果を聞くというのが、今日の仕事だ。


「予想通りと思われる結果が、出ましたよ」


 で、その射撃訓練場でヴェンツァーレ技術少佐が開口一発、こう切り出した。


「何が、予想通りなんだ?」

「准将閣下には申し上げたではありませんか、タキオン粒子を減速させることで、時間逆行を引き起こしていると」

「それなんだが、論理が飛躍しすぎていて分からない。どういうことなんだ?」

「こちらの世界で考えれば、簡単な話です。この世界の物質は、絶対に光の速さを越えることができない、それが原理原則です」

「それは分かる」

「が、光速に近づくにつれて、実はあるものが変化しているんですよ」

「なんだ、あるものとは?」

「簡単です、光速に近づくほど、時間の進みが遅くなるというやつです」

「相対性理論によれば、確かにその通りだな」

「我々が出せるのはせいぜい最大で光速の十パーセント程度ですからあまり問題になりませんが、光速に近づくにつれてその時間差は大きくなります。で、もしもこの世の物質が光速を越えたならば、どうなります?」

「……どうなるんだ」

「簡単です、時間が、逆転するのですよ」


 ああ、そうか。光速に近づくほど時間が遅くなるなら、それをもし越えてしまえば当然、その時間が逆に動き出すことになる。

 それは言ってしまえば、絶対に起こり得ない現象だ、ということの証左でもある。

 が、この士官はさらに続ける。


「ですから、それとは正反対、つまり光速を最初から超えているタキオン粒子を減速して光速以下にすることができれば、同じことが起きるというわけです」

「……なるほど、それで理解した。だからタキオン粒子がどうとか言っていたのだな。で、その証拠となるものをつかんだ、と?」

「はい、実に珍しい粒子を検出したのです。ただしそれはほんの一瞬でこの場から、消えてしまいました」


 どうやら、何かを発見したらしい。が、それを捕捉したものの、消えてしまったという。


「ちなみに、どんな粒子なんだ」

「はい、おそらくですが、一種のストレンジ物質(クォーク)ですね」

「ストレンジ物質?」

「ひと言で言えば、危険極まりない物質です」

「どう、危険なんだ」

「ストレンジ物質に触れたものは、ストレンジ物質に変わっていく。が、ある程度連鎖すると崩壊し、やがて消えてしまう。そういう物質だといえば、よろしいでしょうか?」

「あまり、説明になっていないようだが、そもそもストレンジ物質とは何だと聞いている」

「それはすなわち、物質を崩壊に導く物質とでもいえばよろしいでしょうか。陽子や中性子を結び付ける強い力から、重力に至るまで、あらゆる力を介在する物理法則を破壊してしまう物質なのですよ」

「だが、すぐに消えてしまうのだろう?」

「ごく微量でしたし、おそらくは艦内の空気に触れていくつかストレンジ物質に変えた後、ものの数十ミリ秒で崩壊したものと思われます。が……」

「なにか、まだあるのか?」

「いえ、あれほどの時間を戻したにしては、少々あっさりしすぎているといいますか、もっと甚大な影響が出るものと思っていたんですけどね」


 妙なことをいう技術士官だ。まるで、何かが起きてほしいような物言いだ。

 しかし、リアは山賊と行動を共にし、何度も治癒魔術を使ってきたという。それで影響が出たという話は聞いていない。現に、山賊どもはぴんぴんしていた。

 僕が銃で腕を吹き飛ばした山賊をリアが治癒したときも、何かが起きたわけではない。シュトゥーベン先任伍長の治癒をした時も、特に何かが起きたわけでもない。

 なによりも、この射撃訓練場でリアが治癒魔術を使った時、何かがあったわけではない。

 この士官の言う「影響」とは、どのようなものなのか。


「具体的に、その影響とは何のことだ?」

「そうですね。そもそもとして、物理法則に反することを起こしたのです。その結果としてストレンジ物質が現れたのですから、それ相応の破壊現象が起こるものと考えたのですよ。が、ご覧の通りこの射撃訓練場では何も起きていないし、機械に不具合が出たということも起きていない。それゆえに、良質なデータがとれたというものですが」

「……で、貴官がいうタキオン粒子が減速した姿というのが、そのストレンジ物質というわけか?」

「おそらくは、としか言えません。なにせ、タキオン粒子が観測されたという事実が存在しないのですから。そもそもタキオン粒子がどこにいたのかすら、分かっていないのです」


 つまりは、あくまでもこの技術士官の仮説、というわけか。

 が、その時僕は、ふとあることを思い出す。


「そういえば、例の実験をした日に、第二階層で崩落事故が起きたと聞いたぞ」

「はい、小官も聞いております」

「あれが起きたのは、ちょうどここで治癒魔術を使っていた時間とほぼ一致する。それが、貴官のいう影響だとは考えられないのか?」

「いえ、考えられませんね」

「なぜ、断言できる?」

「距離を考えてください。ここからその事故現場まで四百メートル以上離れてます。その間には、街と射撃訓練場を隔てる分厚い壁があります。影響が出るならば、その間の物質を潜り抜けなければなりません。が、射撃訓練場自体にも、その訓練場と街を隔てる分厚い壁にも、何も起きておりません。残念ながら、その事故を治癒魔術の影響だと結論付けるには、いささか距離的な飛躍が大きすぎます」


 ヴェンツァーレ技術少佐の言うことは尤もだ。確かに、あの崩落事故現場とこことでは、離れすぎている。何かを発生させたならば、この場かあるいは街と訓練場を隔てる壁で何かが起きるはずだ。

 だが、偶然にしてはちょっと、出来過ぎているような気がしてならない。

 というのも、シュトゥーベン先任伍長の治癒をした時も、ほぼ同時に駆逐艦七五一七号艦が片側機関を停止させるという事故が発生している。あの時は、重力子エンジンと核融合炉を結ぶシャフトがへし折れ、それが両機関の故障を引き起こしたのだという。

 が、あれにしても治癒をした場所から三キロも離れていた。もし何か起きるとすれば、七五〇一号艦内で起きるはずだ。

 しかし、こうも偶然が続くと、偶然とは思えない。だが、ヴェンツァーレ技術少佐の言う通り、飛躍が大きすぎる。特に距離の飛躍が、だ。


「で、私の力、何か、分かった?」

「ああ、ある程度は分かったらしい。が、まだまだ謎が多いと、あの士官は言っていたな」

「そうか」

「そんな事よりもさ、リアちゃん、今日はピザのお店に行こうよ!」

「うん、行く」


 我が艦唯一の女性士官であるフレーデル准尉とは、かなり心許せる間柄になったようだ。それは実に、好都合だ。

 が、それでもなお、夜だけは僕の部屋にやってくる。

 フレーデル准尉も説得を試みるが、リアはなぜかこの時の准尉の言葉だけは聞かない。

 僕の部屋が広いから? いや、そういうわけでもなさそうだ。部屋が広くても、ベッドはむしろ狭い。なにせ、シングルベッドに二人で寝てるわけだからな。

 何をもくろんでいるのか。どうして、僕なのか。さっぱり分からない。

 ただ一つ言えることは、何かに怯えているような、そういう節がリアからは感じられる。

 時折、悪夢にうなされている。この四日間の内、二日、そういうことがあった。

 その恐怖から逃れるため、僕のそばにいるのかもしれない。

 だが、この戦艦アルジャジーノにリアが恐怖するような者はいない。当然だが、山賊はおろか、リアのいたあの星、地球(アース)一一〇一の者は、リアを除いて誰一人としてこの艦にはいない。

 しかし、だ。独身男性にこのシチュエーションは正直、辛い。


 そんな翌日、また訓練場に来いと、あの技術士官が言ってきた。で、僕は再び、あの士官の元へ訪れる。


「もしかしたら、異次元空間のタキオン粒子をつかんでいるのかもしれません」


 また意味不明なことを言い出したぞ、この技術士官。


「異次元とは?」

「この宇宙が、十次元空間だということは御存知ですよね?」

「聞いたことがある、という程度だ。それがどうしたというんだ」

「我々人間が直接認識できているのは、その中の三次元だけなのです。我々の認識できない次元空間上に存在する粒子ならば、観測もできなくて当然ですし、その影響もこの三次元上に現われないことへの説明がつくのではないかと考えたのです」

「……そうか、よかったな」

「何をおっしゃいます! 小官は起こりうる現象に矛盾しない説明をしたのですよ! これは、大発見です!」


 興奮するのは分かるが、そんなことを一介の戦隊長に熱弁されたところで困るだけだ。そういうのは、もっと賢い連中の集まる場で公開してはどうか。


「ともかく、治癒魔術に関してのメカニズムがだいたいわかった、ということなのだな」

「おっしゃる通りです。いやあ、私の腕をカッターで切り裂いた甲斐があったというものです」


 狂人だな。そのためだけに、自分の腕を切るやつがいるか。リアの起こしている現象が時間逆行だというのなら、単に時計だけおいて、それに「治癒魔術」をかけさせればいいということになる。


「ともかく、戦隊長閣下に申し上げておきたいことがあります」

「なんだ」

「このリア殿の時間逆行は、おそらく五分間が限度。それ以上時間が経っていた場合、治すことは不可能ということですね」

「分かった。が、もしかすると治癒魔術自体が、リアの身体への負担を強いている可能性も考えられる。例えば、寿命を引き換えにしている、などだ」

「そんな非科学的なことを信じてるんですか? 寿命というものは、そのような要素で決まるものではありませんし」

「あくまでも例えばの話だ。生身の身体で、物理法則に逆らう現象を引き起こしているんだ。何かあった後で、取り返しのつかないことになっては元も子もないからな」

「しょ、承知しました」


 つい声を荒げてしまった。が、僕にはリアの身体自身の影響と同時に、別の心配事がある。

 あの治癒魔術を使う度に、何か良からぬことが同時に起きているのではないか? そんな気がしてならない。現に、ほぼ同時に故障や事故が二度、起きている。

 もしかしたら、地上であの治癒魔術を使っていた時も、どこかで何かが起きていたのかもしれない。僕らが、把握していないだけだ。

 そんなことを考えながら、僕らは訓練場を後にする。


 さて、リアのことはフレーデル准尉に任せ、僕はボルディーガ中将の元へと向かう。今回の結果を報告するためだ。


「……なるほど、時間逆行、か」

「はい。それを説明できるだけのデータを、ヴェンツァーレ技術少佐は取得したとのことです」

「うむ、にわかには信じがたいが、実際にそういう現象が起きているのを見ると、その通りなのだろうな」


 僕は資料として、ヴェンツァーレ技術少佐の腕の傷が治る様子を写した動画を中将閣下に見せた。巻き戻し動画を見せられているようだが、それは現実に起きている現象だと他の士官からも報告を受けている。もちろん、僕もその証人の一人だ。


「治癒に使えるから治癒魔術、と呼んでいたが、正確には時間逆行魔術というのがよさそうだな」

「その通りです。が、閣下」

「なんだ、何か懸念でもあるのか?」

「お察しの通りです。これは完全に、物理法則に逆らった行為です。ヴェンツァーレ技術少佐も言及してましたが、それ相応の反動というか、影響があってしかるべきだと考えます」

「我が艦艇の武装である高エネルギービーム粒子砲も、すさまじい反動がくるからな。言ってみれば、あれ以上の無茶な現象を、この現実世界で起こしているわけだ。当然だろう」

「その反動が、何らかの形で表れているのではないか、という懸念がどうしてもあるのです」

「何か、心当たりでも?」

「シュトゥーベン先任伍長の時は、七五一七号艦の機関がいきなり故障しました。そして今回の実験とほぼ同時刻に、あの崩落事故が起きています」

「つまり、その一見すると無関係そうな現象に、何らかの因果関係があると、貴官は言いたいのか?」

「あくまでも、小官個人としての見解です。単なる偶然が重なっただけかもしれません。が、あの魔術の使用には慎重を期した方が良いかと考えます。もしかすると、リア殿の身体自身にも負担をかけている可能性は、十分にありえます」

「うむ、そうだな。どのみち、治癒魔術は本来、無許可での医療行為に当たる。不法行為であることには違いないからな。それを理由に、控えた方がいいだろう」


 僕は一通りの結果と、自身の見解を述べつつ報告を終えた。互いに敬礼し、僕は司令官室を出る。

 どうにも、分からないことが多過ぎる。反動の件もそうだが、リアの身体への直接的負担だけは目に見えていないだけで、余計に気になる。

 もしかして、夜な夜な僕の部屋に押しかけてきているのは、やはり精神的な衝撃を受けているからではないのか? それで、フレーデル准尉よりは頼りになりそうな僕と共に寝るという選択をしているのではあるまいか。

 そう考えれば、つじつまは合うな。少なくとも、時折悪夢にうなされている理由にはなるかもしれない。

 そうして僕は、再びホテルに戻る。部屋にいて書籍を読んでいると、当たり前のようにリアはまた、僕の部屋にやってきた。

 うーん、しかしどうして、僕なんだろうか? こう言っては何だが、僕はそれほど頼れそうな男ではないぞ。

 とにかく、このリアという娘には、謎が多すぎる。

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