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#4 騒動

「怪我をしている者がいなくても、治癒魔術は使えるのか?」

「多分、大丈夫」

「いや、それじゃあ面白くありませんよ。これは実験なのですよ、閣下」


 まさか、怪我人を探し出そうというのではあるまいな。と思いきや、何を思ったのかこの士官、軍服の袖をまくる。

 かと思うと、カッターで自分の腕をスパッと切る。血が、だらだらと流れる。僕もフレーデル准尉も、この狂気な振る舞いに驚愕する。


「さて、すでにあらゆるセンサーが稼働中ですよ。それではリア殿、この怪我を治癒していただけませんか?」


 そう告げるヴェンツァーレ技術少佐の腕に、リアは手を向ける。そしてこう呟いた。


「ヒール」


 緑色の光が一瞬、光る。すると少佐の腕の傷に向かって血飛沫が吸い込まれるように戻り、そして傷口が塞がった。

 まるで、動画の逆再生を見ているようだ。それを見たヴェンツァーレ技術少佐は興奮する。


「素晴らしい! いやあ、まるで時が戻ったようでしたね。いや、実際に戻ってますよ。私の、予想通りだ」


 何を言っているのかと思ったが、よく見ればこの少佐の腕には、機械式の時計がついている。その針を見て、ヴェンツァーレ技術少佐はそう告げた。


「時が、戻る?」

「ええ、この治癒魔術の話を聞いた時、思ったのですよ。もしかするとこれは、時間を逆行させているのではないか、と」


 時間を逆行させるだって? そんな芸当が、生身の人間であるリアにできるのか。いや、でも確かに動画を巻き戻したかのような光景だった。で、ヴェンツァーレ技術少佐が言うには、およそ五分間の時間が戻っているという。


「いやはや、どんな原理でこのようなことが可能なのか、実に興味深い。それはセンサーの測定結果を見るとして、私には一つ、仮説があるのですよ」

「仮説?」

「ええ。ところで准将閣下、タキオン粒子というのは御存知ですか?」


 また奇妙なことを言い出すやつだ。僕は幸い、その粒子の名を知っている。

 もっとも、架空の粒子としての名だが。


「この世界の物体は、光の速さを越えられない。超えるためには、無限のエネルギーが必要となる」

「ええ、その通りです」

「が、逆に最初から光の速さを越えている物質は、光の速さ以下になることはない。そのような素粒子が、タキオンと呼ばれていると聞いたな」

「よく御存知ですね、さすがは准将閣下だ」

「だが、そのタキオン粒子がどうしたというのだ? あれは未発見の、理論上の粒子のはず。それと貴官のいう仮説とやらは、どう結びつくのだ?」

「簡単ですよ。私の仮説では、異次元上に存在する見えないタキオン粒子が減速され、光の速さ以下になる。その時、時間の逆行が起きるのです」

「なんだって? まさか、貴官はリア殿がタキオン粒子を操っていると、そう言いたいのか」

「あくまでも、仮説ですよ。それをこれから検証していくのです」


 などという怪しげな技術士官だが、ともかく、実験とやらはこれで終わりらしい。


「では、我々はこのまま街へと向かう。分析結果が出次第、ボルディーガ中将閣下と僕に、すぐ知らせてくれ」


 そう言い残し、その場を立ち去る。が、ヴェンツァーレ技術少佐は僕の後ろで、こう呟く。


「しかし、時間を逆行させるほどの現象、何かその見返りのようなものがあってしかるべきなのだが……」


 何か気掛かりなことがあるようだが、構わず僕は無人タクシーに乗り込む。街に戻り、例のアイスの店に行きたいというフレーデル准尉の希望通り、その店の前で停まるよう告げると、車は停車し、ドアが開いた。

 僕の手元にある電子マネーから、タクシー代が支払われる。僕らが下りると、新たな客を求めて無人タクシーは走り出す。そして僕ら三人は、そのアイス店に入る。


「私、チョコミントとバニラのダブルで! で、リアちゃんのは……初心者だしね、まずはバニラっしょ!」


 浮かれすぎだぞ、フレーデル准尉よ。一方の僕はといえば、チョコチップ入りのチョコアイスを頼んだ。

 天井に多量にぶら下がる太陽灯が、僕らを煌々と照らす。厚手の軍服を着ているから、少し暑い。そんな中で食べるこのアイスは、そんな僕の身体の熱を奪ってくれる。

 リアはといえば、未だかつて食べたことのないこのアイスという食べ物に驚きを隠せない様子だ。雪のように冷たく、そして粘土のように粘りがあり、それでいて甘い。そんな奇妙な食べ物をかじりつくたびに、冷たさからくる刺激にいちいち驚きの表情を見せており、見てて面白い。


「ね、美味しいでしょう」


 と、フレーデル准尉は言うのだが、リアにとってアイスは、ちょっと早すぎたんじゃないのか。せめてケーキとか、もう少し食べやすいものから始めた方がよかったんじゃないだろうか。

 などと、店先で軍服姿の男一人と女二人がアイスを堪能していると、周りが騒がしいことに気付く。なんだろうか、何か起きたのか?

 どうやら、この店のある区画のやや奥の方で何かが起きたらしい。人が集まっている。僕ら三人もその場に向かい、その場を見た。

 が、人が多すぎてよく見えない。そこで、目の前にいたどこかの艦の乗員に聞いてみる。


「何が起きているのか?」


 いきなり呼ばれて振り向いた士官が、僕の飾緒付きの軍服を見て慌てて敬礼する。そして、こう答えた。


「はっ、実はつい先ほど、艦隊標準時で十五時直前に、突然、第二階層の歩道の一部が崩落したとのことです」

「は? 崩落?」

「はい。その場にいた五人が転落し、一人が死亡、四人がつい先ほど、救急車で運ばれたとのことです。で、今はその崩落の原因を、警察が調べているようなのです」


 なんだって? 崩落事故が起きたなどと、これまで聞いたことがない話だ。この艦は建造されて四十年以上経つが、その程度の年数で壊れるほど柔な作りではないはずだ。


「どうされたんですか?」

「崩落事故があって、死人も出たらしい」

「えっ、死人が出たんですか!?」

「というわけだ、この先は、リアに見せていいようなところじゃないな。一旦、ホテルまで引き上げて、それから第四階層にでも向かうとしよう」

「りょ、了解です」


 フレーデル准尉もこの先の事態を知り、共にこの場を離れようということになった。奇妙な事件ではあるが、軍の管轄ではない。この場は艦内警察に任せ、この場を去ろうとする。

 すると、リアがこう呟く。


「人が、死んだ……」


 物騒なことを呟いたぞ。しまったな、ただでさえ山賊に囚われて心の傷を負っている者に、人の死の話をしたのはまずかった。


「気にするな。偶発的な事故で起きたことだ。徹底的に調査され、原因は突き止められ、再発防止されることだろう。それが、我々のところで行われることだ。人の死は、無駄にはしない」


 そう告げると、リアは釈然としない表情をする。うーん、やはり言葉を選ぶべきだったか。僕は反省する。


「と、とにかく、第四階層に行きましょう!」


 フレーデル准尉が、この流れをぶった切ろうと唐突な提案をする。この三つ上の階層に行き、現場から離れようと画策する。僕も、それに乗った。


「そうだな、リアが最初に見えていたのは、四階層目の店だったしな」


 ということで、いったんタクシーでホテルまで戻り、第四階層まで一気に駆け上がって第四階層まで昇り切った。そこから、フレーデル准尉お勧めの雑貨屋や、リアにスマホを買うために家電店に足を運ぶ。新たなる道具を手に入れて、音楽や動画、その他にもこの街の地図やニュースを知る術をリアはてに入れた。

 もっとも、字は読めない。が、読み上げ機能を使えばあらゆる文字情報を文字の分からないリアに伝えてくれる。

 あれ、ちょっと待て、ということは今日の昼間に起きたあの事故のニュースも、知ることになるんじゃないのか?

 とは考えたものの、この街で生きていくにはこの道具は必須だ。与えないわけにはいかない。

 で、それからホテル近くにあるステーキハウスへ行き、そこで夕食を摂る。見たこともない分厚い肉と香辛料の効いたソースを、リアは堪能する。

 こうして、僕らはホテルへと戻る。リアは、フレーデル准尉と同じ部屋へと向かう。


 僕は、将官専用の広い部屋に通される。ベッドが、何と四つもある。

 それはそうだ。通常なら将官クラスなら家族がいたりする。だからこそ、部屋は広く、ベッドも家族向けに四つもある。

 そんな広い部屋に、僕はただ一人、ポツンと取り残されている。

 無駄な空間だなぁ、そう思いながら僕は、スマホで書籍を読む。静かな、そう、静かすぎる部屋の中でポツンと、ただ一人スマホを開いて、暇つぶしに本を読む。

 その本は、ちょっとした小説だ。長らく読もうと思って読んでいなかった本だ。

 このところ、忙しすぎた。こうして本をじっくり、読む暇がなかった。

 戦隊長にさせられるため、戦術、戦略論をひたすら学ばされた。それが終わったかと思うと、新たな星に派遣されて調査の先遣隊を命じられた。のんびりと本を読んでいる暇なんて、ありはしない。

 そんな毎日から、今日この時は解放される。

 そう僕は、安堵していた。

 が、それは甘かった。


 突然、ドアをガンガンと叩く音がする。何事か、まさか、ホテルでも火事などの事故が起きたのではあるまいな。そう思いつつ扉を開くと、寝間着姿の女子が二人。

 一人はフレーデル准尉、そしてもう一人はリアだった。


「ちょっとリアちゃん、どうして戦隊長の部屋に来たのよ」


 状況から判断するに、リアは僕の部屋を目指してやってきて、それを止めようとフレーデル准尉がついてきた。そんなところだろう。


「ちょっと待て、何があった?」

「いえ、戦隊長。急にリアちゃんが部屋を飛び出したんで、慌てて追っかけてきたんですけど……」


 ああ、やっぱりそうだったか。しかしどうしてリアは、僕の部屋に来たのだろう。


「どうした、何か僕に、尋ねたいことがあるのか?」


 そういうとリアは、とんでもないことを口走る。


「ここで、寝る」


 一瞬、僕とフレーデル准尉が凍り付いた。何を言っているんだ。僕は反論する。


「おい、ここは確かに広い部屋ではあるが、僕しかいないんだぞ」

「分かってる」

「いや、分かってるならなおさら、まずいだろう」

「そうだよ、リアちゃん、何考えてるのよお!」


 と、散々僕とフレーデル准尉に説得されながらも、僕の部屋で寝ると聞いて止まらない。根負けしたフレーデル准尉は、最後に僕に、こう言い残した。


「リアちゃんに手を出したらダメですよ!」


 と、将官に向かって啖呵を切った准尉は、寝間着姿のまま自室に戻っていった。

 あとに残されたのは、小柄なリアと、僕だけになった。


「……リア、お前のベッドはそっちを使え」


 僕はなるべく離れた場所のベッドを指差す。が、リアは僕が寝ているベッドにもぐりこんできた。


「ここがいい」

「なっ! 何考えている!」

「誰かと、一緒じゃないと、眠れない」


 ああ、そうか、そう言われてみれば、長いことあの山賊たちと行動を共にしていたんだよな……って、ちょっと待て。


「おい、リア」

「なに?」

「ちょっと、生々しい事を聞くが……お前、山賊たちに、大事なものを奪われなかったのか?」


 僕のこの問いに対して、少し考えたリアは、こう返す。


「ああ、あの山賊、私のこと、物扱い。倉庫に入れられてて、全然相手、してくれなかった」


 そうだったのか。ちょっと怪しい気もするが、本人がそう言っている以上、そういうことにすべきだろう。僕はそう思った。

 にしても、寝間着姿で僕の隣で寝られるのは、やはり刺激的過ぎる。

 フレーデル准尉め、やけに香りのいいシャンプーを使いやがったな。リアの銀色の長い髪の毛から漂うその香りは、どことなく僕の理性の壁の向こう側をけしかける。おまけに、やけに薄い服だ。これに手を出さなかったとか、山賊どもはよほど見る目がなかったのか。

 いやいや、そんなやましいことを考えている場合ではない。僕はタブレットを取り出し、艦内のニュース記事を開く。それを横から、リアがのぞき込む。


「なに、見てる?」

「ああ、いや、今日の昼間起きた崩落事故のことをだな……というか、この艦内だけでなく、いろいろなニュースが飛び交っているからな。それをチェックしているんだ」

「にゅーす?」

「事件や事故、あるいは新しい店が開店したとか、そういう出来事に関する情報のことだ」

「そうなんだ」


 と、僕のタブレットを覗き込むが、文字を読めるわけもないリアが見たところで……

 が、僕の目線からは、その薄くだらしない服の隙間から、見えてはいけないものが見えてくる。おい、理性を飛ばす気か。

 そんな無頓着なリアからの誘惑にも負けず、僕はニュース記事を読む。やはりというか、トップ記事はあの崩落事故だった。

 起きたのは、第二階層の中央当たりの区画の角地で、ベンチが置かれた場所だ。そこには一人が座っており、そのベンチの前に亀裂が入り、あっという間に崩れたという。

 たまたまそのベンチのそばを歩いていた四人も巻き込まれ、内、三人は破断した歩道の端につかまり助かった。が、ベンチに座った男はそのまま落下して死亡。残る一人も第一階層まで落ちたが、たまたまそこにあった樹木に引っかかったおかげで、骨折程度で済んだ。

 が、問題はここからだ。事故原因が、まったく分からないという。

 破断した面は、まるでレーザーカッターか何かで切られたかのような具合で、疲労破断ではないという。しかも、それが起きた時間というのが、艦隊標準時で十五時直前。

 その時間はちょうど、リアが治癒魔術の実験をしていた時だ。

 ほぼ同じ時間で、こんなことが起きていたとは。単なる偶然なのだろうが、にしても同時刻とは、不可解な事故には違いない。


「昼間の、事故?」


 写真を指差し、そう尋ねるリアだが、僕は濁してこう答えた。


「まだ原因がよく分かっていないらしい。が、すぐに応急措置を施し点検したから、明日からは通行可能らしい」


 それを聞いて、何やらけげんな表情でその写真を見ている。そんなに気になるニュースなのか。


「まあいい、とにかく寝るぞ」


 そう言いながら、僕はタブレットを片付けて、リアに寝るように促す。ピッとリモコンを押し、部屋の明かりをスモール灯のみとした。

 薄暗い部屋に、男女が二人。しかもリアのやつ、僕の腕にしがみついてきた。

 何を考えている? まさか、誘っているのではあるまいな。

 と思ったが、どうも少し震えている。まるで、何かに怯えているようだ。

 山賊に囚われていた時の後遺症なのだろうか。仕方がない、僕は成されるがまま、眠ることにした。

 しかし、まさか明日も一緒に寝るとか言い出さないよな? 耐えられるのか、僕の理性。

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