#2 事故
「全員、敬礼!」
駆逐艦七五〇一号艦に帰投し、格納庫内に集まった士官らから出迎えを受ける。
「ところで参謀長、主計科のフレーデル准尉を呼んでくれ」
「はっ、報告にあった、娘さんのことですよね」
「そうだ。こういうことは、女性士官でなければ無理だからな」
参謀長であるルーマン中佐が、すぐに主計課へ連絡を入れる。するとすぐに、この艦唯一の女性士官であるフレーデル准尉が格納庫にすっ飛んできた。
「お、お呼びでしょうか、せ、戦隊長殿!」
別に走ってこなくてもよかったんだがな。そこまで急ぎだというわけでもないし。予めそう伝えればよかったかな。
と、そんなことはともかく、まずはこのリアという娘のことを任せなくては。
「事前に聞いているとは思うが、地上で囚われているところを保護した。まずは着替えの準備、その後、風呂で身体をきれいにした後、すぐに医務室に連れてきてほしい」
「は、はい、了解いたしました」
◇◇◇
「さ、脱いで脱いで」
フレーデル准尉が、リアにみすぼらしいぼろ布の服を脱ぐよう迫る。リアは戸惑う。
「あ、あの、ここは、何をするところ……」
「身体をきれいにするところ。あと、そのぼろい服も着替えなきゃね」
といって、真っ白な服を見せる。見たことのないほどの白いその服に、リアは思わず目を奪われる。
「あの、私のようなの者、こんなきれいな服、用意してもらい、本当に、いいのです?」
「えっ? これ、いわゆる病院服だよ。この後、リアちゃんを検査するって言ってたからさ」
「ふえ?」
思わず変な声を出すリア。聞いたことのない言葉の列挙で、頭が混乱したようだ。が、そんなリアに構わず、バサッとそのぼろ布の服を脱がせる。
「さあ服を脱いで……って、リアちゃん、下着付けてないの!?」
「下着? なんだ、それ?」
フレーデル准尉はそこで、文化の差を思い知らされる。そういえばたいていの星は発見直後は中世から近世にかけての文明レベルのところが多く。女性が下着をつけていないのはごく当然だった。それを、宇宙から来たこの最先端の文明レベルの士官は目の当たりにする。
「と、とにかく、お風呂で身体をきれいにする!」
「は、はい!」
「じゃあ行くよ」
一糸まとわぬ姿にされて、奥の半透明な扉の向こうへと向かう。ガラッと開いた先には大きな浴槽と、そしてその手前には壁で隔てられた二つの区画が見える。
「さて、浴槽に入る前に、まずは身体洗わなきゃね」
「身体、洗う?」
「いい? まずはこの壁の間に立って、手を横に広げるの」
フレーデル准尉がまず、その壁で隔てられた場所に立って、腕を真横に広げる。それを見たリアも、同じように広げる。
「そう、それが終わったらね、足元にあるペダルを踏むの」
「ぺ、ペダル?」
また聞いたことのない言葉を……と思ったリアだが、足元には確かに、何かある。
「あとはロボットが自動で身体を一気に洗ってくれるから、何があってもじっとしてるの。いい?」
「は、はい」
「じゃ、ペダル、踏んでみようか」
リアは、恐る恐るペダルを踏む。すると、正面から何やら腕のようなものが飛び出してきた。
「ひえええぇっ!」
「大丈夫、それ、洗浄用ロボット。少ない水で一気に洗い流してくれるのよ」
とはいうが、腕だけの化け物が飛び出して、いきなり温めのお湯をかけながら身体をごしごしと洗い始め、事情を知らないリアに驚くなというのは無理な話だ。が、一度動き出した仕掛けは止まらない。
頭の先から足の先まで、あっという間に磨き上げられる。最後は丹念にシャワーを浴びせかけられ。腕は壁の中に引っ込んでいく。
「うわぁ、奇麗にしたら、一段と可愛くなっちゃったね、リアちゃん」
この遠慮というものを知らないのではと思われるフレーデル准尉が、リアの腕をつかんでそのまま浴槽へと向かう。少し長めの髪の毛をゴムでまとめられて、そのまま浴槽へと足を踏み入れる。
温かい。これまで、これほどのぬくもりを感じたことはなかったリアにとって、ここの浴槽はまさしく贅沢の極みだと感じた。確か、王国貴族がこのような浴槽で身体を清めていると聞いたことがある。貴族並みの待遇を、なぜかリアは受ける羽目になる。
「思ったより、すべすべした肌だね。ところでさ」
「なに?」
「リアちゃんって、魔法使いなの?」
「治癒魔術、使える」
「へぇ、それってこの星の人たちの多くが使えるものなの!?」
「いえ、魔術を使える者、ごくわずか。その中で、治癒魔術師は、私くらいしかいない、と思われる」
「えっ、それじゃあ、めちゃくちゃレアな魔法なの!?」
「レア?」
なぜだか目を輝かせつつ、リアを凝視するフレーデル准尉。そしてその肩をつかむと、その女性士官はぐっと引き寄せる。
「そんな魔法使いだっていうのに、華奢な身体つき。うーん、これは栄養のある物を食べないとダメだよねぇ。特に、この胸の辺りはもうちょっと頑張らなきゃ」
などといいながら、胸の辺りをまさぐるフレーデル准尉に、さっきまでのぬくもりとは違う感覚が押し寄せる。
ああ、かなり危ない人だ。リアはそう、直感で感じた。
◇◇◇
風呂と着替えをフレーデル准尉に任せ、僕は医務室で待っていた。しばらくすると、フレーデル准尉がリアを連れて現れる。
が、さっきまでとは様子が違う。
リアはといえば、なんだか疲れた様子だ。一方のフレーデル准尉はといえば、やけに元気だ。
「リアちゃん、めちゃくちゃいじらしいんですよ! なんですか、この可愛い魔法使いは」
おい、フレーデル准尉よ、お前がやけに抱きつくおかげで、リアが迷惑そうな顔をしているぞ。
「さて准尉。これより診察を受ける。ちょっと離れていろ」
「はっ、申し訳ありません!」
風呂場で、何があった? 主計科のフレーデル准尉とは時々、艦内ですれ違ったことがあるが、こんな積極的な性格の人物だったか?
さて、白い診察服に身を包み、艦内診療所の医師の診察を受ける。レントゲンやMRI、その他、いろいろな診察を受けた。
「うーん、すこし栄養状態は悪いようですが、健康上、特に問題はありません。普通に食事を摂れば、それも改善するでしょう」
「あの、医師殿。つかぬことを伺うが、他に人らしからぬところは見当たらなかったか?」
「えっ? いたって普通ですよ。レントゲン写真でも、MRIでもご覧の通り、ごく普通の人間です」
うーん、変だな。そんな人物だというのに、あの治癒魔法とやらを使えるのか? 不可思議だ。
「すでに聞いていると思うが、この者はちぎれた腕をつなぎ合わせるという、治癒魔術というものを使うことができる。実際に、この目で見た。だから、どこか常人とは異なるものがあると思うのだが」
「准将閣下が何を見られたのかは知りませんが、医学的見地からはごく普通の人としか……」
と、医師がそう僕に説明をしている最中、医務室の扉がバタンと開く。
「大変です! 整備長が、整備中に落下して!」
担架で運ばれてきたのは、シュトゥーベン先任伍長だ。整備長を務める彼が、頭を打って血まみれになっている。
いや、それ以上に深刻なのは足だ。あらぬ方向に曲がっている。落下時に、骨折したのは間違いない。
「なんてことだ。まずはレントゲンを……」
そう指示する医師の前に、リアが立ちはだかる。そして、右手をその先任伍長の足に差し出して、こう唱える。
「ヒール」
あの時と、同じだ。緑色の光を放ちながら、先任伍長の足が徐々に形を取り戻していく。その手をそのまま、頭の方にもかざす。
「あ、あれ? 怪我が……」
そう、さっきまで頭部から血を流し、骨折した足を抱えていたその先任伍長は、あっという間に元通りに治ってしまった。念のため、医師はレントゲンを撮る。
「……まったく、折れとらんよ。この通り、ヒビ一つ入っておらん。本当に高所から落ちたのかね?」
「医師殿もさっき、見たでしょう。運ばれてきた直後の、あの先任伍長の足を」
そう、医師も一目で骨折とわかるほどの酷い怪我だった。が、それが一瞬にして、このリアという娘が直してしまった。
信じがたい光景の目撃者が、さらに増えてしまった。
「さ、どんどん食べてね!」
その三十分後には、整備科の者たちとフレーデル准尉、そして僕もリアと共に、食堂にいた。大きなピザに、ジュースやポテトなどが並べられて、シュトゥーベン先任伍長の完治祝いを始めた。
「お、美味しい……」
「でしょ? さ、今回の一番の英雄なんだから、じゃんじゃん食べてね」
ピザやポテトを食べながら、オレンジジュースを飲むリアは、そのあまりにも異質な料理に戸惑いつつも、その味に歓喜してるようだ。
が、長いこと感情を押し殺した生活を強いられてきたのだろう。食べながらも、あまり表情を浮かべない。とにかく無心にポリポリと、テーブルの上にある食べ物をつまんでは口にする。
「いやあ、すごかったねぇ。本当に治癒魔法が使えるんだ。先任伍長、どうでしたか?」
「どうもなにも、迂闊にも哨戒機のてっぺんから落ちて、これはやばいことになったなと思ってたのに、いきなり痛みがなくなって、まるで何事もなかったかのようにぴんぴんしてるよ」
僕はこの治癒魔術というやつを見るのは二度目だ。実に不可解で、当の医師も首をかしげていた。が、現実にあの大けがを何事もなかったかの如く治してしまった。それを目の当たりにすれば、さすがの医師も驚くしかない。
「ところでさ、リアちゃんが治せるのって怪我だけなの? 風邪とか、そういうものも治せるのかな」
「いや、怪我だけ。それも怪我をして、あまり時間が経つと、治せなくなる」
「ふうん、そうなんだ。でもすごいよねぇ。だって折れてた骨が、まったく元通りになったんだから」
そう、それこそが不可解だ。この世にある物理法則、それらに明らかに反する術だ。一体、どういう仕組みでこんなことが起こせるのか、不可思議極まりない。
で、話を聞けば、国を滅ぼされて流浪しているうちに、この能力を見出した山賊に捕まって、怪我をする度に治癒させられてたらしい。そんな生活をふた月ほど送っていたところ、僕らに保護されたという。
それから僕は、この星の観測機器からの情報と共に、この驚異の魔術について艦隊司令部に報告する。艦内の目撃者は十人以上。医師もその証人の一人だ。当然、科学的調査を行うことが通知される。
だが、こんな非科学的な現象を、果たして我々の持つ科学が検証できるのか? 中世の娘にしか見えないリアに、底知れぬ力があるようには見えない。が、事実、僕は二度もあの奇妙な現象を目撃した。
直ちに調査せねばなるまい。間違いなくこれは、とんでもない科学的発見につながる。僕は確信した。




