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#19 凱旋

 中性子星での戦いから、一週間が経った。僕は今、ブランデン王国の王都ブリューゲルにいる。

 その王都ブリューゲルの中央を貫く大通りは、歓喜に沸いていた。

 たった百隻で、かつて誰も成し遂げたことのない戦術で大勝利をもたらしたという英雄が王都の中央通りを巡るという話が流布されたため、その両脇には大勢の人だかりができている。

 無論、その英雄とは僕のことなのだが、本当の「英雄」はリアの方だろう。

 まさに治癒魔術の驚異的な力によって引き起こされた現象を、僕はただ利用しただけだ。だが、リアは僕にこう告げる。


「運が良かったとか、機転が利いたとか、そういうものではない。まさにあの勝利を引き寄せたのは、そなたの持つ強力なエーテルゆえじゃ。そなたがいる時点で、あの戦いでの勝利は必然だったのだ」


 リアでさえも、僕の「魔法」のおかげだと言わんばかりだ。だが僕は、決して魔法使いなどではない。

 しかし、だ。この王国は、新しい時代の英雄というやつを欲している。このところ空には灰色で不気味な駆逐艦が飛び交い、どんな時代になるのかと王都の人々が不安視していた。だが、そんな彼らの不安を吹き飛ばすほどの大勝利を成し遂げた英雄が、まさにこのブランデン王国に現れた。つまり僕は、体のいい宣伝、いや印象操作要員というわけだ。

 大勢の人々に、僕は敬礼して応える。平民や貴族、騎士たちも手を振って僕を歓迎する。六十万人もの敵軍人の命を奪った者でありながら、これだけの歓迎を受ける。僕にとっては、複雑な気分と言わざるを得ない。

 なお、僕は本日付けを持って准将から少将へと昇進した。ゼノン・ベルノルト少将。これが僕の肩書きだが、人々はこれとは違う二つ名でこう呼ぶ。


「閃光の勇者様ぁ!」


 閃光、つまりはあの中性子星フレアのことをそう呼んでいるのだが、それにしてもその後ろにつく言葉が勇者とは、まるでゲームの主人公になったみたいじゃないか。

 この王国でもかつてより、百人斬りをした騎士や、河を堰止めて攻め入った敵を一気に水攻めした指揮官を「勇者」と呼んでいた。それに倣っての呼び名のようだが、どうも僕には違った意味に聞こえてならない。

 まるで、魔王でも倒した者だと言わんばかりだな。

 僕は別に、魔王を倒したわけではないんだが。


「ゼノン・ベルノルト少将殿。貴殿の活躍は、我が王国に大いなる誇りと自信を与えるに至った。よって貴殿のその功を讃え、男爵号を授けるものとする」


 通りの先では、国王陛下と並び立つ貴族の中で、宰相閣下の出迎えを受ける。で、挙句の果てに僕は、男爵にされてしまった。なんて面倒なことになったんだ。


「はっ、謹んでお受けいたします!」


 と思いつつも、僕は敬礼しつつこう答えるしかない。男爵号を授ける旨の書かれた羊皮紙を宰相閣下より受け取る。結局のところ僕は、このブランデン王国に取り込まれてしまったわけだ。

 こうして僕は、思いついた突拍子もない作戦の成功により、不相応なまでの身分へと昇りつめてしまった。


「何を残念がっとるんじゃ。貴族になったんじゃぞ、良いことではないか」


 さて、その後立ち寄った王宮の端の控室にて、赤いドレス姿のリアがそう呟く。そう、これから戦勝記念の社交界が始まる。


「いや、そうは言ってもだなぁ、僕には身分不相応極まりない」

「何をいう、おかげでこれから社交界に出席することになったではないか。これはこれで、喜ばしいことだぞ」

「そうか? 言葉が通じるかどうか怪しい貴族とのやり取りだの、挙句には権力闘争だの、やりたくもないことに巻き込まれるだけじゃないのか?」

「何を言うておる。得てしまったものを嘆いていも仕方なかろう。それにそなた、すでに命を狙ってきた魔法使いを三人も味方にしておるではないか。ほれ、もっと堂々としないか」


 と、けしかけるリア。ちなみに僕は、ベルノルト男爵とこの王国では呼ばれることとなる。

 そして、リアは正式に僕の妻となり、リア・ベルノルト男爵夫人となった。


「さて、貴族となったからには、世継ぎのことも考えねば。そうそう、少将になったおかげで、指揮する船も増えたんじゃったな」

「全部で五百隻だ。百隻でも持て余していたというのに、五百隻も与えられるとは……」

「いや、将来は一万隻を担う大将軍になるだろうて」


 などと適当なことを言うリアと共に、僕は社交界の会場へと向かう。

 さて、その途中、僕はトゥリオに会う。


「護衛は任せな、戦隊長様よ。あ、今は男爵様か」

「期待してはいるが、僕の命なんか狙いやつはいるのか?」

「どうだろうなぁ。だが、妬まれているのは間違いないだろうぜ。なにせ、あれだけ派手な勝利を得たんだ。気を付けるに越したことはない」

「そうだ。だが、私も護衛に参加するから大丈夫だ、ベルノルト男爵殿」

「私もいますよ、男爵殿」


 そこに遅れて、ベルリンゲンとボルタが現れた。


「期待してる……といいたいところだが、何でお前らまで僕の護衛に?」

「なんだ、聞いてないのか? 異世界の魔術師は全員、お前の指揮下に入ったのだぞ」

「は? なんだそれ、そんな話は聞いてないぞ」

「それじゃあ、これから聞くんだろうよ。全部で二十人の魔法使い、そして五百隻の艦艇の指揮官として、まあがんばれ」

「ええ~っ!」


 しまったな、勝利することまでは考えていたが、勝利した後のことは考えてなかった。五百隻の駆逐艦隊だけでも頭が痛いのに、魔法使いまで麾下に加えられた。これほど厄介なことを押し付けられることになるとは、想像すらしなかった。


「しかし、魔法使いを麾下に加えたら、僕はその魔法使いたちから舐められるのではないか? 僕は魔法なんて、使えないんだぞ」

「いや、それはない」

「なぜ、そう言い切れる?」


 そう尋ねる僕に、リアは答えた。


「治癒魔術の使い手である私が、そう言っているのだぞ。そなたはまさに大魔法使いに匹敵するほどのエーテルの持ち主、そして最強の魔術を持つ私の夫であるのだ。そのような者を前に、どうして(さげす)むことなどあろうか」


 だから大丈夫だと豪語するリア。だが、僕は心配でたまらない。

 とんでもない人生へ、舵を切り始めた。行きつく先は、何が待っているのだろうか。

 まあ、少なくともリアが癒してくれるはずだ。治癒魔術師だけに。


 さて、後日談となるが。

 そのリアの治癒魔術が、宇宙港の街でも活かされる。


『作業場にて、作業員が落下! 心肺停止状態、直ちに来てください!』


 無線で連絡を受けると、僕らの新しい住まいの前に、黒い自動運転車が到着する。それに乗り込み、直ちに事故現場へと向かう。

 そこには、血まみれになった作業員が倒れている。どうやら、高所作業でハーネスを付け忘れ、落下してしまったらしい。

 そんなうっかりな男に、リアは治癒魔術をかける。


「ヒール!」


 すると、飛び散った血液が一カ所に集まり始め、やがて男は生き返る。五分以内であれば、リアは一度死んでしまった者でも生き返らせることができる。

 もっとも、それが可能なのは病気ではなく、落下や感電、やけどといった事故限定ではあるのだが。

 が、当然ながら、誰かを治癒すると、首飾りのエメラルドがパリンと割れる。


「やれやれ、また短くなるな」


 僕が目を移したのは、この街の中央に立つ高いビル。といっても、誰もいない無人ビルだ。高さはおよそ五百メートル。

 そのビルの上層部が、音を立てて崩れる。

 そう、あのビルは、リアが治癒魔術を使う度に「反動」を受け止めるためだけに建てられたものだ。元は千メートルあったが、度重なる事故で何度も崩れ、今では五百メートルほどにまで崩れた。


「もうそろそろ建て替えだな」

「そうじゃな、周囲の三百メートルほどのビルに隠れてしまう高さになってしまっては、あれに向けて治癒魔術の反動を与えられなくなってしまう」


 それにしても、ちょっと事故が多過ぎだぞ。一度の治療でだいたい三十から五十メートルほどが崩れるが、それにしてももう半分を使い果たすとは、いくらなんでも早すぎだ。

 あのビルが建って、まだ二か月なのだぞ。


「まったく、もうビルの立て直しの時期が迫ってるじゃないか。いくら安上がりな構造のビルとはいえ、それなりにお金がかかっている。もちろん、エメラルドの首飾りもだ。想定外の出費だぞ」

「よいではないか。それで人の命がまた、救われたのだ。喜ぶべきであろう」


 とまあ、僕は五百隻と魔法使いを押し付けられ、リアは事故で死にかけた者を救うという、夫婦そろって大忙しな日々が続いている。

 にしても、この街はちょっと、人使いと「治癒魔術」使いが荒すぎだ。何とかしてくれ。

(完)

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