#18 反攻
「敵艦隊、急接近中! あと二十秒で射程内に入ります!」
「全艦に伝達、三十万キロに入ったところで、一斉砲撃。応戦するしかない」
「はっ!」
重力を利用し、今度は敵が急接近してきた。もはや、戦闘は避けようがない。
が、先ほどとは立場が逆だ。我々が、追い詰められている。
『このまま転舵、反転し、敵が飛び込んだワームホール帯に入り込ませるんだ!』
『いや、それでは一時的にも敵に背を向けることになる! 今さら遅い!』
こちらには、司令部からの直接無電が聞こえてくるが、この状況を見てただ混乱しているようだ。今さらになって、罠の存在に慌てふためいている様子だ。
なんということだ。こんなこと、予見できただろう。
こんな周到で、狡猾な罠が仕掛けられていたとは。敵の方が一枚も二枚も上手だったということだ。
よりにもよって、そんな戦場を何も知らずして飛び込んだ。戦う前から、こちらの負けだ。
が、ここで簡単に死んでたまるか。僕はそう、自身に鼓舞する。
「一時間、耐え抜けば、さすがの敵も弾切れとなり撤退せざるを得なくなる。そこまで、守りに徹した戦いを行う。もはや、それしか生き延びる術はない」
「その通りですね。では、全艦にその旨を伝達をします」
「頼む」
生き残りをかけた戦いが、今、始まる。
「敵艦隊、射程内に入りました!」
「砲撃開始、撃ち―かた始め!」
『砲撃管制室、砲撃開始、撃ち―かた始め!』
一斉に、青白いビームが発射される。他の戦隊でも同様の判断をしたのか、一斉に砲撃を始めた。
が、背後に中性子星を抱える。後退はできない。敵が用いたワームホール帯に飛び込もうにも、それをやろうとすれば一時砲撃を中断し、ワームホール帯に飛び込まなくてはならない。
そんな余裕はもはやないし、飛び込んだところで今度は目の前にいる敵と砲撃する羽目になる。ワープアウトして陣形を整えている間に、各個撃破されるのがオチだ。
となれば、この場で敵が攻撃を諦めるまで、耐え続けるしかない。
と、口で言うのは簡単だ。が、ここは高重力場、船体を動かすのも至難の技だ。しかし、これは敵とて同じことでもある。
「敵艦隊、依然動かず。我々を中性子星に追い込むつもりです」
「ここは動じず、踏ん張るしかない。いざとなれば、眩光弾を用いて脱出するよう進言する」
「了解です」
ともかく今回は、勝とうなどと思わないことだ。負けないことに徹するのが精いっぱいだ。厳しい戦いに、なってきた。
しかしだ、今回の戦場はとにかくやりづらい。なにせ、砲撃が曲がる。
背後にいる、中性子星の持つ重力のおかげだ。
「くそっ、命中しない」
参謀長のルーマン中佐がぼやく。が、この戦場に追い込まれた時点で、それは想定済みだ。しかも、敵も条件は同じだ。
ただし、敵はその気になればいつでも撤退できる。こちらは、敵が後退しなければ進むことができない。かといって、後退するわけにはいかない。
ジレンマだな。どうしたものか。
ただし、幸いなのは、別動隊などを派遣する余裕がないということだ。この高重力下で別動隊を動かそうにも、高速に移動できないためすぐにその動きが読まれてしまう。だから、前回までの戦いのような策は取りにくい。
となると、こちらとしても事前に受けていた、独自行動の命令を活かすチャンスが、訪れないことを意味する。
「敵の砲撃、来ます!」
「砲撃中止、シールド展開!」
忙しいことだが、重力に注意しつつ、敵の砲撃にも神経を使わなくてはならない。かつてないほどの、神経戦だ。
しかもこちらは追い込まれている。その心理状態が及ぼす味方への影響は、以外にも大きい。
「すでに交戦開始より十分。七十五隻の艦艇がやられました」
たった十分の内に、予想以上に味方がやられてしまった。六十分の戦闘で二百隻、というのが平均だが、その三分の一以上がわずか十分で失われた。どう考えても、心理的な追い込みが功を奏した、ということだろう。
くそっ、あんな露骨な陣形を構えている時点で、もっと慎重にするべきだった。罠があることくらい、予測できただろうに。
今さらながら、自身の力のなさに憤慨する。無理矢理とはいえ、准将となり戦隊長に抜擢された僕にも、何かやれることはあったんじゃないのか。例えば、ボルディーガ中将を説得し、作戦行動を控えてもらうとか。いや、今の軍総司令部がこんな若造な准将の意見具申など、聞く耳を持つだろうか。
そんなことを考えているうちに、最悪の事態が起きる。
「て、敵艦の砲撃、来ます!」
「シールド展開! 急げ!」
「間に合いません! こちらの主砲が発射されたため、今はシールドが展開できません!」
「なんだと!?」
なんと、我が艦に敵の砲撃が向けられた。窓の外は、眩い光に包まれる。つまり、この艦が敵の砲火をもろに食らったということだ。
僕はリアと共に、そして駆逐艦七五〇一号艦の乗員らと共に、死んでしまうのか?
ところがだ。その時、リアがこう叫んだ。
「ヒール!」
そして僕らは、光に包まれる。
……あれ、今、敵の砲火をもろに受けたはずだ。
だが、ぼくはまだ、艦内にいる。
「て、敵の砲撃は?」
「確かに直撃だったはずです。が、現状、艦内に損傷、認められず」
「シールドを張りつつ、ダメージコントロール。各科、状況を知らせ」
『砲撃管制室、主砲に異常なし』
『主計科、艦内各部、酸素漏洩なし』
『機関科、左右機関に異常なし』
「船務科、各種センサー異常ありません」
そうか、そう言えば直前に、リアが治癒魔術を使ったはずだ。そういえばヒールと叫んでいたな。
僕はリアの方を見る。胸元のエメラルドが割れている。ということは、我が艦を時間逆行で戻した代わりに、どこかにその「反動」をはじき返したはずだ。
「リア、もしかして、この艦を治癒したのか!?」
うなずくリア。ということは、その反動を敵艦隊に与えたということか。
「つまり、いつもの反動を、前回のように敵に跳ね返したのか?」
「いや、そうしたかったのだが、窓の外は眩く、敵の位置が分からなかった。だから、分かりやすいものにそれを、転嫁した」
「分かりやすいもの?」
「つまりだ……背後にいる、あの青白い星だ」
すなわちリアは、反動を与える相手を敵ではなく、中性子星に向けたというのだ。窓が眩く光っていて、どこから撃ってきたのかが特定できない。となれば、リアの言うようにわかりやすい物体にそれを向けるしかない。
あの状況で、明確にわかりやすい物体といえば、背後にいる中性子星しかないだろうな。が、あれは太陽の何百倍もの巨大な質量を保有する星。リアの与えた反動程度では、びくともしないはずだ。
せめて敵にあれを向けられたなら、敵に動揺を与えてこちらが有利になれたかもしれないというのに、実にもったいない一撃だった。だが、こればかりは仕方がない。
と思っていた、その時だ。今度は中性子星からの異常が知らされる。
「大変です! ちゅ、中性子星表面に、爆発フレア発生!」
えっ、なんだって? フレアが発生しただと? まさかとは思うが、治癒魔術の反動で、中性子星のど真ん中でとてつもない爆発を引き起こしたというのか?
中性子星の、爆発フレア。それはすなわち、中性子星の中心部で何らかの爆発が起きた時に発生するもの。だが、並みの爆発力では高密度で重い中性子星が爆発などするはずがない。
しかし、当然だがタイミング的にそれが発生した原因は、リアの治癒魔術の「反動」しか考えられない。おいおい、前回以上の破壊力だぞ。どうなってるんだ。
この現象に、両軍が動揺する。もはや、戦闘どころではない。あれに巻き込まれたらどうなるか、敵も味方も知っている。敵が一斉に砲撃を止め、転舵反転し始めた。つまり、あのフレアから逃げにかかるつもりだ。
当然、我が軍にも撤退命令が出る。
「総司令部より入電! 敵艦隊の逃走に合わせ、直ちに全艦、撤退せよ! 以上です!」
通信士も叫ぶほどの動揺ぶりだ。全艦、最大戦速で逃げにかかる。
「逃げるぞ、最大戦速!」
「最大せんそーく!」
だが、僕は陣形図を見ていた。ちょうど爆発フレアは、こちら側の撤退路とは逆の方向に向いて吹き上がっている。ちょうど敵は、そのフレアのある方角に逃げ出している。
おそらくだが、そこにやつらの星につながるワームホール帯があるのだろう。だからこそ、その方角を取らざるを得ない。
ということはだ、もしそのワームホール帯の行く手をふさいでしまえば……
どうして敵が、最短であのワームホール帯に向かおうとしているのかは分かっている。
単純な理屈だ。中性子星の爆発フレアというのは、中性子星中心部のとある物質を大量に放出する。
その中心部にあるものとは、「ストレンジ物質」だ。
物質に触れれば、その物質をストレンジ物質に変えて崩壊させる。ただ、以前はそれが連鎖するのではないかと思われていたが、何度か崩壊させるうちにそれは消滅する。いずれにせよ、触れたものを次々と破壊する、そういう物質だ。
攻撃魔法の際にも、少量ながらこのストレンジ物質が現れる。だが、中性子星フレアが含むストレンジ物質の膨大さは、魔法のそれを遥かに凌ぐ。
簡単に言えば、あの腕の先にあるワームホール帯をすべて消滅させられる。もしそうなれば、彼らは自身の星に帰る道を失うことになる。
だからこそ彼らは、一目散に逃げだした。帰り道が、ふさがれる前に。
これは一見すると大変な危機だが、一方でチャンスでもある。
「これより第七十五戦隊は、敵艦隊前方に向けて最大戦速で突っ込む!」
僕の命令に、参謀長が反論する。
「何を言っているのですか、戦隊長殿! 中性子星の爆発フレアといえば、とてつもなく危険なものですよ!」
「なればこそだ、敵の艦隊に大ダメージを与えるチャンスでもある。全艦に伝達、直ちに敵艦隊前方へ突入せよ」
戦隊長である僕の命令には逆らえない。全艦、最大戦速で敵艦隊を追う。
敵が向かっているワームホール帯の位置は、だいたい把握している。いつも使っている場所だから、ある程度は把握済みだ。ちょうどそこに、あのフレアが向かっている。
そのフレアがワームホール帯に到達するまで、およそ三十分。それまでの間に、敵をそのワームホール帯に突入させなければ、彼らはフレアに飲み込まれるか、この宙域に残る羽目になる。
「このままでは間に合わない、超臨界運転にて機関を回せ!」
僕はそこで、奥の手を使う。三十分限定だが、最大戦速を上回る速力を得る「超臨界運転」を命じる。
時間限定だが、三倍の推力を得られる。これならば、敵を追い越して先回りができる。
参謀長が、真っ青な顔で僕の命令を伝える。だが、これはあらかじめ中将閣下からの命令を忠実に守っているだけだ。
すなわち、機会があれば独自行動を行ってよいという、あの命令だ。
まさかこんな場面でそれを使うことになるとは思わなかった。が、敵の艦隊に大損害を与えるチャンスを、僕は逃さない。
猛烈な機関音と共に、ビリビリと響く艦橋の床。陣形図を見ると、敵の艦隊のまさに前に出ようとしていた。その一方で、フレアも接近しつつある。
が、それから十分が経過し、ついに僕らの戦隊は、敵艦隊の前方を捉える。
そこで僕は、全艦に命じる。
「全艦に伝達、レールガン発射口に、眩光弾装填!」
「えっ、眩光弾ですか?」
「そうだ、それで敵の撤退路をふさぐ。直ちに発射準備」
「了解、眩光弾、発射準備!」
眩光弾とは、眩い光を放ちつつ、視界と電波を遮るための巨大な光の球を作り出す実体弾だ。元々は撤退用に開発された武装で、百隻の駆逐艦にはそれぞれ、レールガン発射口二門に、一発づつ装備されている。
そこから眩光弾を全弾発射する。猛烈な速度で、それは敵艦隊の前方に向かっていった。
それから、およそ七十秒後。
先ほど放った眩光弾が、一斉に炸裂する。二百の光の壁が横一線に並び、敵の向かう先を塞いだ。
当然、敵の一万隻の艦隊は大混乱に陥る。眩光弾はおよそ十分間は光り続ける。ただそれは単なる雑電波混じりの光なだけで、その光に飛び込んだところで何らダメージは受けないのだが、その先に何があるかを全く把握できないから、敵も飛び込めない。まさに「光の壁」である。それゆえに、敵は退路をふさがれた。
そうこうしているうちに、フレアが敵の艦隊にまで届く。我々は眩光弾を発射後、加速しつつその場から離れていた。
「敵の艦隊は、どうか?」
「はっ、すでに何十、何百隻かがストレンジ物質に飲み込まれています。それが次々と連鎖して……」
「そうか。ところで、我が戦隊の状況は?」
「機関損傷している艦はありません。ただし、超臨界運転を続けたため、出力が下がります。このままでは、中性子星に落ちることになろうかと」
「そうか。ならば、進路を中性子星へ」
僕のこの命令に、参謀長がこう言った。
「もしや、このまま中性子星に飛び込み、我が戦隊を壊滅させるのですか?」
「まさか、中性子星の重力を利用して加速する。中性子星ギリギリをかすめながら、スイングバイするんだ。それまでの間に機関が冷却されて推力を取り戻すから、その時点で最大戦速で脱出、大回りで帰投する」
「なるほど、スイングバイですか。了解です、全艦に伝達します」
こちらが放った光の球に阻まれて、次々と消滅していく敵艦隊をレーダーサイトで確認しつつも、こちらも生き残りをかけた策に出る。
中性子星を使ってのスイングバイなど、経験したことがない。が、無茶は承知でやるしかない。ともかく僕は、やるべきことをやるだけだ。
「いい顔をしているな」
そんなとき、横で黙って見ていたリアが、こう呟いた。
「そうか?」
「気づいておらんのか。自身ありげな顔だぞ。まさに私の治癒魔術によって発生したあれを、見事に使い切った。そなたの力強いエーテルが、それを成したのであろう」
別に僕は、魔法を使ったわけでもない。ただ、敵の進路を阻めば敵の艦隊をあのフレアの巻き添えにできると、そう考えただけだ。
だがそれは、あながち敵にとっても悪い話ばかりではない。なにせ、結果的に自身の重要航路であるワームホール帯を、艦隊を犠牲にしつつもストレンジ物質から守ることとなった。その分、あまりにも犠牲は多いが。
ともかく我々は、混乱する敵を横目に、我が第七十五戦隊は中性子星へと飛び込んだ。
窓の外には、真っ白な星が見える。中性子星はその極地からジェット気流を掃き出しつつ光る、星の残骸だ。その名の通り、自身の重力で陽子と電子を押し付けて、中性子に替えてしまった。その塊が、あの真っ白に光る星となって現れている。
それ以前には、ここには青く光る星があったと推測される。それが大爆発を起こし、そのエネルギーで大量のワームホール帯が生み出されたと考えられている。中性子星やブラックホールの周辺に、ワームホール帯が多量に存在するのはそのためだ。その巨大なエネルギーによって、我々にとってワープ航法に必要なワームホール帯が多数存在するため、いわば宇宙の交差点ともいうべき場所になっている。
そんな宇宙の交差点を形成するに至った星が今、目の前に見えている。無論、明るすぎる星の近くだから、窓にはフィルターがかけられ、明るさを落としてはいる。
「きれいじゃな」
リアがそう呟く。
「確かにきれいではあるが、あれは危険な星だ。一度吸い込まれたら二度と出てこられないし、先ほどのように爆発フレアを発生させれば、あらゆる物質を飲み込む、いわば強大な破壊魔法を発生させる悪魔のような星だ」
「だからじゃよ、危険なものほど美しい。そなたの周囲のエーテルのように。あのフレアとやらを見て、敵の殲滅に使えると言った時のそなたのエーテルは、これまで見てきたどのエーテルよりも美しかったぞ。そういうものだ」
危険だから、美しい。うーん、なんだかその両者は無関係な気がするな。とはいえ、確かにこの目の前の中性子星は、危険だが美しい星ではある。
もっとも、もう二度と近づきたくはないが。
で、結論から言うと、我々はスイングバイを成功させて、そのまま味方の艦隊主力から十時間ほど遅れて帰投した。てっきり、我が七十五戦隊を失ったと思っていた軍総司令部は、我々の帰投と、同時に敵艦隊への大ダメージを与えたことに歓喜した。
その後の解析で、少なくとも敵艦隊は六千隻が失われたと分かった。たった一度の戦闘で、六千隻。つまり敵は六十パーセントを失ったということだ。これでは当面、立ち直れまい。
恐ろしいことだが、裏を返せば少なくとも六十万人もの敵乗員が亡くなったことを意味するのか。罪なことをしたものだ。
にしても、それをもたらしたのはまさにあの、治癒魔術だ。
まさか中性子星の中心での爆発を促すとは、想定外だった。しかし、その偶然を利用し、敵を壊滅させ、同時にストレンジ物質によるワームホール帯の大量消失を防ぐことができた。
皮肉なことだが、これは敵にとっても幸いなことだ。ワームホール帯を失えば、連盟側も大量の航路をなくすことになる。航路を失うということは、艦隊喪失よりも被害としては大きい。結果的に、味方の被害によって連盟自身も救われることになる。
こうして、この最大の危機を迎えた中性子星域会戦は、我々の大勝利という形で幕を閉じた。同時に、二年前に失われた宙域の奪取にも、結果的に成功した。




