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#17 罠

「第七十五戦隊、全艦発進!」


 それから三時間後には、僕は自身の戦隊百隻と共に、まさに中性子星域へと向かおうとしていた。僕の麾下にある百隻が、一斉にワームホール帯へ向かう。

 もちろん、我々だけではない。無数の駆逐艦、複数の戦隊が同じ場所に向かっている。すなわちそこは、宇宙のトンネルである「ワームホール帯」という場所だ。

 その先は二十光年先にある、中性子星域につながっている。


「ワームホール帯突入まで、あと三分!」

「超空間ドライブ、起動! ワープ用意!」

「艦橋より砲撃管制室! 砲撃戦、用意!」


 ワープ先での待ち伏せ攻撃に備えるのは、ワープ時のいつもの行動だ。もっとも、今回はそれに遭う可能性は非常に低い。事前の偵察報告では、敵はずっと遠いところにいることが判明していたからだ。


「ワープ完了! 前方、三百万キロ以内に敵影なし!」

「よし、砲撃戦闘用意、解除。遠距離レーダーによる索敵を行え」

「はっ!」


 すぐに遠距離レーダーで、周囲の索敵を行う。すると敵は、通常ではありえない場所にいることが確認される。

 それは、事前情報通りだった。


「敵艦隊まで、およそ一億キロ、敵は中性子星の低軌道に布陣!」

「事前情報通りですね。しかし、敵は何を考えているのでしょう?」


 参謀長が首をかしげるのも無理はない。今、敵艦隊は中性子星域の比較的低軌道にいる。それは中性子星からおよそ二億キロほどの場所。この地球(アース)一一〇一が太陽から一.四億キロ程度と考えると、およそその一.四倍ほどの距離。光速なら十分程度で到達できる距離でもある。

 これが太陽のような軽い恒星ならばともかく、中性子星のような重たい星でそこまで接近するのは正直、おっかない。それだけ重力が強いからだ。一つ間違えれば、中性子星に引き込まれてしまう。しかしその敵の布陣を知った我が軍総司令部は、敵を中性子星に追い落とす作戦を立案する。

 が、どう見てもあざとすぎる。何か仕掛けようとしているな。僕はそう直感した。

 敵は前回の戦闘から、明らかに戦法を変えてきた。当初はやけに哨戒活動を続けていたし、今度は大胆ともいえる布陣だ。間違いなく前回の敗北で、軍上層部が刷新されたのだろう。二年前に大敗北していながら、それでもほとんど上層部が変わらないどこかの地球(アース)五〇五の軍司令部とはえらい違いだ。


「敵艦隊は、まさに中性子星を背後にして、まさに背水の陣を敷いている。我々はその陣形を利用して敵を追い込み、中性子星に追い落とす。これが、作戦の全貌だ」


 僕は自身の戦隊に、音声通信で作戦概要を伝える。が、伝えている本人が、どこか危うさを感じている。心配性なのか、それとも敵の意図が読めないことに不安を覚えているのか。おそらくは、後者だと思う。

 だいたい、宇宙空間で背水の陣を敷いたところで何の利点もないことくらい、敵も承知の上だ。ということは、絶対に罠を仕掛けているに違いない。

 にもかかわらず、我が軍はその罠に飛び込むように、前進を続けている。軍上層部の誰かが、その異常さに気づかないものだろうか?

 そういう事態を想定したわけではないが、僕は事前に、ボルディーガ中将からある命令を受けていた。

 これは、前回の戦いを受けてのことで、それに備えての事前命令だった。

 すなわち、何か異変が起きた場合、第七十五戦隊の独断行動を許可する、というものだ。

 この命令が活かされないことを期待したいが、そうもいかないだろうな。僕は迫りくる敵の見えざる意図に恐怖を覚えつつ、それでも前進を続ける。

 戦場は、まさに中性子星のすぐそば、つまり高重力場だ、ビームを撃てば、重力で曲げられてしまう。ある程度の重力補正をしつつ砲撃しないと、上手く狙えない。そんな場所だ。

 そんな戦い難いところに、なぜ敵は布陣したのか?


「ほう、あの青白い星を、あれほど近くに見ることになるとはな」


 そこに、リアが現れた……って、リアよお前たしか、戦艦アルジャジーノに置いてきたはずだが。


「おい、リア、お前いつの間に……」

「何を言っておる。そなたと私は、いつでも一緒だ」


 ああそうか、こいつ、認識阻害を使って乗り込んできたな。しまったな、すっかりあの魔術のことを忘れてた。


「あのなあ、ここは戦場だぞ。リアが活躍するような場ではないだろう」

「そんなことはないぞ。目で見える範囲ならば、私は治癒魔術を使って味方の艦を復活させることができる。ついでにそれを、敵にぶつけることだって可能だ。前回の戦いで、やってみせたではないか」


 ……そういえばそうだったな。こいつ、駆逐艦すらも「治癒魔術」で復活させられる。とんでもない力の持ち主だ。そのことを忘れていた。


「で、そなたはまさに、敵の薄黒い意図を感じ取っておったところではないか?」

「なぜ、そう言い切れる?」

「そなたの周囲のエーテルが、酷く緊張しておる。そういう時のそなたは、何か不安を感じ取った時であることが多いからな」


 相変わらず、僕の周辺のエーテルとやらを見てうんちくを垂れる魔法使いだが、その通りだから否定のしようがない。


「普通に考えて、敵がわざと不利な場所にとどまって戦いを挑む。そんなこと、常識的に考えてありうるか?」

「私は戦については素人じゃが、もしあるとすれば、逆転できる何か秘策を持っておる時であろうな」


 そう、戦いの素人であっても、こう考えるのが普通だ。それを絶好の機会ととらえて前進させる我が軍総司令部は、何を考えているのやら。

 徐々に接近を続ける。敵までの距離はおよそ五十万キロ。重力場も、強くなってきた。ここで機関停止でもすれば、あっという間に中性子星の重力場に取り込まれて抜け出せなくなる。恐ろしい場所だ。


「敵艦隊まで、あと四十二万キロ! 射程内まで、あと五分!」


 その重力場を利用しつつ、接近を続ける。思ったよりも早く、接敵できそうだ。僕は戦隊に命じる。


「全艦に伝達、砲撃戦用意。射程内に入り次第、直ちに砲撃に入る」

「了解、全艦に砲撃戦用意を伝達します」


 参謀長のルーマン中佐が、僕の命令を戦隊全艦に伝える。いよいよ、砲撃準備だ。

 が、接近するごとに何か、敵艦隊からどす黒いものを感じる。特に背後より、それを感じて仕方がない。


「参謀長、七五一〇号艦から七五一九号艦に連絡、後方を指向性レーダーで索敵せよ、と」

「はっ、もしかして、敵の罠があるのではないかと?」

「そうだ。この状態で背後から襲われれば、形勢は一気に逆転する。念のためだ」


 念のため、とは言ったものの、実際に背後から襲われたことがあるからな。今回もその可能性が高い。


「七五一〇号艦から七五一九号艦、指向性レーダー、照射!」


 僕はデータリンクされたレーダーサイトを見る。が、予想に反して、何も見当たらない。


「艦影は、認められないのか?」

「はっ! 三度照射しましたが、艦影は認められず」


 おかしいな、ならばまさか敵は、本当に真正面から我々に対抗しようというのか? そうこうしているうちに、敵はまさに射程内に入ろうとしていた。


「敵艦隊まで、あと三十一万キロ! まもなく、射程内です!」

「砲撃管制室、砲撃戦用意! 主砲、装填始め!」

『こちら砲撃管制室! 主砲装填始め!』


 まさに砲撃戦に入ろうという、その時だった。敵が、不可解な行動を取り始める。


「敵艦隊に動きあり!」


 レーダー士が知らせてきた。僕は確認する。


「なんだ、前進してきたというのか!?」

「いえ、反転し、こちらに背中を向けた、中性子星方向に前進を始めました!」

「なんだって!?」


 敵が、背中を向けて前進した? 信じがたい行動をとるものだ。何を考えているんだ、敵は。

 だが、その敵の意図が、その直後に分かる。


「敵艦隊、徐々に消えていきます!」

「消えた!? 何が起きている」

「はっ、超空間ドライブの作動波を確認、おそらく、ワープしたものと思われます」


 なんだって、ということはあそこに、ワームホール帯があるというのか。

 事態はさらに悪化する。その消えた敵が、今度は別の場所から現れたのだ。

 それはまさに、僕が警戒していた、我が艦隊の後ろ側だ。


「後方に、艦影多数! 徐々に増加中の模様、距離およそ三十五万キロ!」

「艦色識別、赤褐色、連盟艦隊です!」


 これで判明したことが、一つある。低軌道上にワームホール帯があり、それは我々のいるすぐ後方に存在するワームホール帯につながっていたという事実だ。

 そんなショートカットなワープ航路を、敵は見いだしていた。おそらく、あの執拗なまでの哨戒活動の末、発見したのだろう。

 結果として、立場が一気に逆転した。僕は叫ぶ。


「転舵、反転! 応戦用意!」


 とんでもない罠を、敵は仕掛けていた。無事、帰れるのか、我が艦隊は。

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