#16 襲来
さて、それから一週間ほどは平穏な日々が続く。
ヴェンツァーレ技術少佐はあの魔法使い二人を実験台にし、一方で二人の魔法使いはヴェンツァーレ技術少佐より様々なことを学ぶ。
「いやあ、だんだんわかってきましたよ、エーテルの流れというやつが!」
「私も分かってきたぞ、重力子というやつがどんな原理なのかが」
「私の雷魔術にも、応用できそうですね。いや、実に興味深い」
「元々、我々にもエーテル仮説というのがありまして、それはおそらくこんな働きをしているのではないかと推測し、その仮説理論に基づいて重力子制御や小型核融合炉のプラズマ制御が可能となったのです。が、これまで肝心のそのエーテルを観測できたためしがない、あくまでも仮定でしかなかったわけですが、あなた方二人のおかげで、それが実験的に実証されました。このままうまくいけば、エーテルの可視化も夢ではありません。これはすさまじい発見ですよ」
「ヴェンツァーレ技術少佐殿よ、貴殿が話していたワームホール帯というやつだが、もしやあの魔法陣も、ワームホール帯というものとのかかわりがあるのではないか?」
「鋭いですね、ベルリンゲン殿。実は私もそうじゃないかと考えているのですよ」
「と、いうことはもしかすると……」
「もしもまだあの大聖堂にワームホール帯だけが残っていれば、再生できるかもしれませんよ、魔法陣が」
なんか、とてつもない方向に話が行こうとしているぞ。とはいえ、こうしてみるとこの三人、本当に相性がいいらしい。男同士ではあるが。
それはともかく、トゥリオがその後、どうなったのか。
「ねえねえ、今度はこの店行こうよ」
「いいぜ、どんな店なんだ?」
「お気に入りのシャンプーやリンス売ってるのよ。香りが好きなの、ここ」
なんだ、たった一週間でいい仲になっているぞ。噂では、すでに同じ部屋で過ごしていると聞く。
「抜群にいい相性だな、あの二人のエーテルは。まるで複雑なパズルの完成図を見ているようだ」
と、エーテル鑑定士でもあるリアがそう言うのだから間違いない。しかし、そのリアからは、エーテルはどう見えているのだろうか。その言葉からは、想像がつかない。にしてもあの二人、境遇どころか、生まれた世界すらも違うというのに、よくもまあここまで意気投合できるものだ。
「そういえばリア、エーテルというものが向こうの世界の者には見えることは分かった。が、リエーテルという、こちらの世界にないものはどうだったんだ? やはり、エーテルとリエーテルというものは両方見ることができたのか?」
「いや、リエーテルが見える者は、エーテルが見える者よりも少ない。それが見える者は、私のように治癒魔術など、時間すらも操ることができるとてつもない魔術を得る。時間停止魔術の使い手も、リエーテルが見える者に可能な技だ」
えっ、そんなとんでもない魔法の使い手がいるの? 残念、いや幸いなことにこちらの世界には来ていないようだが、そんなやつが来ていたら、何をされてしまうことやら。
「じゃあもしかして、リエーテルが見える者というのは、こっちの世界ではリアだけなのか?」
「王国にいる二十人の魔術師の魔術を見る限りは、そうだな。だが、そんな私にもこっちの世界でリエーテルを見たことがない。つまりここは、リエーテルが存在しない世界、ということになる。だから私は無理矢理、治癒魔術を使う方法を編み出したのだ」
来たばかりの時は、簡単な攻撃魔術と認識阻害しか使えなかったらしい。が、高次元に存在するタキオン粒子を減速させることで時間逆行が行えて、それで再び治癒魔術を使えるようになったという。その度に、反動で王都や近隣の森や山では破壊が行われていたようだが。
「もし召喚された直後に魔法が使えぬとされたなら、私はその場で殺されていた。リエーテルがなく、治癒魔術が使えなんだから、仕方なく初級の攻撃魔術を使い、どうにか生かされたのだ」
「というか、今、初めて知ったんだが、お前って攻撃魔法も使えるのか?」
「使える。が、こんなものだぞ」
そういって、リアは左手を出して唱える。
「ショット!」
その直後、小さなビー玉のような青い光の塊が手のひらの前に生じる。それがふわふわと浮かび、空になった僕のドリンクのコップに当たる。
ボッと一瞬、炎が上がり、コップが燃え尽きる。後には灰が残るのみだ。
「……これでは魔物はおろか、人も殺せぬ。私の役目は、魔物討伐隊の後方にいて治癒魔術で傷ついた剣士を治療するのが精一杯だった。それでも、治癒魔術の使い手は少なかったから、重宝されたものだがな」
「それ、向こうの世界の話だよな? こっちにはさすがに、魔物はいないよな?」
「いない。いるのは野獣ばかりだ。むしろこちらの世界では、人間の方が恐ろしい」
そういえば、山賊とふた月ほどを共にしていたというからな。リアにとってこっちの世界は、人間以上に恐ろしいものはいないと見える。
「そんなことよりも、デートじゃ。今日はどこに行く?」
「そうだな、映画館に行ってみようか」
「映画?」
「お前、スマホでばかり動画を見ているだろう」
「そうじゃ。最近は『異世界もの』というやつにはまっておってな……」
「異世界人が異世界ものを見て面白いのか……という話は置いておき、ちょうどその手のシリーズが今、上映中らしい。スマホで見るよりはるかに大きな画面で見られるぞ。見に行くか?」
「うむ、早速行こうぞ」
というわけで、第二階層にあるという映画館へ向かう。
「おおっ!」
映画館の看板は、派手だ。立体映像を使い、様々な映画予告が流されている。で、今回見ようと思っている「異世界もの」の映画の予告も流れてきた。
いきなり、ドラゴンが路上を歩く人に向かって牙を向け襲い掛かってくる。道行く人はびっくりだ。が、次の瞬間、勇者らしき剣士が、その首をバサッと斬り落とす。場面変わって、今度はゴブリンやオーク、コボルトの群れ。その数、総勢一千匹以上。そんなものが城壁の街を襲うため押し寄せるが、一人の勇者が剣を掲げてこう叫ぶ。
『さあ、狩りの時間だ』
画面は引いて、十人ほどの仲間が映る。剣闘士に魔法使い、重装備の騎士などが、一斉に襲い掛かる……
というところで、タイトル表示。最近はこういう度肝を抜く広告が多い。が、そういうものの耐性がないリアは大興奮だ。
「おい、あれだ、あれを見よう」
で、映画館に入ると、ちょうど上映十分前だった。何とか滑り込み、ポップコーンとコーラを持ち込み、興奮気味のリア。
映画が始まり、まず目前に現れたのは黒い霧で覆われた深い森。そこには、魔王がいる。
『すべてが整った。これより、人間どもへの復讐と参ろうではないか』
魔王が叫ぶと、集まった大勢の魔族らが一斉に鬨の声を上げる。
場面変わって、ここは人の村。徐々に増えつつある魔物によって襲われ、まさに壊滅寸前。そこで両親を殺された子供が一人生き残り、怒りと涙を振りまきながら村を逃げ延びる。やがてその子供が成長し「勇者」となり、魔族への復讐へと向かうことになる。
で、十人の仲間と出会い、彼らと共に無数にいる魔物たちを次々と倒す。魔物は知能はないが、知能のある魔族がそれらを操っているおかげで、まずは指揮官である魔族を倒し、その後統制の取れなくなった魔物を魔法で一掃する。まあ、だいたいそういう展開の繰り返しだ。
最終決戦、一千もの魔物との戦いを前に、勇者と女魔法使いが星空の下でこう語る。
『この戦いが終わったら、勇者、私と一緒に……』
ああ、それは戦いの前に言っちゃいけない台詞じゃないのか。いわゆる、死亡フラグってやつだ。そんな翌日に向かえた、最終決戦。あの映画の予告通りのシーンが流れる。
が、その戦いは予想以上に激しく、魔族らも勇者たちを追い詰めていく。やはりというか、女魔法使いが自身の身を盾にして、勇者をかばう。女魔法使いは息絶える。
怒りに燃えた勇者は、その勢いで次々と魔物と魔族を倒し、そして四天王と呼ばれる魔族らをも倒し、そして魔王と対峙する。
『世界の半分を、お前にやろう』
自身が叶う相手ではないと悟った魔王が、勇者にこう提案する。が、勇者はこう叫ぶ。
『そんなものはいらない、それよりも、ミアを返せ!』
ミアとは、先ほど死亡フラグを放って死んだ女魔法使いだ。なんだか「リア」に名前が似ているのが気になるところだが、ともかく勇者は魔王と戦い、どうにか勝利を収める。
この光景を、彼女と見たかった。丘の上で、黒く覆われた霧が消えて世界が徐々に明るさを取り戻す光景を目の当たりにしながら、勇者はそう呟く。すると、空から何かが降りてくる。
そう、あの死んだはずの女魔法使いのミアだ。天から、ミアが降りてくる。と同時に、女神の声が聞こえてくる。
「いずれまた、魔王が復活する時が来る、その時まで、この者を伴侶として勇者の子孫を残すのです」と。
で、生き返った女魔法使いを含む十人の仲間と共に王都に凱旋、その後、勇者と女魔法使いは結婚し、来るべき時に備え、自らの子供らを鍛え育てる……
というよくある映画で、それをさらに派手にしたものだったが、リアはいたく感動していた。
「うむ、最後に現れたあの女神とやらの粋のよさ、私は感動だ」
なお、こっちの魔法使いはといえば、僕から奪ったポップコーンを含め三箱のポップコーン、そして大きめのコーラを飲み干し、その映画の世界にのめり込んでいた。
「ところで、リアのいた世界というのも、あんな感じだったのか?」
「いや、魔王などおらんぞ。魔物には似たようなものもおったが、ただ森の中で魔法を使う野獣のことを魔物と呼んでおっただけで、あれほど統制の取れた軍隊のような動きをするやつらなどおらなんだな」
「それじゃあ、どうして剣士たちと共に魔物の胎児に出かける必要があるんだ?」
「そりゃあ交易路に魔物が現れては困るからな。害となる魔物を退治することは、ヴェロニカ王国にとって死活問題じゃった。それゆえに討伐隊が組まれて、時折、大々的に魔物退治を行っていたのだよ」
異世界から来たというから、てっきり魔王でもいるのかと思いきや、そういう世界ではなかったようだ。が、魔物というものは存在するらしい。
「そう言えば映画中に、やつらのエーテルとやらは見えたのか?」
「そもそも映像越しではエーテルなど見えぬ。あの勇者と女魔法使いの相性など、分からずじまいじゃ」
まあ、あの二人は役者同士だから、相性が良かろうが悪かろうが関係ないんだがな。ともかく、リアにとってはたまらなく楽しい時間だったようだ。
しかし、だ。あれだけ食べたというのに、今度はカフェに行き、また大きなパフェと甘ったるい飲み物を頼んでいる。よく食うな、こいつ。
そのカフェで僕は珈琲を頼み飲んでいると、近くの席からどこかで聞いたことのあるような声がする。
「いやあ、すごかったよ、あの映画!」
「でしょう? で、やっぱりトゥリオがいた世界もあんな感じなの?」
「さすがに魔王はいなかったな。魔物は似たようなのがいたが、どちらかというと魔法を使う野獣という感じで……」
僕と同じ質問をしているのは、どう見てもフレーデル准尉だ。なんだ、やつらも同じ映画を見ていたのか。
「おお、フレーデルにトゥリオではないか。お前らもあの映画、見たのか?」
と、そこでリアが映画のパンフを見せながら叫ぶ。
「見た見た! いやあ、派手だといううわさは聞いてたけど、なかなかすさまじかったわぁ。ということは、リアちゃんも戦隊長といっしょに見てたの?」
「うむ。あれは最高だった。最後のシーンなど、泣けてくるではないか」
で、結局、この四人は同じ席に移動して、あの映画のことを語り出す。
「しかし、魔法の発動方法が変じゃったな。あれではとても、エーテルを集められんではないか」
「そうだな、剣を上に振りかざしたら普通、エーテルが発散してしまう。俺なら、剣は前方に構えるだろう」
本物の魔法使いたちが、こんどは演出にケチをつけ始めた。まあ、こちらは本業なのだから仕方がないのだが、あの演出はやむを得んだろう、その方が派手で見ごたえがあるんだから、そうしている側面もある。すべてを現実的にあてはめると、映画としては地味になって面白みがなくなるんだぞ。
などと映画談義なのか抗議なのか分からない状態に入り始めた頃だ。突然、この艦内の街中にサイレン音が鳴り響く。
これは、警戒警報の音だ。と同時に、艦内放送が入る。
『艦内にいる全軍人に、総司令官閣下からの命令を伝えます。敵艦隊およそ一万隻が、中性子星域内に出現。これを迎撃すべき、全員、直ちに発進せよ、以上です』
せっかくの平和なひと時をぶっ壊す命令が、ここにいるすべての軍属に向けて発せられた。




