#15 告白
「決めた! 俺は今日、あの方に告白する!」
突然、リアと僕の前でそう宣言するトゥリオだが、僕はこう答える。
「おい、勝算はあるのか? お前、貴族というわけでもないし、軍の階級にしても上等兵相当という身分しかないぞ」
「そんなの関係ねえ! 俺のエーテルと、波長が合うんだ、絶対に成功する!」
いや、そんなことをフレーデル准尉に行ったら、余計にフラれると思うぞ。いいのか、出会ってものの二日ほどで告白なんてしても。
「おう、応援してるぞ」
「まかせろ、リア。今夜までにはキメる」
魔法使い同士ならば、それでいいかもしれないのだが、エーテルという物質をまったく検知できない我々に、それを基にした恋心と告白を伝えても、果たして受け入れてもらえるかどうか。
「まあ、あれだけエーテルの共振がぴったりなら、上手くいくだろうな」
「その通りですね。上手くいくでしょう」
ベルリンゲンもボルタも、向こうの世界の常識に基づいた無責任極まりないことを言い出だした。どうなっても知らないぞ、僕は。
で、トゥリオはフレーデル准尉のところに行く。一方、ベルリンゲンとボルタは、ヴェンツァーレ技術少尉のところに行くことになっている。どういうわけかこの二人、あのイカれた技術士官と馬が合うのだという。それもまた、エーテルの相性で説明されるのだが、僕にはさっぱりだ。
で、僕はリアと二人きりになる。が、二人の意見は一致する。
「トゥリオの後を追うぞ」
「そうじゃな、付き合いは短いが、トゥリオは危なっかしくてかなわんやつだ。どうなることか、心配だな」
こういうところは、阿吽の呼吸とでもいうのか、妙に意見が一致することが多い。もしかしてこれもまた、エーテルの相性というやつなのか……いや、そういう非科学的な話は考えない。
で、向かったのは第四階層にある、静かなカフェ。フレーデル准尉のお気に入りの店だ。各々の席が高い仕切りで仕切られていて、告白をするにはうってつけの場所だ。
「あ、いたいた、ここだよ」
店に入ったトゥリオは、とある仕切りから顔を出したフレーデル准尉に呼ばれる。で、二人が並んで席に座ったのを見て、僕らはその隣の仕切りの席に座る。
さて、注文の品が、どちらの席にも運ばれてくる。僕は珈琲とチーズケーキ、リアはパフェとクリームソーダという甘ったるい組み合わせ。一方、隣の二人は何を頼んだのかはここからでは見えない。
「で、大事な話ってなに?」
壁越しに、フレーデル准尉が切り出した声が聞こえてきた。それに対して、トゥリオが単刀直入に答える。
「あなたのことが好きです、付き合ってください」
ここからは見えないが、フレーデル准尉が驚く表情が目に浮かぶ。そんなフレーデル准尉が、トゥリオにこう答える。
「あのさあ、別に付き合うのは構わないけど、私、そういうのを言われるの初めてなの」
「そりゃあ、ほかの男どもの見る目がなかっただけじゃないのか? 俺には、あなたの美しさが見えている」
「う、美しさって……ちょ、ちょっと待って、自分で言うのもなんだけど、私に美しいって言葉が似合う女とは思えないけど」
確かにフレーデル准尉は、美しいという感じはないな。陽気で可愛いところがあり、愛嬌はある姿だろうが、美しいと言うには程遠い。僕の見た目には、そんな感じだ。
が、そんなフレーデル准尉相手に、トゥリオはこう言い出した。
「外観だけではない、あなたのエーテルが、とても魅力的なんだ」
ああ、エーテルって言っちゃったよ。あちらの常識でしゃべっちゃ通じないだろう。僕は立ち上がろうとするが、リアが引き止める。
「まだ、大丈夫だ」
そうかぁ? もういきなり崖っぷちな状況のように思えるが、リアは放置するよう僕に言う。
で、隣では会話が続く。
「リアちゃんも時々言うんだけど、そのエーテルって何?」
「こっちの世界の人たちには見えないらしいが、エーテルとはつまり、この世の物の形を決めてるものだ」
「よくわかんないけどさ、じゃあそれが美しいって、どういうことなのよ」
「エーテルは、それをまとう者の内面をも映し出す。あなたの場合、誰彼となく気軽に接し、その相手を和ませる力がある。一方で正直者でズバッと物申すから、相手から引かれる場合もある。そう読み取れたが、違うか?」
「……うーん、図星ね。わずか出会って二日の人とは思えないほどの正確さだわ。ほんとにエーテルって、見えてるんだね」
「俺も正直にものを言ってしまう性格だからわかる。でも俺は、それ以外はあなたとは真逆で、どちらかというと人との関わりを苦手としている。なにせ、暗殺者だからな」
本当にバカ正直なやつだな。告白の時になにも自分の欠点を晒すことはないだろう。まずは自身の強みを前面に出さないとだめじゃないか?
が、意外と話の流れはスムーズに進み始める。
「へぇ、つまりその正反対の部分が、互いの欠点を補い合えるとでも?」
「そうだ。俺が出会ったどんな女の人よりも、相性はいい。互いのエーテルがそれを、証明している」
終始、向こうの常識だけで話し続けたが、フレーデル准尉はそれで引くことなく受け入れている。危なっかしい会話ながら、それが成立していることに驚く。
「でさ、そのエーテルってやつは、ただの性格を読み取るだけに使うものなの?」
「いや、俺の場合、こういうことに使える」
そこでおそらく、例の姿を消す魔術を使ってみせたのだろう。フレーデル准尉が驚く。
「あれ!? 姿が、消えた」
が、すぐに姿を現し、トゥリオはこう告げる。
「……とまあ、俺の暗い性格が高じて、こんな魔術が使えるようになった。あっちの世界でも、汚れた仕事を請け負ってきた。こちらでもおそらく、そういう仕事を期待されてるのだろう」
「ふうん、すごい技持ってるわりに、苦労してるんだ。って、その技使って、私の部屋をのぞき見しようだなんて思ってないわよね!」
「いや、断じてそんなことには使わない。人々を困らせ、自らの私腹のみを肥やす輩のみ、俺はこの技を使って倒してきた。俺は、誰かを騙したり、欺いたりすることが嫌いなんだ」
「へぇ、暗殺者って聞いた時にはちょっとびっくりしたけど、意外とピュアなんだね」
「ピュア?」
「純粋だってことだよ」
「純粋? 俺がか?」
「だって、さっきからバカ正直じゃん。わざわざ暗殺者だの汚れた仕事を請け負ってきただのと、告白する場で言うことじゃないよ」
「うん……俺、そういうのはよく分からない」
「でもさ、そのおかげか、しゃべりやすいかなって思ったよ。私もなぜか、トゥリオのこと気になってたし」
「そうなのか?」
「何でだろうねぇ。私も始めて見た時、あ、仲良くやれそうって、そう思ったんだよ」
「……だけどいいのか、俺はつまり、人を殺してるんだよ。暗殺者とは、そういう仕事だからな」
「それを言ったら、私だって軍人だよ。先の戦いでもうちの船、何隻も沈めて敵の命を奪ってる。そこは、同じじゃない」
「うん、確かに」
「にしても、確かに妙よねぇ。出会ってすぐに、しかもエーテルとかおかしなことを口走る相手なのに、これだけ話が弾むんだもん。やっぱり、エーテルの相性がいいって話、本当なのかな。ねえ、隣の戦隊長殿」
いい感じに、会話が進んできたと思ったら、いきなり僕が呼ばれた。僕は立ち上がり、仕切りの向こう側の席に行く。
「よく、僕がいると分かったな」
「何言ってんですか、さっきから丸見えでしたよ。どうせトゥリオのこと気になって、リアちゃんと一緒についてきたんでしょう」
「まあ、そんなところだ」
「てことはさ、リアちゃんも戦隊長にべったりなのは、そのエーテルってやつが気に入ったからなの?」
「そうだ。しかも、相性がいい」
「すごいね、異世界人ってみんな、エーテル見て相手を探してるの?」
「無論、見える者と見えない者がいる。魔法使いともなれば見えて当然だから、相手を探すときはエーテル頼みだな」
「……まあ、それはどうかと思うけど、なんかちょっと、納得したわ」
うーん、思いのほか、上手くいった。まさか尾行したことがばれてるとは思わなかったがな。リアに、認識阻害を使ってもらえばよかったか?
「てことで、お付き合いから始めましょうか、トゥリオさん」
「は、はい! よろしく頼む」
「じゃあさ、これから行きたいお店あるんだよねぇ。一緒に行こうか、リアと戦隊長が知らない、私のおすすめのお店へ」
「うん、行こう。フレーデルの好きな店とやらを、見てみたい」
そういいながら、二人は会計を済ませて、さっさと出ていった。僕らもしばらくして、その店を後にする。
「エーテルの相性って、案外、効果があるものなんだな」
僕はボソッとそう呟く。するとリアが、少し前を歩くカップルを指差す。
「例えば、あの二人のエーテルの相性は抜群だ。間違いなく、一生を共に過ごす」
「そういうのも分かるのか?」
「当たり前だ。エーテルとは、その人の正と負の側面すべてを表しているからな。それがかみ合っているかいないかは、伴侶を選ぶうえでとても重要だ。実際、向こうの世界でもエーテル鑑定士を生業とする者がいたからな。エーテルが見えない者同士、本当に相性がいいかどうかを鑑定してもらうという仕事だ。私も何度か、やったことがある」
そう説くリアが、今度は別のカップルを指差した。
「ちなみに、あっちの二人はだめだな。かみ合わせが悪い。いずれ、別れる」
随分と失礼なことを言うものだ。そんなこと、分かるわけがないだろう。が、もしかしたら将来、その二人に破綻の未来が待っているかもしれない。
そう言えば、めちゃくちゃ容姿が気に入ったとかそういうわけでもないのに、なぜかこの人と一生共に過ごすんだなぁと感じた、という話をたまに既婚者から聞いたことがある。我々も知らず知らずのうちに、エーテルの相性がいい者同士、結びついてるのかもしれない。
ということは、だ。エーテルを可視化する技術ができたら、それはとんでもないことになるんじゃないのか? 離婚率の高さが問題になることが多いが、そもそもエーテルの相性を調べることが可能ならば、そういうものを減少させることができるかもしれない。少々、おせっかいな技術にはなるだろうが。
「……言われてみれば、お前、僕に随分と無礼なことを平然と言うが、あまり気になったことがないな。これもエーテルの相性のせいか?」
「そういうものも含めて、相性とは大事なものだ。だから私は遠慮などせずに、そなたと話をしている」
そういえば、ヴェンツァーレ技術少佐が今日もベルリンゲンとボルタを調べると言っていた。しかし一方で、ヴェンツァーレ技術少佐はこの二人の魔法は、すでにこの宇宙の他の星で見られる魔法と大差なく、つまりは得られるものが少ないと言っていた。
が、もしかするとヴェンツァーレ技術少佐の狙いは、別にあるのかもしれない。
すなわち、エーテルだ。エーテルを見える技術を、あの二人を調査して会得しようとしているのではあるまいか? そして、それ自体は魔法の具現化、実用化だけでなく、さっきのような人の相性を診断することにも使える。
少なくとも、それが叶えば大発見といえるものになるだろうな。占い以上に正確な恋愛相談が可能となる技術になることだけは、間違いない。
と、これで今日はおしまい、後はこの艦内ホテルの部屋に戻るだけだと、そう思っていた。実際、部屋に戻って、いつも通り過ごすつもりだった。
が、リアが珍しく僕を、その部屋のテーブルの向こうに座れと言ってきた。
「なんだ、急に」
「いや、そういえばちゃんと言ってなかったことがあるなと、そう思ってな」
いきなり、なんだ。まさか、リアには知られざる秘密がまだあるというのか?
と思っていたら、リアからは今さら感のある言葉が飛び出した。
「私たち、付き合わないか?」
僕は呆れながら、答える。
「あの、リアよ、現状がすでに付き合ってる状態じゃないのか?」
「それはそうだが、ちゃんと言葉にしていなかった。それに……」
「それに、なんだ?」
「……ゼノン、お前を初めて見た時から、私は運命を感じていた。お前といつか、一緒になるのだろうと。こういうのを、こちらの世界では『恋』と呼んでいるそうだな」
「……確かに、そう呼ばれているな」
「ならば私はそなたに、その恋とやらを抱いているということになる」
今さらな告白だが、この一言が僕の理性を吹き飛ばすのに十分だった。僕は言葉ではなく、そっとその頬に手を当てて、そして口づけをした。
まあそこから先は、お察しの通りだ。
この日、僕は二つの告白に、直面することとなった。




