#14 出会い
「……よ、よろしく頼む」
「おう、よろしく頼むぞ」
「頼みましたよ」
「お、おう……」
駆逐艦七五〇一号艦の入り口で、ベルリンゲンとボルタ、そしてリアとトゥリオが挨拶をする。さすがにあの場でのこの二人の存在には気づいているはずだが、まるで久しぶりに顔を合わせたかのような口ぶりだ。はっきり言って、気まずい。
おそらくだが、僕のことも気づいているだろう。あの時、シールドを張り銃を撃ったのが僕であることくらい、気づいていて当然だ。リアとトゥリオの二人に言わせれば、僕の周辺のエーテルの流れは独特らしい。ということは、いくら黒づくめに深い帽子、マスク姿だったとしても、そのエーテルとやらのおかげで、見破られている可能性は限りなく高い。
「そういえば、ベルノルト准将、いや、戦隊長殿は先の戦いで、大いに活躍されたとか?」
「ま、まあ、敵の別動隊を返り討ちにした、という程度ではあるがな」
「なんと、英雄ではありませんか。そのようなお方と共に宇宙へ行けること、とても光栄に思います」
腹が黒いな、こいつら。絶対に僕の正体に気づいた上で、僕に話しかけてきているな。だが、そんなことは表に出さず、艦に乗り込んだ。
「あの、魔法使いが三人増えたって聞いたんですけど!」
で、主計科に寄り、ベルリンゲンとボルタ、そしてトゥリオの三人分の艦内の部屋を確保してもらうため、フレーデル准尉と会う。すると、興奮気味にフレーデル准尉が現れた。
「世話になる。私の名は、フランチェスカ・ベルリンゲン。炎魔術の使い手だ」
「私はアルベルト・ボルタ。雷魔術を使う者だ」
「お、俺はトゥリオ。暗殺者だ」
「えっ、アサシンって、殺し屋ってこと!?」
准尉よ、何を嬉しそうに尋ねているんだ。実際に僕自身、その暗殺者とやらに殺されかけたのだぞ。
いや、それを言ったらベルリンゲンもボルタも、僕と命をかけて戦った相手だ。なんだって命を狙われたことのあるやつばかりを、同じ艦に乗せなきゃならないんだ。
にしても、トゥリオだけ妙に動揺しているな。まあ、確かに左腕を吹き飛ばした相手がすぐ真横にいるから、気が気ではないのだろう。僕はそう、思っていた。
が、彼ら三人の部屋の案内が終わった後、トゥリオが僕のところに来た。
「ちょ、ちょっと尋ねてもいいか、戦隊長様よ」
なんだ、まさかあの二人を殺すとか言い出すんじゃないだろうな。そういうのは、艦内ではやめてくれ。そう考えていたが、僕の予想とは全く異なることを言い出した。
「あ、あの、フレーデル准尉とかいう人には、恋人がいるのか?」
「は? フレーデル准尉に、恋人? そんな話は聞いたことはないが……なぜ、そんな事を聞く」
「決まってるだろう。一目惚れしたんだ」
おい、お前、昨日戦った大魔術師二人のその横で、そんなことを考えてたのか。恐怖よりも、恋心が勝るとは。魔法使いという連中は、どこか頭のねじがいかれてる。
「あの身に纏ったエーテルの美しさといったら、これまでであって来たどんな女性よりも上だ。まさに俺は、あのお方と出会うためにこの世界に来たんじゃないかと思えてきた。そうか、つまり俺にもまだ、あの方と付き合える機会はあるというのだな」
そういえば、リアの時にも思ったのだが、こいつらはその人物の姿というよりも、我々が認識できないエーテルという物質で世の中を認識してるんじゃないか、と。人物相手ですら、これだ。やっぱり魔法使いというやつらは、どこかおかしい。
で、食堂に一同、集まったところで、互いに話を始める。
「ふ、フレーデル准尉殿」
「ああ、暗殺者さんでしたっけ?」
「ト、トゥリオと申します。あの、ちょっと話をしてもよろしいですか?」
「えっ、リアちゃん以外の魔法使いと話せるんですか!? そりゃあもう、大歓迎ですよ」
そんな和気あいあいとした雰囲気のすぐ横では、殺伐とした空気が流れていた。
「やれやれ、リアにトゥリオ、そして謎のもう一人の男が、まさかこの戦隊長であったとはな」
「エーテルを見た瞬間、すぐにわかりましたよ。やはり、あなたの仕業だったのですね」
ベルリンゲンとボルタはやはり、僕の正体を見抜いていた。だから僕は、こう返した。
「申し訳ないが、我々はあの魔法陣の復活には反対の立場だ。貴殿らは知らんが、現に他の魔法使いたちの中には、無理矢理召喚されて絶望した者もいると聞く。それどころか、召喚されたのに魔法使いではなかった者の場合は、その場で消されていたとまで来たぞ」
こうなったら誤魔化しても仕方がない。こういう時のために、銃と携帯シールドは携行済みだ。が、意外な答えが返ってきた。
「いや、我々も魔法陣を修復したいなどとは考えていない」
えっ、そうなの? いや、怪しまれないようにわざとそう答えている可能性がある。僕は理由を尋ねる。
「では聞くが、貴殿らが守り続けたあの召喚用魔法陣が直せないとなったら、貴殿らの立場が危うくなるのではないか?」
「それはないだろう」
「どうして、そう言い切れる?」
「現に、魔術など使えぬそなたが、我ら二人相手にほぼ一人だけで、あれだけの善戦をしていた。つまりそなたらが本気を出せば、我々などひとたまりもなかった」
「つまり、魔法陣を復活させて異世界人を連れてくることよりも、もっと強力な力が手に入るのです。いずれ魔法陣のことなんて、忘れ去られると思ってるんですよ、ベルノルト准将殿」
なるほど、昨日戦ったがゆえに、彼らは僕らの力を熟知しているということか。これ以上、魔法使いを集めたところで、それをはるかに上回る力を持つ者が現れた。その事実を前に、魔法陣の復活など無意味だと彼らはすでに悟ったらしい。
そう思えば、昨日の戦いも決して無意味というわけではなかった、ということか。
当然、この艦に乗る前に彼らは我々のことをレクチャーされたことだろう。持っている兵器の威力とその数。少なくともこの駆逐艦に搭載された主砲を前にすれば、彼らとてひとたまりもない。いや、駆逐艦でなくとも、哨戒機や人型重機に搭載された小型砲、それどころか、僕が携行している拳銃ですら、彼らをしのぐ威力を持つ。
もっとも、彼らはそんな話よりも、昨日の実体験の方がより強烈だったはずだ。その前提があって、その威力の大きさを計り知ることができたはずだ。
で、僕は彼らに、魔法陣復活を建前とした魔法調査の依頼をする。魔法の原理こそ、我々にとっては科学的興味の対象であると。当然、リアを調査したことも話す。だが、我々にはその魔法に関して分からぬことだらけだ、と付け加える。
「リアは治癒魔術の使い手、これは、向こうの世界でもかなり珍しい存在ではあったな」
「そうですね、なにせ傷を治すなど、ありえない行為を平然とやってのける。向こうの世界でも非常に珍しい存在なのですよ」
「……そうなのか? でも、どうしてリアがこの世界に?」
「単なる偶然、といいたいところですが、もしかすると、あなたのそのエーテルに導かれたのかもしれませんよ」
ボルタが笑みを浮かべながら、妙なことを言い出す。そんなに僕が纏っているエーテルとやらは、珍しいものなのか? 魔法使いにあう度にそう言われるが、自覚がないだけに、かえって気味が悪い。
「現に、リアの顔を見ているとよくわかるぞ」
「そうですね、リアがこれほど明るい表情になったのも、戦隊長殿のおかげでしょうな」
「そ、それは……」
「なんだ、リアよ。否定するのか?」
「……否定は、しない」
まあ、今さら隠す仲でもないしな。僕とリアが同棲していることは、すでに乗員ところか、戦隊の誰もが知っていることらしいし。
「ともかく、そういうわけだから、貴殿らとともに戦艦アルジャジーノまで向かい、そこでヴェンツァーレ技術少佐と会ってもらう」
「ヴェンツァーレ技術少佐? 何者ですかな、その者は」
「我々の科学技術の最先端を知る男、とでも言っておこうか」
「なるほど、楽しみですなぁ」
本当かなぁ。いずれにせよ、つい一昨日までは敵同士だった相手を連れて、宇宙にでなきゃいけなくなったというのは、複雑な気分だ。信用してもいいんだろうな、こいつらを。
それをいったらトゥリオも信用ならない相手だが……しかし、やつには別の標的ができた。すなわち、フレーデル准尉だ。
しかし、どうやって口説くつもりだろうか。まさか「あなたのエーテルに惚れました」といったところで、フレーデル准尉はドン引きするぞ。こちらでその口上は、口説き文句にはならない。
こうして僕らはそれから十数時間かけて、戦艦アルジャジーノに向かった。当然、真っ先にあの訓練場に向かう。
「ようこそ、ベルノルト准将閣下。お待ちしておりましたよ」
さて、僕にとっては危険な香りしかしないヴェンツァーレ技術少佐とも再会する羽目になった。サンプル……いや、実験体……じゃなくて、魔法使いを追加で三人も連れてきたのだ。しかも、今度のは「反動」がないときた。実験のし放題だ。
「それじゃあ、あの真ん中にある標的に向けて、バンバン撃ってくださいね」
「良いのか? あんな小さな標的では、一撃で吹き飛ばしてしまうかもしれんぞ」
「大丈夫ですよ。シールドを展開してますんで」
技術少佐が、まずはベルリンゲンとボルタに、攻撃魔法を仕掛けるよう促す。最初に放ったのは、ベルリンゲンだ。
強烈な火の玉が現れ、その標的に向かっていった。シールドはそれを防ぐが、相当な熱が中に伝わったらしい。そのデータを見て、狂喜乱舞するヴェンツァーレ技術少佐。
「うひょーっ、すさまじいですねぇ! いいですよ、バンバン行ってください」
「それではつづいて、私の番かな」
と、今度は青い稲妻がびしっと走る。ボルタの放った魔術は、その脇にある避雷針に向かって飛ばされた。そのデータを見て、再び狂喜乱舞するあの技術少佐。
で、おまけのようにトゥリオも魔術を放った。威力は小さいが、とはいえ生身の身体から出され、当たれば死に至るとんでもない魔術だ。それらのデータをみて、ヴェンツァーレ技術少佐は微笑みながらこう言う。
「やはり、治癒魔術のそれとは全然違いますねぇ。ストレンジ物質が、バンバン出てますねぇ」
相当分かりやすいデータが出たらしい。が、ヴェンツァーレ技術少佐は少し、不可思議なことを言い出す。
「なのですが、不思議なことにリア殿とはちょっと違うんですよ」
「違うって、そりゃあ治癒魔術ではないからな」
「いえ、そうではなくて、副作用がないんです」
「副作用?」
「リア殿の場合、治癒魔術により引き起こされた時間逆行の副作用として、破壊的反動がどこかで起こります。となれば、彼らが放った破壊魔法には当然、時間逆行が副作用として生じるものと思っていたんです」
「その言い分だと、意に反して起こらなかったと言いたげではないか。だが、街中のどこかで起きているかもしれないぞ」
「そう考えて、事前に街中のいたるところに時間センサーを付けたのですよ」
なんだ、そんなことまでしていたのか。用意周到だな。恐ろしく、技術への情熱が高い。
「ですが、ないんですよ」
「なにがだ」
「決まってるじゃないですか、時間逆行がないんですよ。だから不思議だと申し上げてるんです」
まあ、冷静に考えたらこの宇宙には、破壊的な魔法というものは珍しいものではあるが、ないわけではない。実際、いくつかの星で炎や雷、水の魔法などは存在する星がいくつかあるのは知っている。
だが、それらが何か「副作用」を出したという話は寡聞にして聞かない。ということはつまり、リア以外の三人の魔法は、この宇宙の幾つかの星に存在する魔法とほとんど変わらないと、ヴァンツァーレ技術少佐は言う。
やはり唯一、リアの治癒魔法だけが特殊だというのだ。「反動」はあるものの、時間を逆行させるという物理法則的にありえない作用を見せるのは唯一、リアの魔術だけだ。
それ以外の認識阻害や姿を消す魔術というのも、調査が行われた。エーテルの流れを変えるもの、と魔法使いの連中は口をそろえて言うが、そもそもエーテルという者を測定できない我々の技術では、それらの謎を解明できないままだった。
「いやあ、面白いですねぇ。もうちょっと異世界人がいると、いろいろとわかることもあるかもしれませんよ。魔法陣、やっぱり破壊するべきではなかったんじゃないですか?」
このヴェンツァーレ技術少佐というやつは、本当に節操がないというか、人道とか人の気持ちとかまるで眼中にない。そういうところが、僕の癇に障るんだろうな。
「とにかくだ、実験が終わったのなら、もういいな」
「はい、それじゃまた、別の魔法使いを連れてきてくださいね」
半ば狂人ともいえるヴェンツァーレ技術少佐に見送られながら、僕らはその訓練場を離れた。




