#13 決着
今は、トゥリオに頼りしかない。かつて、僕とリアの命を狙ったあの男は、今度は元仲間だった二人の最強魔法使い相手に戦いを挑んでいる。
作戦では、その二人の注意を、リアと僕に引き付けることだ。隙を作り出し、奥の魔法陣を破壊してもらうか、この魔法使いを倒すかのどちらかだ。
「リア、いくぞ」
僕らはシールドを頼りに、あの二人の気を引く。
「何者かは知らんが、王国最強の魔術師である我々の攻撃を、いつまでかわせるかな?」
今度は炎と雷で同時攻撃を仕掛けてきた。シールドはその威力を問題なく退けるが、ある程度の熱は伝わってくるから熱い。何よりも、音がでかい。
が、あの魔法使いたちは、その魔術を立て続けには放てないようだ。僕は三発目、四発目が撃たれるまでの時間を計ってみる。だいたい十五秒に一度、魔術を放つまでに時間がかかるようだ。
どこかで、銃を放つか。いや、相手が見えるようで見えない。認識阻害というやつは、魔法を放つ瞬間以外はその位置を把握できないようにする。リアによれば、要するにエーテルの流れを変えて、視界を逸らすという魔法だそうだ。
そのエーテルというやつが、僕には見えない。というか、こちらの世界の人間には見ることができない。それが可能ならば、大いなる科学的な発見だ。しかし、このところ場でそれを認識できるのはリアやトゥリオをはじめ、向こうにいるベルリンゲンとボルタという魔法使いくらいで、僕には不可能だ。
僕はエーテルというやつを見ることができない。が、こっちにはこっちの戦い方がある。
その十五秒の隙に、見えないながらも一撃、拳銃を放った。威力を上げれば一気に倒せるだろうが、トゥリオがどこに潜んでいるか分からない以上、むやみに威力を上げられない。
バンッと一撃、それは放たれた。やつらがいるであろう場所の辺りに着弾し、床に大穴を開ける。一瞬、二人が姿を現す。
「なんだこの魔術は……まさか、雷使いか?」
拳銃の放つビーム光は、ちょうどボルタとかいう雷の使い手と同じような青い光を発するから、ベルリンゲンがそう勘違いするのも当然だ。が、雷使いのボルタは否定する。
「違うな、あれはまっすぐ飛んできた。ということはつまり、我々とは違う魔術だ」
うん、なかなかに鋭い。が、残念だが魔術の類いではない。こっちのは、科学力だ。
また炎と雷を放ってきた。が、さっきまでと異なり、交互に放ってくる。つまり、こちらの攻撃の隙を与えないつもりだ。そういう作戦に出た。
が、あの二人が会話を交わした形跡がない。まさかとは思うが、念話の魔法でも使ったのか、それとも言葉もなく意思疎通できるほど、互いのことが読める者同士ということなのか。
どちらにせよ、間断なき攻撃でこちらは銃が撃てない。ゴリゴリとシールドが削られていく。早く、攻撃してくれ。僕はなかなか動き出さないトゥリオに苛立ちを感じ始めている。
たかが数十メートルの通路上で繰り広げられる魔法戦闘が続く中、僕とリアは一方的に攻撃されるばかりだ。ドローンからの報告でも、わずかながらストレンジ物質の存在が検知されたと言っていた。やつらめ、厄介な攻撃魔法を使っているようだ。
つまり奴らも異次元上にあるというタキオン粒子を利用して魔法攻撃をしているのだろう。リアと違って反動がないのは、その反動そのものを利用しているからだ。彼らからすれば、時間逆行こそが副作用かもしれない。それがどこかの知らない場所で起きていると思われるが、五分ほど時が戻って困ることもなさそうだから、被害と呼べるものは認識されていないのかもしれない。
などといっている間に、シールドがそろそろ尽きかけてきた。が、やつらの攻撃も、徐々に間隔が開いていく。当初は十五秒だったのが、今は三十秒おきになりつつある。
もしかしたら、あちらも魔力的なものが尽きてきたのか?
と、その瞬間だ、いきなりトゥリオが姿を現す。天井に張り付いていたやつは、炎の魔法を放つベルリンゲンという男に向かって左手を向けて、攻撃魔法を放つ。
「ショット!」
トゥリオの攻撃魔術の呪文か何かだろう。猛烈な一撃が、ベルリンゲンに向かっていく。
が、次の瞬間、ベルリンゲンの姿が消える。猛烈な爆発が床で発生するが、そこにやつの姿はない。
外したな。
降り立ったトゥリオが、辺りを見渡す。が、その背後にまさにベルリンゲンが現れた。
「もう一人いることは、すでに把握済みなんだよ、トゥリオ!」
存在どころか、正体すらバレていたか。それはそうだろうな、あの姿を消す魔術は、トゥリオしか使えない。だからこそやつらはそれを感知しており、いつこちらにその攻撃魔術を向けるかを待っていたようだ。
ベルリンゲンがトゥリオの腕をつかみ、投げ飛ばす。床に打ち付けられたトゥリオは、慌てて左手を構える。
が、その左手に、青い光が飛んできた。
そうだ、もう一人の魔法使い、ボルタが放った雷魔法だ。
「ぎゃあああぁっ!」
左腕が、その強烈な魔術で吹き飛ばされる。しまった、やられた。唯一、攻撃魔法が使える味方を、この瞬間失った。
作戦は、失敗だ。
と、そう思ったその時、リアが走り出す。それを、ボルタが狙う。
「何をする気か分からんが、お前ごと殺してやる」
そういって、まさに雷魔術を放とうとした、そのボルタという男の前に、僕は銃を放つ。
猛烈な爆発が起こり、ボルタとベルリンゲンがその爆風で後ろに吹き飛ぶ。
僕はその隙に、リアを追いかける。リアはトゥリオのそばに駆け寄り、こう叫ぶ。
「ヒール!」
次の瞬間、バラバラに吹きとんだその左腕が、まるで巻き戻された動画のように修復していく。リアを連れてきてよかった、これならばまだ、戦える。
と、その時だ。リアの首飾りに付けられたエメラルドが、パリンと割れる。
そうだった、そういえばリアの治癒魔術には、反動が伴うんだった。が、その反動を、リアはどこに飛ばしたんだ?
が、それは思いもよらぬところに現れる。
通路の先にある扉が、吹き飛んだ。その扉の向こう側には、例の魔法陣のある部屋がある。
そう、リアの治癒魔術の反動は、まさにその魔法陣の部屋で起きた。
「しまった、治癒魔術か!?」
ベルリンゲンが叫ぶ。彼らが守るべき魔法陣が、まさにリアの治癒魔術の反動で破壊されてしまった。これは彼らにとって、想定外だったことだろう。
「とにかく、逃げるぞ」
僕は、リアと回復したばかりのトゥリオにそう言うと、もう一撃、拳銃を放つ。煙幕代わりだ。その強烈な爆発による粉塵を隠れみのにして、僕らは大聖堂の礼拝堂に戻る。
「な、何事か!」
そこには司祭がいるが、認識阻害によって姿をくらます僕らを捉えられない。爆発音を聞きつけて集まる騎士たちの合間を潜り抜けて、その場を脱した。
さて、脱出に成功した僕は、大いに後悔した。
なんてことはない、最初からこうすればよかった。
つまり、だ。リアの治癒魔術の「反動」で、魔法陣の部屋を攻撃すればよかったんだ。あれくらい大きな建物なら、リアはエメラルドによる制御で狙いを定めることができた。実際、トゥリオを治癒する際にまさにそれをやってのけた。
それを、最初からやればよかったのに、どうして思いつかなかったのだろう。
やはり「治癒魔術」という名前が悪いのだろうか。
「ご苦労だったな」
それから一時間後に、僕は王都の大聖堂から、宇宙港内の仮設司令部に戻ってきた。
「はっ、破壊は成功しましたが、作戦自体は失敗でした」
「失敗ともいえまい。確かに最初からリア殿の治癒魔術を使えば、トゥリオも痛い目にあうことなく成功していたというのは認めるが、それで得難いものを得た」
「どういうことです?」
「あの二人の魔法使いと、話せばわかる」
そう、ボルディーガ中将は言うが、言ってるいまが分からないなぁ。
まあ、こんな能天気な上層部ばかりだから、二年前にあの大敗北を喫したわけなのだろうが。
「いずれにせよ、我々の関与を悟られずにあの魔法陣を消し飛ばすことに成功したわけだ。ドローンからも、その破壊を確認できた。ともかく、今回はご苦労だったな」
「あの中将閣下」
「なんだ」
「一つだけ、懸念点があるのですが」
「懸念点?」
「僕は何度か銃を撃ちました。あれで、我々の関与がばれませんかね?」
「薄々は気づいただろうな。が、こちらは知らぬ存ぜぬを通す。だいたい、我々が本気を出せば王宮ごと吹き飛ばすことすら可能だと知っているのに、わざわざ魔法という手段を中心に頼った辺り、我々が関与したと断言することはできないだろう。まあ、この先は司令部の仕事だ。任せておけ」
などとあっさりと返す中将閣下だが、僕はちょっと心配だ。
「かんぱーい!」
で、トゥリオと僕、そしてリアの三人は、宇宙港の街中にできたばかりのファミレスでひっそりと作戦成功の宴を開く。
「最後は、私の治癒魔術のおかげであったな。あれのおかげでそなたの腕も治り、しかもそのついでに魔法陣を吹き飛ばすことができたというものだ」
「いやあ、リアには感謝しかないな。俺も腕を吹き飛ばされた時、どうなるかと思ったぞ」
この二人の会話からは、最初から治癒魔術を使えば良かったんじゃないかと、そこまでは思いついていないようだ。
「どっちにしても、あの大魔術師の二人は今ごろ、大目玉くらってるだろうな。大事な魔法陣を破壊された。それを直すように言われることだろうが、いくら大魔法使いといえども、そう簡単にはいくまい。ざまぁみろだ」
「そうじゃな、あの二人は魔力こそあれど、魔法を開拓するほどの知能があるとは言えぬ。魔法陣の再現は不可能だろう」
一応、二十歳と成人を迎えているトゥリオはビールを、そしてまだ十九歳のリアはオレンジジュースを片手に、今回の勝利に酔いしれている。
もっとも、後悔しているのは僕だけだ。あーあ、最初からリアの魔法だけに頼ればよかった。怪我が必要なら、僕の腕にカッターで傷をつければよかった。その程度の傷でも、戦艦アルジャジーノの街の第二階層の一部が崩落するほどの威力だった。魔法陣を破壊することくらい、容易だっただろう。
どうしてもっと早く、気づけなかったのか。
「おい、ゼノンよ、浮かない顔だな」
「そうだぜ、戦隊長様よ。なんであれほど上手くいったのに、そんなに残念そうな顔をしているんだ?」
「いや……もっと上手いことできたのではないかと、そう思ってだな」
「そんなこたあねえぜ、戦隊長様よ。俺たちが全身全霊で持てる魔術のすべてを使って、それで得られた勝利だ。これ以上の勝ち方が、あるわけねえだろう」
そうトゥリオは言う。確かに、最良の方法ではなかったことは確かだが、トゥリオにとっては、自身も戦いに貢献できたという自負につながった。これがもし、リアの治癒魔術だけで作戦を成功させていたら、トゥリオにこれほどの満足感を与えることはできなかっただろう。
ああ、そうか。ボルディーガ中将が言っていた「得難いもの」とは、そういうことか。
つまり結果、オーライということかな。
僕はそう思うことにした。そして、ビールをグイッと飲んだ。
「ともかく、これでもう悲劇が繰り返されることはないわけだ。二人の活躍に、改めて乾杯だ」
「かんぱーい!」
浮かれすぎだな、この二人。まあ、いいか。その境遇を思えば、こうしてはしゃげる場で気を紛らわさせることも大事だ。
「にしても、どうしてここでは二十歳にならぬと酒を飲んではならんのだ?」
そんな席で、いきなりリアが絡んできた。
「仕方ないだろう。若いころから酒を飲むと、脳や身体の成長に悪影響を与える恐れがあるといわれているからな」
「そうなのか? 俺は十五の頃から酒を飲んでたが、なんともないぜ。もっとも、こっちの世界に来てからしばらくの間、酒を飲ませてはくれなかったがな」
「そうなのか?」
「そうだ。そういうのは、この王国に忠誠を誓った者のみが許されるのだと言われた。仕方なく俺は、このブランデン王国とやらに忠誠を誓う文書に署名させられた」
「……まさか、酒を飲むためにか?」
「違う! 生きるためには、どうしようもなかったんだぞ」
とは言うが、嬉しそうにビールを飲んでいるところを見ると、やっぱり酒が飲みたかっただけではないのか。
「にしても、このビールとやらは本当に美味いな。こんなに冷えて飲みやすい酒は、初めてだ」
ここもそろそろ夏に入り始めた頃だ。そりゃあビールも美味いだろう。それを横目に、恨めしそうに見るリア。
だが、リアはまだ十九歳。精密な身体測定により、あと一週間でちょうど二十歳になるという結果が出ている。あと一週間だけだ、我慢しろ、リアよ。
そんな飲み会をやったその日の夜は、相変わらずリアと共に宿舎で同じベッドで寝る。トゥリオに破壊された家にいた頃はまだベッドが広かったが、尉官以下が暮らす高層アパートでは、標準サイズのベッドは小さすぎる。
しかも、酔った上にすでにリアとはすでに交わった経験がある。プラトニックな生活など、維持できようはずがない。
熱い夜を過ごしたのは、いうまでもない。
とまあ、そんな祝勝の宴の翌日に僕は、いつも通り仮設司令部に出向く。するとそこに、困った顔でボルディーガ中将が腕を組んで座っていた。
「どうかされたのですか、中将閣下」
一応、僕は尋ねてみた。すると、大きなため息を吐きながら、ボルディーガ中将は言う。
「やっかいなことになったぞ、ベルノルト准将」
何があったのだろう。昨日はあれほど任せておけといっていたボルディーガ中将が、いきなり困り顔だ。なにか、面倒ごとになったようだ。とはいえ、当事者である以上、避けては通れない。僕は中将閣下に尋ねる。
「あの……何かあったのですか?」
その言葉を、待ってましたとばかりにボルディーガ中将は僕にこう告げる。
「つまりだ、あの魔法陣を復活させるために協力しろと、大司教と国王陛下から嘆願された。もちろん、我々の科学ではこちらの魔法というものは解明できていないと、そう断ったにもかかわらず、だ。すると、あちらは協力者を二人、送り込むから、どうにかして魔法陣の復活に尽力してほしいと、そう頼まれてしまった」
なんてことだ。破壊したら、余計に面倒なことになったじゃないか。で、案の定というか、そういう話はなぜか、僕に押し付けられる。
「と、いうことだ。今から戦艦アルジャジーノにその協力者らと共に出向いて、ヴェンツァーレ技術少佐を頼れ。以上だ」
「は、はぁ……」
今度は、僕がため息を吐く番になった。ああ、やっぱりそういうことになるのか。
「で、その協力者二名というのは、どのようなお方で?」
「そろそろこちらに来ることになっている。ええと、確か名前を知らされていたはずだが……」
手元のタブレットで、何かを検索している。そこに、ドアをノックする音が響く。
「どうぞ、お入りください」
秘書士官が、扉の向こうに現れた二人を通す。僕はその二人を見て、心臓が止まりそうになった。
それはそうだ。この二人はまさに昨日、出会っているからだ。
「あったあった、その協力者の二人だが、いずれも魔法使いで、フランチェスカ・べルリンゲン殿と、アルベルト・ボルタ殿だそうだ」
そう、まさに昨日僕が戦った、あの炎の使い手と、雷の使い手だ。忘れるはずはない。が、あちらはこちらに気付いているのかいないのか、こう切り出してきた。
「大司教猊下と、国王陛下の御命令により、あの魔法陣を修復することとなった。ベルノルト准将殿、案内を頼む」
よりにもよって、昨日戦った相手を連れて、僕は宇宙に出ることになった。




