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#12 破壊作戦

「で、私もトゥリオと組むことになったと、そういうわけか」


 リアは不機嫌そうに答える。それはそうだな、せっかくの住まいを、こいつのおかげで破壊された。穏やかでいられるはずがない。

 とはいえ、トゥリオ自身はリアに感謝している。あの左手を、その場で治癒した。それがなければやつは二度と、魔術を使うことはできなかった。それに今は、リアを殺す理由がない。


「ボルディーガ中将によれば、トゥリオは軍によって殺されたことになっているらしい。少なくとも、王国にはそう回答したと聞いた。よって、ブランデン王国内でお前は死んだことになっている」

「でなければ、俺があの魔法陣を破壊することなどできないだろう。死んだことにしておけば、やつらは油断する」

「一つ、お前に聞いていいか」

「なんだ」

「お前の魔術は、左手から出すストレンジ物質による破壊魔術だ。だが、どうしてそれが暗殺者(アサシン)につながるんだ? そんな派手な魔法を使ったら、暗殺どころではないだろう」

「あれは大した魔術ではない。俺にはもう一つ、強力な魔術を持っている。それは気配を消す魔術だ」

「もしかして、認識阻害のことか?」

「そんな甘いものではない。完全に姿を消すことができる」


 姿を消すって、それって認識阻害以上の効果があるというのか?

 と思ったが、次の瞬間、トゥリオの姿が消えた。


「おい、本当に消えたぞ」

「そうだ。認識阻害は、姿までは消えない。注視されればその姿を見破られる。が、暗殺者のそれは認識阻害をはるかに上回る、まさに姿そのものを消せる技だ」


 リアと、二人の目をもってしてもその姿が分からない。となれば、頼りになるのは視覚以外ということになるのか。

 音も匂いも消しているようだから、聴覚も嗅覚も頼りにならない。視覚、聴覚、嗅覚以外の感覚となれば、味覚と触覚か。

 味覚で相手を感じることは出来ない。かといって触覚では……感じたその時は、もはや殺されてるな。

 などと考えてるその時だ、僕は喉元に、何かを突きつけられる感覚を覚える。

 その直後、ギラリと不気味に光るナイフが、僕のその喉元に現れた。

 背後に立つトゥリオが、言った。


「さすがは、『持っている』者だな」


 そう呟くトゥリオの脇腹に、僕の拳銃の銃口が向けられている。

 そう、不思議と背後に何かを感じた。殺気のようなその感じで、僕は不意に銃口を向けていたのだ。


「もしも俺が凶行に及んでいたら、俺は確実に撃たれていたな」


 どうやら、銃のことは知っているらしい。もちろん、その威力もだ。


「リアのやつが夢中になるわけだ。もしも戦隊長様が我々の世界に生まれていたなら、俺やリアを超える強大な魔法使いになれただろう」

「そうだ。今も差し違えていたら、間違いなくゼノンの方が早く動いていた。つまり、負けていたのはトゥリオの方だな」

「やれやれ、リア、お前、相当惚れてるな、この戦隊長様に」


 なんの会話をしているのか、さっぱりだな。だが、僕の周囲に流れるエーテルとやらは、相当に特殊な流れをしているとみえる。当の本人にその自覚がないのが残念だ。


「……で、今日は殺されに来たわけではない。例の大聖堂にあるという、その魔法陣を破壊すべく、作戦を立てに来た」

「もちろん、俺もそのつもりだよ、戦隊長様」

「おい、暗殺者、ちょっと失礼な物言いじゃないか?」

「俺は礼儀というものを学んだことがないんでね。あちらの世界でも、手を汚す仕事ばかりを受け持ってきた」

「……やれやれ、無礼なやつが仲間になったものだ。まったく、これではヴェロニカ王国の出身者が皆、無礼者ばかりだと思われてしまう」


 うーん、それはトゥリオだけでなく、リアも人のことを言えないのではないか。僕が出会った異世界人は二人で、その二人ともが図々しく、しかもおっかない。

 他の異世界人も、そんな感じなのだろうか?

 ともかく僕ら三人は、作戦を立てる。


「問題は、その大聖堂だな。我々の武器を使えば、建物ごと破壊することは簡単だ」

「なんだ、ならそうすればいいじゃないか」

「そうはいかない。そんなことをすれば、我々がやったことが明白で、ブランデン王国との関係が険悪になってしまう」

「……変なやつだな。だったらいっそ、手出ししなければいいじゃないか」

「お前、家族を向こうの世界に残しているんだろう? その悲劇を、繰り返したいのか」


 僕がそう、トゥリオに言う。その瞬間、トゥリオが黙り込む。

 しばらく、かみしめたような表情を見せるが、ゆっくりと口を開いた。


「……両親に、弟と妹がいた。もう、二度と会うことができない。正直、それが悔しい」

「そういう人物を、あの大聖堂は何人も作り出している。しかもだ、魔術を持たない者が召喚されたら、その度に消しているというではないか。そんな惨劇を、さすがに放置はできない」

「だから俺の力がいる、と?」

「そうだ。この王国内にある力でそれを成し遂げれば、我々の関与が疑われることはない」

「とはいえ、お前が関わるのだろう? 結局、関与しているじゃないか」

「最小限度だ。まったく無策というわけにもいかないから作戦立案もするし、偵察もしている。その上で、その魔法陣だけをどう破壊するかが問題だ」

「で、具体的にどうするんだ?」

「まずは、これを見てくれ」


 僕は紙を広げる。ドローンや衛星写真を組み合わせた、大聖堂の地図だ。可能な限り、中の構造も描かれている。


「大聖堂は、王宮の敷地の隣に建てられている。ぐるりと塀で囲まれており、門は常に開かれている。が、魔法陣のある部屋は、大聖堂内のホールのさらに奥にあり、そこへの道は扉で閉ざされている」

「俺も、二度ほど立ち入ったことがあるな。一度目は、ここに召喚された時。そして二度目はその場所へ司祭と共に連れてこられた時だ」

「なぜ、司祭と?」

「この魔法陣を通って、元の世界に帰ることはできない。ただ、それを告げるためだけに呼び出された。その時は、リアも含めて五、六人ほどが同じ話を聞かされたな」

「そんなことがあったな。だからここで骨をうずめる覚悟をせよと、そう司祭から迫られた覚えがある」


 なんて残酷なやつだ。そんな残酷なことを魔法を使えるやつの前で告げたら、発狂して攻撃するやつが出てくるんじゃないのか?


「その時、アリアのやつが泣き叫んだんだよな」

「当然だろう。家族とはもう会えないと知れば、穏やかでいられないのが当然だ」

「それで司祭を殺そうとして、その結果、二大魔導師に殺されたんだったな」


 えっ、殺された? 貴重な魔法使いなのに、殺すこともあるんだ。


「魔法使い相手に、どうやって殺したというんだ?」

「だから、強烈に強い魔法使いが二人、その大聖堂を護っているんだ。一人は炎の魔導師、フランチェスカ・ベルリンゲン。そしてもう一人が雷の使い手で、アルベルト・ボルタだ」

「その二人も、異世界人なのだろう。どうしてその二人が、その忌まわしき魔法陣を護る司祭を助けるようなことをしたんだ」

「この二人は強力な魔力だけでなく、あっちの世界にも未練がない。しかもこちらに来て、それなりの地位と権力を得た。だからこそ、厄介な相手だ」


 なんと、強力な魔導師が護衛に当たっているらしいという情報が出てきたぞ。確かに、ドローンの調査でもそこに人の気配が二人いることが分かっている。ただの護衛会と思いきや、最強クラスの魔法使いが番人をしているとか。


「だが、暗殺人のあの消える魔術ならば、突破できるのではないか?」

「どうだろうな。あれほどの魔術の使い手となると、いくら姿を消しても気配を察知されてしまうかもしれない。現に、何の魔法訓練を受けたことのないお前が、俺の気配を察知したくらいだ。やつらともなればエーテルの流れを見て見破る」


 厄介なことをまた一つ、聞いてしまった。つまり、あの魔法陣に達するには、その二人をどうにかして気を逸らさなければならないということになる。


「いざとなれば、俺の破壊魔術でやつらを攻撃する」

「勝てる見込みは、あるのか?」

「いや、正直言って、難しい。奇襲が上手くいけば倒せるだろうが、刺し違えたなら確実に負ける。紙一重の戦いに、鳴だろうな」


 暗殺者という名前のわりに、頼りないことを言ってくれる。やはり僕も出向いて、銃で援護をするしかないか。多少、我々側の痕跡を残すことになるだろうが、侵入者を追っていて撃った、ということにすれば拳銃痕くらいならばごまかせる。


「ところでリアよ、ずっと不思議に思っていることがあるのだが」

「なんだ?」

「認識阻害にせよ、あの姿を消す魔術にせよ、治癒魔術と違って『反動』らしきものが起きている様子がない。これはどういうことなんだ?」

「ああ、簡単だ。この魔術はエーテルのみを用いた魔術だからな。この世界であっても、副作用はない」


 そういう魔術もあるのか。というか、攻撃魔法もエーテルを利用していると言ってたな。ということは、僕ももしかしたら認識阻害くらいは体得することが……いや、やめておこう。そんなものを今さら覚えたところで、大道芸くらいしか使い道がなさそうだ。


 ともかく、具体的な策もないまま、大聖堂へ突入することとなった。その日の夕方に、ホールに人がいないことをドローンで確認しつつ、潜入する。

 見張りが立っていたが、トゥリオはあの姿を消す魔術で、そして僕はリアの認識阻害によって侵入に成功。大聖堂奥の魔法陣のある部屋につながる扉に、たどり着く。


「さてと、後は鍵をぶっ壊して……」

「いや、ちょっと待て。もっといい道具がある」


 僕はとある仕掛けを取り出した。南京錠ぐらいなら、簡単に開けてしまう代物だ。それを鍵穴に挟みこむ。

 カチャッと音を立てて、南京錠をあっさりと解錠する。これなら、痕跡を残すことなく内部に侵入が可能だ。

 黒づくめの服で、僕とリアが中を覗き込む。無線機からはドローンで監視する者から、内部の状況を知らせてくれる。


『戦隊長のいる場所から通路沿い、およそ三十メートル先に熱源二つを確認、護衛の者と思われます』


 そうドローンの観測結果が報告されるが、僕の目前にはなにも見当たらない。

 いや、姿は見えないが、ものすごい殺気のようなものをビシビシと感じる。

 これは、認識阻害か何かで、二人の強大な魔導師が姿を消しているということのようだ。


「何か、仕掛けてくるぞ」


 リアがそう呟く。トゥリオは姿を消し、通路に飛び込んでいく。僕は手元のモニターを眺めると、赤外線センサーによる結果が、それを示している。

 その赤外線センサーが捉える熱源の一つから、強大な熱量が発せられる。


「まずいっ」


 僕は腰のシールドのスイッチを押す。目前より猛烈な炎の球が迫ってきた。シールドが、それをはじき返す。


「どこのネズミかは知らんが、私の魔導をはじき返すとはな」


 男の声が聞こえる。が、次の瞬間、さらにもう一発、強烈なものが飛んでくる。

 シールドは張りっぱなしだ。電撃と思しき青い一撃をも、それが跳ね返してくれた。


「まったくだ。しかし、エーテルに我々の魔術をはじき返す力などあったか?」


 もう一人の声が聞こえてきた。さっきの炎といい、二発目の電撃といい、事前情報通りだな。

 つまり、炎と雷の使い手が、この場を護るためにいるということだ。

 トゥリオは今、どこに潜んでいるのか分からない。ドローンの熱源探知でも、トゥリオが捉えられない。どこかで息をひそめ、まさにあの護衛の魔法使いを虎視眈々と狙っているようだ。

 だが、勝てるのか、あんな隙のない魔法使いを相手に。

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