#1 治癒
「着地、周囲に危険物なし。ハッチ開きます」
僕はゼイン・ベルノルト。二十七歳で、階級は准将。百隻の戦隊長をしている。
二十代で将官とは出世したものだと思われがちだが、これは正確に言えば「押し付けられた」身分だ。二年前の戦闘で我が地球五〇五遠征艦隊は、約二千隻を失うという大失態をし、連盟軍に敗北。その結果、艦の補充や人員はどうにか集まったものの、百隻ごとに分けられた各戦隊を指揮するための戦隊長が足りない。
そこで、どういう基準か分からないが、士官の中で何人かが戦隊長候補として選ばれた。僕もその一人で、たった一年で砲撃手の中尉から一気に准将にまで昇進させられる。
で、そんな即席戦隊長率いる百隻の戦隊が、新たに発見された地球一一〇一の先発調査隊として、派遣されることになった。が、連盟軍の侵入に備えるため、大半の艦艇は軌道上に残している。このため、地上の調査を戦隊長自らが指揮しなければならないという事態に陥った。
「パイロットはこの場にて待機、他の四名は、僕と共に調査に向かう。全員、降機せよ」
「了!」
僕を含め、五人が夕暮れ時の地上に降り立った哨戒機から降機する。ハッチが閉じられ、五人は近場の木陰に集まり、円陣を組む。
「各自、装備の最終チェック」
皆、僕に拳銃、携帯シールド、そして取り付ける観測機器を見せる。それを確認すると、僕は即座に行動に入る。
「この先、十キロほど東に大きな城塞都市があることは分かっている。その住人との接触の前に、この星の気象状態を把握する必要がある。よって、観測機器をできうる限り広い場所に設置せよ。では、作戦開始だ」
そう僕が号令すると、四人は敬礼し、素早く行動に入る。彼らは陸戦部隊であり、レンジャー訓練の経験もあるそれに対し僕は、ただの砲撃手だった。ゆえに、それほど素早くは動けない。
このため、近場の木々に観測機器を設置することにした。木の枝に、ブロック状の機器を括り付ける。ただそれだけの作業ではあるのだが、この機器から得られる気温、気圧、風速、光量などのデータから、この周辺の気候状態を把握することができる。
ただ、制服一枚姿でも寒さを感じない。少なくとも、寒冷期というわけではなさそうだ。この星の軌道計算上からは、この場所はちょうど春から夏にかけての季節に当たる。
まずは気象データを収集し、それに伴ってこの星に持ち込む種子を選別する。簡単に言えば、我々がこの星に常駐することとなれば、その分、食糧の増産が必要となる。そのために我が連合側には寒冷期用から温暖期用にかけて、様々な種類の食用作物の種子が用意されている。それをこの星にもたらし、我が連合に加わってもらうための交渉材料とする。また食糧の増産は、人口増加をもたらすだろう。
この宇宙には、正確には銀河系の端の一万四千光年の円状の領域には、人が住む星、地球が一千個以上、見つかっている。
これを我が宇宙統一連合、通称「連合」側が見つけるか、あるいは敵方である銀河解放連盟、通称「連盟」が見つけるかで、どちら側の星になるかが決まる。
いずれ地球一一〇一と呼ばれるこの星を連合側につけるため、我々はこの星に降り立った。四百年もの長きに渡り続くこの二つの陣営の戦いは、もはやその目的も失いつつあるが、それでも我が地球五〇五の属する連合側のため、我々はこの星を味方とするための第一歩を踏み出した。
さて、そんなことを思いながら観測機器を取り付けていると、どこからか声が聞こえる。
「おい、さっさとしろ!」
人の声だ。それも、僕らと同じ言語、統一語と呼ばれる言語を話せる人物のようだ。が、何やら口調が荒々しい。僕はその声のする方向へ向かってみた。
すると、男が五、六人ほど。その真ん中に娘が一人、いる。首輪をつけられ、その集団の頭領と思われるがたいの大きな人物に、その首輪から伸びるロープを握られているようだ。
事情は、分からない。が、あの娘、どうやら囚われの身のようだ。
「ようし、これで全員、終わったな」
頭領らしき人物がそう告げると、持っていたロープを引く。いきなり首を引っ張られ、座っていた娘は立ち上がる。
「うっ……」
何をさせたのかは分からないが、ともかく、彼女が囚われの身であることは間違いない。となれば、救い出さねば。
僕は思わず、単独行動に出る。
「その娘を解放しろ。さもなくば、攻撃する」
僕はその五、六人の集団に銃を向ける。が、やつらは僕を見るなり、こう叫ぶ。
「なんだぁ、お前は? そんなちんけな道具を向けて、俺たち山賊を脅せるとでも思ったのかぁ?」
ゲラゲラと笑い声が聞こえる。すると、手下の一人が僕の方に近づいてきた。山賊だといっていたが、僕を襲い、金目の物を奪おうというのか。
そうか、この星では銃というものを知らないようだ。それじゃあ、脅しにならないな。
「これ以上動くと、連合軍規に則り、不用意に拘束された人物の解放のため、武器の使用を行わざるを得ない。やめるなら、今のうちだ」
とは言ったものの、彼らはこの拳銃を恐れない。もう一人の男も立ち上がり、僕の方へそろりそろりと近づいてきた。
警告はした。相手は聞かなかった。となれば、やることは一つだ。
僕は、拳銃の引き金を引く。
バンッという音と共に、大き目の青白いビーム光が放たれる。少し銃の出力を上げておいた。一つのカードリッジで撃てる弾数は減るが、その分、威力は上がる。それは最初に迫ってきた男の右腕の肩に当たり、その右腕ごと吹き飛ばした。
一瞬、彼らは何が起きたのか、理解できなかった。が、ものの数秒の内に、顔色が真っ青になる。僕はその銃口を、ロープを持ったその頭領に向けた。
「次は警告なしで、その頭を狙う。それが嫌なら、直ちにその娘を解放しろ」
と、その時、僕の両側に銃声を聞きつけてやってきた部下が四名、現れる。皆、僕と同様に銃を構える。それを見た山賊の頭領たちは青ざめた顔で、叫びながら逃げ始める。
「うわあああぁっ! じょ、冗談じゃねえ!」
頭領は持っていたロープを手放し、その場を逃げ出す。残る数名の手下も、同様にその場を逃げ出した。
「曹長、彼女の拘束具を破壊せよ」
僕は脇にいた一人に指示すると、彼は残されたその娘に近寄る。怯えた顔の娘だが、その部下は彼女にこう告げる。
「今から、君を自由にする。ちょっと大きな音を出すが、我慢してくれ」
そう言って、銃を一撃、首輪のカギの部分を撃つ。その首輪がぽろっと取れて、彼女はその瞬間、自由になった。
「これであなたは自由だ。どこか、帰る宛てはあるか?」
僕は、自由になったその娘に尋ねる。が、彼女は首を横に振る。つまり、帰る宛てはない、ということか。それは彼女自身の言葉でも語られる。
「私、両親、家族、いない。だから、帰るところはない」
統一語を話してはいるが、片言だ。おそらく、他国から連れてこられたのだろうな。それを聞いた僕は、こう答える。
「ならば、我々が保護するが、それでいいか?」
「主人が、変わっただけ。構わない」
そう言いながら、やや栄養状態の悪そうなその身体をゆらりと揺らしながら、こちらに向かって歩き出す。
さて、逃げ出した山賊だが、一人だけまだ逃げ出していないやつがいる。
そう、先ほど右腕を吹き飛ばしたあの男だ。
「おお、お願いだから、い、命だけは……」
腕を失い、さらに腰が抜けて動けないようだ。仲間には見捨てられて、何とも哀れなやつだ。僕はそいつにこう言った。
「殺しはしない。我々も目的を果たした。このまま、この娘を連れて撤収する」
そう男に告げるが、その娘がこう言い出す。
「待って」
娘は、男に近づく。まさか、この男にこれまでの復讐をしようとしているのか? この山賊と彼女との間に何があったのかは、この時点では全く把握していなかったが、どう考えても恨みこそあれど、感謝することはないはずだ。
と思っていたが、この娘は想像の逆の行動をする。
それは、我々の予想を超える行動だった。
「ヒール」
何やらひと言、娘がそう唱えると、その娘の両手から緑色の光の球が現れる。そして、次に起きた事象に僕らはその目を疑う。
まるで巻き戻しの映像のように、右腕が男の肩へと戻っていく。周辺に散らばった血飛沫ごと、その腕は肩に寄せ集められて元の形を取り戻す。
気づけば、男は元通りの腕を取り戻していた。
僕は、この娘に尋ねる。
「どういう事情があったかは知らないが、この連中に、酷い扱いを受けていたのではないのか?」
それに対し、彼女はたどたどしい言葉でこう答える。
「酷い、人たち。恨み、ある。だけど、この人たちいないと、私、生きては、いけなかった。この人、殺さないなら、その腕、治さないと、この先、哀れだ」
それを聞いた、その腕が治ったその山賊の手下は、慌ててその場から逃げていった。残されたのは、娘と、異星から来た僕ら男が五人だけである。
「僕は地球五〇五という星から来た、戦隊長のゼイン・ベルノルト准将だ。空を飛ぶ哨戒機という航空機を指揮して、この星の調査のためやってきた」
星から来たといわれたところで、何のことかと思うだろう。おまけに、元々は我々とは違う言語を話していたようで、片言でこう答える。
「私の名、リア。ブランデン王国に滅ぼされた、ヴェロニカ王国出身の治癒魔術師。家族も故郷も、ない」
どうやら滅ぼされた国の者のようだ。だから流浪か何かで、あの山賊に囚われたのだろう。いや、そんなことよりも聞き捨てならないことを口走っていたぞ、この娘。
今、治癒魔術師といった。魔法の類が存在する星は幾つもあるが、治癒の魔法というのは、この宇宙では聞いたことがない。人は一度怪我をすれば、それを瞬時に治す方法はない、というのがこの宇宙での常識だ。ましてや、銃で撃たれた腕が、元に戻ることは最新医学を使ってもありえない。
が、今、この娘は確かにバラバラに吹き飛んだあの腕を治した。それも瞬く間に元通りにした。
この世に、治癒魔法などというものが存在したのか?
地上の調査に降り立った僕は、とんでもない「魔法」の使い手を見つけてしまった。




