第9話 勇者一行との激突
広場に、緊張が張りつめていた。
勇者レオンの聖剣が光を放ち、村人たちが息を呑む。
俺の背後では、アリシアが剣を抜き、ガイウスが槍を構え、ミリアが祈りの言葉を紡ぎ始めていた。
黒竜は唸り声をあげ、地面に爪を突き立てる。
「……ここで戦うのか」
俺は小さく呟いた。
レオンは不敵に笑う。
「戦うしかないだろう? お前が俺の元に戻るまでな」
「……話にならんな」
次の瞬間、レオンが動いた。
聖剣から閃光が走り、俺の眼前に迫る。
その速さ、かつて俺が補助で支えていた頃と同じ――いや、それ以上だ。
「カイルッ!」
アリシアが飛び込む。
剣と聖剣がぶつかり、火花が散った。
「やるな、騎士崩れ!」
「私は崩れてなどいない!」
激しい剣戟。アリシアは防戦に回りながらも、冷静に隙を探していた。
俺はすぐさま補助を重ねる。
〈支援:脚〉――踏み込みを速める。
〈支援:腕〉――斬撃の重さを増す。
〈支援:視〉――視界を広げ、死角を消す。
アリシアの剣筋が鋭さを増し、レオンの眉がひそめられる。
「ちっ、やはりお前の補助が……!」
その背後で、槍使いギルが吼えながら突撃してきた。
「カイルを引きずり戻すのは俺の役目だ!」
だが、ガイウスが立ち塞がる。
「竜騎士をなめるな!」
槍と槍がぶつかり、火花が散った。
力では互角。だが俺の補助がガイウスの全身を包む。
〈支援:連〉――動きの連携を強化。
〈支援:心〉――集中力を極限まで高める。
ガイウスの動きが変わった。槍が風のように滑り、相手の攻撃をことごとく受け流す。
ギルが苛立ちを露わにした。
「なぜだ! 俺の方が速いはず……!」
「違う。俺の主がいる限り、俺は止まらん!」
黒竜が咆哮を上げ、村全体が震えた。
その衝撃で勇者一行の足並みが乱れる。
「くっ……ミーナ!」
レオンが叫ぶと、僧侶ミーナが癒しの光を放った。
彼女の祈りは健在で、仲間たちの傷を瞬時に癒やす。
だが、その光に重なるように、ミリアが祈りを響かせた。
「〈聖光重奏〉……!」
村全体を包む神聖な光が広がり、勇者一行の祈りを打ち消していく。
ミーナが顔を青ざめさせ、後ずさった。
「な、なんなの……この力……!」
「神の加護は、裏切りの上には降りません」
ミリアの声は澄んでいた。
魔導士エルドが焦ったように詠唱を始めた。
「〈フレアランス〉!」
火球が雨のように降り注ぐ。
俺はすぐに防御陣を展開する。
〈展開:盾陣〉
光の壁が広がり、炎を弾き飛ばす。
爆音と熱風が広場を駆け抜け、村人たちが悲鳴を上げた。
しかし誰一人、傷ついてはいなかった。
「……バカな。あの補助は防御にまで……!」
エルドが蒼白になる。
俺は静かに杖を構え直した。
「お前たちには分からないだろう。補助魔法は“地味”じゃない。誰かを生かし、誰かを守る――それが本当の力だ」
レオンが歯ぎしりをした。
「黙れ! お前は俺の影であるべきなんだ!」
「影でいるつもりはない。俺は俺の仲間と共に歩く」
アリシアが踏み込み、剣を閃かせた。
ガイウスが槍を突き出し、黒竜が咆哮で広場を揺らす。
ミリアの祈りがすべてを包み、俺の補助がそれらを一つに束ねた。
勇者一行が圧倒される。
かつて俺を追放した彼らが、今や一歩も動けない。
「ば、馬鹿な……!」
レオンが叫んだ。
「お前は無能だったはずだ……俺が切り捨てた存在だ……!」
「そうだな。お前にとって俺は無能だった」
俺は静かに言った。
「でも俺を必要とする仲間がいる。だから俺は、ここで最強だ」
その瞬間、アリシアの剣がレオンの聖剣を弾き飛ばした。
聖剣が地面に突き刺さり、衝撃でレオンが膝をつく。
「レオン……!」
仲間たちが駆け寄る。
広場に沈黙が落ちた。
村人たちの視線が俺に集まる。
――誰もが理解した。
勇者一行は、補助術師に完敗したのだと。
レオンは顔を歪め、唇を噛みしめた。
「……覚えていろ。次は必ず――」
そう吐き捨てると、勇者一行は退いていった。
彼らの背が森に消えた瞬間、村人たちから大歓声が上がった。
「勝った! 勇者に勝ったぞ!」
「補助魔法の兄ちゃんが勇者を倒した!」
俺は頭を抱えた。
「いや、倒してはいない。追い返しただけだ」
そう言っても、歓声は止まらなかった。
アリシアが剣を収め、俺に笑みを向ける。
「お前はもう“追放された補助術師”じゃない。村の英雄だ」
ミリアが祈りを終え、優しく頷く。
「貴方は皆を守る光です」
ガイウスが槍を突き立て、黒竜が誇らしげに咆哮した。
――勇者一行との再会は、俺が過去を越えた証だった。
けれど同時に、確信した。
勇者も魔王軍残党も、このまま引き下がることはない。
次に来る戦いは、もっと大きく、もっと苛烈になる。
「……やれやれ。静かに暮らしたいだけなのにな」
空を見上げる。
雲の切れ間から、月が俺を照らしていた。