第8話 勇者一行との再会
魔王軍残党との戦いから数日。
村はようやく落ち着きを取り戻した。だが俺の胸には、不穏な影が巣食ったままだ。
――リゼル。
かつて魔王軍の四天王を名乗った男が、この村を狙った。
逃げ去ったとはいえ、次は必ず仕掛けてくる。そう思うと、背筋が冷える。
「カイル、また畑で難しい顔をしているな」
アリシアが鍬を担いで近づいてきた。
「心配性なのは悪い癖だぞ。戦いの時は誰より冷静なくせに」
「……冷静っていうか、必死なだけだ」
「その必死さに助けられた命がここにある」
彼女は胸を叩き、にやりと笑った。
そこへミリアが白い法衣を翻してやってきた。
「村の人たちがまた集会を開きたいと。リゼルの件もありますし、備えが必要だと」
「……やっぱりか」
俺たちは村の広場に向かった。
集まった村人たちの表情は、恐怖と期待が入り混じっている。
誰もが「補助魔法の兄ちゃん」にすがる目をしていた。
胸が痛んだ。
俺は英雄じゃない。ただの追放者だ。
けれど、期待を裏切るわけにもいかない。
「安心してください。俺たちが必ず守ります」
そう言うと、歓声が上がった。
アリシアが肩で笑い、ミリアが柔らかく微笑む。
そしてガイウスは無言で頷き、背後の黒竜が低く咆哮した。
――そのときだった。
「へえ。立派になったもんだな、カイル」
背筋に冷たいものが走る。
広場の入口に、見慣れた顔が立っていた。
勇者レオン。
黄金の髪、聖剣を携えた傲慢な男。
かつて俺を「無能」と切り捨てた張本人。
「な……」
村人がざわめく。
「勇者さまだ!」
「本物の勇者だ!」
レオンの後ろには、僧侶ミーナ、槍使いギル、魔導士エルド。
かつて俺と共に旅をした仲間たち。
だが、もう俺の仲間ではない。
「……何の用だ、レオン」
俺は声を押し殺した。
レオンはにやにや笑いながら広場を歩いてくる。
「噂は聞いた。追放されたはずのお前が、辺境で竜を従えたってな」
「……噂は尾ひれがつくものだ」
「いや、見りゃ分かる。あの黒竜は何だ? お前が主だって?」
レオンの声に村人たちが騒然とする。
俺は答えなかった。ただ杖を握りしめる。
「なあ、カイル」
レオンが笑みを深める。
「お前、俺たちに戻ってこい」
「…………は?」
広場が凍りついた。
村人もアリシアもミリアも、目を見開いて俺を見ている。
「どういう風の吹き回しだ」
「決まってる。お前の力が必要になったからだ」
レオンは悪びれもなく言い放つ。
「魔王軍残党が動き出してる。お前の補助魔法は確かに優秀だ。あの時は、俺が未熟で理解できなかった。だから……戻ってこい」
喉が焼けるように熱くなった。
未熟で理解できなかった? 今さら?
俺を切り捨てたときの冷たい瞳を、俺は忘れていない。
「断る」
俺は短く答えた。
レオンの笑みが引きつった。
「……何だと?」
「俺はもう、お前の仲間じゃない」
アリシアが一歩前に出る。剣を抜き、鋭く告げた。
「こいつは今や私たちの仲間だ。勇者とやらに渡すつもりはない」
ミリアも続く。
「カイル様はこの村と私たちを支える光です。二度と軽んじることは許しません」
ガイウスは無言で槍を突き立て、黒竜が低く咆哮した。
村人たちがざわめく。「補助魔法の兄ちゃんを返すな!」と叫ぶ声も上がった。
レオンの顔が醜く歪む。
「……そうか。なら力づくで取り戻すまでだ」
聖剣が抜かれ、光が広場を照らす。
かつて共に戦った仲間たちが、それぞれ武器を構える。
「カイル。お前は俺のものだ。俺の下に戻れ!」
「ふざけるな」
俺も杖を構えた。
「俺は追放された。だからもう二度と、そっちには戻らない」
――勇者一行との再会は、戦いの始まりを意味していた。