表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/20

第7話 魔王軍残党との邂逅

 宴の夜から二日後。

 辺境の村には一見、穏やかな空気が戻っていた。

 だが俺の心は落ち着かない。


 ――魔王軍の残党。


 村長が口にしたその言葉が、頭の片隅にずっとこびりついている。

 勇者パーティにいた頃、何度も耳にした名だ。

 勇者が「俺が討ち果たした」と豪語していたが……その時も心のどこかで疑っていた。

 あの傲慢な勇者が、果たして全てを滅ぼし切ったのか。


 そして、竜を襲った影。あれが偶然の魔物にしては、あまりに組織的だった。


「……カイル、また顔が険しい」

 朝の畑で鍬を振っていた俺に、アリシアが声をかける。

「考え事だ」

「村長の言葉、気にしているんだろう?」

「まあな」

「なら剣を研いでおけ。敵は待ってはくれない」


 彼女はそう言って、汗を拭う。

 傷はだいぶ癒えたが、剣を振る姿は以前よりも鋭さを増しているように見えた。

 ――やはり騎士だ。どんな逆境でも前を向く。


 その横で、聖女ミリアが祈りを捧げている。

 彼女の祈りは、村人たちの心を落ち着けるだけでなく、魔物避けの効果もあるらしい。

 村人は「神の使いが来た」と言って彼女を慕っていた。


 そしてガイウス。

 竜と共に村の外れに陣取り、黙々と鍛錬を続けている。

 かつて竜を失い絶望した男が、今は新たな忠誠を誓って槍を振るう姿。

 その光景は村人にとって心強い盾に見えているだろう。


 ……そんな仲間たちに囲まれて、俺だけが不安を募らせていた。


 *


 その日の夕暮れ。

 不穏な影が森から現れた。


 最初に見えたのは、人影。

 だが近づくにつれ、その異様さが浮かび上がる。

 角を持ち、爪を持ち、背には黒い紋様が刻まれている。


「魔族……!」


 アリシアが剣を抜き、ミリアが祈りの言葉を紡ぐ。

 ガイウスは槍を構え、黒竜が低く咆哮した。


 魔族は十体。

 だが、ただの雑兵ではない。全員が整った鎧をまとい、統率されている。


「ほう……辺境にこんな連中がいたとはな」

 先頭の魔族が口を開いた。

 背が高く、片目に傷を持つその男は、鋭い眼差しで俺たちを睨む。

「俺はリゼル。かつて魔王軍の四天王の一角だ」


 村人たちが悲鳴を上げる。

 四天王――勇者一行でも苦戦した相手。

 そんな存在が、なぜこんな辺境に……?


「なぜここに来た」

 俺は杖を構えながら問う。

 リゼルは笑った。


「決まっている。新たな主を探しているのだ」

「……主?」

「魔王が斃れた後、俺たち残党は行き場を失った。だが噂を聞いた。勇者に追放された補助術師が、竜を従えたとな」


 一瞬、空気が凍りつく。

 俺の背後でアリシアが息を呑む音が聞こえた。

 ミリアの祈りが止まり、ガイウスが槍を強く握りしめる。


「――なぜそれを」

「情報は流れるものだ。お前がただの“補助”ではないことは、既に知れ渡っている」


 リゼルは口の端を吊り上げた。

「俺たちに従え。そうすれば世界を再び揺るがす力を得られる」


「ふざけるな!」

 アリシアが剣を突きつけた。

「こいつはそんな奴じゃない!」

「へぇ、随分と庇うな。……なら力ずくで確かめてやる」


 リゼルが手を振ると、部下の魔族が一斉に動いた。

 村人たちが悲鳴を上げ、子どもが泣き叫ぶ。


 俺は杖を掲げ、叫んだ。

「全員、下がれ! 〈展開:陣〉!」


 地面に淡い光が走り、村を囲うように防御の陣が広がる。

 魔族の攻撃が陣に弾かれ、火花が散った。


「なに……!?」

 リゼルが目を細める。

「ただの補助ではない、か」


「俺は……ただの補助術師だ!」

 叫びながら、次々と式を展開する。

 〈支援:脚〉――仲間の速度を底上げ。

 〈支援:腕〉――攻撃力を増幅。

 〈支援:視〉――周囲の状況を把握。


 アリシアが光速のように踏み込み、剣で魔族を斬り伏せる。

 ガイウスが槍を振るい、黒竜の咆哮と共に敵を吹き飛ばす。

 ミリアの祈りが仲間の傷を癒し、恐怖を払う。


 俺は後方で補助を繋ぎ続ける。

 誰も倒れさせない。

 ――それが、俺の役目だ。


 だが、リゼルは余裕の笑みを崩さなかった。

「なるほど、面白い。お前の力は確かに“主”の器だ」


 彼が指を鳴らすと、背後の森からさらに魔族が現れた。

 数は二十、三十……際限なく。


「くそっ……!」

 アリシアが歯を食いしばる。

 ガイウスも槍を振りながら叫んだ。

「カイル、このままでは防ぎきれん!」


 村人たちが怯え、泣き叫ぶ。

 俺は唇を噛んだ。


 ――ここで負けたら、全てが終わる。

 勇者に追放された俺の存在も、仲間の誓いも、村の未来も。


「……やるしかないか」


 杖を地面に突き、深く息を吸う。

 補助術は、本来支えるだけの力だ。

 だが――支える対象が十分に強ければ、それは最強の矛となる。


「全員、俺に合わせろ!」


 仲間たちが振り返る。

 俺は次々に式を重ねていく。


 〈支援:心〉――動揺を消し、集中力を高める。

 〈支援:連〉――仲間同士の動きを同期させる。

 〈支援:極〉――力を一時的に引き上げる。


 光の糸が仲間を結び、まるで一つの巨大な存在のように動き始めた。

 アリシアの剣とガイウスの槍、黒竜の咆哮、ミリアの祈り――全てが合わさり、圧倒的な力となる。


「いけぇぇぇっ!」

 俺の叫びと同時に、仲間たちが突撃した。

 魔族の群れが一瞬で吹き飛び、地面に叩きつけられる。


「馬鹿な……!」

 リゼルが驚愕の声を上げる。

「ただの補助で、ここまで……!?」


「そうだ。俺は“ただの補助”だ」

 杖を構え、睨みつける。

「だが、俺を追放した勇者たちより――俺は、仲間を信じている」


 その瞬間、仲間たちの攻撃がリゼルに集中した。

 剣、槍、竜の咆哮、聖なる光。

 リゼルは防御を展開するが、光と影が交錯し、その姿は爆煙に包まれた。


 沈黙。

 煙が晴れたとき、そこにリゼルの姿はなかった。


「……逃げたか」

 ガイウスが槍を下ろす。

「四天王が相手でこれとはな。次は本気で来るぞ」

「……ああ」


 俺は杖を握りしめた。

 勝ったわけじゃない。

 これは始まりにすぎない。


 村人たちが歓声を上げ、俺たちを称える。

 だが俺の胸には、不穏な影が残っていた。


 ――勇者に追放された俺が、今度は魔王軍の標的になるのか。


 夜空を見上げる。満月は雲に隠れ、わずかな光だけが地面を照らしていた。


 この先、どんな戦いが待っているのか。

 俺にはわからない。

 けれど――もう、引き返すことはできない。


 補助術師カイルの物語は、ここから本格的に始まるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ