第3話 聖女の祈り
戦いの余韻が去り、燃え残る小屋の火を村人たちが必死に消していた。黒い煙が薄れていく空の下で、俺は杖を握りしめたまま立ち尽くしていた。
――救えたのだろうか。いや、救ったのはアリシアの剣と、村人たちの必死さだ。俺の補助は、ただの小さな支えにすぎない。
「カイル」
名を呼ばれて顔を上げると、アリシアが立っていた。肩口の包帯が血で赤く染まっている。にもかかわらず、その目は強い光を失っていなかった。
「村は助かった。だが、次はない。このままでは」
「……ああ」
そのときだった。村の入り口から、一人の女性が現れた。
白い法衣に金糸の刺繍。小柄な体に不釣り合いなほど大きな杖を持ち、静かに歩み寄ってくる。
「聖女さま……!」
村人たちがざわめき、次々に跪いた。
彼女は村人を見渡し、息を吸い込むと柔らかな声で祈りを唱えた。
淡い光が辺りを包み、焦げた空気を優しく浄化していく。火傷を負った者の肌が癒え、倒れていた子どもがゆっくりと目を開けた。
「……っ」
村人たちの涙混じりの声が広がる。
俺はただ、その光景を見守るしかなかった。
聖女――ミリアと呼ばれたその人は、最後に深く息を吐き、杖を支えにして膝を折った。
「魔力切れ……?」
俺は慌てて駆け寄り、彼女の肩を支えた。
近くで見ると、顔色は蒼白で、汗が頬を伝っている。
「ご無理を……」
「……まだ……癒やしきれて、いません……」
かすれた声。だが、その瞳には揺るぎない意志があった。
「俺に任せろ。少し休めばいい」
俺は小袋から銀粉を取り出し、彼女の胸元に式を描く。
〈支援:循〉――体内の巡りを整える補助術。農地で水脈を正すのと同じ理屈だ。
彼女の呼吸が落ち着き、頬に赤みが戻る。
「……これは……あなたの術?」
「補助術師だ。派手さはないが、体の流れを支えるくらいはできる」
ミリアは俺の顔を見つめ、ふっと微笑んだ。
「貴方のような方を、ずっと探していました」
「は?」
「祈りを支えてくれる人。私の力は強くても、必ず限界が来る。その時に、寄り添い、支えてくれる存在が必要なのです」
彼女の言葉は不思議な重みを持っていた。村人を救った光の聖女が、俺のような“役立たず”を必要としていると?
隣で聞いていたアリシアが、口の端を吊り上げた。
「どうやら、また仲間が増えるようだな」
「……勝手に決めるな」
そう言いながらも、胸の奥がわずかに熱を帯びるのを俺は誤魔化せなかった。
その日、辺境の村に“聖女ミリア”が加わった。
そして俺の静かな日々は、さらに賑やかで騒がしいものへと変わり始めていた。




