表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

第7話 実験

そのスーツの男がゆっくり顔をあげて僕の方を見たのは、その立派な門の手前5メートルくらいの所だった。

顔を見られる前に反らしたので、どんな反応をしたのか分からなかったが、その男が馬のように長い顔をしてるのだけ、目の端で確認できた。

ガバッと男が立ち上がる気配がしたが、その瞬間にはもう、僕は古く歴史を感じさせる門の脇の小さなドアから外に飛び出していた。


門の外はもう、真ん前がバス通りだ。

家の敷地内をほんの20メートルばかり走っただけで息を切らせている僕の前を、ガラガラの赤字ローカルバスがのんびり通り過ぎていった。


静かだ。いったい何だったんだろう。ゆっくり門を振り返った。

何をやってるんだ? 僕は。


さっきのスーツの男は追いかけてくる様子もない。

ましてや、「ドッキリでした」と、プラカードを持った光瀬が出てくる気配もない。

いったい何だったんだろう。そして光瀬はどうした?

僕は今出てきた小さなドアをほんの5センチばかり開けて、中を確認した。


石の上に、あの男の姿が無い。

ぐるりと庭を見渡すと、さっきの男はあの白壁の蔵の戸に貼り付いて何か必至でやっている。

どうやら鍵を開けているらしい。

ごつい南京錠のような鍵だったのかも知れない。焦った様子で手間取りながら外し終わった男がそっと蔵の引き戸に手を掛けた瞬間。

エネルギーマックスの自動ドアのようにその戸が勢いよくバンと開き、

中からもの凄い勢いで飛び出してきた人物に男は弾かれ、後ろに吹っ飛んだ。

ゴロゴロと面白いように地面を転がる。


「何? 人が入ってたの?」

呆気にとられ、つい声を漏らしてしまった。そして更に隙間にかじり付く。

男が後頭部を押さえて転がって居る間に、飛び出してきた人物は、さっき僕と光瀬が入ってきた方向を目指し、矢のように走った。いや、逃げた。まるで捕まっていた猫が飛び出すような俊敏さで。


誰だ? そして光瀬は?

僕は訳の分からないまま、そのまま頭を押さえながら立ち上がった男を見ていた。

痛そうだ。

男はキョロキョロ周囲を見回した後、さっきの人物が走り去ったのと同じ方向へ、よたよたと走っていった。

閉じこめられた人間を追う男。この構図からして、追う男が悪者に見えるのが普通だ。

捕まったらどうなるのか。逃げ切れるのか。


「やばいじゃん」

思わずそうつぶやくと、背後から声がした。

「そう、やばいよ」

ハッとして振り向くと、そこには光瀬。

「お待たせ。急いで逃げるぞ。比奈木」

「え?」

そして、その横には見知らぬ少年が立っていた。さっき蔵から飛び出してきた人物だ。

僕はその少年を見て呆気に取られた。

黒のニット帽、黄色のチェックシャツ、背格好も合わせて、まるっきり僕のコピーだ。

いや、僕がコピーなのか?


けれどもそんなことを考えている時間は無いらしい。

丁度タイミング良く滑り込んで来たタクシーをつかまえて、僕らは乗り込んだ。

光瀬は近場の駅の名を告げると後ろを振り返る。

さっきの男が悔しそうに道ばたに立って、このタクシーを睨みつけている。

後頭部をさすりながら。

「勝ったな」

光瀬が、僕のコピーのような少年のほうをみてニヤッと笑うと、少年も「ふふ」と小さく笑い返した。


「どういう事だよ、光瀬。この子誰? 僕のコピーか?」

「君がコピーだ」

「やっぱりか。・・・いやそう言う事じゃないだろ」

「いいか。比奈木。そもそもトンネル効果は原子が壁を通り抜ける現象じゃないんだ」

「何の話だよ」

「トンネル効果の話しだよ」

「まだその話し生きてたの?」

僕は唖然とする。

「実験するって言っただろ?」

「実験じゃないだろ?これは全く」

間に挟まって、小柄な少年は不思議そうな表情で僕らを交互に見ている。

中学生くらいだろうか。女の子のような優しい顔立ちの子だ。同じ格好をしているせいで、なんとも落ち着かない。


「ポテンシャル障壁の手前で消えた電子と、その向こうで同時に出現した電子とが酷似してるから通り抜けたと錯覚してしまう。騙されるわけだよ、比奈木」

「だから何」

「だからさ、さっきの男もこの子とそっくりなお前を見て、この子が壁を抜け出したのかと思い、確認のために鍵を開けたんだな。騙された訳だよ」

「それはもはやトンネル効果実験でも何でもない。ただの心理作戦だ。それに、今僕が聞きたいのはそんな事じゃない」

「え? そんな事?」

光瀬はキョトンとする。

「なぜだ比奈木。トンネル効果は重要だぞ。何せ、お前が一番知りたいと思ってる宇宙創生の鍵を握ってる現象だぞ? トンネル効果が働かなかったら、宇宙は誕生していない」

「そんなことは知ってるよ。それ以上訳わからないことを言うと、分子レベルまで分解するぞ。僕が知りたいのは、これが何のイベントで、この子は誰なんだ、ってことだ」


僕が大声で言うと、僕らに挟まれた少年は、恥ずかしそうな表情を作ると、改まった口調で小さく答えた。

「お騒がせしました。ぼくは生田宇宙そらといいます。宇宙と書いて、ソラと読みます」


なるほど。トンネル効果で、宇宙がが生まれたって訳か。だから・・・なんだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ