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第4話 乗せられる

量子論は、アインシュタインが完成させた相対性理論と並び称される物理学界の二本柱の一つだ。

相対性理論は僕らのいるマクロの世界でも通用する物理感だが、原子の内側のミクロな世界は力学が全く異なり通用しない。

マクロの世界では想像もつかない光や電子の振る舞いを正確に理解するための記述法を量子論という。


とにかくミクロの世界は僕らの常識を遙かに越えたとてつもなく不思議なルールを持っている。

けれどもその不思議な振る舞いを解読することが、宇宙の創生の謎を解く鍵になる。

ミクロの世界を探ることは、このとてつもなく馬鹿でかい宇宙の謎を解くことにつながるわけだ。

僕の興味がなびかない分けない。

しかし、アインシュタインが嫌った量子の不確定さは、やはり難解だ。


たとえば、「観察する」。ただそれだけのことが粒子の状態に影響を及ぼしてしまい、位置と運動を同時に確定できない。「確率」としてそこに存在する。まるで幽霊のように。

人間に観察されて初めて完全な現象と認められるわけだ。

それ以前はなんの情報も持たないと言う。

それで「よし」となっている。


「結局アインシュタインの判定負けだったな」

光瀬は、表情を変えずにつまらなさそうに言った。

いつの間にか地下鉄の入り口まで来ていた僕らは、明るい太陽の光の届かない、地下への階段を降りていった。


「アインシュタインは負けてなんかないさ。決定的な欠陥を見つけられなかっただけで」

「それを負けって言うんだよ。きっとアインシュタインだって、この現代に生きていたら量子論の恩恵に預かった携帯電話を使ってるはずだよ」

光瀬はほんの少し笑った。

僕の中でカチンと音がする。

いや、待て。ペースにはまるな。いつだってそうなんだ。

こいつは僕が熱くなるポイントを知っている。


「別にいいじゃないか。僕らだって、あんな鉄の塊が飛ぶなんて可笑しいと思いながら、飛行機に乗ってるよ」

「ほんとうだ」

また光瀬は楽しそうに笑う。

僕らは切符の販売機の前に並んだ。


「アインシュタインはやっぱり偉大だよ。量子論だって、元を正せば彼の“光量子仮説”のお陰で構築されたんだろ。ただ、あの曖昧さが嫌いだっただけで」

僕は続けた。

「彼の相対性理論はとても完結で美しいじゃない。E=mcの二乗なんて関係式は惚れ惚れするほどだよ。宇宙の法則は、実はとても単純で美しい物だと思うんだ」

「比奈木は、アインシュタインを超えてみたい?」

「まさか」

「彼が完成させられなかった大統一論を完成させてみたい?」

「僕は凡人だから」

「野心も向学心もないな」

「いいんだ。僕はただ、見たかっただけなんだ。彼が感じた光。彼の中で変化する時間。彼が思う時空。人はどんな風にそんな思考を持てるのか、興味があったんだ。少しでも近づきたいって思った」

「好きなアイドルに憧れてオーディション受けるのと一緒だな」

光瀬がぽそりと言ったが聞こえない振りをした。


「これが全てです、もう、新たな発見はありません、って言われたニュートン力学をさ、ひっくり返すんだアインシュタインは。全てが相対的である世の中で、唯一絶対的な物を見つけたんだ。光の速さだよね。その光速が絶対であるが故に、時間のほうが伸び縮するってことを発見したんだ。普通思うか? 絶対的だと思われてた時間が、変動する物だって思いつくか? 僕さ、思うんだ。“これが正解です”って決定されていることだって、もしかしたらひっくり返せるのかもしれない。この世界にいたら、そんな瞬間に出会えるかもしれないって」

「何かをひっくり返したいのか?」

「ものの例えだよ」

「ひっくり返したいんだな」

光瀬が笑った。

「例えだ」

僕はムスッと答える。

「意思が弱いな、比奈木は」

「なんでだよ」

「宇宙物理学を専攻した理由は絶対言わないって言ってたのに」

そう言って、光瀬は、順番が回ってきた券売機にコインを入れる。


そうだった。

また乗せられた。妙に熱くて恥ずかしい動機を、うっかり喋ってしまった。

こんな動機は“好きなアイドルに憧れてオーディション受ける”のと大差ない。


順番が回ってきて、券売機の前に立った僕は「あ」と顔をあげた。

「なあ、どこまでの切符買うんだ?」

そう聞いた僕に、隣の光瀬がニコリとして買ったばかりの切符を差し出す。

「電車代、おごるよ。カップラーメンのお返し」

「お、サンキュー」

意外と気が利く。

そう思った後、ふと思い直した。


そもそも、時間がないのに無理やり僕を連れだしたのは光瀬じゃないか。

受け取った切符を眺めながら、僕はさっきの「サンキュー」を取り消したくて仕方なかった。

なんだかまた、乗せられた。


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