表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『転生したら鎧だったので、自分で動けない。なので呪われた美少女妖精に乗り込んでもらって最強を目指します』  作者: 月影 朔
第1章:忘れられたダンジョン編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/37

第9話:最初の敵、グリーンスライム

(よし、リリア。腕慣らしと行こうぜ)


「はい、アルマ!

わたくしたちの最初の共同作業ですわ!」


 俺は、再生したばかりの左腕を掲げ、静かに構えた。


 目の前では、半透明の緑色の塊……グリーンスライムが、その不定形の身体をぷるぷると揺らしている。

RPGの知識が正しければ、こいつは最弱モンスターの代名詞。いわばチュートリアルに出てくる練習台だ。


(だが、油断は禁物だ)


 ここはゲームの世界じゃない。俺たちの命がかかった現実だ。

それに、こっちはこっちで、まともに戦うのはこれが初めての、ズブの素人騎士(?)。

相手がスライムだろうと、慎重にいくに越したことはない。


「アルマ、この魔物、とても単純な霊素で構成されていますわ。

ですが、侮ってはいけません。

単純なものほど、予測のつかない動きをすることがありますから」


 リリアの冷静な声が、俺の浮つきかけた心をキュッと引き締める。


 そうだ。まずは分析からだ。敵を知り、己を知れば百戦殆うからず、ってな。


(《機構造解析》、起動!)


 俺はスライムの構造を完璧に理解し、最適な攻略法を導き出すべく、スキルを発動させた。

脳内に設計図が流れ込んでくる……はずだった。


(……え? なんだこれ……!?)


 しかし、俺の脳内に広がったのは、いつものような精密なCADデータではなかった。

ただ、ぼんやりとした緑色の輪郭が映し出されるだけ。


 解析率を示すパーセンテージは、一向に0%から動く気配がない。


(構造がない!?

設計図が描けないじゃないか!)


 そうだ。

スライムは不定形モンスター。

決まった形も、内部骨格も、複雑な回路もない。

ただのゼリー状の塊だ。


 そんなものを、物理的な構造を分析する俺のスキルで読み解けるわけがなかった。


(嘘だろ……。

解析できない……?)


 途端に、背筋が冷たくなるのを感じた。

分からない。

この敵が、何をしてくるのか。

 

 どこが弱点なのか。どうすれば倒せるのか。

何も、分からない。


「お前は、失敗作だ」


 まただ。

 脳裏で、父の幻影が嘲笑う。


(分からないまま戦えば、また失敗する……!

腕を失った時のように……!

もっと最悪なことになるかもしれない!)


 思考が、ネガティブなシミュレーションの無限ループに陥り始める。


 酸で攻撃してくるのか?

それとも物理的にまとわりついて窒息させてくるのか?

弱点はどこだ?

熱か? それとも冷気か?

あるいは核のようなものが存在するのか?


 全ての可能性を洗い出し、それぞれの対策を考え、勝率が99.9%を超える完璧な作戦を立てなければ……。


(動けない……!)


 鉄の身体が、再び鉛のように重くなる。

腕を修復し、自分のスキルの本質を理解したはずの自信が、初めて遭遇する「理解不能な敵」を前に、脆くも揺らぎ始めていた。


 俺は、スライムを前に、ただ立ちすくむことしかできなかった。


 俺の魂が恐怖で凍りつき始めたのを、リリアは即座に感じ取っていた。

しかし、今度の彼女の声は、ただ優しいだけのものではなかった。


「アルマッ!

何をためらっているのですか!」


(!)


 それは、凛とした、厳しい叱咤の声だった。


「完璧な計画など、待っていたら日が暮れてしまいますわ!

敵は、あなたが分析を終えるのを親切に待ってはくれませんのよ!」


 リリアの言葉が、俺の心の枷をガツンと殴りつける。


「それに、忘れてしまいましたの!?

失敗したら、また分析すればよいではありませんか!

わたくしたちの戦い方は、そう決めたばかりでしょう!?」


(……ああ。そう、だったな)


 そうだ。

失敗は終わりじゃない。

次のためのデータだ。


 さっき、自分自身でたどり着いたはずの答えじゃないか。

なんてザマだ、俺は。

たった一体のスライムを前にして、また臆病風に吹かれていた。


(やってみないと、データも取れない……。

悪かった、リリア。

ちょっと、ビビってた)


「分かればよろしいのです。

さあ、アルマ!

まずは一発、ご挨拶と参りましょう!」


 リリアの力強い声に背中を押され、俺はついに覚悟を決めた。


 完璧な計画は、ない。

なら、今できる最善を、一つずつ試していくまでだ。


(よし!

まずは仮説①、物理攻撃の有効性検証だ!)


 不定形の相手なら、斬るより殴る方が衝撃が伝わりやすいかもしれない。


 俺は再生したばかりの左腕を大きく振りかぶり、スライムの緑色の身体めがけて、渾身のストレートを叩き込んだ!


 ――ブニッ!


「なっ!?」


 手応えは、最悪だった。

まるで、巨大なプリンを殴りつけたかのような、気持ちの悪い感触。


 俺の鉄拳は、スライムの身体にめり込み、その衝撃を完全に吸収されてしまった。


 ダメージは、ほぼゼロ。


(くそ、打撃は効果が薄い!

データ、インプット完了!)


 俺が腕を引き抜こうとした、その瞬間だった。

殴られた部分のスライムの身体が、まるで意思を持ったかのように変形し、鞭のような二本の触手となって俺の腕に絡みついてきた。


「アルマ、気をつけて!」


(うおっ!?)


 俺は咄嗟に全身のバネを使って後方へ跳躍し、なんとかその拘束を振りほどく。

データ、追加インプット。物理攻撃は逆効果。相手に攻撃の起点を与えるだけだ。


(じゃあ、どうする?

仮説②、熱攻撃……って、俺に火を出す能力はないしな……)


 手詰まりか、と一瞬思考が止まる。

その隙を、スライムは見逃さなかった。


 今度は、その身体全体を平たく伸ばし、まるで絨毯のように床を滑って、一気に距離を詰めてくる。


 速い!


(まずい!)


 なす術なく体当たりを受ける、その寸前。

リリアのナビゲートが飛んできた。


「アルマ、あの中です!

あの緑色の塊の中心に、他よりもほんの少しだけ、霊素が濃く集まっている部分がありますわ!

あれが、おそらくは核です!」


 リリアの《霊素視》が、俺の《機構造解析》では見抜けなかった、敵の生命線を見抜いてくれたのだ。


 まさに、ハードとソフトの連携プレー!


(そこか!

仮説③、核への一点集中攻撃!)


 俺は迫りくるスライムの体当たりを、右腕の装甲で受け止める。


 ブニブニとした感触が気持ち悪いが、構っていられない。

左腕の指先を、鋭い一本の杭のようにイメージして硬質化させる。


 そして、リリアが示してくれた、霊素が最も集中する一点めがけて……!


(貫けぇっ!) 


 ――ズブリ!


 指先が、ゼリー状の抵抗を突き破り、スライムの体内に侵入する。

しかし、スライムも必死に抵抗する。

核を守るように、体内のゲルを硬化させ、俺の腕の侵入を阻もうとする。


(くっ……硬い!)


 あと数センチが、届かない。

このままじゃ、押し負ける。

どうする。どうすれば、この状況を打開できる?


 思考を加速させろ。

 何か、何か手はないのか。


 ……そうだ。あれがあったじゃないか。


(リリア、今からちょっと無茶をする!

霊素のナビゲートを頼む!)


「ええ、お任せを!」


 俺は、スライムに突き刺したままの左腕に、意識を集中させた。

そして、数時間前に成功したばかりの、あの感覚を呼び覚ます。


 そう、自己修復の時に行った、霊素の調合だ。


(俺の霊素と、リリアの霊素を、この腕の中で融合させる!)


 二つの魂の力が、俺の左腕の中で渦を巻く。

リリアの清らかな霊素が、俺の荒々しい霊素を優しく包み込み、調和させていく。


 その結果生まれたのは、純粋な破壊力とは少し違う、もっと浸透力と共振性の高い、特殊なエネルギーだった。


(喰らえ! これが俺たちの……!)


 ――《共振撃レゾナンス・ブロウ》!


 俺が内心で叫んだ(技名は今考えた)瞬間、左腕から調和された霊素の波動が迸り、スライムの体内に直接叩き込まれた。


 その波動は、スライムの核が持つ固有の霊素振動数と共鳴し、その構造を内部から激しく揺さぶる。


 ――ピシッ!


 スライムの核に、小さな亀裂が入るのが《霊素視》越しに視えた。


 ――ピシピシピシッ!


 亀裂は瞬く間に全体に広がり、そして。


 ――パリンッ!


 ガラスが砕けるような乾いた音と共に、スライムの核は粉々に砕け散った。


 生命の源を失った緑色の身体は、急速にその輪郭を失い、やがて床にどろりとした粘液の水たまりを残して、完全に活動を停止した。


「はぁ……はぁ……」


 鉄の身体なので息切れはしないはずだが、精神的な疲労で、魂がぜいぜいと喘いでいるのが分かった。


(完璧とは、程遠いな……)


 冷や汗だらけの、泥臭い戦いだった。

それでも。


「素晴らしい勝利ですわ、アルマ!

やりましたわね!」


 リリアの、心の底からの歓声が、俺の疲労を吹き飛ばしてくれた。


 ああ、そうだ。

勝ったんだ。俺たち、二人で。


(さて、と。戦利品をいただくとするか)


 俺は、床に広がったスライムの残骸に、修復したばかりの左腕を伸ばした。


 スキル《魂装融合》。


 こいつを取り込んで、酸への耐性でも手に入れておくか。


 俺がスライムの粘液に触れた瞬間、その霊素が俺の鎧の中にするすると吸い込まれていく。

そして、鎧の内部構造に、微かな変化が起きた。


(なんだ……?

鎧の霊素回路が、ほんの少しだけ、柔軟になった……?)


 まるで、硬い金属配線の一部が、しなやかなゴムチューブに置き換わったような感覚。

これは……もしかしたら、今後の《魂装融合》の安定性を高める効果があるのかもしれない。


 スライムの「柔軟性」という特性が、俺の鎧に新たな可能性をもたらしてくれたのだ。


(なるほどな。

どんな相手からでも、学ぶことはあるってことか)


 俺が一つ賢くなったことに満足し、安堵のため息をつこうとした、まさにその時だった。


「アルマ、敵襲です!

数が多いですわ!」


 リリアの鋭い警告が飛ぶ。

それと同時に、通路の奥の暗がりから、複数の鋭い視線が突き刺さるのを感じた。


 一体じゃない。

五体……いや、十体はいるか?

それも、統率の取れた、狩人の動きだ。


 暗がりから、音もなく複数の影が姿を現す。

背が低く、緑色の肌。手には錆びた短剣や粗末な弓。


 そしてその目に宿るのは、獲物を見つけた飢えた獣の光。


(ゴブリン……!)


 それも、斥候スカウトの動きに特化した、狡猾な個体だ。

奴らは、俺たちがスライムとの戦いで消耗するのを、ずっと待っていたのだ。


 なんてことだ。

最初の戦闘が終わったばかりだというのに、休む間もなく、次の試練が始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ