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『転生したら鎧だったので、自分で動けない。なので呪われた美少女妖精に乗り込んでもらって最強を目指します』  作者: 月影 朔
第1章:忘れられたダンジョン編

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第30話:疾風狼の影

 しばらく進むと、これまでの湿った洞窟とは明らかに質の違う乾いた空気が流れてくるのを感じた。

そして、通路を抜けた先。

そこに広がっていたのは、発光苔も水脈もない、ただ乾いた岩と砂だけが広がる広大な洞窟地帯だった。


(なんだ……?

ここは、また環境が違うのか)


 せっかく手に入れた水中用装備が全く役に立たないであろう新たなフィールド。

その、あまりにも間の悪い展開に俺の魂が若干のツッコミを入れた、まさにその時だった。


―――ヒュンッ!


 目の前を、何か黒い影が風のような音を立てて横切った。


(なっ!?)


 俺の《共振探知》が何かを捉えるよりも速く。

リリアの《霊素視》がその正体を認識するよりも速く。

その影は、洞窟の反対側の壁に突き刺さり、そして消えた。

あまりの速度に、何が起きたのかすら理解できない。


「……速い……!」

リリアが、絶句したように呟いた。


「今までの、どの魔物よりも……速いです……!」


 俺たちの魂に、新たな脅威の出現を告げる乾いた風だけが吹き抜けていった。

俺は咄嗟に身構え、全神経を研ぎ澄ませる。

だが、周囲は不気味なほど静まり返っており、あの影が再び姿を現す気配はなかった。


(今の、いったい何だったんだ……?

ただの通りすがりか? いや、だとしたら俺たちの目の前を横切る必要はねえ)


「ええ。

わたくしたちの存在を明確に認識した上での行動……まるで、警告のようでした」


 リリアの冷静な分析が、俺の思考を肯定する。

警告、あるいは威嚇か。

いずれにせよ、友好的な相手でないことだけは確かだ。

俺は《共振探知》の感度を最大にして、後方の地下水脈の様子を探った。


(リリア、水棲リザードの群れはどうなった?

まだ俺たちを追ってくる気配はあるか?)


「……いいえ、アルマ。不思議ですわ。

あれだけ執拗だったリザードたちの霊素反応が完全に遠ざかっています。

まるで、潮が引くように……」


(潮が引くように、か。

俺たちがはぐれ個体を返り討ちにしたのを見て、分が悪いと判断したのかもな。

思ったより賢いじゃねえか、あのトカゲ野郎どもは)


「あるいは……」


リリアが、どこか不安げな光を魂に宿す。


「この先にいる『何か』を恐れて、自分たちの縄張りに引き返していったのかもしれませんわ」


(……考えたくねえな、そいつは)


 水棲リザードの群れですら恐れて逃げ出す存在。

先ほどの、目にも留まらぬ速さで駆け抜けていったあの影。

二つの事実が、俺の魂の中で一つの最悪な可能性へと結びついていく。

どうやら俺たちは、とんでもない奴のテリトリーに足を踏み入れてしまったらしい。


(……ったく、前途多難だな。せっかく最高の水中用装備に換装したってのによ。

今度のステージは、まさかのラリーレイドかよ。完全にセッティングミスだ)


「らりーれいど……?

それは、あなたの世界の言葉ですの?」


(ああ。砂漠とかを走る、イカれたレースのことだ。

今の俺たちの状況に、ぴったりだろ?)


 俺の軽口に、リリアの魂からくすりとした笑みが返ってくる。

この、どんな絶望的な状況でもユーモアを忘れない彼女の気高さが、俺の魂をどれだけ救ってくれていることか。


 俺たちは、警戒を最大レベルに引き上げたままその乾いた洞窟地帯へと慎重に足を踏み入れた。

足元は、細かい砂と風化した岩屑。

ロックリザードの甲殻で重くなった俺の足が、一歩ごとにザク、ザクと音を立てて沈み込む。


(うわ、足重っ!

歩きにくいことこの上ねえぞ!)


「砂地では、この甲殻はただの重りですわね。

それに、アクア・トードの滑り止め機能もこれでは全く意味がありませんわ」


(だよな!

ダートタイヤに履き替えるべきだったぜ……って、持ってねえけどな!)


 俺たちがそんな漫才のようなやり取りを交わし、少しだけ緊張が緩んだ、その瞬間だった。


―――ヒュンッ!


 再び、あの影が今度は俺たちの背後から現れ、右側の壁を蹴って反対側へと駆け抜けていった。


(まただ!)


 今度は、さっきよりも少しだけ長くその姿を捉えることができた。

しなやかな四肢。風にたなびく、銀色の体毛。

獣だ。狼か、あるいは犬に似た魔物。

だが、その大きさはそこらの狼とは比較にならない。

大型のバイクほどはあろうかという巨体。


「アルマ! 今、わたくしの《霊素視》に青白い霊素の尾が、ほんの一瞬だけ……!」


(俺の《共振探知》にも反応があった!

だが、速すぎる! 速すぎて、正確な位置も形も捉えきれねえ!)


 まるで俺たちのセンサーの性能を試すかのように、影は洞窟内を縦横無尽に駆け巡り始めた。

壁を走り、天井を蹴り、俺たちの周囲を何度も旋回する。

そのたびにヒュン、ヒュン、と風を切る音が洞窟内に木霊し、俺たちの焦りを煽った。


(くそっ、完全に遊ばれてやがる!)


 俺は、その予測不能な動きに翻弄され、ただ振り回されることしかできない。

攻撃しようにも、姿を捉えられないのだから話にならない。


(リリア、何か手はねえのか!?

お前の《霊素視》なら、あいつの動きが読めるんじゃねえのか!?)


「いえ、無理です!

あれは、ただ速いだけではありません!

自身の霊素で周囲の空気を歪ませ、姿を隠しているのです!

わたくしに視えるのは、移動した後に残る霊素の残滓だけ……!」


(光学迷彩まで搭載してんのかよ!

最新鋭のステルス戦闘機か、こいつは!)


 俺たちの最強のセンサーである《機構造解析》と《霊素視》が、完全に無力化されている。

ロックリザードのようなパワータイプや、水棲リザードのような連携タイプとは全く違う。

純粋な「速度」という一点において、この魔物は俺たちが今まで遭遇したどの敵をも遥かに凌駕していた。


(落ち着け……落ち着くんだ、俺。

どんなに速くても、物理法則からは逃れられねえ。

移動距離と時間から、あいつの最高速度を割り出す!)


 俺は整備士としての本能で、必死に冷静さを取り戻そうとする。

影が洞窟の端から端まで移動するのにかかった時間。その距離。

脳内で、必死に計算尺を弾く。


(……嘘だろ)

弾き出された数値に、俺の魂が絶句した。


(今の移動だけで、時速百キロは軽く超えてやがる……!

俺のこのポンコツボディじゃ、目で見てから反応したって絶対に間に合わねえ!)


「そんなに速いのですか!?」


(ああ!

しかも、まだ全力じゃねえはずだ。

こいつは、まだ俺たちを値踏みしてやがる……!)


 その言葉を証明するかのように、影の動きがピタリと止まった。

俺たちから約五十メートルほど離れた岩の上。

そこに、影の主は静かに佇んでいた。


 月光を浴びたかのように輝く、美しい銀色の毛並み。

無駄な肉を削ぎ落とした、しなやかで強靭な四肢。

そして、俺たちを冷ややかに、しかし明確な知性をもって見つめる、凍てつくような蒼い瞳。


 その姿を目にした瞬間、リリアの魂が畏怖と絶望で大きく揺らめいた。

彼女の知識が、この神速の魔物の正体を告げる。


「まさか……。

こんな、浅い階層にいるはずが……」


(リリア……?

こいつ、いったい何なんだ……?)


「《疾風狼(ゲイルウルフ)》……!」


 リリアの声は、微かに震えていた。


「風の霊素をその身に宿し、神速で大地を駆けると言われる高位の魔物……。

その速さは、熟練の騎士の動体視力でも捉えることは不可能だと、古文書に記されていましたわ……!」


 疾風狼。

その名が、この絶望的な速度の正体を物語っていた。


 奴は、ただの獣じゃない。

風そのものを味方につけた、自然現象に近い存在なのだ。


 疾風狼は、俺たちを値踏みするように数秒間見つめた後、まるで興味を失ったかのようにふっと視線を逸らした。

そして、その場からふわりと飛び降りると再び風と一体化するように洞窟の闇へと駆け出していく。


(……帰るのか?

見逃してくれるってことか……?)


 俺の魂に、ほんのわずかな安堵が生まれた、その瞬間だった。

疾風狼の動きが、再び変わった。

今度は、俺たちの周りを旋回するのではない。


一直線に、ただひたすらに、俺たちめがけて突進してくる!


(しまっ……!)


 警告でも威嚇でもない。

明確な、殺意の波動。

リリアが悲鳴を上げるよりも早く、俺が防御態勢を取るよりも早く。

疾風狼の蒼い瞳が、俺の目の前で大きく見開かれた。


 そして。


(速す……ぎて……何も……)


 俺の思考が、その圧倒的な速度の前に完全に置いていかれた。

俺にできたのは、ただ目の前に迫る銀色の死をスローモーションのように見つめることだけだった。


 このダンジョンに来て初めて味わう、反応すら許されない絶対的な速度差。

俺たちの、新たな絶望が始まろうとしていた。

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