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『転生したら鎧だったので、自分で動けない。なので呪われた美少女妖精に乗り込んでもらって最強を目指します』  作者: 月影 朔
第1章:忘れられたダンジョン編

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第26話:粘液の意外な使い道

 (見えた!)


 リリアが指し示す先。

そこにはダメージを受けて苦しげに開閉する喉袋の奥に、不気味に脈動する一つの器官があった。

あれを潰せば……!


 俺たちの、本当の反撃が今、始まろうとしていた。


(よし、リリア!

最後の大仕事だ!)


「はい、アルマ!

最高の設計図を、わたくしに!」


 俺たちの魂は、もはや絶望の淵にはいなかった。

目の前に、明確な「解法」が示されているのだ。

整備士の魂が、これ以上燃える瞬間はない。


 問題は、どうやってあの喉袋の奥にある急所を破壊するか。

さっきの《重力加速度砲(グラビティ・キャノン)》はフレームへの負荷がデカすぎる。

連発できるような代物じゃない。


(だったら、もっと精密に、一点を穿つ!)


 俺の脳内に、新たな攻撃プランが瞬時に描き出される。

スライムの核を砕いた、あの技。

《共振撃》の応用だ。


 ただ、今度は水中。水の抵抗で威力が減衰する。

だったら、ゼロ距離で直接叩き込むしかねえ!


「ゲロォォォッ……!」


 深手を負ったアクア・トードが、最後の抵抗とばかりにその巨大な口をカパッと開いた。

狙いは、俺たちを丸呑みにすることか、あるいは至近距離からの舌攻撃か。

どちらにせよ、絶好のチャンスだ!


(リリア、懐に飛び込むぞ!

操縦を頼む!)


「承知!

わたくしの騎士様を、最高の舞台へとお連れしますわ!」


 リリアの魂が最後の輝きを振り絞り、損傷した鎧の関節を無理やり駆動させる。

それは、先ほどの魚雷のような突進とは違う。


 水の抵抗を最小限に受け流し、敵の死角を縫うように滑り込む、まるでフィギュアスケートのような優雅で精密な軌道。


《警告:(アーマー)フレームの耐久値、残り僅か。これ以上の高機動戦闘は――》


(うるせえ!

壊れたら、また直せばいいんだよ!)


 俺はシステムの警告を魂の叫びで黙らせる。

俺の整備士としての全技術とリリアの気高い魂が、この絶望的な水中戦で奇跡的な連携を生み出していた。


 俺はアクア・トードの開かれた顎門へと、吸い込まれるように肉薄する。

そして、かろうじて動く右腕の指先を鋭い一本の槍のようにイメージして硬質化させた。


 狙うは、リリアの《霊素視》が捉え続ける、あの不気味に脈動する粘液腺!


(これで、終わりだッ!)


 俺の鉄の指先が、ゴムまりのような弾力を持つ喉の肉を突き破り、その奥にある粘液腺へと深々と突き刺さった!

ブニッ、と生々しい感触が魂に伝わる。


「ゲロッ!?」


 アクア・トードが未知の痛みに目を見開く。

だが、まだだ。これだけじゃ終わらない。


(リリア、霊素を!)


「はいっ!」


 俺の指先から、俺とリリアの魂が融合して生まれた黄金の霊素の波動が直接粘液腺へと流れ込んでいく。

スライムの時とは比べ物にならない強烈な抵抗。

だが、構うものか!


(喰らえ!

これが俺たちの……内部破壊(インターナル・バースト)だ!)


《共振撃》の要領で、粘液腺の組織そのものを内側から激しく揺さぶる!


――ピシッ!


 粘液腺の表面に、小さな亀裂が入るのが視えた。


「ゲロゲロゲロゲロッ!?」


 アクア・トードが、本能的な恐怖から狂ったように暴れ始めた。

俺は振り落とされまいと、必死に腕に力を込める。


(あと少し……!

砕け散れぇぇぇぇぇっ!)


 俺の魂の絶叫が、最後の引き金を引いた。


―――バヂュンッッッ!!!


 破裂音というよりは、巨大な水風船が割れるような湿った音が地底湖の底に響き渡った。


「ゲロロロロロロロロロロォォォォォォ……ッッ!!!」


 アクア・トードが断末魔の叫びと共に、その巨大な口からおびただしい量の粘液を撒き散らす。

視界が、一瞬でぬるぬるの液体に覆われた。


 生命の源を破壊された巨体は、痙攣するように数度大きく身を震わせた後、やがて力なく水の底へと沈んでいく。

周囲に漂っていた濃密な殺意と霊素の圧が、嘘のように霧散していくのが分かった。


「はぁ……はぁ……」

鉄の身体なので息切れはしないはずだが、魂が酸欠を起こしているかのように激しく喘いでいた。


(……勝った。

勝ったんだ、俺たち……)


「ええ……やりましたわ……アルマ……!」


 リリアの声もまた、疲労困憊といった様子だった。

俺たちは勝利の余韻に浸る間もなく、ただ重力に引かれるままゆっくりと湖の底へと沈んでいった。


 静寂。

残されたのは、ボロボロになった俺の鎧と静かに横たわる大ガマの亡骸。

そして、疲れ果てた二つの魂だけだった。


「さて、と……」

しばらくして、ようやく魂が落ち着きを取り戻した俺は、整備士としての本能に従って行動を開始した。


(お楽しみの、パーツ剥ぎの時間だぜ!)

俺は損傷した身体を引きずりながら、アクア・トードの亡骸へと近づく。


「アルマ……

まだ動けるのですか?」


(当たり前だろ。最高のドナーが目の前に転がってるんだ。

これを放置して帰れる整備士がどこにいる!)


 俺の魂が、再び職人としての輝きを取り戻す。

リリアも、そんな俺の姿に呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな魂の光を揺らめかせた。

俺は、先ほど破壊した喉元を《機構造解析》でじっくりと観察する。


(ふむ……。

粘液腺は完全に破壊したが、その周辺の組織はまだ生きてるな。

特に、粘液を生成していた根本の部分……ここに、まだ特殊な霊素が残ってる)


「ええ、わたくしの《霊素視》にも視えます。

とても……粘性の高い、面白い性質を持った霊素ですわ」


 リリアが俺の分析を補強してくれる。

面白い性質、か。あのベトベトの粘液が、一体何の役に立つというんだ?


(まあ、百聞は一見に如かず、だ。

とりあえず、取り込んでみるか!)


 俺は、もはやお手の物となった《魂装融合》を発動させた。

脳内に、いつもの無機質なシステムメッセージが響き渡る。


魂装融合(ソウル・マージ)シークエンス開始。

対象:アクア・トードの粘液腺基部。(アーマー)との親和性(アフィニティ)42%》


(42%……微妙な数字だな。

まあ、拒絶反応が出るほどじゃないか)


 俺とリリアの霊素が、アクア・トードの粘液腺の残骸を包み込み、ゆっくりと俺の鎧の中へと溶け込ませていく。


《……融合完了。

(アーマー)に新機能が付与されました》


(新機能……?)


 俺は、自分の身体にどんな変化が起きたのかを注意深く観察する。

だが、特に何も変わった様子はない。

防御力が上がったわけでも、機動力が向上したわけでもなさそうだ。


(なんだ? 失敗か?

それとも、ただ粘つくだけの嫌がらせみたいな機能だったらどうしよう……)


 俺の魂に、一抹の不安がよぎる。

せっかく命がけで手に入れた戦利品が、ただのガラクタだったなんてオチは勘弁してほしい。

俺が内心で焦り始めていると、リリアが何かに気づいたように声を上げた。


「アルマ! その力……

あなたの足の裏に、霊素が集中しています!」


(足の裏……?)


 俺はリリアのナビゲートに従い、意識を自分の足の裏……ブーツの底にあたる部分に集中させた。

すると、どうだ。

先ほど融合した粘液腺の霊素が、足の裏の装甲にまるで新しい回路のように張り巡されているのが分かった。


(なるほど……。

ここから、あの粘液を分泌できるってことか?)


 俺は試しに、右足の裏からほんの少しだけあの粘液を滲み出させてみるイメージをした。

すると、足の裏の装甲の表面に透明で粘り気のある液体が薄い膜のように広がった。


(うわ、キモっ……。

で、これが何の役に立つんだよ……)


 俺がその地味すぎる新機能に若干がっかりしかけた、その時だった。

俺たちのすぐそばに、発光苔でぬるぬるに濡れた傾斜のきつい岩があるのが目に入った。

第一階層ならいざ知らず、この第二階層ではああいう足場の悪い場所がそこら中にある。

実際、ここまで来るのにも何度か滑りそうになってヒヤリとした。


(……待てよ。

もしかして)


 俺は、試しにそのぬるぬるの岩に粘液を分泌させた右足をそっと乗せてみた。

そして、ゆっくりと体重をかけていく。

普通なら、ツルンと滑って転倒間違いなしの最悪の足場だ。


だが。


―――ピタッ。


「!?」


 まるで強力な吸盤が張り付いたかのような、完璧なグリップ感。

俺の鉄の身体が、その傾斜した濡れ岩の上で微動だにせず安定している。


(なっ……なんだこれ!?

全然滑らねえ!)


 俺は驚きのあまり、今度は左足も同じように岩に乗せぐいぐいと体重をかけてみた。

だが、全く滑る気配がない。

まるで乾いたアスファルトの上に立っているかのような、絶対的な安定感だ。


(すげぇ! これ、スタッドレスタイヤどころの騒ぎじゃねえぞ!

F1のレーシングタイヤに匹敵するグリップ力だ!)


 俺の魂が、整備士としての興奮で歓喜の声を上げる。

地味? とんでもない!

これは、この水と湿気に満ちた第二階層を攻略する上で何よりも重要な「足回り」の強化じゃないか!


「素晴らしいです、アルマ!

これなら、どんな濡れた場所でも安全に歩くことができますね!」

リリアも、この粘液の意外な使い道に素直な喜びの声を上げた。


(ああ! これぞまさに、環境対応型カスタマイズだ!

あのクソガエル、いい置き土産を残してくれたぜ!)


 俺たちは、新たな力を手に入れた喜びに浸っていた。

地味だが、しかし生存率を格段に引き上げる最高の「滑り止め機能」。

失敗と泥臭い戦いの果てに得たこの力は、何よりも頼もしい武器になるだろう。


「よし、リリア。

まずは地上に戻って、このボロボロの身体を本格的に修理しようぜ」


「ええ、賛成ですわ!」


 俺たちは、ひとまず地底湖から這い上がることにした。

新機能の滑り止めのおかげで、ぬるぬるの湖岸を登るのも驚くほど楽だった。

無事に、最初に戦っていたあの狭い岩棚へと帰還する。


(ふぅ……。

やっぱり陸の上は落ち着くな)


俺が安堵のため息をつき今後の修理プランを練り始めようとした、まさにその時だった。


(……ん?)


 俺の《共振探知》が、通路の奥から複数の何かが高速でこちらへ接近してくるのを捉えた。

それも、一体や二体じゃない。

統率の取れた、軍隊のような規則正しい振動だ。


「アルマ、敵襲です!

一体ではありません……群れですわ!」

リリアの《霊素視》もまた、複数の鋭い霊素反応がこちらへ向かってきているのを明確に捉えていた。


 俺たちが身構えるのと、奴らが通路の暗がりから姿を現すのはほぼ同時だった。

緑がかった硬質な鱗に覆われた、人間とトカゲを混ぜ合わせたような姿。

その手には、黒曜石の穂先をつけた鋭い槍。

そして、その爬虫類特有の冷たい瞳は、明確な敵意と知性をもって俺たちを捉えていた。


(マジかよ……!)


「水棲リザード……!

それも、武装した戦士の群れです!」


 休む間もない。

アクア・トードとの死闘を終えたばかりの俺たちに、この地下水脈の迷宮は次なる試練を容赦なく突きつけてきたのだった。

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