表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『転生したら鎧だったので、自分で動けない。なので呪われた美少女妖精に乗り込んでもらって最強を目指します』  作者: 月影 朔
第1章:忘れられたダンジョン編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/37

第18話:システムエラーと父の幻影

 システムが示した完璧なはずの「解法」が……通じないなんて……!

その絶望的な事実が、俺の魂に深く突き刺さる。

俺を支えていた最後の理性が、プツリと音を立てて切れた。


 そして、俺の魂は再びあの暗く冷たい、トラウマの牢獄へと沈んでいく。


《警告:精神汚染(メンタル・ポリューション)を確認。

(アーマー)との同調率(シンクロ・レート)が、急速に低下します》


 俺の魂が、リリアとの接続を拒絶し始めた。

妖精騎士システムが、エラーコードを吐き出しながらその機能を停止させようとしている。

俺たちの、最後の希望の光が今、消えようとしていた。


(ああ……やっぱり、ダメだったんだ)


 俺の精神世界は、もはや戦場ではなかった。

そこは、土砂降りの雨が降りしきる、ぬかるんだサッカーグラウンド。

試合終了のホイッスルが、耳鳴りのように響いている。

チームメイトの冷たい視線。観客席からの嘲笑。


 そして、ベンチの前には氷のように冷たい瞳で俺を見下ろす父、田所厳が立っていた。


「またやったな、陸。お前は、また失敗した」


 父の幻影が、静かに、しかし魂の芯まで凍らせるような声で告げる。


(違う。

俺は……俺たちは、あと一歩だったんだ)


「言い訳はするな。結果が全てだ。

完璧な計画を立てたつもりで、結局は詰めが甘い。だから、お前は……」


(やめろ……)


「いつまで経っても、ただの失敗作なんだよ」


 その言葉が、最後の引き金だった。

俺の魂を繋ぎ止めていた、細い糸が断ち切れる。


 ああ、そうだ。

父さんの言う通りだ。

俺は、いつだってそうだ。

あと一歩のところで、いつも、いつも失敗する。

俺のせいだ。俺が弱いから。俺が「失敗作」だから。


同調率(シンクロ・レート)、89%……61%……35%……》


 システムの声が、カウントダウンのように無慈悲に響く。

リリアの温かい魂の光が、急速に遠ざかっていくのが分かった。

違う。俺が、彼女の光を自ら振り払っているのだ。


(もういい……。

もう、疲れた……)


 俺は精神世界で、泥濘に膝をついた。

もう、立ち上がる気力もない。

このまま、この冷たい雨に打たれながら消えてしまいたい。


「アルマ!

アルマッ、しっかりしてください!」


 現実世界では、リリアの悲痛な叫びが鎧の中から響いていた。

彼女は圧壊した胸部装甲の中で、自身の魂の痛みに耐えながら必死に俺に呼びかけている。


 だが、その声は俺には届かない。

いや、聞こえてはいる。

だが、父の幻影が放つ絶望の声がそれをかき消してしまうのだ。


「グルルルルル……」


 俺たちの目の前では、ロックリザードが勝利を確信したようにゆっくりと巨体を進めていた。

その赤い瞳は、もはや動かなくなった鉄の塊をただの獲物として見据えている。


「アルマ、動いて!

お願いです、動いてください!」


 リリアが必死に鎧の制御を試みる。

だが、鎧はピクリともしない。

俺の魂が、彼女との接続を完全に拒絶しているからだ。


 関節はロックされ、霊素回路はショートを起こし、鎧のあちこちからバチバチと虚しい火花が散っている。

まるで、OSがクラッシュして制御不能に陥った機械のようだ。


(俺のせいだ……

俺が、リリアを……)


 精神世界の俺は、ただ俯くことしかできない。

彼女をここから連れ出すと誓ったのに。

彼女の騎士になると決めたのに。

結局、俺は彼女を死地に追いやり、その命まで危険に晒している。


「お前のせいだ」


 父の幻影が、俺の心を見透かしたように囁く。


「お前に関わった者は、みんな不幸になる。

お前はそういう星の下に生まれた、欠陥品なんだ」


(違う……)


「違わないさ。母親も、チームメイトも、そして今、その健気な妖精も。

お前が、全て壊したんだ」


その言葉は、俺の魂にとってロックリザードの物理攻撃よりもずっと重く、破壊的な一撃だった。


 ああ、そうかもしれない。

俺は、疫病神だ。

俺が、みんなを不幸に……。


「グルォォォォッ!」


 ロックリザードが、最後のとどめを刺すべくその巨大な顎を再び開いた。

喉の奥に、先ほどと同じ灼熱の光が収束していく。

今度こそ、避けられない。

リリアの操縦も、俺の分析も、もう機能していないのだから。


「アルマ……!」


 リリアの声が、悲痛に震える。

彼女の魂から、絶望の色が伝わってくる。

俺のせいで、彼女まで……。

その、あまりにも残酷な現実が俺の心を完全に折り砕いた。


同調率(シンクロ・レート)、28%……21%……15%……》


《警告:同調率が危険数値を下回りました。

妖精騎士システム、間もなく完全にシャットダウンします》


(ごめん……リリア……)


 俺が、精神世界で最後の謝罪を呟いた、その時だった。


「――いいえ!」


 鎧の中から聞こえたのは、もはや悲鳴ではなかった。

それは、絶望の淵から振り絞られた、魂そのものの絶叫だった。


「あなたは、失敗作などではありませんッ!!」


 リリアの魂が最後の輝きを振り絞り、黄金の極光となって爆ぜた。

それは、操縦やナビゲートのためではない。

彼女は、自身の魂の全てを心を閉ざした俺の精神世界に、直接叩き込むという無謀な賭けに出たのだ。


ズズズンッ!


 俺の精神世界が、激しく揺れた。

降りしきる絶望の雨が、一瞬だけ止む。

父の幻影が初めて驚いたように目を見開き、その姿が陽炎のように揺らいだ。


(なんだ……? 今の……)


「聞こえませんか、アルマ!

わたくしの声が!」


 リリアの魂が、俺の精神世界のど真ん中に光り輝く柱となって突き刺さる。

その光は、あまりにも温かく、そして気高かった。


「あなたは、失敗作なんかじゃない!

あなたは、わたくしが選んだ、たった一人の騎士様です!」


 父の幻影が、その光を前にして苦悶の表情を浮かべる。

「黙れ小娘が! こいつはダメなんだ!

何をやらせても中途半端で、肝心なところで必ず失敗する!」


「いいえ、違います!」


リリアの魂の光が、さらに強く輝きを増す。


「あなたのその手は、何のためにあるのですか!?」


(俺の……手……?)


「あなたのその魂は、何を成すためにここにあるのですか!?」


(俺の……魂……)


「思い出してください、アルマ!

あなたのその力は、壊れたものを、絶望したものを、再び立ち上がらせるための……『修理』の力なのでしょう!?」


 その言葉が、俺の魂のど真ん中を貫いた。

そうだ。

俺は、整備士だ。

壊れたものを、直すのが、俺の……。


「お前には無理だ!」

父の幻影が、最後の抵抗とばかりに叫ぶ。


「こいつは、この土壇場でまた逃げる!

挑戦から目を背ける! それがお前の本質だ!」


「いいえ!」


 リリアの魂の叫びが、父の幻影の声を完全に打ち消した。


「アルマは逃げません!

なぜなら、彼はもう独りではないのですから!」


 その瞬間、俺の脳裏にこれまでの短い旅路が鮮やかにフラッシュバックした。

――初めて動けた時の、あの感動。

――初めて連携してゴブリンを退けた時の、あの高揚感。

――スライムを倒して、二人で勝利を分かち合った、あの達成感。

――そして、俺の壊れた腕を二人で力を合わせて直した、あの温かい絆。


 そうだ。

俺は、もう……。


(……独りじゃ、ない……)


 泥濘に突いていた膝に、力が戻る。

俺は、ゆっくりと顔を上げた。

目の前で俺を罵倒し続ける父の幻影。

そして、その後ろで俺を信じ続けてくれるリリアの魂の光。

俺は、もう父の幻影だけを見てはいなかった。


(……うるさいな、親父)


 ぽつりと、俺の魂が呟いた。


「何……?」

父の幻影が、初めて狼狽の色を見せる。


(あんたの言う通りかもしれない。

俺は、失敗作だったのかもしれない)


 俺は、ゆっくりと立ち上がった。

降りしきる雨が、俺の決意を洗い流すかのように弱まっていく。


(でもな、あんたの知ってる俺は、もういないんだ)


 俺は父の幻影の横を通り過ぎ、リリアの光へと向かって一歩、踏み出した。


(今の俺には……こいつがいる。

俺の不完全さを、弱さを、全部受け止めてくれる、最高の相棒がな)


「待て! 陸!

お前はまた……!」


 父の幻影が何かを叫んでいるが、もうその声は遠い昔のノイズのようにしか聞こえなかった。


《警告:相反する精神コマンドを検知。システム不安定》


同調率(シンクロ・レート)21%……低下停止》


《……同調率(シンクロ・レート)、上昇を確認……22%……23%……》


 俺の魂が、リリアの光に触れる。

温かい。

心の底から、安心できる温かさだ。


「アルマ……!」


(ああ、聞こえるぜ、リリア。

でっかい声で、ちゃんと聞こえてる)


 俺たちの魂が、再び一つに繋がろうとしている。

まだ、完全じゃない。

俺の心の奥底には、まだトラウマの根が深く残っている。

だが、もう絶望の底にはいない。

俺は、水面に向かって必死に手を伸ばしている。


「グルォォォォォォォォッ!!」


 現実世界で、ロックリザードのブレスがついに放たれた。

全てを飲み込み蒸発させる灼熱の奔流が、動かない俺の鎧へと迫る。


(間に合え……!)


俺の魂の叫びと、リリアの祈りが一つになる。


《同調率(シン-クロ・レート)、30%……!》


 その、刹那。

ブレスが着弾する寸前、ノイズだらけだった鉄の鎧の瞳……

その奥で、かろうじて、弱々しくも確かな意志の光が再び灯った。


 絶望の淵から、俺たちの反撃が今、始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ