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『転生したら鎧だったので、自分で動けない。なので呪われた美少女妖精に乗り込んでもらって最強を目指します』  作者: 月影 朔
第1章:忘れられたダンジョン編

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第17話:反撃のソリューション

(いくぞ、リリア!)


「ええ、いつでも!」


 俺たちの魂が、黄金の光となって輝き始めた。

ロックリザードが灼熱のブレスを放つのと、俺たちが最後の反撃を叩き込むのは、果たしてどちらが早いか。


 絶望の淵で、俺たちの本当の戦いが今、始まろうとしていた。


 脳内に響き渡る『妖精騎士システム』の無機質な声。

それは、この絶望的な状況を覆すための、たった一つの「解法(ソリューション)」を提示していた。


《技名:《共振撃(レゾナンス・ブロウ)》の出力を最適化(オプティマイズ)します》


(対象の固有振動数と共振させて、内部から構造を破壊する……。

なるほど、理屈はわかるぞ!)


 整備士としての知識が、ファンタジーの奇跡に追いつく。

これは音叉を鳴らしてワイングラスを割るのと同じ理屈だ。


 どんなに頑丈な物質にも、必ずそれ固有の「揺れやすい周波数」が存在する。

その周波数とぴったり同じ振動を外部から与え続ければ、物質は共振して内部から勝手に崩壊していくのだ。

スライム相手に偶然放ったあの技が、システムによって理論化され必殺技として再構築された。


(だが、言うは易しだぞシステムさんよ!

材料はこのスクラップ寸前の腕だ! これで最適化もクソもあるか!)


 俺は内心で悪態をつきながらも、魂の全てを砕け散った右腕の先に集中させる。

もはや身体の制御は完全にリリアに委ねた。


 俺がやるべきことはただ一つ。

このボロボロの鎧に残された霊素の最後の一滴までをかき集め、調和させ、増幅させ、システムが示した一点の弱点を穿つ、完璧な「共振の弾丸」を創り上げることだ。


「シュゴォォォォォォォォッ!」


 ロックリザードの喉の奥で、灼熱の光が臨界点に達しようとしている。

ダンジョン内の気温が急激に上昇し、空気が陽炎のように揺らめいた。

タイムリミットは、もうゼロに近い。


「アルマ、あなたの魂を、霊素を、全てわたくしに!」


 リリアの魂が、俺の魂と完全に溶け合う。

彼女の清らかな霊素が触媒となり、俺の荒々しい整備士の魂の霊素が、黄金の渦となって砕けた右腕の先に収束していく。


 バチバチ、と火花が散る。

それはもはや希望の光というより、オーバーロード寸前のコンデンサーが放つ危険な輝きに近かった。


「グルォォォォォォッ!」


 そして、ついにロックリザードの顎から全てを焼き尽くす灼熱のブレスが一直線に放たれた。

世界が、白く染まる。


 それと、俺たちの魂が黄金の極光を放ったのは全くの同時だった。


「――今です、アルマ!」


 リリアの魂の絶叫が、最後の引き金を引いた。

俺の思考はない。

ただ、リリアという最高のパイロットを信じるだけだ。


 彼女は、ロックリザードがブレスを放つことで生じるコンマ数秒の硬直、その全てを読み切っていた。

ガコンッ!と音を立てて、俺の身体がブレスの着弾点から信じられない角度で右にスライドする。


ゴオオオオオオオッ!


 ほんの一瞬前まで俺がいた場所を、灼熱の奔流が通り過ぎていく。

鎧の左半身が熱波に炙られ、塗装が焼け焦げる嫌な匂いがした。

だが、致命傷は避けた。


 リリアの神がかり的な操縦が、俺たちにゼロ距離への道を切り開く。

俺はブレスの熱風を切り裂きながら、無防備に巨体を晒すロックリザードの懐へと弾丸のように飛び込んでいた。


(視えた!)


 システムのホログラムが示す、ただ一点の急所。

右前脚の付け根。第三装甲プレートの下部。

コンマミリ単位の、製造ミス。


(喰らえぇぇぇぇぇぇっ!!)


 砕け散った鉄の拳を、その一点めがけて叩き込む!

物理的な破壊が目的じゃない。

この、魂の全てを込めた振動を、ただ、伝えるために!


――キィィィィィィィィィィィィンッ!


 鈍い打撃音はなかった。

代わりに、魂の奥底を直接揺さぶるような甲高い共振音が響き渡る。

叩き込んだ拳から、黄金の霊素の波動が波紋のようにロックリザードの体内へと浸透していく。

それは奴の甲殻が持つ固有の振動数と、寸分の狂いもなく同調していた。


「ギ……!?」


 ロックリザードの巨体が、初めて経験する内側からの異変にびくんと硬直する。


ミシミシ……ピシッ……!


 頑強無比を誇った複合装甲の、その一点から内部構造がきしむ嫌な音が聞こえ始めた。

まるで、内部から無数のヒビが広がっていくかのように。


「ギ……ギギ……グルォォォォォォォォァァァァァッッ!!!」


 未知の苦痛に、ロックリザードが絶叫した。

それは今までのような威嚇の咆哮じゃない。

本物の、純粋な痛みに満ちた悲鳴だった。


 初めてだ。

俺たちの攻撃が、この絶対的な王者に初めて通じたのだ。


(やった! やったぞ、リリア!)


「ええ! これなら……!」


 俺たちの魂に、歓喜の波が押し寄せる。

あと一撃。

あと一撃だけ同じ場所に叩き込めば、この分厚い装甲も内側から完全に崩壊させられる!


 勝利は、目前だ。


 だが、俺たちは甘く見ていた。

このダンジョンの「主」の、その圧倒的な生命力と王者の矜持を。


「グルルルルルルッ!」


 苦痛はロックリザードから恐怖を奪い、代わりに純粋な怒りと破壊衝動だけを増幅させた。

奴は傷ついた獣のように、ただ本能のままに暴れ始めたのだ。


 ブレスを放った後の硬直など、もはやない。

巨体そのものを凶器として、なりふり構わず俺たちを押し潰そうと迫ってくる。


(まずい! 体勢を立て直さなきゃ!)


「アルマ、後方へ!」


 リリアが必死に操縦するが、身体が動かない。

さっきの《共振撃》で、俺たちの霊素はほぼ完全に空っぽになっていた。

まるでガス欠を起こしたエンジンのように、鉄の身体が思うように動かないのだ。


ズズズウウウンン!


 横薙ぎに振るわれた前脚が、俺たちの身体を薙ぎ払う。

なんとか直撃は避けたものの、その衝撃だけで俺はボールのように吹き飛ばされ、再び岩壁に叩きつけられた。


ガッシャアアン!


「ぐっ……ぁ……!」


(リリア、大丈夫か!?)


「は、はい……なんとか……ですが、アルマ……あなたの鎧が……!」


 全身の関節が悲鳴を上げ、視界が激しく点滅する。

さっきの尻尾による一撃で半壊していた鎧は、今の一撃でさらに無惨な姿へと成り果てていた。

右腕はかろうじて繋がっているが、両足の関節は明らかにおかしな方向に曲がっている。

もはや、まともに立つことすらできそうにない。


「グルルル……!」


 ロックリザードが、ゆっくりとこちらに迫ってくる。

その赤い瞳に宿るのは、もはや冷徹な殺意ですらない。

ただ、己を傷つけた不遜な虫けらに対する、純粋な破壊の意志だけだ。


(くそっ……あと一撃……あと一撃だけでいいんだ……!)


 焦りが、俺の魂を焼き尽くす。

システムが示した「解法」は、完璧なはずだった。

その通りに実行し、確かに有効打も与えた。

なのに、なぜ。


 なぜ、あと一歩が届かない?


「アルマ、諦めてはなりません!

もう一度……もう一度だけ、あの技を!」

リリアが魂を振り絞って叫ぶ。


(無理だ! もう霊素が残ってない!

さっきので全部使い果たしたんだ!)


「いいえ、あります!

わたくしの、この魂の最後の輝きが……!」


 リリアの魂が、再び激しく燃え上がろうとする。

彼女は、自分の命そのものを燃料にして最後の《共振撃》を放つつもりなのだ。


(やめろ、リリア!

そんなことをしたら、君が……!)


「それでも!」


 彼女は、俺の制止を振り切った。


「あなたと一緒なら、わたくしは……!」


 その、あまりにも気高い覚悟を、ロックリザードの無慈悲な一撃が打ち砕いた。

俺たちが最後の力を振り絞る、その一瞬の隙。

王者は、それを見逃してはくれなかった。


 それは、突進でも、爪の一撃でもない。

ただ、巨大な質量を乗せた、単純極まりない「踏みつけ」だった。


(やばい……!)


「アルマッ!」


 リリアが最後の力を振り絞って、俺の身体を横に転がす。

だが、完全には避けきれない。


――ゴッッッッッッッッッッッッッッッ!!!


 俺の左半身に、山が崩れてくるかのような抗いがたい圧力がのしかかった。


ミシミシミシッ!


 胸部装甲が、まるで空き缶のようにひしゃげていく。

肋骨にあたるフレームが次々とへし折れる音が魂に響く。

そして。


《警告:(アーマー)損傷率90%超。搭乗者(ライダー)生命維持(バイタル)に致命的影響》


《システムダウンまで、残り時間僅か……》


 脳内に、無機質なシステムメッセージが死亡宣告のように響き渡った。

視界が、ノイズ混じりに明滅を始める。

リリアの魂の光が、急速に弱まっていくのが分かった。

胸部を圧壊させられたことで、鎧の内部にいる彼女自身も魂に深刻なダメージを負ったのだ。


(ああ……)


(まただ……)


 俺の魂の中で、何かが音を立てて崩れ始めた。

完璧なはずの計画だった。

システムが示した、唯一の「解法」だった。

その通りにやったのに。

リリアの覚悟に応えようとしたのに。


(なんで……なんで、ダメなんだ……?)


(俺の分析が、間違っていたのか……?)


(システムの計算が、甘かったのか……?)


「お前は、いつだってそうだ」


 脳裏で、父の幻影が冷たく囁く。


「完璧な計画を立てたつもりで、結局は詰めが甘い。

だから、お前は……」


(やめろ……)


「失敗作なんだよ」


(ああ……ああああ……)


 システムが示した完璧なはずの「解法」が……通じないなんて……!

その絶望的な事実が、俺の魂に深く、深く突き刺さる。

俺を支えていた最後の理性が、プツリと音を立てて切れた。


 そして、俺の魂は、再びあの暗く冷たいトラウマの牢獄へと沈んでいく。


《警告:精神汚染(メンタル・ポリューション)を確認。

(アーマー)との同調率(シンクロ・レート)が、急速に低下します》


 俺の魂が、リリアとの接続を拒絶し始めた。

妖精騎士システムが、エラーコードを吐き出しながらその機能を停止させようとしている。


 俺たちの、最後の希望の光が今、消えようとしていた。

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