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第15話:岩トカゲの硬質甲殻

 「グルォォォォォォォォォッッ!!」


 ロックリザードの咆哮は、もはや音ではなかった。

それはダンジョン全体の空気を震わせる、純粋な暴力の塊だ。


 俺の《共振探知》が捉える振動波は観測データなどという生易しいものではなく、魂を直接殴りつける衝撃波と化していた。


(やばいやばいやばい!

計画? 何の計画だよ!?

今の計画は『死なない』! 以上だ!)


 俺の脳内で、けたたましく警報が鳴り響く。


 小山のような巨体が地響きを立てて、こちらへ向かってくる。

それは突進というより、もはや小規模な地殻変動に近い。

路線バスが猛スピードで突っ込んでくる恐怖を想像しても、この絶望は到底表現しきれないだろう。


「アルマ、左ですわ! 最大船速!」


「(船速!? って、今は船じゃないけど、了解!)」


 リリアの魂の絶叫を合図に、俺はありったけの力で左へ跳んだ。


 ズズズウウウウンンン!!!


 俺がほんの数秒前まで立っていた場所をロックリザードの巨体が通り過ぎ、背後の岩壁に激突する。

凄まじい轟音と共に空洞全体が揺れ、天井からパラパラと岩屑が降り注いだ。


 しかし、壁に突っ込んだはずのロックリザードは、何事もなかったかのようにのっそりと身体を起こす。

その自慢の甲殻には、傷一つついていない。


(マジかよ……壁と喧嘩して、壁が負けてやがる……)


 あまりの規格外の頑丈さに、俺の魂はドン引きしていた。

だが、絶望している暇はない。


 今、敵は側面を無防備に晒している。

データを取るなら、この一瞬しかない。


(いくぞ、リリア!)


「はい!」


 俺たちは回避の勢いをそのまま利用し、ロックリザードの脇腹めがけて駆け抜ける。

そして、ゴブリンとの戦いで凹まされた右腕を、ありったけの力で叩きつけた!


――ゴォンッ!!


 鈍く重い、まるで巨大な寺の鐘を突いたかのような音が響き渡る。

手応えは、最悪だった。


 鉄の拳がその鉱石のような甲殻に触れた瞬間、叩き込んだはずの衝撃がほぼそのまま俺の腕に跳ね返ってきたのだ。


(いったぁぁぁぁっ!

いや、痛覚はないけど! 魂が痛い!

魂のナックル部分が完全にイッた!)


 前世で、うっかり大型トラックのタイヤを素手で殴ってしまった時のような、絶望的な感触。

ロックリザードの脇腹には、もちろん傷一つついていない。

せいぜい、表面の泥が少し剥がれた程度だ。


(物理攻撃、効果なし! データインプット!

クソッ、それなら……!)


 直接的な打撃がダメなら、内部に響かせる攻撃ならどうだ。

俺は、スライムの核を砕いた俺たちの最初の連携技に賭ける。


(リリア、合わせろ!)


「承知!」


 俺は再びロックリザードの巨体に肉薄し、今度は修復したばかりの左の掌をその脇腹に叩きつける。

そして、スライムとの戦いで得た「柔軟な霊素回路」をイメージし、俺とリリアの魂の霊素をその一点で調和させた。


(喰らえ!《共振撃》!)


 二つの魂が生み出した霊素の波動が、ロックリザードの甲殻めがけて撃ち込まれる。

スライムの核を内側から破壊した、必殺の一撃。


しかし。


―――………。


 手応えは、なかった。

放った霊素の波動は、まるで最高級の免震構造に吸収されるように、甲殻の内部で完全に威力を殺されてしまったのだ。


(嘘だろ……!? 俺の必殺技が……!

こいつの皮膚、ショックアブソーバー内蔵してやがる! 反則だろ!)


 俺の《機構造解析》が、その絶望的な事実を弾き出す。

何層にも重なった鉱石質の甲殻。その層と層の間にある柔軟な組織が、外部からの衝撃も内部への振動も、全て完璧に吸収・分散させていた。


 物理攻撃も効かない。

振動攻撃も効かない。


 俺たちのなけなしの攻撃手段が、その圧倒的な防御力の前に完全に無力化された瞬間だった。


「グルル……」


 ロックリザードが、鬱陶しそうに低い唸り声を上げる。

俺という名の、まとわりつく小さな虫けらに、ようやく本気の怒りを覚えたらしい。


 その巨大な頭が、ゆっくりとこちらを向く。

そして。


(やばい!)


 それは突進ではなかった。

しなやかに、しかし恐るべき速度でしなった巨大な尻尾。

先端に黒曜石のような鋭い刃が無数に生えたその尾が、巨大なモーニングスターのように横薙ぎに俺たちを襲った。


 あまりにも速く、広範囲な攻撃。

《共振探知》が危険を知らせるよりも早く、その一撃は俺たちの目の前に迫っていた。


「アルマ、両腕で防御を!」


 リリアの悲鳴のようなナビゲート。

俺は咄嗟に両腕を交差させ、迫りくる死の振り子を正面から受け止める。


その、刹那。


―――ゴッッッッッッッッッッッッッッッ!!!


 世界から、音が消えた。

凄まじい衝撃が、鉄の身体を、そして内なる魂を根こそぎ揺さぶる。


 交差させた両腕の装甲が、まるで薄いブリキ板のように軋み、ひしゃげ、砕け散った。

ミシミシ、バキバキ、という嫌な音が魂に直接響き渡る。


(あ……が……っ)


 俺の鉄の身体は弾丸のように吹き飛ばされ、空洞の反対側の壁に凄まじい勢いで叩きつけられた。


 ガッシャアアアン!という轟音と共に、視界が激しく点滅する。

壁に叩きつけられた衝撃で、全身の関節が悲鳴を上げた。


 なんとか体勢を立て直し、自分の身体を見下ろした俺は、絶句した。


(嘘……だろ……)


 盾となったはずの両腕は、無惨にねじ曲がり見る影もない。

特に、修復したばかりだった左腕は肘から先が完全に圧壊し、霊素の火花を散らしながらだらりと垂れ下がっていた。


 完全に、機能停止。


(まただ……。また、壊れた……。

俺が、せっかく……リリアと一緒に、直したのに……)


 その絶望的な光景が、俺の魂に冷たい楔を打ち込んだ。


「アルマ……!

あなたの、腕が……!」


 リリアの声もまた、絶望に震えている。

俺は呆然と、破壊された自分の腕を見つめていた。


 また失敗した。

また、守れなかった。

結局、俺は何をやってもダメなんだ。

父の言う通り、俺は……。


「グルルルル……」


 ロックリザードが、ゆっくりとこちらへ向き直る。

その瞳には、もはや何の感情も映っていない。

ただ、獲物にとどめを刺す冷徹な殺意だけが宿っていた。


 もう、避けられない。

攻撃も、できない。

防御も、できない。

俺たちは、もう、終わりだ。


(……ああ。そうか。

やっぱり、俺は……)


 絶望が、俺の魂を完全に飲み込もうとした、その瞬間。


(……違う)


 心の奥底で、小さな、しかし消えない炎が揺らめいた。


(違う!

俺は、整備士だ!)


 そうだ。

俺はただの鉄クズじゃない。

壊れたものを、諦めない。


 壊れたのなら、その原因を分析し、理解し、そして、直す。

それが、俺の、田所陸の、唯一の誇りだったはずだ。


(こいつは、魔物じゃない。機械だ。

最悪の設計思想で、ありったけの高級パーツを詰め込んだだけの、ポンコツでクソ重たい、欠陥機だ!)


 俺の思考が、恐怖から整備士としての怒りへと変わる。


(そして、どんな機械にも……どんなに完璧に見えるシステムにも、必ず、絶対に、『弱点』という名の設計ミスがある!)


 俺は崩れ落ちそうになる身体を最後の意地で支え、ゆっくりと立ち上がった。

そして、無事な方の右腕をだらりと下げる。


(リリア……!)


「……はい」


 リリアの魂が、俺の決意に応えるように再び強く輝き始めた。


(今から、俺の全てを懸けて最後の分析を始める。

もう小手先の攻撃はしない。

あいつの、完璧だと思い込んでいるその装甲の、たった一つの『欠陥』を見つけ出す!)


「……!」


(だから、俺が分析を終えるまで、なんとか時間を稼いでくれ!

俺の身体を盾にして、俺の魂を守ってくれ!)


 それは、ゴブリン戦の時とは全く逆の役割分担。

そして、より絶望的な状況での無謀な賭けだった。


 だが、リリアは一瞬の躊躇もなく、力強く答えた。


「――承知いたしました、わたくしの騎士様!

あなたの最高の設計図が完成するまで、このリリア・フォン・ローゼンタールが、あなたの盾となり、剣となりましょう!」


 彼女の気高い覚悟が、俺の魂を満たす。


 ロックリザードが、最後のとどめを刺すべく再び地を揺るがしながら、こちらへ向かって突進してくる。

俺は、その迫りくる巨体を前に静かに魂の眼を閉じた。


 そして、全ての意識をただ一点。

あの、天然の複合装甲の完璧なる設計図を暴き出すためだけに、集中させた。

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