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『転生したら鎧だったので、自分で動けない。なので呪われた美少女妖精に乗り込んでもらって最強を目指します』  作者: 月影 朔
第1章:忘れられたダンジョン編

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第14話:ダンジョンの縄張り主

(リリア……。

なんだか、やべえのがいるぞ……)


 俺の魂から伝わる警報レベルの緊張感に、リリアもまた息を呑んだ。

ジャイアントバットの群れを撃退した安堵感など、一瞬で吹き飛んでしまった。


 俺の《共振探知》が捉える空洞の奥からの「響き」。

それはこれまで遭遇したどの魔物とも、全く異質のものだった。


 ジャイアントバットの超音波が甲高い高周波の雑音の集合体だったとすれば、今俺が感じているこの響きは、低く、重く、そして巨大な単一の振動源から発せられている。

十二気筒エンジンの待機音どころじゃない。

これは巨大な工場のプレス機が、一拍、また一拍と大地そのものを揺らしているような、底知れない力を秘めた振動だ。


「アルマ、この霊素の圧……今までの魔物とは桁が違いますわ……!」


 リリアの魂もまた、その尋常ならざる気配を《霊素視》で捉えていた。


「まるで、このダンジョンそのものが呼吸しているかのようです……!」


(呼吸、か。言い得て妙だな)


 進むべきか、退くべきか。

正直、今の俺たちの状態でこんな化け物とやり合いたいとは微塵も思わない。

鎧はボロボロ、魂は疲弊しきっている。


 だが、退くという選択肢は果たして安全なのか?


(引き返したって、さっきのゴブリンの残党が仲間を連れて戻ってきてるかもしれねえ。

どっちに進んでも地獄なら、前に進むしかねえよな!)


 我ながらとんでもなく前向きな(あるいはただの思考放棄な)結論だった。

しかしリリアもまた、俺のその狂気じみた決意に静かに頷いてくれた。


「ええ。

わたくしたちの道は、常に前にしかありませんわ」


(決まりだな。行こうぜ、相棒)

俺たちは覚悟を決め、ゴブリンたちが逃げ込んだ通路のさらに奥へと足を踏み入れた。


 一歩進むごとに《共振探知》が捉える「響き」は、より大きくより鮮明になっていく。

それと同時に周囲の環境も、目に見えて変化していった。

今まで歩いてきた湿気を含んだ苔むした石畳の通路は、いつしか乾燥しきった硬質な岩盤へと変わっていた。


 壁には巨大な獣がその爪を研いだかのような、深く鋭い傷跡が無数に刻まれている。

そして鼻をつく、微かな硫黄の匂い。

まるで火山の火口にでも近づいているかのようだ。


(この振動の間隔……一定だ。

眠っているのか?

いや違うな。これは呼吸に近い……。

とんでもないデカい図体のくせに、相当燃費が悪そうな動力炉を積んでるぜ、こいつは)


 俺は整備士の癖で、その振動のリズムから相手の生態を勝手に分析していた。


 やがて狭い通路を抜けた先、俺たちの目の前に広大なドーム状の空間が広がった。


(なんだ、ここは……)


 地底湖のあった空洞よりもさらに巨大な空間。

天井は暗くて見えないが、床一面が地熱で温められ、あちこちから立ち上る湯気が空間全体をぼんやりと照らし出している。

そして、その湯気の向こう側、広場の中央にそれはいた。


「…………あれは……」

リリアが息を呑む。


 彼女の魂から伝わってくるのは畏怖。そして絶望。


「《ロックリザード》……!

この第一階層の『主』と呼ばれる、岩トカゲの王ですわ……!」


小山のように巨大な影が、ゆっくりと動いている。

全長は路線バス一台分はあろうか。

全身を覆うのは溶岩が冷え固まったかのような、赤黒く鈍い光沢を放つ甲殻。それはもはや生物の鱗というより、鉱石の集合体と呼ぶべきものだった。


 巨大な脇腹が規則正しく、しかし地を揺るがすほどの迫力で上下している。

そのたびにワニのように横に張り出した鼻先から、「シュゴーッ」という灼熱の呼気が白い湯気となって噴き出された。

その周囲にはゴブリンやジャイアントバットのものだろうか、無数の真新しい骨がまるで食い散らかした残骸のように散らばっていた。


 間違いなくこいつが、このダンジョン第一階層の生態系の頂点。

この縄張りの絶対的な支配者だ。

その圧倒的な存在感を前に、俺の魂は本能的な恐怖でカタカタと震えていた。


(やべえ……。

次元が違う……!)


 ゴブリンとの連携戦を乗り越え、ジャイアントバットの群れを退けたことでほんの少しだけ芽生え始めていた自信が、木っ端微塵に砕け散る。

あれはダメだ。

勝てない。


 整備士の勘がそう告げている。

あの分厚い装甲、あの巨体。

衝突すればこちらの骨格が一瞬で鉄屑にされる。


 幸いなことに、ロックリザードはまだこちらに気づいていないようだった。

どうやら食後の休息を楽しんでいるらしい。


(今のうちだ。

データを取るぞ、リリア!

奴が動く前にやれるだけのことをやる!)


 俺は恐怖で凍りつきそうになる魂に鞭を打ち、スキルを発動させた。


 リリアも俺の決意を即座に読み取り、彼女の《霊素視》を最大まで研ぎ澄ませる。


(《機構造解析》、起動!)


 俺の魂の探知機が、遠距離からロックリザードの分析を開始する。

脳内にその驚異的な防御力の秘密が、設計図となって描き出されていく。


(なんだこの装甲……!?

単一の素材じゃないぞ!

表面は黒曜石に近い硬度を持ち、その下には衝撃を吸収するための雲母のような柔軟な層、さらにその下には熱を逃がすための結晶質の層……。

何層もの異なる鉱物層が完璧な比率で重なり合った、天然の複合装甲じゃないか!)


 前世の戦車の装甲もかくや、というほどの代物だ。

これでは並大抵の物理攻撃が通るはずがない。


「アルマ、わたくしも視えます……!」

リリアの案内が俺の分析を補強する。


「全身にまるで分厚い城壁のように高密度の霊素が滞留しています……!

ですがほんのわずか……関節や甲殻と甲殻の継ぎ目に、霊素の循環が淀んでいる箇所がいくつかあります!

あそこがおそらくは……!」


(弱点……!)


 どんなに完璧に見える機械にも、必ず設計上の弱点あるいは整備のための継ぎ目がある。

それと同じだ。

俺の設計図とリリアの回路図が、寸分の狂いもなく同じ「急所」を指し示していた。


 勝てるかもしれない。

いや、勝機はゼロじゃない。


(よし……。

このまま奴を起こさずに、静かに通り抜けるぞ)


 それが俺の出した結論だった。

いくら弱点が分かったからといって、こんな化け物と真正面からやり合うのは愚の骨頂だ。

君子危うきに近寄らず。整備士の基本は安全第一だ。


 俺が抜き足差し足忍び足で、この広場を突破する完璧な経路を脳内で計算し始めた、その時だった。


「アルマ、ダメです……!」

リリアが悲痛な声を上げた。


「この先へ進む道は、この広場の向こう側にしかありません!

あの魔物を避けて通ることは不可能ですわ……!」


(……マジかよ)


 俺はリリアが《霊素視》で捉えたこの空間の構造図を共有させてもらい、絶望した。

彼女の言う通りだった。


 このドーム状の広場は巨大な袋小路。

そして唯一の出口は、ロックリザードが鎮座するそのちょうど真後ろにしか存在しなかった。

つまりこのダンジョンを先に進むためには、この縄張り主を倒すか、あるいはその横をすり抜けるか、二つに一つ。


(……詰んだか?)


 俺がどうすべきか思考を巡らせていた、その時。


 ぴくりと、小山のように動かなかったロックリザードの瞼がほんのわずかに動いた。

そして溶岩のように赤く輝く巨大な片目が、ゆっくりと、ゆっくりと開かれる。

爬虫類特有の、縦に裂けた瞳孔。

そこには何の感情も映っていない。

ただ絶対的な捕食者としての、冷たい光だけが宿っている。


その瞳がギロリと、まっすぐに、寸分の狂いもなく俺たちの姿を捉えた。


「――グルルルルルルルルルルルル……」


 地の底から響くような低い唸り声。

空気が震える。


(見つかった……!)


 ロックリザードがその巨体を、ゆっくりと、しかし圧倒的な質量を感じさせながら起こし始める。

その全身から放たれる霊素の圧が、ゴブリンやジャイアントバットなど赤子に思えるほどの密度で俺たちに襲いかかってきた。

戦闘はもはや避けられない。


(やるしか、ないか……!)


 俺がボロボロの鎧の中でリリアと共に覚悟を決めた、その瞬間。

ロックリザードは最後の警告とばかりに、天を衝くほどの凄まじい咆哮を上げた。


 ダンジョン全体が揺れた。

俺たちの本当の試練が、今、始まろうとしていた。

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