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『転生したら鎧だったので、自分で動けない。なので呪われた美少女妖精に乗り込んでもらって最強を目指します』  作者: 月影 朔
第1章:忘れられたダンジョン編

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第13話:《共振探知》の目覚め

(視える……視えるぞ……!)


 暗闇はもはや暗闇ではなかった。

俺の魂が知覚しているのは光景ではない。音の景色だ。


 ジャイアントバット共が放つ無数の超音波がこの巨大な空洞を満たし、壁に天井に、そして俺の鎧に反響して複雑怪奇な波紋の海を作り出している。

そしてその波紋の発生源……奴ら一体一体が、俺の魂の画面上でチカチカと点滅する光点として「視えて」いた。


「アルマさま……もう……」

鎧の中から聞こえるリリアの悲鳴が、俺の意識を引き戻す。

そうだ。感心している場合じゃない。彼女の魂の光は今にも消え入りそうに弱々しく揺らめいている。

この拷問のような演奏会を、一刻も早く終わらせなければ。


(待ってろリリア。

今、この雑音の中から勝利の旋律を拾い出してやる……!)


 俺は整備士としての全経験を、この魂の聴覚に注ぎ込んだ。

そうだ。これはいつもの仕事と同じじゃないか。

客が持ち込んできた原因不明の異音を発するエンジン。


 俺はいつもどうしていただろうか?

ただ闇雲に分解したりはしない。

まずは聴診器を当てる。そして聞くんだ。

エンジンの悲鳴を。


 ピストンの打音、軸の回転、弁の開閉。

それらが織りなす正常な「響き」の中から、たった一つの不協和音……故障の原因となっている異常な「振動」を探し出す。


(これだ……!)


 俺の魂の中で最後の部品がカチリと嵌まる音がした。

俺が今やっていることは、それと全く同じだ。

俺のこの鉄の身体を巨大な聴診器として、この空洞全体の「響き」を聞いている。

敵が放つ超音波という雑音。

その雑音が壁や天井にぶつかって生まれる反響。

その二つの「共振」のズレを読み解けば、この空間の全てが立体的に把握できるはずだ!


 ――その瞬間、俺の魂に新たなスキルの名前が雷のように閃いた。


《共振探知》


 魂が震えた。

恐怖じゃない。歓喜だ。

リリアを守りたいというただ一つの願いが、俺の魂に眠っていた新たな才能をこじ開けたのだ。


(これだ! これが俺たちの反撃の狼煙だ!)


 スキルが覚醒したことで俺の魂が知覚する「音景」は、さらに鮮明なものへと進化していた。

もはやぼんやりとした光点の集まりじゃない。

そこにあるのは空洞の壁の凹凸、天井から垂れ下がる鍾乳石一本一本、そしてその中を飛び回るジャイアントバット一体一体の飛行経路までをも完璧に再現した、リアルタイムの三次元立体構造図だった。


「キィィィィィッ!」


 一体のジャイアントバットが俺の死角である背後から急降下してくる。


 以前の俺ならリリアの警告がなければ反応できなかっただろう。

だが、今の俺には「視えて」いた。

そいつが放つ超音波の波形が、他の個体と比べて急速に近づいてくるその音の変化まではっきりと。


(そこだ!)


 俺はリリアに指示を出すまでもなく身体を半回転させ、背後から迫る牙を左腕の装甲で弾き返した。

ガキン!という硬い音と共に、ジャイアントバットが体勢を崩して墜落していく。


「アルマ……!?

あなた……視えて……?」

リリアがか細くも驚愕に満ちた声を上げる。


(ああ、視えるぜリリア!

聞こえるんじゃなくて『視える』んだ!

このクソうるさい雑音が、今じゃ最高の探知機だ!)


 俺の魂から溢れ出す反撃の狼煙とも言うべき高揚感が、リリアの弱った魂に流れ込む。

彼女の魂の光がほんの少しだけ、力強さを取り戻した。


 よし、これならまだ戦える。

まずはリリアの安全確保が最優先だ。


 この立体構造図の中で、俺はある一点に気づいていた。

無数の超音波が干渉し合い互いの波を打ち消し合っている、奇跡のような「凪」の領域。

いわばこの嵐の中の、たった一つの安全地帯だ。


(リリア、俺の身体を動かしてくれ!

目標は前方三歩、右に二歩!

そこなら少しは楽になるはずだ!)


「……はいっ!」


 リリアは俺の意図を即座に理解し、最後の力を振り絞って鉄の身体を動かしてくれた。

ガコン、ガコンと数歩移動する。


 すると、どうだ。

あれほど激しく魂を揺さぶっていた不快な振動が、ピタリと止んだ。

完全な無音ではない。

だが、まるで分厚い防音壁に囲まれたかのように、リリアを苛んでいた直接的な攻撃が嘘のように和らいでいた。


「あ……楽に……なりました……。

すごい、アルマ……どうして……?」


(理屈は後だ!

それより俺に力を貸してくれリリア!

ここから俺たちの反撃だ!)


「……はい!」

リリアの力強い返事が俺の魂を満たす。

もはや俺たちに迷いはなかった。


 《共振探知》によって敵の全ては丸裸だ。

奴らはもはや脅威の魔獣の群れじゃない。

俺の脳内の探知機に映る、ただの目標に過ぎない。


(だが、油断はするな。

この《共振探知》を維持するには魂の大部分をそっちに割かなきゃならない。

複雑な攻撃はできない)


 繊細な霊素制御が必要な技は、今の状態では使えない。

だったら、やることは一つだ。

最も原始的で、最も確実な攻撃。


(リリア、俺の分析を信じろ!

これから奴らの動きを完璧に予測する。

お前は俺の予測を信じて、ただ最高の好機に最高の命令を出してくれ!)


「お任せください、わたくしの騎士様!」


 俺は探知した無数の目標の中から、最も密集している一団に狙いを定めた。

奴らは俺たちが安全地帯に移動したことに気づかず、新たな超音波を放ちながら次の攻撃のために降下を開始している。


(五、四、三……)


 俺は奴らが俺の攻撃範囲に入るまでの時間を数え始める。

その軌道、速度、角度、全てが俺の脳内で計算されていく。


(……二、一……)


(――ゼロ!)


 俺の予測とリリアの直感が完璧に重なった。


「今です、アルマ!

全身のバネを使って右に一回転!」


 俺はリリアの魂の絶叫を合図に、全ての思考を放棄しただその命令に従った。

ボロボロの鎧が軋む音を立てる。

ゴブリン戦で凹まされた右肩が悲鳴を上げる。


 だが、構うものか。


 俺はまるで円盤投げの選手のように、身体全体を強引に回転させた。

その遠心力を、しならせた右腕の先に集中させる。

それは剣技でもなんでもない。

ただの鉄の塊の、全力のぶん回しだ。

しかしその一撃は、《共振探知》による完璧な未来予測に導かれていた。


――ゴッ! ガッ! ドガァン!


 俺の右腕が急降下してきたジャイアントバットの密集地帯に、的確に叩き込まれる。

肉が潰れる鈍い感触、骨が砕ける硬い衝撃が連続して腕に伝わってきた。


 一撃で三体。


 さらにその衝撃で吹き飛ばされた個体が、隣を飛んでいた別の個体に激突する。

玉突き事故のように次々とバランスを崩し、数体のジャイアントバットが悲鳴を上げる間もなく床に叩きつけられた。


「キィィィィィッ!?」


「ギィィィ!?」


 一瞬にして統率の取れていたはずの群れに、混乱が広がった。

奴らにとって俺たちはただの獲物だったはずだ。

超音波で一方的に嬲り、弱ったところを安全に狩るただの餌。

その餌が自分たちの攻撃のど真ん中で、正確無比な反撃を繰り出してきた。

その事実は奴らの原始的な頭脳では、到底処理しきれない異常事態だった。


(まだだ!

もう一丁いくぞ!)


 混乱した群れが再び態勢を立て直そうと、空中で散開する。

その動きすら俺の《共振探知》は完璧に捉えていた。


「アルマ、次は左上!

最も密集している箇所へ!」


(おう!)


 俺は今度は左腕で、同じように全力のぶん回しを敢行する。

不格好で泥臭くて、およそ騎士とは呼べない無様な攻撃。

しかしその一撃一撃が、確実にジャイアントバットの群れを削り取っていく。


 やがて奴らの魂に刻まれた本能的な恐怖が、戦闘意欲を上回った。

こいつは餌じゃない。

暗闇の中でも「視ている」自分たちよりも格上の捕食者だ。


「「「キィィィィィィィィィィィィッ!!!」」」


 誰かが上げた退却の合図をきっかけに、残ったジャイアントバットたちは我先にと、きた時と同じように天井の暗闇の奥へと逃げ去っていった。


「はぁ……はぁ……」


 嵐のような羽ばたきと魂を削る超音波が消え去り、空洞に再び静寂が戻ってきた。

俺はボロボロの身体を支えながら、ゆっくりとその場に膝をついた。


(……終わった、のか……?)


「ええ……。終わりましたわ、アルマ。

あなたの、おかげです……」


 リリアの声はまだ弱々しかったが、そこには確かな安堵と俺への絶対的な信頼が込められていた。

俺は彼女のその声を聞いて、初めて心の底から安堵のため息をつくことができた。

守れた。

今度こそ俺は、俺たちの力でリリアを守り抜いたんだ。


 俺たちはしばらくその場で互いの魂の温もりを感じながら、消耗した霊素を回復させていた。

俺は覚醒したばかりの《共振探知》を、警戒のために起動させ続ける。

もう油断はしない。


すると。


 俺の魂の探知機が、この空洞のさらに奥。

ゴブリンたちが逃げていった通路の、その先から新たな「響き」を捉えた。


 それはジャイアントバットたちの甲高く無数に響き渡る振動とは、全く異質のものだった。

低く、重く、そして巨大な。

まるで大排気量の十二気筒エンジンが、地面の底で静かに待機しているかのような圧倒的な存在感を放つ振動。

それはこのダンジョンの第一階層そのものを、自分の縄張りだと主張するような揺るぎない王者の響きだった。


(リリア……。

なんだか、やべえのがいるぞ……)


 俺の魂から伝わる緊張に、リリアもまた息を呑んだ。

ジャイアントバットの群れは、ただの前座に過ぎなかったのかもしれない。


 俺たちの本当の試練は、まだ始まったばかりだった。

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