表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

第六話 口をつぐむ者たち

「今夜、誰かが奥方の部屋の外を通ったと?」


秋政様は眉をひそめた。


「はい。気のせいではないと思います。足音が、二度……決して見回りのものの歩き方ではありませんでした」


私は慎重に言葉を選びながら話した。


あの夜、“鬼ノ城”から帰った直後の異変は、ただの偶然ではない。


「誰かが、あの遺構のことを知っていて、近づいた私たちを牽制してきた……そう思えてなりません」


秋政様は黙った。


やがて重い声でこう言った。


「……やはり、お前には話しておくべきかもしれぬ。吉備には、“封じの掟”というものがある」


「封じの……掟?」


◇ ◇ ◇


それは、秋政家の先祖がこの地を治め始めた時から、代々密かに受け継がれてきた口伝だった。


“鬼の墓所には近づくな。吉備の古城に触れるな。異声を耳にしても返すな”。


「何百年も前から、吉備の支配層は“鬼の記憶”に蓋をしてきた。異郷から渡ってきた者たちが残した文明の痕跡も、歴史も――全て、忘れられるべきものとして」


私は、背筋がぞくりとするのを感じた。


語り継ぐべき歴史が、語ってはならぬ禁忌に変えられていた。


「……では、私たちが“あの骨”を見つけたことは……」


「間違いなく、誰かの逆鱗に触れた。おそらく、神官の一派か……あるいは、口伝を守る“民間の守人”かもしれぬ」


民間の守人――。


私は以前、村で見かけた「古い衣装をまとった老婆」の顔を思い出した。


話しかけても返事をせず、ただ祠の前で古語のような言葉をつぶやいていた。


◇ ◇ ◇


その日の午後、私は菊を伴って村のはずれへ向かった。


あの老婆に、もう一度会うために。


小さな祠の前、風に揺れる杉の枝の下。


彼女は、今日も静かに石を並べていた。


「……ごめんなさい。前に声をかけたの、覚えてますか?」


老婆はしばらく黙っていたが、ふいに、口を開いた。


「鬼の……棺に触れたのは、おまえか」


その声は、かすれてはいたが、確かな怒りを帯びていた。


「その者たちは、もう忘れられておる。封ぜられた。掟を破れば、村に災いがくる」


「でも……彼らは、人だったのでは?」


老婆は、目を細めた。


そしてぽつりと、こんなことを口にした。


「鬼は、鬼になったのじゃ。人々が“そう呼んだ”ゆえにな。


だが、鬼の子孫はいまもこの地に、生きておる。


口をつぐみ、名を伏せ、山に入り、声を殺して……な」


私は息をのんだ。


――鬼の血が、この吉備に今も……?


「奥方さま……やはりこれは、ただの昔語りではありません」


「ええ。そして、これはまだ“入口”なのよ」


鬼は、ただ退治されたのではない。


この地の“中に”、今もなお、その痕跡は息づいている。


その日の夜。


私は書庫で、古い文書を見つけた。秋政様の家に代々伝わる私家記。


古鬼記こきき』――鬼と呼ばれし者の記録。


最初のページに、震える筆致でこう記されていた。


>「温羅の子は死せず。赤き目を持ち、夜を歩み、言葉を封じし者なり」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ