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第五話 鬼ノ城へ

「鬼ノ城を知っているか?」


秋政様の問いに、私は首を振った。


「……名前だけなら、地元の伝説として聞いたことが。鬼が籠った古い砦、ですよね」


「そうだ。だがあれは、ただの“鬼退治の舞台”ではない。もっと古く、もっと重い、何かが眠っている」


秋政様の語り口には、珍しく迷いがあった。


彼がそういう時は、だいたい本気で「これは触れてはいけないものかもしれない」と思っているときだ。


けれど、私はすでに一歩、踏み出してしまった。


この地に根ざす“鬼”とは何か。その言葉の裏に、何が塗りこめられてきたのか。


引き返すには、遅すぎた。


◇ ◇ ◇


鬼ノきのじょう――。


それは、吉備の西方、深い山中に築かれた古代の山城だった。


築城時期も、築いた者も不明。ただ石積みの城壁と、巨大な礎石群だけが残され、古より“鬼の居城”として語り継がれてきた。


「人が住んでいたにしては、あまりに堅牢すぎる……」


菊がつぶやいたとき、私は足元の岩を見た。


手入れはされていないが、壁面の石材は巨大で、しかも整然と積まれている。技術的には、明らかにこの時代のものではない。


「まるで、大陸の築城様式みたいだね……」


思わず、口にしてしまった。


古代中国や朝鮮半島の石積みに酷似している。少なくとも、室町末期の日本では、こういう“面取りされた石材”は一般的じゃない。


秋政様が目を細めた。


「そう。伝え聞くところでは、かつてこの地に“百済の落人たち”が流れ着き、砦を築いたという。だが、文献には一切残っていない」


異郷の技術者。


吉備津神社で聞いた“温羅”の話と、ぴたりと重なる。


ふと、山の斜面に、掘られかけた古い墓のような石室を見つけた。


「秋政様、あれ……」


「知らぬ。初めて見る」


彼の声音に、ほんの少し緊張が走った。


私たちは石室の前に立ち、入口の崩れた部分から中をのぞき込んだ。


暗く湿った空間の奥、石の棺のようなものが横たわっていた。


――そこには、誰かの骨があった。


人間のものに見えるが、頭蓋はわずかに異形で、顎が前に突き出していた。


……もしかして、これは“異族”の特徴を持つ骨?


「温羅……なのか、これは」


誰ともなく、そうつぶやいた。


その時、石室の奥から風が吹いた。


いや、風というより、声だったような気がする。


――ワスレルナ……ワスレルナ……


低く、かすかに、響くような。


私は凍りつきそうになった。けれど、逃げなかった。


そこにあったのは、恐怖ではなく――記憶だった。


◇ ◇ ◇


帰り道、菊がぽつりと私に言った。


「奥方様……もし、温羅が“鬼”ではなかったとしたら、鬼にしたのは誰なのでしょうか?」


私は、答えられなかった。


けれど、分かり始めている。


“鬼”とは、この地に生きていた“異なるもの”の呼び名だった。


征服と服属の物語の中で、それは人から“物の怪”へと変えられていった。


語られなかった歴史が、今も静かに、地中に埋もれている。


――それを掘り起こすことは、誰かにとって都合が悪いのかもしれない。


そう気づいたのは、城に戻ったその夜。


私の部屋の障子の外に、見知らぬ足音が二度、通ったからだ。

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