表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

第四話 吉備の地に封じられしもの

鬼火が現れなくなってから、三日が過ぎた。


戦のない日々が続き、城下もどこか穏やかな空気に包まれている。


だけど、私はあの夜の「少年の影」と「鬼火の言葉」が忘れられなかった。


――「兄さまの魂が、ここで待ってる」――


鬼という存在は、本当にただの怪異なのか。


それとも、そこに人の心や、歴史が関係しているのではないか――。


◇ ◇ ◇


その日、私は「吉備津神社」へ向かっていた。


城から馬で一刻。山のふもとにあるその社は、神職の間では「鬼退治の社」と呼ばれ、かつて吉備津彦命が“温羅うら”という鬼を討った場所とされている。


「ここに、鬼が封じられていると聞いて……」


私は、神職にそう尋ねた。


すると、白装束の老神官は小さくうなずき、こう言った。


「封じられている、というよりも……忘れられようとしておるのです」


「忘れ……?」


神官は、拝殿の奥にある石室へ案内してくれた。


そこには、石棺のような大きな岩と、うっすらと掘られた文字があった。


「これは、“温羅”と書いてあるのでしょうか」


「はい。“うら”――かつて、吉備の地に住んでいた異郷の民の名です」


神官の話によれば、“温羅”は大陸から渡ってきた技術者の一族で、かつてこの地に築いた城を拠点に、独自の文化と技術で繁栄していたという。


だが、時の朝廷にとって、それは“異質な存在”だった。


力を持つ異族は、時に“鬼”として語られる。


「彼らは“討たれた”のではなく、“語り直された”のです。鬼として」


私は、息を飲んだ。


つまり、温羅とは“悪しき化け物”などではなく、吉備に根ざした別の歴史だったのかもしれない。


それが、いつしか“征服の物語”の中で、“退治されるべき存在”に書き換えられた――。


そして、鬼火。


あの青白い光は、忘れ去られた誰かの記憶――あるいは、その“語られなかった歴史”の亡霊だったのではないか。


◇ ◇ ◇


その帰り道、私は偶然、秋政様と出くわした。


彼は城下の古井戸を視察に来ていたらしい。


「……お前が神社に行っていたことは、家臣から聞いている」


「はい。どうしても、鬼のことが気になって……」


秋政様はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「我が家は、この地を治めるようになって三代。だが、その前にこの地に何があったか、誰も語りたがらぬ」


「だからこそ、知りたいと思ったのです」


私の言葉に、秋政様はわずかに目を細めた。


「戦の世にあって、忘れられるべきことと、語り継ぐべきこととがある。……お前は、どちらを選ぶ?」


私は迷わず、答えた。


「語られるべきものが“鬼”として黙らされたのなら、私は、それを聞きたい。聞くべきだと思います」


風が、草をゆらした。


秋政様は、それを見やりながらぽつりと言った。


「……ならば、ある場所に案内しよう。“鬼”と呼ばれた者たちの痕跡が、いまだ残る地だ」


私は、頷いた。


鬼とは、何者なのか。


なぜ語られ、そして消されたのか。


戦乱の世の奥底に沈む、失われた記憶の糸を、私は少しずつ、たぐり寄せていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ