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第一話 徒然なるままに、死んで起きたら結婚してた件

人の心と書いて、“忙しい”と読む。――これは現代人の話。私の話ではない。


私は、そんな喧噪とは縁遠く、図書室の片隅で徒然草を愛読しながら、高校生活を穏やかにやりすごしていた。友だち? いたけど、みんな進路でバタバタしてて、最近はもっぱら私一人で古典文学に耽っている。


兼好法師の言葉は、時代を超えてしみる。


「世の中にたえて桜のなかりせば――」


春の騒がしさも、失恋も、承認欲求も、なければそれはそれでいい。


……そう思っていたのに、なんで私は、今――


――地味に重たい打掛うちかけを着せられ、知らないお城の一室で、


知らない男に「これより、我が妻として迎える」とか言われてるの?


「あ、あの、私……」


口がうまく動かない。あれだ。夢だ、これは夢。


ひとまず情報を整理しよう。さっき、横断歩道を渡っていたら、トラックが――はい、死亡確定。そこから記憶がない。


そして目覚めたら、私は「お嬢様」と呼ばれ、身支度を整えられ、何もわからないままこの座敷に通されて、婚礼の儀とかいう茶番が始まった。


……これ、転生じゃん。


「顔色がすぐれぬが……やはり、嫌か。我のような男では……」


気づけば、隣に正座していたのは、二十代後半くらいの男だった。凛とした眉に、少し疲れたような目元。鎧姿ではなく、礼装の裃をまとい、膝の上に手を置いて、じっと私を見ている。


えっ、意外と、イケメン?


いやいや、そうじゃない。私はいつの間にか、この人の“妻”にされてるってこと?


待って、私、婚姻届とか書いてないんだけど?


「いえ……その、ただ、少し……戸惑っているだけで……」


とっさにそう言った私は、なぜか正座を崩せず、内心で泣いていた。


だって、こんなシチュエーション、徒然草に書いてない!!


数日後。


私は、「吉備の国」にある城の奥方としての生活を始めていた。


名前は「かえで」と呼ばれている。元々この身体に宿っていた人の名前らしい。


そして夫の名は「秋政あきまさ」。吉備の国でも小さな領地を治める戦国武将。


どうやら私――いや、楓は、政略結婚で秋政に嫁がされてきたらしい。


転生って……チート能力とかないの?


スキルもステータス画面もない。あるのは――


――徒然草、全文暗記。あと、高校レベルの現代知識。


……うん、逆にこれでどうやって生き延びろっていうの?


けれど私は誓った。


兼好法師ならこう言っただろう。


「命長ければ辱多し」。されど、生きてこそ徒然あり。


戦の世にあって、女にできることなんて限られている。


でも、だからといって流されているだけの人生は――つまらない。


ならば私は、この『徒然草』でこの時代を生き抜いてみせる。


まずは、夫の性格分析と、この城の勢力図から始めようか。


そして、密かに耳にした「鬼」の噂――それが、やがて私の運命を大きく動かすことになる。


――戦国の世。徒然なるままに生きる少女の、波乱の幕が、いま開く。

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