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第3話 初の華麗なるバトル①

 月明かりに照らされる王都のはずれ、山道へと続く細い道には幾つもの馬車が並び、そのどれもが豪華絢爛(ごうかけんらん)な外装を誇っていた。車体には魔導の紋様が刻まれ、煌びやかなランタンが光を揺らめかせている。そこかしこで貴族らしい笑い声や歓声が飛び交い、まるで夜の野外舞踏会のような(にぎわ)わいを見せていた。


「さあ、ここだよ」


 先頭に立つ青年――ライナスは、ゆっくりと歩を進めながらミレイ・ブラウンを振り返る。彼の案内で、ついにミレイは夜の峠バトルの会場へ足を踏み入れたのだ。頭で想像していた以上の喧騒と熱気に、ミレイは一瞬足がすくむような気がした。


「すごい……本当にこんなに大勢の方が」

「普段は王城で優雅に過ごしている人たちも、ここでは馬車を駆る走り手として勝負を挑むんだ。ほら、見てごらん」


 ライナスの視線の先では、きらびやかなドレスを(まと)った貴族令嬢が、華奢(ごうしゃ)な外見に反して魔導馬車のハンドルを握り、助手席の従者とともにコースへ乗り出していく。その馬車は魔導強化を施した車輪が光を放ち、グンと加速して闇の奥へと消えていった。


 ミレイが連れてきたのは、いつも配達に使っている簡素な木製の馬車。軽量さが売りではあるが、その外見は周囲と比べてあまりにも地味だった。馬車の周囲に目をやると、装飾に宝石を散りばめたようなものから、漆塗りのように輝くものまで、様々なカスタムが施されている。車体の下には魔導の力を込めた装置が取り付けられ、坂を下るスピードと安定性を両立させる工夫が凝らされているらしい。


 それらと見比べれば、ミレイの馬車は使い込まれた木の質感がむき出しで、装飾と呼べるものはほとんどない。いつもどおり荷台にはチーズの配達道具が積まれているスペースがあり、(ほろ)には無数の擦り傷が残っている。折しも周囲の貴族たちが目を向け、クスクスと笑い声を上げていた。


「なんだ、あの馬車。まさか競走に出るのか?」

「町娘が一時の興味で来たのかしら。まあ、すぐに怖気づくに決まっているわ」


 ミレイは彼らの声に一瞬たじろぐが、それでもライナスの励ますようなまなざしを背に受け、意を決して自らの馬車へと乗り込む。


「大丈夫、心配はいらない。君は配達馬車を操る腕がある」

「……はい。そう言ってもらえると少し落ち着きます」


 呼吸を整えてハンドルを握りしめると、不思議なほど心が静かになった。確かに外装は地味だが、誰よりもこの馬車の特性を知り尽くしているのは自分だという自負がある。坂道や狭い路地を何度も走ってきた記憶が、自然と指先に力を与えてくれる。


 一方、その喧騒から少し離れた場所で、漆黒の馬車が待機していた。艶やかな黒いボディは闇夜と溶け合うように輝き、車輪には魔導の力を封じ込めた宝石が()め込まれている。乗り込むのはクロエ・ド・ベルベット。彼女の姿が視界に入るや、周囲の貴族たちは思わず息をのむ。


「クロエ様のお馬車……今夜も(うるわ)しい」

「今宵は殿下もいらっしゃるらしいわ。どんな走りを見せるのかしら」


 噂話に耳を貸すことなく、クロエはしなやかな動作でハンドルを握る。彼女の冷ややかな眼差しが峠の入口を射抜くように見据え、周囲には一切妥協を許さない威圧感を放っていた。


「今夜も私が一番になる」


 小さくつぶやいた彼女の唇からは、硬い決意が溢れている。馬車のエンジンに相当する魔導石が赤く瞬き、低い唸りを響かせた。クロエの合図とともに、馬車が闇の中へと滑り出す。


 やがて、合図のランタンが振られると同時に複数の馬車がコースへ入っていく。初めて目にする本格的なスタートの雰囲気に、ミレイは胸の鼓動が早まるのを感じた。貴族たちは次々と馬車を加速させ、峠の急勾配を一気に下り始める。そのドリフト技術や速度は、配達用の馬車しか知らないミレイにとって圧倒的とも言える光景だった。


 轟々と風を切る音、ランタンの淡い光に照らし出されるコーナー。断崖絶壁を縫うように続く蛇行した道は、まさしく「夜の舞踏会」と呼ぶに相応しい。馬車はダンスのごとく滑らかな軌跡を描き、時には火花を散らしながらコーナーを曲がっていく。見とれてしまいそうになるが、ミレイもまたそのコースに挑もうとしているのだ。緊張を振り払うように大きく息を吸い、アクセルを踏み込む。


「行きます……!」


 歯を食いしばってアクセルを強めると、ミレイの馬車が意外なほど素直に反応する。軽量な車体はすぐにスピードに乗り、魔導の装置こそ最小限だが、それが返って操作をわかりやすくしていた。ハンドルを切るたび、木製の車輪がギュッと路面を捉える感触が伝わってくる。


「なんて扱いやすいんだろう……」


 今まで何気なく配達をこなしてきただけだったが、こうして本気で走ってみると、馬車本来の性能が浮き彫りになる。曲がりくねった道に合わせ、インを突くようにハンドルを切ると、思った以上にスルリと馬車がコーナーへ飛び込んでいく。周囲には華やかにカスタムされた馬車が走っているが、その大きな車体は狭いコーナーで速度を落とさざるを得ない。対してミレイの馬車は驚くほどの小回りをきかせ、最短ルートを駆け抜けられるのだ。


 コース上では、華やかなドレスやタキシードを纏った貴族の若者たちが集まり、他の馬車の走りを見守っていた。そんな中、まさかの下町風情が漂う木製馬車がぐんぐん追い上げてくると、次第に驚きの声が上がり始める。


「なんだ、あの地味な馬車……いや、でも速いぞ!」

「嘘でしょう、あれはどんな魔導チューンをしているの?」


 実際には大したチューニングは施されていない。だが、ミレイの積み重ねてきた配達経験が、その馬車の特性を最大限に活かしているのだ。

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