098.ラントの策とマリーの憂鬱
「さて、困ったな」
「どうした、ラント。何を困ることがある。策があるのだろう」
「ある、あるにはあるがどの程度森に被害が出るか予想がつかん。あまり森を荒らす訳にはいかんのだろう。その塩梅がな」
「なるほど、大きく森を荒らす事を恐れているのだな。殊勝なことだ。褒めてつかわす」
「あぁ。その通りだ。情報が要る。だから少し待て。あと少し魔力を抑えろ。全員恐れ慄いているぞ」
ラントは腕を組んで考え込んだ。ヒューバートやヴィクトールなど畏まっている。ガンツはヒューバートの後ろに隠れている。
堂々としているのはルートヴィヒだけだ。ラントとリリアナの仲が良いことを察してなんとかなると思っているのだろう。もしくは死を覚悟しているのかも知れない。
リリアナは完璧に魔力隠蔽をしてみせた。それで全員の顔色が少しよくなる。
城で会ったルートヴィヒの嫡子ヘルムートはきちんと育っていた。そろそろ隠居も考えていると言っていた。故にあまり生に執着がないのだろう。公爵という役職を十全に果たした老人なのだ。
(だが失うには惜しい)
だがラントはルートヴィヒを失いたくなかった。あまり長くは接していないが良い老人だと思っている。こういう老人が失われるだけでアーガス王国の損失だ。
幸いリリアナは強硬に人族を殺そうとするようなエルフではない。エルフと人族の歴史は長い。エルフたちには人族を救うべきではなかったと強硬に主張する者たちもいると聞く。人族も森を荒らすからだ。
少なくともリリアナは尊大ではあるが、そういう類ではない。このままラントがきちんと樹海の問題を解決すれば満足して里に帰って行くだろう。
(まさかこのまま付いてきたりはしないよな)
ラントはその想像を放り投げた。今考えるべきはそこではないと自分に言い聞かせて。
「それで、どういう策なのだ」
「この地点で育った主たちを戦わせる。そして魔核を喰らう前に奪う。そうすれば主の数は減り、強化もされない。後は傷ついた主を討伐すれば良い。しばらく森は安泰になるだろう。そのうち新たな縄張りを持つ主がでるだろうがそれが樹海の摂理だ。アールヴたちも縄張りを持つ魔物たちの存在まで許容しないわけではないだろう」
リリアナは当然とばかりに頷いた。
「当たり前だ。魔物も森の一部。我らの里に、精霊樹に寄って来さえしなければ放置する。たまに阿呆な魔物がでるのでそれらは狩る。ほれ、この剣もそうだ。阿呆な魔物たちが大挙して攻め込んできたので返り討ちにしたのだ。その戦利品よ」
「四ツ腕大鎌斬の刃か。魔力をよく通し、斬れ味も良い。それに頑丈だ。アールヴの姫が持つにふさわしい剣だな。森で出会えば死を覚悟しろと言われる強敵だ」
「ふふん、わかるか。これは私自らが狩った戦利品だ。弓は精霊樹様から枝を頂いた。剪定はせねばならぬからな、有り難く使わせて貰っている」
ラントはリリアナの弓をよく見た。精霊樹の枝を使った弓などラントですら持っていない。矢はエルダートレントの枝を削って使っているようだ。
エルフは金属を使わない訳ではない。普通に使う。なぜなら樹海にも鉱脈はあるからだ。特に魔法銀を大切にする。水を穢さない程度に取るのだ。
ドワーフは森の事など気にせず採掘するから嫌われる。人族も同じだ。繁殖力で勝つ人族は最初は魔物に対抗する為に、次に生活の為の多大な需要に負け、鉱山を採掘するようになった。そして水が汚れ、森が荒れる。故に一部のエルフからは人族は蛇蝎の如く嫌われている。
だが彼らも基本森に籠もっている。おかげでエルフの人族大虐殺などの歴史は起きていない。ただ運の悪い者が出会い、出会い次第殺されるだけの話だ。
「いい弓だな。俺の弓はエルダートレントの変異種の枝を使ったものだ。だが精霊樹の枝を使った弓など見たことがない。見せては貰えないか」
「ふふん、仕方がないな。ラントの頼みだ。特別に手に取ることを許そう」
ラントは精霊樹の枝から作られた弓を手に取った。素晴らしい品だ。加工も最高級だ。ラントでもこれほどの加工はできない。魔法石が嵌り、魔法銀の弦が張ってある。
それにリリアナはいくつもの装飾品を着けている。全てミスリルだ。リリアナが歩く時に小さくシャランシャランと音がしていた。おそらくミスリルの鎖帷子を中に着込んでいるのだろう。
(あれほど音のしない鎖帷子を作れるとは。やはりエルフは侮れんな)
装飾品などの加工はエルフの得意とするところだ。ドワーフにも負けない素晴らしい装飾品を作り上げることで有名だ。だがそれらは決して流出しない。どんだけ金を積んでも得られるものではない。例えアーガス国王や帝国皇帝が望んでも得られないだろう。
ラントはエルフの装飾品の美しさに目を奪われた。素晴らしい品だ。つい魔眼を使ってしまった。大量の魔法が掛けられている。ラントも一つの装飾品にあれほどの魔法を掛けることはできない。
錬金術の腕でも負けている。極致だと思った。だがいつかはエルフの技術にも負けない物を作り上げて見せるとラントは誓った。
◇ ◇
「ラントは何をしているのかしら。そろそろ解決しているかしら」
マリーが茶を飲みながら呟くとエリーが反論してくる。
「マルグリットお嬢様、流石にラント様でも早すぎますよ。クラクフ市についてまだ間もないでしょう。それほど簡単に解決できるのであれば公爵閣下がとっくに解決しています。もしくはハンターギルドが何かしら対策を練るでしょう。それが出来ない為にラント様は呼ばれたのです。まだほんの十日ほどではないですか」
「でもラントなら樹海で新しい女を引っ掛けていてもおかしくはないわ。魔物に襲われているハンターを助けて惚れられる。あり得ると思わない?」
エリーはマリーの言い分に呆れたようだ。珍しくマリーを咎めるような表情をしている。
「そんなこといい出したらきりがありませんよ。マルグリットお嬢様も私もラント様に助けられた仲ではないですか。ラント様は女性に慣れていたご様子。同じような状況になって助けたハンターは多いでしょう。そしてラント様に抱かれる。アーガス王国やアウグスト帝国、元居た北方諸国にラント様のお子が幾らいても私は驚きませんよ」
「そうね、エリーの言う通りね。ラントは素晴らしいもの。惚れない女なんていないわ」
エリーは更に呆れたように言葉を紡いだ。
「マルグリットお嬢様はラント様の事になると本当に盲目になりますね。考えすぎです。ラント様に惚れない女だって世の中には沢山存在致しますよ。ラント様はお力を隠していられたのです。今のように多大に王国に貢献したり、多数の貴族を救ったりしていた訳ではありません。そのように仕向けたのはマルグリットお嬢様、貴女本人でしょう。違いますか」
マリーは首を振ってエリーの問に答えた。
「いいえ、違いないわ。わたくしはラント欲しさに彼を無理やり表舞台に立たせた張本人よ。確かに恋とは恐ろしいものね。わたくしが盲目になるなど寒気がするわ。でもラントが愛おしくて仕方がないの。エリー、貴女もわかるでしょう」
エリーは静かに同意した。
「わかりますよ、抱かれているのです。寂しい気持ちも十分におわかりします。しかし私はマルグリットお嬢様が一番です。マルグリットお嬢様がお許しにならなければラント様に抱かれることなどありませんでした。一生乙女でも良かったと思っているくらいです。育ててくれた両親には申し訳ないですけれどね。マルグリットお嬢様が嫁げと命令すればどんな豚にでも嫁ぎましょう。どちらにせよラント様が助けてくれなければなかった命です。ラント様の為に私も命を張りましょう。ただラント様には私の助力など必要なさそうですが」
マリーは茶菓子を摘みながら頷いた。遮音の結界の魔法具はラントに貰っている。マリーたちの会話は同じ部屋にいる侍女や使用人たちには聞こえていない。
「そうね、ラントは放っておいても幾らでも功を挙げてくるわ。ラントが早く出世して欲しいと言うのはわたくしの我儘だと言うのはわかっているの。でも他の女たちが好き放題にラントに抱かれていると言うのに、わたくしはラントに抱きしめて貰うことしかできないわ。エリー、貴女が羨ましいわ。わたくしもせめて子爵か伯爵の娘であれば今頃手折られていたでしょう」
「生まれは誰にも選べません。ラント様の生まれをご存知でしょう。酷い所だと聞きますよ。常に戦乱が起き、満足に夜も寝られないでしょう更に北の大樹海に囲まれていて魔物の氾濫にも気をつけなければなりません。北の海の魔物は強大で海も渡れないと聞きます。そんな世界で生き抜いてきたのがラント様なのです。私たちの常識などで測れないほどに恐ろしい世界を生き抜いてきたからこそ、今王国の英雄としてラント様はそのお力を振るっているのです」
マリーはエリーの言い分を認めた。寂しさのあまりに思考がショートしていたようだ。ラントを信頼しすぎているとも言える。ラントなら必ずなんとかしてくれるだろう。そういう期待がある。そしてラントは全ての期待に、期待以上の成果を持って応えて来た。
ランドバルト侯爵の反乱を収めるだけでなく、コルネリウスを狙った刺客を二回も撃退したと言う。
ラントは未来が見えているのではないか、そう思えてしまう。
ラントも神気を持っている。聖人や聖女の話など聖書の中にしか記載されていない。そして聖人や聖女が何をできるかは誰も知らない。力に目覚めた聖人や聖女はそれぞれ得意分野があるのだ。故にラントが何をできるのか、マリーが何をできるのかは自分たちしかわからない。
王国にもほとんど記録が残っていないのだ。聖人であるラントであれば何ができたとしてもおかしくはない。マリーに神気の扱い方を教えているのだ。自分が使えない訳はないだろう。
(ふぅ、少し落ち着かなくてはいけないわね。ラント成分が足らないわ)
故にラントが何を行えたとしても、マリーは驚かないつもりであった。だがラントが活躍する度にマリーは驚いてきた。
それでついマリーはラントに甘えてしまうのだ。ラントならなんとかしてくれる。予想以上のスピードで丸く収めてくれる。早く帰って来て欲しい。そう願うしかマリーにはできない。
「気分転換に外に出ましょう。公爵家の魔法士や魔導士資格を持っている分家の者などに魔力制御や操作を教えて貰うのです。ラント様以外の意見も聞いておいて損はないですよ。案外ラント様は大雑把です。自身は全て出来てしまうから教えるのに適しているとは思えません。遥か彼方を飛ぶ鳥に『ほら、簡単だろう』と言われているような物です。ラント様は以前言っていたじゃないですか。帰って来るまでに魔力隠蔽を覚えておけと。マルグリットお嬢様は毎日必死に頑張っておられました。しかし魔力隠蔽はラント様が帰って来るまでに習得できませんでした。ラント様が思っていたより早く帰って来たのもありますが、アレがラント様の標準なのです。見本にしてはいけませんよ」
エリーに諭されてマリーはようやく気付いた。ラントは規格外なのだ。ラントを基準にしてはいけない。そんなことに気付いていないことに自身で驚いた。本当に恋は盲目らしい。
公爵家の分家の娘で魔導士資格を取った俊英がいる。もう結婚して子もいるがまだ魔導士を続けていた筈だ。
彼女に教わってみよう。ラントが帰るまでに少しでもマリーは上達したかった。気晴らしにもなるだろう。城に引き籠もっていてはいけない。
「そうね、エリーの言う通り魔導士に教えを請いましょう」
マリーはエリーを連れて城の外に出た。呼び出した魔導士は全てを放り投げてマリーの要請に応えた。




