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096.ラントとリリアナ

 ラントは先触れを放った。

 ルートヴィヒたちや残りの第四騎士団たちは樹海の前で陣を張っている。エルフの姫を連れて帰るなど先に言っておかねば大混乱に陥るだろう。

 ラントに命じられた斥候たちも即座に動いた。これで大丈夫だ。ルートヴィヒはエルフの扱いを間違えるとは思わない。アレで居て長年公爵をやっているのだ。如才なくリリアナの相手をしてくれるだろう。公爵が跪く相手など国王陛下や王妃殿下、王太子殿下くらいだ。だがエルフは別だ。人族全ての救世主なのだ。跪かない理由がない。

 ドワーフたちはあまり恩を着せようとしない。基本はドワーフの里に居るがヒトの世に出て工房を持ってドワーフがいるくらいだ。それは人族が様々な酒を作るのが理由だと言われている。


『行こうか、森の前に陣を張っている。そこが俺達の今回の本拠地だ』

『そうか、樹海近くにやけにヒトが多いと思っていたがお前たちだったのだな。案内することを許す』


 ラントとリリアナは歩き出した。ヒューバートやヴィクトールたちは距離を取って付いてきている。エルフになど近づきたくもないのだろう。気持ちはよくわかる。ラントもさっさと尻尾を巻いて逃げたい気分だった。だがリリアナはラントを気に入ったのか逃さない。任務もあるのでラントも逃げられない。八方塞がりだった。

 だが貴重な情報源だ。聞き出せるだけ聞かねばならない。ラントは敢えて精霊語で話し掛けた。ヒューバートたちに聞かれたくない話がでるかも知れないからだ。


『魔寄せ香はどれだけ置かれているんだ?』

『ふむ、南北に最初置かれ、段々と中央に向かって移動しているようだ。樹海の向こうの荒野に潜んでいる人族たちの仕業だろう。森が騒がしくて堪らぬ』 

『なるほど、蠱毒か』

『なんだそれは』


 リリアナが問いかけてくる。美しい翠の瞳と目が合った。


『要は強い魔物を中央に集め、戦わせるんだ。そして勝ち残った真の樹海の主ができる。それを俺達にぶつけるつもりなのだろう。魔物の大氾濫と同時にな』


 リリアナは呆れているようだった。


『なんと馬鹿なことを。森の生態系が大幅に崩れるではないか。精霊樹にも影響がでかねん。やはり人族は信用ならんな。我らが先祖たちもなぜこんな阿呆な奴らを助けたのか。気が触れて居たとしか思えん』

『全員が全員阿呆な訳ではない。ただ稀に大きな阿呆が権力を握る事がある。それだけのことだ。代わりに俺が謝ろう。すまぬな。迷惑を掛ける』


 ラントが礼をするとリリアナは大仰に頷いた。


『ラントは悪い事はしておらぬ。寛大な私は許そうぞ。だが森を穢した奴らは許せぬ』

『俺も許せん。必ず殲滅しよう。約束する』

『ほう、自身の手でやると言うのか。いいのか? 頼み込めば私も手を貸すぞ? 私は誰よりも強い。兄様よりも強いぞ。父上にはまだ敵わんがな。良くて引き分けというところだ』


 たった三百年で族長とタイマンで引き分けられるなら相当の才だ。おそらくエルフの中でもリリアナは特別な才を持っているのだろう。協力してくれれば非常に助かる。だがラントは断った。


『返せる当てがない。借りはできるだけ作らない主義なんだ』

『くっくっく、ラント、お前なかなか面白いな。我が伴侶に選んでやろうか。父上がうるさいのだ。お前なら見所がある。里の軟弱な男どもより余程良い』


 リリアナは美しく笑った。マリーとは違う色気がある。だがそれに騙されてはならない。この美しさには猛毒が潜んでいるのだ。


『すまんな、先約がある』


 ラントが断るとリリアナは大声を出して笑った。


『ハッハッハ、私の誘いを断るか、剛毅なことだ。アールヴの里でも私の伴侶になりたい者など五万と居るぞ。ならば百年後でどうだ。伴侶も死んでいるだろう。そしてラント、お主は生き残る。違うか? 精霊様の加護を頂いているのだ。百年程度では死なぬだろう。更に神の加護まで頂いているではないか。寿命などないだろう。もしや私よりも長生きするやもしれぬ』

『そうかもな。だがまだ二十五しか生きていない。どれだけ生きるかなど俺にはわからん。どこかで間違えて死ぬかもしれんしな』

『まだ二十五か。子供だな。だが雷の大精霊様が居るのだ。誰がお前を殺せることか。私ですら難しいぞ。くくくっ』


 リリアナは壺に入ったのか笑っている。

 やはり精霊語で喋っていて良かったとラントは思った。ラントの寿命はリリアナが言う通り長い。

 神の加護を頂き、神気を持ち聖人で、精霊の加護まで貰っているのだ。百年程度で死ぬはずがない。ジジイと同じだ。ジジイは六十の時に神の試練を突破したと聞いた。だがラントは十四の時だ。更に精霊の試練も突破した。二十の時だ。老化が遅くなっている自覚はある。おそらくこのあたりで止まるだろう。だがそれでは教会に聖人だとバレる。だから幻影の腕輪だ。それで段々と老けさせて見せる。そして六十から八十くらいまで生きたら煙のように消える。そして竜人族の居る島国に渡ったり獣人族の国に行ったりする。それがラントの人生計画だった。


(マリーも聖女だ。長く生きるかもしれんな。神気を鍛えれば数百年は生きてもおかしくはない。実際ジジイと言う現役の聖人が居る。教会にも数百年生きた聖女の伝説が残っている。まぁマリーとなら長く一緒に生きても良いだろう。アレはいい女だ。美人は三日で飽きると言うがいつ見ても飽きが来ないな)


 ラントはマリーについても考えたがとりあえず脇に置き、リリアナに念を押すことにした。


『バレていたか。だが誰にも言うな。警戒されているんだ』

『くくくっ、それで精霊語か。まぁ強き者は常に警戒される。世の常だな。それはヒトの世でも変わらぬと見える。私も兄に族長の座を奪われないか警戒されている。誰が族長になどなるものか。一生を精霊樹に縛られるなど考えられん。私はもっと好きに生きたいのだ』


 リリアナはエルフとは思えぬ暴言を吐いた。


『同感だな。だが良いのか、アールヴの姫よ。精霊樹は信仰対象だろう』

『精霊樹は大事だ。だがそれを私が守らずとも里の皆が守れば良い。それだけの話だ。私は狩りや戦いが好きなのだ。巫女として精霊樹の根本の祠で祀られたい訳ではない。既に精霊様の試練も突破したしな』


 リリアナは苦笑しながら語りだす。


『なるほどな、アールヴの族長も大変だと見える。ヒトの王と一緒だな。俺も王なんてごめんだ』

『くくっ、気が合うな。やはり百年後にラントを伴侶に迎えるとしよう。父上もお前なら文句も言うまい。私が選んだ男だ。だが父上や兄上には実力を見せねばならぬ。大精霊の試練並に厳しいぞ』

『百年も先のことなど考えられぬ。その時になったら考えるさ。まずは森の異変が大事だ』


 ラントは天を仰いで言った。


『そうだな、我らアールヴも戦士たちを向かわせようと思っていたところだ。強大な魔獣が生まれそうになっている。あそこまで強力になると我らアールヴの戦士たちでも危ない』

『それほどか。帝国は卑劣な手を使うな。エーファ王国も今どうなっているか。アーガス王国だけではないだろう。様々な所から切り崩されているな』


 ラントたちは話しながら歩き、気がついたら樹海を抜けていた。ルートヴィヒや第四騎士団が作った陣地が見える。

 何せラントが植物魔法を使わなくともリリアナが歩くだけで樹木や下草が避けていく。魔物たちも近寄って来ない。魔境と呼ばれる樹海が散歩するように歩ける。ラントも似たような事ができるがレベルが違う。自然と森がリリアナに従うのだ。やはり森でエルフと争うのは無謀だと思った。



 ◇ ◇



「なぁ、あいつら何を話しているんだと思う? なんか仲良さそうに喋っているぞ」

「さぁ、精霊語でしょう。私も知りません。まさかエルフに会うことがあるとは。人生で一度きりの事でしょう。ハンス閣下ですら出会ったことはないと思います。幸運なのか不運なのか、しかし友好的に接しています。クレットガウ卿が居て良かったですね」


 ヒューバートとヴィクトールはラントたちが談笑しているのを少し離れて見ていた。何を話しているのかはわからない。身体強化をして聴力を強化しても良いが言葉がわからないし、盗み聞きをすれば必ずバレるだろう。ならば大人しくついていくしかない。どの道今回の大将はラントだ。ラントの指示に従わなければならない。

 ヒューバートもまさかエルフに会うとは思わなかった。ラントはやはり何かを持っている。これが吉兆か、それとも悪いきざしなのかはヒューバートには判断できない。

 王国の新たなる英雄もエルフの扱いには難儀しているように見える。ヒューバートなど跪くことしかできない。あんな風に笑いながら話すなど考えたこともなかった。


「まぁ俺たちはついていくしかないだろう。公爵閣下も斥候から話を聞いて慌てていることだろう。閣下ですら流石にエルフの姫には逆らえん」

「そうですね。私も敵う気がしません。宮廷魔導士と言っても所詮ヒトの身。千年を生きると言うエルフには敵わないでしょう。膨大な魔力を全く隠しもしていません。ハンス閣下よりも圧倒的に強いですよ。見た目の若さに騙されてはなりません」

「そんなことくらい気付いている。あの歩き方一つで強さがわかるぞ。剣士としても超一流だ。俺も剣を交えたくはないな。クレットガウ卿は強いがヒトの域はまだ越えてはいない。もしや隠しているのかも知れぬがな。だがあのエルフの女は圧倒的だ。大樹海が庭のようだ。自然と樹木が避けているぞ。魔法など使っていない。森でエルフと事を構えるな、至言だな。敵う気がしない」


 他の騎士や魔法士たちはおそるおそる付いてきている。何せエルフだ。伝承にしか残っていない。実物を見る者などここには誰も居ないだろう。それほどエルフというのは希少な種族なのだ。森から出ず、出会い、間違えて機嫌を損なえば必ず殺される。か弱い人族などひれ伏すしか手はない。


 ただエルフは残酷な種族でもなんでもない。強大な力を持っているだけでひれ伏せばゴミを見るような目で見逃してくれると出会った者の手記に残っている。

 ならば賢い対策としてひれ伏せば良いのだ。そうでなければ死ぬ。ヒューバートはまだ死にたくなかった。命の為なら跪くくらい幾らでもしよう。国王陛下の命を狙われたら戦わざるを得ないが、そういう様子でもない。

 リリアナと友好的に接しているラントが居て本当に良かったとヒューバートは胸を撫で下ろした。


 気がつくと樹海を抜けている。斥候たちから報告を聞かねばならないが、それよりも大きな問題が降って湧いてきた。

 ラントはどうするつもりなのだろうか。エルフたちと共闘するのだろうか。ヒューバートにはラントの心の内は読めなかった。


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