093.一級ハンター
「ほう、いい腕だな」
「お褒め頂き、光栄です。本気で行かせて頂きます」
ラントは飛んできた短剣とほぼ同時に両手に短剣を構えて向かってくるガンツの双剣を片手で捌く。短槍使いが突っ込んできて左脇に周り、突きを放つ。上半身を後ろに下げ、短槍を避けるとガンツが脇にどき、リーダーであるザップが魔法剣を構えて飛び上がり、唐竹割りに剣を振り下ろしてくる。本気で殺しにきているなと思った。だがそれでいい。
(連携もなかなかだな。流石一級だ。隙がない)
ラントはニヤリと笑った。ほろ酔いで相手するくらいがちょうどよい。動いたので酒が回ってきた。それがまた気分をよくさせてくる。最近は騎士を指導するばかりで体を動かしてなかった。本気の戦いは久しぶりだ。なのでラントも楽しむことにした。
槍使いと逆の方向に避けるとまた短剣と魔法が一緒に飛んできた。風魔法だ。ローブに掛けた魔術で弾けるがきちんと受けることにした。更にザップの剣が跳ね上がり、ラントを追うように下段から逆袈裟に斬りつけてくる。無詠唱で障壁を張り、短剣と魔法を弾く。そして同時に手に魔力を纏い、跳ね上がってきた剣を左手の三本の指で摘んで止めた。剣は雷を纏っている。だがラントには通用しない。ラントの纏う魔力の方が圧倒的に強いからだ。ピタリと剣が静止する。押しても引いても動かない。
「なっ。指で摘んだだと? 俺の剣を?」
ザップは流石の妙技に驚いたようだ。むしろ他の者たちも止まっている。
「ほら、止まっていないで攻撃を続けろ。相手が魔物なら殺されているぞ?」
「くそっ、あんなのまぐれだ。みんな、やるぞっ」
ラントが指を離すとザップは一度下がった。
ザップは吼えるが全員本気だった。魔法使いは良い魔力の練りだった。魔法も洗練されていた。ガンツも嫌な位置に短剣を放ち、自身も逃げ場がないように突っ込んでくる。ザップの魔法剣を活かす為の布陣だ。魔物相手ではないので盾役の出番はない。その代わりに戦棍を持ち出し、ドスドスと足音を立てながら巨大な鋼鉄製の戦棍を打ち下ろす。それは地面に大きな穴を空けるほどの威力だった。
「実力が高いのはわかった。だが想像以上ではないな。そろそろ反撃するぞ」
強力な戦棍も当たらなければ意味はない。ラントは魔法を弾き、短剣を避け、槍を掴み、槍使いを引き寄せて足を掛けた。それだけで槍使いは転がり、首元に奪った槍を突き刺してやる。首の皮一枚だけ切れ、槍使いの首からは一筋の血が垂れた。死んだと思ったのだろう。目を瞑っていた。槍使いは死亡判定だ。それを受け入れ、起き上がって下がっていった。
次の狙いは女魔法使いだ。
「うそ」
ラントの障壁は魔法使いの風刃を反射した。自身が放った魔法がどんどんと近寄ってきて驚き避ける。しかしそこをラントが追う。風刃の速度とほぼ同等に走り寄り、重心の掛け方から避ける方向を見抜き、当て身を腹に喰らわせる。
「ぐぼっ」
一発で女魔法使いは蹲った。少し強くしすぎたかもしれないが内臓は破裂していないだろう。仮にも魔力持ちなのだ。体は女でも頑強だ。
「マリー!」
ザップが叫ぶ。その名にラントは少しイラッとした。どこにでも居る名だが、マルグリットを連想させられた。少し痛い目を見させてやろうと理不尽にも思った。焦り方から男女の仲なのかもしれない。
次は盾使いだ。大盾を捨て、戦棍で殴ってくるのを手の平で止める。衝撃で足が地面に少し埋まるがそれだけだ。受け止められるとは思わなかったのか驚いて止まってしまっている。
「ちょっと痛いぞ。男には手加減はせん」
ラントは〈浸透剄〉を放った。良い魔物の革で作られている鎧をぶち抜き、衝撃が内臓まで届く。それだけで戦棍使いは戦棍を手放し、腹を押さえ、地面をバタバタと転がった。魔法薬を飲めば治る程度の威力に押さえてある。ただしめちゃくちゃ痛い。胃が半壊しているのだ。即死はしないが放って置くと死ぬ可能性がある。
だが魔物相手に痛がっている暇はない。腕が取れても足が取れても反撃せねば死ぬのだ。痛いからと言って悶えていることなど許されない。
ラントの育てた騎士たちなら即座に立ち上がる。胃が潰れようが腸が千切れようが剣を手放さず、立ち上がり構える。自分が無茶をして死んだとしても相手を一兵でも、もしくは魔物を一体でも良いから多く殺す。もしくは護衛対象を守る。それが騎士の義務だ。
ハンターにその矜持はない。敵わないと思えば逃げるのが吉だ。それは職業的な差であってハンターならばそれが正解だ。
(少し経験が足らんな。見る目を養えと言いたくなるな)
もっと言えば敵わない相手を見極める能力が足りないといえる。ラントに突っかかってくるなど無謀としか思えない。
ただガンツと女魔法使いはその無謀さをわかっているようだった。本来それを一番判断しなければならないリーダーであるはずのザップが一番わかっていない。だから少し強めにお仕置きすることにした。
「はぁっ」
まだ勝てると思っているのか本気で剣を放ってくる。剣筋は悪くない。騎士の剣筋ではないが、良い一振りだ。更に本物の魔法剣ではないが魔剣だ。相応の値段がするであろう。
ラントは白刃取りをした。そして少し魔力を籠め、手と捻り、剣を半ばからぶち折る。
呆気にとられたザップの腹に蹴りを飛ばし、訓練場の端まで飛んでいった。柵に頭を打ち、気を失う。当然狙い通りだ。
「まだやるか? ガンツ、お前にはやってもらう仕事がある」
「いや、降参です。俺たちには敵わねぇ。旦那すげぇな。だが剣を折るのはやりすぎなんじゃないか? あれが幾らすると思っているんだ」
「俺の仕事を手伝えば剣くらい幾らでも買える金貨を褒美にやろう。だから付き合え、ガンツ。俺の言うことは絶対だ。わかったな?」
「わかりやした。宜しくお願いします。魔法薬を彼らに飲ませても?」
「構わん、もう終わったことだ。気にしてはいない」
ラントが街一番の一級パーティを圧倒したことで訓練場は静まり返って居た。
最初は騒がしかったのだが、ラントが圧倒し始めると、ラントの腕前に全員見惚れていたのだ。
どこかのパーティの女剣士などラントに本気で惚れたのかというくらいの目で見つめてきている。なかなかそそる女だ。だが今は忙しい。相手をしてやる暇はない。ラントも残念だと思った。
ギルドマスターが現れ、ハンターたちを解散させ、治癒士たちを使ったり魔法薬を傷ついた彼らに投与している。ラントの仕事は終わりだ。実力を見せつけ、優秀な斥候の腕も見られた。あの腕なら信頼できる。きっと樹海の奥にまで案内してくれることだろう。
「流石だな、音に聞くクレットガウ子爵閣下の実力とはこれほどの物か。うちの一番の手練れを剣すら抜かずに倒しきるとは」
「俺が剣を抜くと全員死んでしまうからな。ギルマスとしては困るだろう」
ギルマスは唸った。
「あぁ、大分困る。何せうちには二組しか居ない一級パーティだ。二級も四組しか居ない。彼らにしか熟せない依頼など山程ある」
「ついでだ。塩漬け依頼を持って来い。森に潜るついでにいくつかやってきてやる」
「本当か!? 誰も手を付けない依頼だぞ。依頼料も安い上に難易度が高い」
「そのくらい知っているさ。俺が元ハンターだってくらい知っているだろう。森の奥の希少な薬草だろうが強力な魔物の皮だろうが何でも取ってきてやる。第四騎士団と公爵閣下の騎士団が動くんだぞ。やれん依頼などありえん。ただし本命の命令のついでだから保証しないがな」
ギルマスはため息を大きく吐いた。
「そうだったな。稀代の英雄。ランツェリン・フォン・クレットガウ子爵閣下の英雄譚は東方にも届いている。できん依頼などないか。公爵閣下の孫娘と恋仲だそうだな。羨ましい話だ」
ラントはニヤリと笑った。
「ふふん、ギルマスも昔はなかなか鳴らした口だろう。騎士でもなんでも目指せば良かったんだ。お前くらいの魔力があれば、実力を認められれば騎士爵くらいにはなれる。後は戦功を立てれば良いだけだ。俺は運が良かったのさ。ちょうど良く叩き潰しても良い反乱軍が居た。それだけだ」
「それを言えるのは子爵閣下だけさ。普通はその若さでそこまで至らん。さっきの戦いを見る前からわかっていた。全盛期の俺ですら一撃も与えずに沈むだろう。目に見えるようだ」
ギルマスが遠い目をして言っている。
「ガンツを借りるぞ。一週間から最大一月くらいだ。その間過ごすくらいこいつらは金を持っているだろう。森の浅い層に潜るなとまでは言わん。魔剣も折れた事だししばらくは仕事もできんだろう」
「まさかそれでわざわざ魔剣を折ったのか」
「そんなつもりはないさ。ただちょっと危機感が足らないと思ったからお灸をすえてやっただけだ。ドワーフ製の魔剣なら俺でも折れん。もっと良い装備を使えと忠告してやれ」
ラントが忠告するとギルマスの顔が曇る。
「あの頑固者のドワーフたちがたかが一級ハンター程度に魔剣を打ってくれるわけがなかろう。白金貨が飛ぶぞ」
「命には代えられん。良い装備は自身を活かす。ドワーフたちもきちんと腕前を認めさせれば剣だろうが槍だろうが打ってくれるぞ。俺の剣を見せてやろう。どうだ?」
「素晴らしい剣だ。ガンツ、お前も見せて貰え。これが本物の魔剣だ。ドワーフでも一流の鍛冶師が打ったものだろう」
ギルマスがラントの打った剣に見惚れ、ガンツも見惚れる。槍使いは首の皮一枚が切れただけなので寄ってきた。魔法使いの女も復活したようだ。魔法使いの女は魔剣をかぶりつくように見ている。
だがザップと戦棍使いはまだ起き上がれない。まぁ彼らなど魔剣の価値もわからんだろう。
「素晴らしい魔法の腕ですね。流石魔導士様。野良の魔法使いの私程度では敵いませんわ」
「いや、なかなか良い魔力の練りをしていた。タイミングも良かった。相手が悪かっただけだ。気にするな」
「そうですか、上には上がいるものですね。魔法を反射されるとは思いもしませんでした。更にそれを追い、避ける先を予測して当身を当てる。私には真似できませんわ」
女魔法使いは殊勝に頭を下げた。だがマリーとは呼びたくなかった。いい女だが抱く気も起きない。ラントに取ってマリーとはマルグリットの事なのだ。




