092.ハンターギルドでの一幕
「それで、この騒ぎはなんなんだ。お貴族様」
「ちょっと飯と酒を奢ってやると言っただけだ。情報収集のついでだな」
ギルドマスターに話しかけられ、ラントは素直に答えた。受付嬢の持っている大金貨の数を見てギルマスは苦い顔をしながら「それなら仕方がないな」と溢した。
「それで、どんな情報が欲しいんだ?」
「優秀な斥候と森の奥の情報が欲しい。最近怪しいんだろう?」
「あぁ、代官様にも報告しておいた。それで来たのがお前らか」
「そうだ、東門の外に第四騎士団が一個大隊。魔法士団が五十名いる。人数が多いので外で野営させている。あと公爵閣下もいらしている。もちろん騎士団もだ。だが迷惑は掛けん。今閣下は代官と話し合い中だ」
「第四騎士団が一個大隊だと! それは大事だな。国も本気と言うことか。わかった、何でも言ってくれ。ハンターギルドとしてもこれ以上は見過ごせん。ついこの間四級ハンターが行方不明になったんだ。実力のあるいい若手パーティだったんだがな……」
ギルマスは悔しそうな顔をして俯いた。四級ハンターは上級ハンターへの登竜門だ。失えば痛いだろう。きっと良いハンターだったに違いない。
ラントのように五級で止めるような問題児ではないのだ。四級からは品位も見られる。実力だけではいけないのだ。なにせ貴族の依頼を受ける。もしくは豪商や代官などの依頼主と会う事がある。失礼があってはいけない。故に礼儀を躾けられるのだ。そしてそれをクリアした者のみが四級以上に上がれる。
「二級のガンツという斥候が詳しいと聞いた。借りれるか」
「三日前に樹海に潜って今日帰って来るはずだ。無事ならば、な」
「二級ハンターならそう簡単にくたばらんだろう。せめて救援の魔法くらいは撃つはずだ。それがないなら帰ってくるだろうさ。いい、ゆっくり待たせて貰う。酒をくれ。久々に安酒が飲みたい」
「おい、お貴族様、もしかして元ハンターか? 魔導士のローブを着ているが」
「五級で止めていた問題児さ。今はお貴族様なんてやっているがな。気にするな、言葉遣い程度で首は飛ばさん。ハンターたちのノリはわかっている。こいつらはお行儀の良い奴らしか知らんかもしれんが、俺が今回の総指揮官だ。多少無礼を働いたくらいで文句は言わんさ。なぁ、ヴィクトール」
「はいっ」
「俺は元々ハンターによく絡むからな、気にせんぞ」
ヴィクトールとヒューバートは素直に頷いた。久々の安酒も良い。ラントはテーブルに座り、魔物肉の煮込みと酒を三人分注文した。
◇ ◇
ガンツはようやく仕事が終わったと思い、仲間と共にハンターギルドに帰ってきた。今回は深い層まで潜るつもりだったがかなり様子がおかしく、あまり踏み込まなかった。
樹海は一つ間違えば死ぬ。更に一級パーティである彼らがいる層まで辿り着けるパーティはほぼない。救援要請を出しても助け出される確率はかなり低い。故に無理はせず、行けるところまで行き、幸いにもそれなりに良い獲物が穫れたので帰ってきた。
「なんだ?」
「ギルドの様子がおかしいな」
「そうね、いつもより騒がしいわね」
仲間たちも様子がおかしいことに訝しんでいる。だが入らない理由はない。何せ大物を狩って来たのだ。これ一体でしばらく豪遊して暮らせると言うレベルの魔物だ。しかも貴族の依頼である。納品はしっかりしなければならない。ついでに多くの薬草や毒草も採ってきた。これだけで一財産だ。
「ギルマス、何かあったのか?」
ザップが珍しく表に出てきているギルマスに尋ねる。返ってきたのは顎で酒場の方を示されるだけだった。
「ガンツに用事があるそうだ」
「俺に?」
「そうだ、王都の第四騎士団と公爵閣下がいらしているらしい。樹海がおかしいと皆言っているだろう。それの調査だそうだ。そこで樹海をよく知る斥候を貸して欲しいらしい」
「なるほど、そりゃ断れん。それでそのお貴族様ってのはあの中心でハンターたちと酒を飲んでる奴らか?」
「おいおい、宮廷魔導士のローブだぞ。こんな辺境にいるべき奴じゃないぞ。お前ら、失礼をするなよ。首が飛ぶぞ」
リーダーのザップが注意をする。
「無礼講で構わんらしいぞ。ハンターの付け焼き刃の礼儀など要らんそうだ。普通に話せと言っていた」
「本当か? それで魔法が飛んできたら敵わんぞ」
「本当だ。元ハンターらしい。元ハンターで貴族、わかるか? この意味が」
「……救国の英雄」
魔法使いの女が呟いた。
「そうだ。名を聞かなくても特徴だけでわかる。反乱軍を一夜にして滅ぼした恐ろしい魔導士の話はお前たちも聞いているだろう。おそらくその御方だ。元はハンターをやっていたらしい。だがあっという間に国を救った子爵様で魔導士様だ。今回もあの方が指揮を取るらしい。まぁそれなりに対応すれば許してくれるだろう」
「わかりました。とりあえず話を聞いてみます」
「おう、程々にな」
ガンツたちは酒を飲み、煙管を吸っている魔導士に恐る恐る声を掛ける。
「あの、私たちをお探しだと聞いて来たのですが」
「おお、お前がガンツか?」
「いえ、一級ハンターでリーダーをしているザップといいます。ガンツはこっちです」
「用事があるのはガンツだけだ。他はいらん。死ぬぞ」
ザップはイラッとしたようだ。何せ最高階級までこの若さで駆け上がってきた俊英だ。そこらの貴族の騎士などと遜色はない。むしろ自分の方が上だと思っている。内戦の時も声を掛けてくれれば活躍したと豪語していた。
少し傲慢なところはあるが確かに腕は立つ男だ。だからこそガンツたちも従っている。元は子爵かだれかが村人に手を付け、産ませた男だと聞いている。貴族の落とし胤なのだ。
だがその子爵は孕んだ女に一銭も払わず二度と顔を見せなかった。故にザップは貴族が嫌いなのだ。魔力持ちに生まれた為に母を苦労させることはなかったが、幼い頃は貧しかったらしい。それをバネに貴族にも負けないハンターになると一念発起して実際に一級になった。だがそのハンター上がりの貴族様に要らないと一蹴された。それは怒るだろう。ガンツも思った。
「なんだとっ、俺たちは一級に駆け上がったハンターだ。役に立つぞ」
「その程度の腕で何を言っている。そこらの騎士程度ならともかく俺等には要らん。不用意に一級ハンターを死なせるとこの街もハンターギルドも困るだろう。良い子だからお留守番していろ」
ブチッとザップの堪忍袋の尾が切れた気がした。救国の英雄だろうがなんだろうが関係ないとばかりにザップが剣に手をつけようとして慌てて止めた。
「ザップ、それはまずい。ギルド内で抜刀は厳禁だ。更に相手はお貴族様で魔導士様だぞ。隣に宮廷魔導士様までいる。あちらの騎士様も只者じゃない。落ち着け。止めるんだ」
そう言って全員で止めるがザップは止まらない。酒を楽しんでいるお貴族様は「ならばちょっと稽古を付けてやろう。腕が良ければ騎士に採用してやっても良いぞ」と更に煽った。
ザップが騎士になどなる訳がない。貴族の横暴さは嫌と言うほど知っている。その貴族に仕えて何が楽しいのか。だが女魔法使いだけは顔色が悪かった。
「ほう、俺の魔力がわかるか、有能だな。どうだ、俺の家に仕えんか?」
女魔法使いを見てお貴族様が引き抜きを掛ける。彼女を引き抜かれればパーティのバランスが崩れてしまう。しかもザップの恋人だ。許せる訳が無い。ザップの顔色は更に赤くなった。
「訓練場でやろう。ここはまずい。お貴族様の実力、とくと見せて貰おうじゃないか」
「構わんぞ。ヴィクトール、ヒューバート。見学していろ。ちょっと世間を教えてやる。上には上が居るとな」
お貴族様は煙管をポーチに仕舞い、酒を魔法で抜きもせずに訓練場に歩いていく。ザップもガンツも当然ついていく。一級ハンターとお貴族様の魔導士の戦いが見られると聞いて盛り上がっていたハンターたちもぞろぞろと訓練場に集まっていた。
ガンツにはどうして今日はこれほどのハンターたちが居るのか、全く理解できなかった。ただギルマスが頭を抱えているのだけは横目で見えた。
「五人で構わん。こちらは一人だ。掛かってこい。殺すつもりで来て構わんぞ。どうせ掠りもせん。魔法も制限なしだ。訓練場が壊れない程度の魔法なら幾らでも撃て」
その言葉にザップが本気で怒る。
「おい、お前ら。この傲慢なお貴族様に俺達の強さを見せてやろう。ここまで大口叩いたんだ。本当に死んでも知らんぞ」
「おいおい、ザップ、本気かよ。相手はお貴族様だぜ。傷一つ付けただけで首が飛ぶぞ」
槍使いがザップに忠言する。だがそれは届かなかった。そしてほろ酔いの貴族、ラントも許した。
「気にするな、ここにいるのは第四騎士団長だ。彼が見届け人だ。俺に傷を付けようが魔法を当てようが全て俺が許す。わかったか、ヴィクトール、ヒューバート」
「はっ。見届けさせて頂きます」
「勉強させてもらいます」
(宮廷魔導士と騎士団長が従っているだと。有りえん。絶対手を出しては行けない相手だ。ザップは前が見えなくなっている。まずいぞ。だがお貴族様は手加減してくれるだろう。殺されまではしないはずだ。そうすればザップも少し傲慢な所が治るかも知れない。仕方ないな、ここまで来たらやるしかない)
ガンツは覚悟を決めた。他のメンバーたちも散らばり、ザップの言う通りにしている。こちらは魔法剣士のザップをリーダーとして盾役、小盾と短槍使い、斥候のガンツ、そして女魔法使いの五人パーティだ。
今までこの街で負けたことはない。他の街でも同じだ。他の一級パーティとも手合わせをしたことがあるが、辛勝ではあったが勝った。その自信がザップを狂わせている。
ガンツは知っている。世の中上には上が居るのだ。そして目の前の相手は明らかに手を出して良い雰囲気の男ではなかった。ゆったりと剣を構えすらしていないのに隙が見えない。酔っている筈でふらふらしているのに全てがフェイントになっている。自然体でどこから突っ込んでも当たる気さえしなかった。
「行け、ガンツ。お前の短剣の腕を見せてやれ。行くぞお前ら、手加減なんてするなよ! 本気でやれ」
ヒューバートと呼ばれた騎士の男とヴィクトールと呼ばれた宮廷魔導士の男は離れていた。だが真剣に見ている。手出しする様子はない。本当に一対五で戦うつもりなのだ。
しかも心配すらしていない。必ず魔導士が勝つ。それを確信しているようだった。ガンツの危機察知は最高に警鐘を鳴らしている。だがザップの命令だ。行かなくてはならない。模擬戦だ。命までは取られないだろう。自分の短剣術がどれほど通用するのかも試して見たかった。
「はっ」
ガンツは決死の思いで、短剣を抜き、投げ放った。そして同時に駆け出した。