091.クラクフ市のハンターギルド
「ここがクラクフ市か。懐かしい匂いがするな。セイリュー市に雰囲気が似ている。ハンターの街だ」
「そうですな、魔境の近くは常にこのような感じです。俺も久々に来ましたな。何せ公爵閣下はお強いので第四騎士団の力を必要とされないのです。はははっ、良いことでございますがな」
ラントの独白にヒューバートが答えた。ヴィクトールは初めて見るのかその独特の形状に見惚れている。
ラントたち一行はクラクフ市についた。ルートヴィヒたちも一緒だ。輜重隊は置いてきた。公爵家が補給を担ってくれるからだ。マリーも安全の為、公爵城に匿われている。
今は伯父たちや叔父たち、その子供たちなどと親交を深めているだろう。会えなかった従姉妹たちも分家に嫁いでいたりするので公爵城なら会える。
マルグリットが帰還した公爵城は湧きに湧いた。全ての侍女、騎士、使用人たちがマルグリットの美しさにアンネローゼの影を見た筈だ。
ラントもアンネローゼの肖像画を見て、これほど美しいなら王国の至宝と言われるのも頷けると思ったものだ。そしてマリーはアンネローゼにそっくりだった。
「ヴィクトール、ハンターの街は初めてか?」
「はい、なかなか王都を出る機会はありませんから。実家も魔境からは離れておりました」
「それではなかなか行く機会はないな。独特の雰囲気だろう。よく味わっておけ。ここが最前線だ。油断するなよ。帝国の暗殺者が狙ってくるかも知れんぞ」
ラントが脅すとヴィクトールは神妙に頷いた。
ラントもクラクフ市は踏んだ事がない。だがセイリュー市や北方山脈に近い都市などと雰囲気は近い。魔物を狩るハンターが多く、その魔物素材を求めて商人が集まる。そうして発展してきた街だ。
魔境が氾濫した際に防波堤になるようにしっかりとした市壁が建てられている。だが城はない。街全体が城のような物だ。故に魔境に対しては盾のように分厚く、高い壁が立ち、大きな堀も掘られている。
東側の門は金属で作られており、跳ね橋になっている。東側の壁は街よりも長く作られていて、弓のような形状になっている。そして北や南、西側の壁の外にはスラムがある。何かの理由で仕事を失った難民たちがそこに暮らしているのだ。彼らは魔境に入り、薬草などを採って生活している。
ハンター未満と言った者たちだ。ハンターの子で親が死んで孤児になった者たちも沢山いる。こればかりはどんなに良い治世をしていてもどうしようもない。どこの街にもスラムは存在するものだ。王都にすら存在する。そこには闇ギルドがある。盗賊ギルドや暗殺者ギルドと言った闇の世界の住人だ。
「お前ら全員が街に入ることはできん。東側の門の外に布陣しておけ。公爵閣下は街を治める代官に話を通してくれるだろう。不便はない。商人が毛布だろうが食料だろうが大量に売りに来るはずだ。俺にツケて良い。あとで公爵閣下から、もしくは王太子殿下から毟り取るからな。どうせ任務を熟せば大量の褒美が貰える。お前たちも期待しておけ。だがきちんと働けよ。怠け者には一銭もやらんぞ」
ラントはそう言い放ち、ヒューバートとヴィクトール、そして数人の騎士や魔法士たちだけを連れて街に入った。彼らにはハンターギルドの現状を見せて置くのも良いだろうと思ったのだ。
ハンターギルドは街から見て東側にある。魔境が近いからだ。そして商業ギルドは西側にある。万が一氾濫した時に商人たちが逃げやすい為に商店はそちらに集まっている。逞しいことだ。
「ハンターギルドか、懐かしいな」
「そういえば五級止めをしていたとか。一級でも取れたでしょうに」
「級なんか何の役にも立たん。無駄に貴族に目を付けられるだけだ。五級でも十分稼げる。それに俺は魔法の力がある。個人でこっそり商人に良い素材を売り払えば金なんて幾らでも手に入る。割に合わん」
「なるほど、それで五級で止めるハンターが多いのですな」
ヒューバートが頷き、ヴィクトールはそんなものかと聞いている。
「実力さえ伴っていれば五級で十分だ。それ以上を望むのは栄達を求める者ばかりだろう。いつか貴族の騎士に取り立てられることを夢見る者たちだ。もしくは没落した貴族家の復興とかな」
「なるほど。大概上級に上がるのは貴族の落とし胤とかですかな」
「そうだ、貴族が町娘などに手を出し、子を孕み、魔力持ちが産まれる。魔力持ちたちはその力でハンターや傭兵になって成り上がる。そうして治安が維持されている。村にも一人は魔力持ちが欲しいから立ち寄れば村長が勝手に娘や未亡人を寄越してくる。お前らも経験あるだろう」
「ありますな」
「ありますね。初めての時はびっくりしましたよ」
ヒューバートとラントが軽く話しながらハンターギルドを目指す。ヴィクトールは珍しいのかキョロキョロとしていた。だが宮廷魔導士のローブを着ている。深い藍色のローブだ。あのローブを着ている者に手を出す馬鹿は居ない。国を敵に回すのと同義だからだ。
ラントでさえ魔導士のローブを着ている。ヒューバートは革鎧だ。一級のハンターにしては顔が整いすぎ、所作が洗練されすぎている。仮にも貴族なのだ。平民上がりのハンターとは風格が違う。そしてそんな三人が歩けば道が勝手に開ける。近寄りたくないのだ。絡もうとする馬鹿すら居ない。
ラントたちがハンターギルドの開け放たれた両開きの扉の中に入ると、ギルド内が一瞬で静まり返った。なにせ明らかに貴族とわかる壮年の男と、魔導士と宮廷魔導士しか纏えないローブを羽織っている男が入ってきたのだ。受付嬢などはフリーズしている。何が起きたのかと慌ててギルドマスターを呼びに行く者が現れる。それで良い。用事があるのはギルドマスターで、一流の斥候だ。
「おい、お前らの中で最も樹海に詳しいのは誰だ。四級までで良いぞ」
斥候は級が上がりづらい。一級の斥候と言うとそれはもう国の影が務められるレベルだ。流石に居ないだろうと思った。
「ガンツの奴じゃないか? あれほどの斥候はそうは居ない。二級だ。この街に二つしかいない一級パーティの斥候だぜ」
「ほう、そいつは今街に居るのか?」
「いや、狩りに出ているはずだ。だが直に帰って来るはずだ。夕方まで待つんだな。それでお貴族様方が連れ立ってハンターギルドに何のようだ?」
昼間から酒を飲んでいるハンターたちが陽気に応える。この程度の無礼で無礼討ちをしていたらキリがない。ハンターたちもラントたちが話せる貴族だとわかっていて話しかけてきている。そうでなければ彼らは既に生きていないだろう。ハンターの街はハンターの発言力が高いのだ。下級貴族など相手にもされない。
「簡単だ、樹海の様子がおかしいとはお前らも思っているだろう。その調査だ。樹海に詳しい斥候が必要だ。俺たちは第四騎士団とランベルト公爵家の騎士団を連れてきている。本気だぞ。悪いな、しばらくお前達の仕事はなくなることになる」
「かぁ~、公爵様が本気かぁ。それは仕方ねぇな。だが確かに森の様子は変だ。奥に行って帰ってこなかった奴も大勢いる。ギルマスも憂慮していたぜ」
「そうか、今日の分の酒や飯は俺の奢りだ。全員で好きに騒いで飲め。食え。タダ酒程美味い物はないだろう」
「お~、流石お貴族様。太っ腹だな。皆、お貴族様が奢ってくれるってよ。宿に籠もっているハンターたちも呼んで来い。宴会だ!」
「「「おおお~」」」
ノリの良いハンターが答えてくれる。ラントはこういうハンターのノリの良さが好きだった。貴族は堅苦しくて仕方がない。だがマリーを物にするためだ。そのくらいの我慢は必要だ。
マリーはラントが強く言えば即座に手折られるだろう。だがそれはラントのプライドが許さない。最低限伯爵位を賜らなくては、公爵家の姫を手折るなど許されないと思っている。伯爵位でも主人ではなく婿になるかもしれない。公爵家に取り込まれる。それは宜しくない。やはり侯爵だ。だが手折るのは伯爵で良いだろう。侯爵は少し遠すぎる。マリーを待たせすぎてしまう。
幸いと言って良いのかどうか帝国が蠢動している。北でも色々と帝国の爪痕が残っていた。ラントにも暗殺者が放たれた。エーファ王国でも色々とやっているだろう。ラントが功をあげる機会は幾らでもある。
(くくくっ、王国の危難を望むなど俺だけであろうな)
本来は喜んでは行けないのだろう。最悪ラントはマリーを連れて北方諸国に逃げ込むことも考えていた。テール王を殺し、王になり、北方諸国を平らげるのだ。ラントならそれができる。テール大帝国の爆誕だ。王ならばマリーもラントの妻として納得するだろう。
だが北方諸国は寒く辛い。作物も育ちづらい。魔物も多い。文化の発展も遅い。美しいマリーには似合わないし、王になるには時間が掛かる。アーガス王国で功をあげ、侯爵になるのとどちらが早いのかは怪しいところだ。
それに王よりも無官の侯爵の方がよほど楽だ。王になれば臣民を守る義務が当然発生する。それは流石に面倒くさい。
北方諸国の者たちは全員気が短く、荒いのだ。それによく魔境が氾濫する。間引く余裕がないのだ。全国各地を飛び回らなくてはならないだろう。初代王というのはそういうものだ。
ならばアーガス王国侯爵として、寄り親も居ない、緊急時の備えとして使える立場に居るのが楽で良い。
たまにコルネリウスやベアトリクスに無茶振りはされるがその程度ラントに取っては造作もないことだ。そうして王国に置いてくれればそれで良い。コルネリウスやベアトリクスは気に入っている。マクシミリアン三世も良い王だ。良い国だと思う。帝国に蹂躙させる訳にはいかない。
「何の騒ぎだ。貴族だとっ、よりによって宮廷魔導士に魔導士か。何のようだ!?」
ラントの一言によって盛り上がったハンターたちが乾杯をしている。ギルドマスターが降りてくる。何の騒ぎだと怒鳴りつけているがハンターたちは収まらない。ラントが受付嬢に大金貨を数枚ピンと弾いた。受付嬢は驚いていた。多すぎると。全員に奢ってもこれほどにはならないと。
だがラントは金に困っていない。ちょっと金を払っただけでハンターたちの心と情報が買えるならば安い物だ。権力で脅すよりよほど良い立ち回りだろう。
ヒューバートも頷いている。ヴィクトールはこうするのかと何かメモっている。役に立つ日は来るだろうか? 流石にないだろう。だが経験として知っておくのも良い。何せヴィクトールは宮廷魔導士。五十人の魔法士たちを束ねる立場なのだ。そのうち宮廷魔導士の長になるかも知れない。部下の心の掴み方くらいはラントから盗めば良い。ラントは良い手本になるだろう。
ヴィクトールにウィンクすると、メモっていたのがバレたと思ったのかヴィクトールはビクッとした。それを見てラントとヒューバートは笑った。




