090.公爵家の一族.
「ふむ、まずは閣下に合わねばならぬな」
「えぇ、お祖父様とこんなに早くまた見えるなんて思っても居ませんでしたわ。ですが嬉しいです。伯父様たちなどとは会えませんでしたし、幼子たちとは会っていません。まだ会ったことのない甥っ子や姪っ子たちもいるのでしてよ」
「そりゃいるだろう。公爵閣下の本拠地だ」
予定通りランベルト市には三週間でついた。強行軍だが流石鍛えられた騎士団だ。弱音一つ吐かなかった。
斥候たちは既にランベルト市の先にあるクラクフ市に向かっている。樹海に最も近い都市でハンターの多いセイリュー市のような都市だ。そこまでは一週間も掛からない。更にその向こうには北方山脈から流れ出る雪解け水で広がった樹海があり、そこは魔物の楽園となっている。
「ふむ、流石にここからではわからんな。遠すぎる」
ラントは独り言を呟いた。応える者は誰も居ない。
樹海を抜け、更に東に行くと荒野になってしまう。岩砂漠のような荒野だ。そこは水もなく、雨も降らない。故に人が住めない。砂の大魔境と呼ばれている。荒野があるためにこの世界にはシルクロードは存在しない。海も海の魔物が居るために航海技術はそれなりに発達しているが、ヨーロッパからインドや中国ほどの遠くには航海ができない。精々近い内海を挟んだ南の大陸と交易を行っているくらいだ。内海にある島国は優れた航海技術を持ち、南の大陸と北の大陸の交易で栄えていると聞く。
(南の大陸も大変だと聞くがな。どこでも人間は争うものか、世界が違っても変わらんな。共に手を取り合って魔物に対抗すれば良いものを)
ラントは南の大陸の情報を思い出して思った。
南の大陸は戦乱に包まれている。どこも同じだ。魔物のせいで人の生活圏は狭い。アーガス王国でも国土の半分は魔物の世界だ。人は暮らせない。それはどこの国でも同じで、南の大陸は肥沃とはとても言えないので狭い生存権を争って常に戦っている。その代わり兵は精強だ。北方諸国とも似た感じで、だが小国ではなく大国の戦乱が常に続いている場所だ。
ラントは南の大陸に思いを馳せながら、ヒューバートとヴィクトールを連れて公爵城を訪れた。
◇ ◇
「久しいな、クレットガウ子爵。これほど早く顔を合わせるとは儂も思わなんだ。じゃが今回は樹海の様子は明らかにおかしい。通常の氾濫の予兆とも違う。故に王国に救援要請をした。街が潰れてからでは遅いからな。魔境に近い村は放棄させ、避難させている。多少収穫は落ちるが仕方あるまい。公爵領の臣民が失われるよりも余程良い。卿のおかげで反乱も治まり、南からの麦も入るようになった。一年分くらいの備蓄はある。それよりも此度の事だ。儂も出よう。明らかに怪しい。ランドバルト侯爵の反乱のように裏で帝国の間者が噛んでおるのではないかと睨んでおる。そうすればただの氾濫ではなく、大氾濫になる可能性がある。手を貸してくれるな、クレットガウ子爵」
ラントはルードヴィヒに跪いて応えた。
「当然でございます、ランベルト公爵閣下。不肖、このクレットガウ子爵。全力を持って任務に当たらせて頂きます」
「ふむ、卿を信頼しよう。だが信用はせぬ。信用させたければ行動で示せ。儂の前でハンスを驚かせたという魔導の極みと、コルネリウス王太子殿下を唸らせたという戦略を見せてみよ。そうすればマルグリットとの仲も考えてやらぬではない。くくくっ、将来の婿になるのだ。間違えてもこんなところで命を落とすなよ。マルグリットを泣かすなど許さんぞ」
「神明に誓って」
ラントが真剣に誓うとルートヴィヒは笑った。
「そうだ、息子たちを紹介して置こう。嫡男のヘルムートだ。ほれ、挨拶をせよ。救国の英雄と名高く、マルグリットの心を一瞬で奪い去った男だ。並の男ではないぞ」
ヘルムートと呼ばれた偉丈夫が一歩前にでる。四十を超えたか超えないかと言う所だろう。壮年のイケメンだ。
「ヘルムート・フォン・ランベルトだ。一応伯爵位も頂いている。卿が噂の英雄どのか。強そうな顔をしているな。覇気が尋常ではない。これは俺も敵わぬ。父上が認める訳だ。マルグリットを大切にすると誓えるか? ヘルムートで良い」
「ランツェリン・フォン・クレットガウ子爵です。お初にお目に掛かります。当然マルグリットお嬢様の事は大切に致します。ヘルムート様と呼んでも?」
「いや、卿で良い。自分より強い男に権力で跪かせ、様などつけられては堪らぬ。殿呼びでも良いぞ。様はやめろ。くっくっく、その瞳、まるで猛禽のようだ。確かに父上の言う通りまともではないな。どんな人生を送ればその若さでその瞳ができるのだ? 今度話を聞かせてくれ。だがまずは樹海の対処が先だ。それが卿の任務であろう。俺は父上がでるというのでランベルト市を守らねばならぬ。本来父上にはどんと構えていて欲しいのだがな、もう年だと言うのに出たがって困っているのだ。卿からも言ってくれぬか?」
ヘルムードは笑いながらフランクに話しかけてきた。気が合いそうだ。だが無茶を言うものではない。ルートヴィヒが出ると言えば本当に出るだろう。ラントが止められるものではないし、マリーの言うことでも聞かないだろう。
それがルートヴィヒの本性なのだ。公爵などと言われているが常に先陣を切る騎士団の特攻隊長と言われてもおかしくはない。ルートヴィヒはそんな気性をしているとラントは見ていた。
「お戯れを。ヘルムート卿が止められぬ者をどうして私が止められましょう。閣下の御身は必ずお守り致します。心配せず、ランベルク市をお守りくださいませ」
「くっくっく、卿でも流石に父上は止められぬか。仕方あるまいな。何せ若い頃から魔境に入り浸っていたのだ。並のハンターなどよりも魔物を斬り刻んでいるぞ。もう老齢で国王陛下の信任も厚く、公爵の地位にもあると言うのに困ったことだ」
「ですがヘルムート卿もその血を引いているはず。公爵家を継いだら同じことをなされるのでは?」
ヘルムートは苦笑した。
「俺は父上ほど血に飢えてはおらん。それにまだ息子に不安がある。もう少し任せられるようにならんとな。こればっかりは鍛えるしかあるまいて。俺が死ねば公爵家が傾く。弟たちに任せても良いのだがな。俺はずっと公爵家を継ぐ為に努力をしてきた。こんなところで命を落としたくはないよ。弟たちも公爵の重責など担いたくないだろう。公爵家当主など罰ゲームのようなものだ。責任ばかり重く、一挙手一投足で臣民や家臣が死ぬのだ。冗談ではないわ。だが放り投げることもできぬ。公爵家嫡男に生まれたのだ。仕方あるまいな。ははっ」
ラントはヘルムートに続いてルートヴィヒの息子や娘たちを紹介された。娘たちは分家に嫁いでいたり他の公爵家や侯爵家に嫁いでいたりするので全員ではないが、ベアトリクスとは良く顔を合わせている。そしてマリーの従兄弟や従姉妹たちも紹介される。従姉妹たちは皆美しかった。つい浮気をしたくなる。何せマリーに似ているのだ。許されるなら手折りたい。そう思ってしまう。
「この娘などマルグリットに特に似ているだろう。俺の娘だ。卿が活躍すれば卿の側室として進呈しよう。どうだ、やる気になったか?」
ヘルムートがいきなりそんなことをいい出した。ラントの心が読まれたのかと思い、驚いた。
だが目を見れば本気らしい。それほどの危難が迫っているのだ。血が繋がっているとは言え、ラントの面構えを見て娘一人くらいは与えても構わないと思わせたのだろう。もしくは公爵家全体がマルグリット以外にもラントとの繋がりを欲しているのだ。そうでなければルートヴィヒが何も言わぬはずがない。ヘルムートの発言は公爵家の総意なのだ。
そしてラントはその信頼に応える必要がある。褒美も提示された。元々王太子殿下の命だ。当然やり切るに決まっている。ラントはやる時は完全を目指し、完全を超える成果を出す男なのだ。更にマリーに似た妙齢の美女を提示されたことでラントのやる気は倍増した。
◇ ◇
「まぁ、伯父様。酷いですわ。わたくしに似た娘をラントに与えるなどと。わたくしのこの思いはどこに行きますの」
「そう言うな。彼ほどの英傑はそうそうどこの国におらぬ。帝国にもおらんかもしれん。それにマルグリットはエーファ王国に帰ってしまうかも知れないだろう。お前は本来ならばブロワ公爵家の娘なのだ。王妃になるべくして生まれた娘だ。エーファ王国の事情は聞いている。あちらの王太子殿下が帝国の策謀に蝕まれていたとな。だがマルグリットがエーファ王国に帰ればクレットガウ卿もついていくだろう? ならば我が公爵家の娘も送り込んで置かねばならぬ。ランドバルト侯爵など妻や娘まで与えているというのではないか。後塵を拝す訳にはいかん。クレットガウ子爵とランベルト公爵家との縁もきつく繋いでおかなくては。其の為には娘の一人や二人、惜しくはない。マルグリットとも仲が良いだろう。共に侍ると良い。なぁに、彼ほどの男だ。従姉妹共々可愛がってくれるぞ。良い働きをすれば分家の娘たちも幾人か美麗な者を選んで妾として進呈しよう」
「もうっ、伯父様ったら! 嫌いです!」
マリーはそうヘルムートに文句を言ったが、ヘルムートがやっていることは王都の公爵邸でマリーがやっていることと同じだ。ただ愛人や妾にさせるか、側室として娶らせるかという違いでしかない。ラントの優れた血を取り込みたい。その気持ちは同じだ。
考えることは皆同じなのだ。稀代の英雄の血を残したい。取り込みたい。王家も妾の娘をラントに与えようとしていると聞く。ディートリンデもラントに夢中だ。公爵家の婚約者が居るので流石に婚約破棄してラントの妻にはならぬだろうが、こっそりとラントの子を産むくらいのことはするかも知れない。もしくは公然とだ。マリーはディートリンデのことをある意味信頼し、ある意味信頼していなかった。
ディートリンデが嫁ぐ公爵家もラントの血ならばと喜んでディートリンデをラントに抱かせるかも知れない。それほどにラントの勇名は轟いているのだ。
ただ他の公爵家はラントに縁がない。北方守護の公爵もラントが帰る前に幾人か娘や分家の娘を与えたと聞く。油断がならない。どこの貴族も隙さえあればラントに女を宛てがい、胤を貰うことを画策しているのだ。
「マルグリット、お前も似たようなことをしているだろう。知っているぞ。公爵邸を好き勝手しているとな。だがそれは公爵家の為だろう。だから見逃しているのだ。通常なら許されぬ。だがクレットガウ卿を見てわかった。これほどの男ならマルグリットが侍女や女騎士たちを与えるのも公爵家の益になるとな。今後も続けて良い。父上も認めている」
「くっ、わかりましたわ」
マリーも流石に伯父には敵わない。本来の公爵邸の主の一人であるのだ。マリーは他家に嫁に行った娘の産んだ孫娘に過ぎない。本来公爵邸を牛耳る権利はないのだ。
だがベアトリクスがそれを許した。王妃の言葉だ。ベアトリクスの実家でもある公爵家も認めざるを得ない。
そしてマリーは公爵家の為にラントに侍女たちを与えた。やっていることは皆同じだ。ベアトリクスですら侍女や女騎士たちをラントに与えている。皆必死なのだ。なにせ帝国の脅威が迫っているのだから。魔物の脅威もある。いつ人類は滅びても全くおかしくはない世界だ。
強い血は一人でも多い方が良い。平民などいくら居ても帝国には勝てない。魔物にも勝てない。魔力を持つ、強い個人が必要なのだ。そしてその個人を集めた軍団こそが王国を守る戦力になる。
(次代を待っている暇なんてないのかもしれないわね。伯父様やお祖父様の警戒心が強いわ。特にお祖父様は戦争を知っている。伯父様も幼い頃に恐ろしい思いをしたと言って居たわ。仕方ないわね。認めるしかないでしょう。あぁ、ラントの側室がどんどん増えていくわね。これ十人では足らないのではないかしら。ですが正室はわたくしですわ。そこは絶対譲りませんことよ。例え王家の姫であろうとも絶対に譲りませんわ!)
マリーは心の中で常に思っていることを再度誓った。




